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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?


 4    原作
 
どう思う、と聞かれても、答えようがない。
困惑するジョーに、店の女主人は訳知り顔で微笑した。
 
「そう言われても、困ってしまいますわよねえ…どう申し上げたらいいか、私にもわかりませんもの。本当におきれいですわ」
 
そうか。
とりあえずきれいだと言っておけばいいんだ。
 
少しほっとして、ジョーはあらためて、美しい反物を肩から垂らしているフランソワーズを眺めた。
きんきらきんだなあ…なんて、うっかり言わなくてよかった。
 
「こちらは訪問着です。外国の方は、家紋をお持ちではないですから、これで十分礼装になりますよ」
「そ、そう…なんです、か」
「ギルモアさまからは、もっと格の高いお品を選べるだけのご予算もいただいておりますが、初めて着物を着る方でしたら、これぐらいに抑えておいてもよろしいのではないかしら…」
 
よくわからないが、抑えておいた方がいいような気がする。
むやみにそんな気がするのだが、それを自分が言うのは何かイケナイような気が して、ジョーは助けを求めるようにフランソワーズを見やった。
 
「ええ、そのほうが私も安心です…作法もわかっていないのに、着物だけ立派だなんて、少し恥ずかしいわ」
「いえ、お客様は姿勢が大変おきれいですし、気品もおありですから、そういうご心配はいりませんけれど…」
 
なんだかもうどうでもいい。
とにかく、決めるなら早く決めてほしいなあ、とジョーは思った。
とりあえず日本人だから、とかなんとか、理由をつけられて連れてこられてしまったのだが。
日本人だといっても、ジョーは呉服店に入ったことなどない。
どうも、あれこれとギルモアが前もって手を回して、店に説明しておいてくれたらしい…のは助かるが、だったらついでに自分でフランソワーズを連れてきてくれればよかったのに…と切実に思う。
 
「島村さまは、ブラックスーツで起こしになるのですか?」
「え?…ええ、そうです」
 
いきなり話を振られ、ジョーはうろたえた。
女主人は、そんなジョーをしばし眺め、思案してから、また別の反物を取り出し 、広げ始めた。
 
「お二人が並ばれたときの調和を考えると、こちらもよろしいかと思いますよ… 」
 
だから、もう何だっていいから決めてくれないかなあ……
頼むよ、フランソワーズ。
 
ジョーはひそかに溜息をついた。
 
※※※
 
日本での平穏な暮らしが長くなると、ジョーにもフランソワーズにも、それなりに友人や知人が増えていった。で、時には、結婚式に招待されてしまうこともあったりする。
が、二人が一緒に招待されたことなどなかったし、そもそもそうした式はたいていがカジュアルなもので、日本の伝統的なしきたりについて特に留意する必要もなかったのだ。
それが、今度の招待はちょっと違った。
 
そもそも招待されていたのはギルモアだったのだ。
それも、新郎新婦と特に親しい間柄だったから、というわけでなく、ある企業に彼が新しい技術を提供したことが縁での招待だった。なんでも、そのおかげで、 企業は大いに利益を上げ、業績を伸ばした…ということらしい。
 
そんなわけのわからない招待を受けるのはイヤだ、とギルモアはごね。
それも無理はないなあ、などとジョーは思いつつ、ギルモアの助手兼秘書として先方と交渉していたのだが…
気づいたときには、彼自身が結婚披露宴に参列することになってしまったのだっ た。しかも、フランソワーズを同伴して。
 
どうしてフランソワーズまでが巻き込まれることになったのか、ジョーには全くわからない…のだが、どうも、ギルモアが何かを先方に注文した結果、そうなったようなのだった。
抗議するジョーに、ギルモアは、それも助手の仕事だとか、オマエはフランソワーズを蔑ろにしすぎなのだとか、それこそよくわからない理屈を並べ立て…
要するに、ジョーは根負けさせられたのだった。
 
全く面識がない人間の結婚披露宴に招待されてしまった…ということは、もちろんフランソワーズをもかなり困惑させたが、ギルモアの頑固さを彼女は誰よりもよく知っている。諦めるのは、彼女のほうがジョーよりずっと早かった。
 
ギルモアによると、新婦が件の企業の社長令嬢…ということらしい。
披露宴の規模もかなり大きく、会場となるホテルの宴会場は、ジョーが調べてみると、500人はゆうに入れる場所のようなのだった。
これまで、出席したことのある結婚式とは何もかも違いすぎるし、そうなると、 とりあえず日本のごくフツウの伝統的な結婚披露宴に出るつもりで準備しておく必要があるだろう、とジョーは思った…が、もちろん、そんな経験をしたことな ど、彼にはないのだ。
 
あれこれと調べた結果、たとえば、フランソワーズの服装は和服の準礼装あたりが無難だ…ということになった。そうなると、今度はなぜかギルモアが張り切りはじめ、張々湖のつてをたどって、都内にある老舗の呉服店に二人を送り込む段取りをつけてしまった。
 
ここのところ、ナニカといえば日本人だから、日本人だからとジョーにプレッシャーをかけていたギルモアだったが、さすがにこれについては気の毒に思ったらしく、話はつけておいたから、わからなければとりあえず店の言うとおりにしておけばいい…と、出かけようとするジョーにこっそり耳打ちした。
もちろん、ジョーとしてはそうするつもりだったし…実際、そうするしかないのだった。
 
全ての買い物を終えるまでの数時間、ただぼーっと畳の上に座っていただけだったジョーは、呉服店を出るなり、大きな溜息をついた。
そんな彼に、まるであなたが花婿さんになるみたいな疲れ方ね、と、フランソワーズは笑った。
 
※※※
 
黒いスーツにホワイトタイ…という礼装で身を固めれば、どんな日本人男性でもそれなりにフツウのオトナに見える…というか、あまり見分けがつかなくなったりするものらしいが、ジョーの場合は、髪の色のせいか、それとも彼がまとう独特の雰囲気のせいか、少しそれとはズレるようなのだった。
それが憂鬱で、特に日本ではフォーマルな席を敬遠しがちなジョーなのだが、ホテルに到着し、受付をすませ、フランソワーズと共に、指定された席につくと、なんだかいつもとは微妙に周囲の視線が違うような気がした。
 
やがて、ジョーは、ああそうか、と納得した。
つまり、傍らに、思い切り金髪碧眼のフランソワーズがいるため、自分の栗色の髪がそれほど違和感なく見られている…ということのようなのだった。しかも、彼女は完璧な和の礼装に身を包んでいるわけで、どこからどう見ても立派なカタギの外人女性だ。
 
日本人かどうか、なんて、つまりは関係ないってことなんだよなあ…と、ジョーは、見知らぬ人に話しかけられ、にこやかに挨拶を返しているフランソワーズに、感嘆の眼差しを向けた。
これなら、ギルモアが面目をつぶすこともないだろう。
彼女がいてくれて、本当によかった。
 
二人が座っていたのは、予想どおり、恐ろしく広い会場のかなり末席の方で、新郎新婦の姿は点のようにしか見えなかった。もちろん、その分気楽にしていられるわけで、披露宴が進むにつれ、ジョーは次第にリラックスしていった。
 
落ち着いて眺めてみると、フランソワーズの和装も、きんきらきん、というだけでなく、かなり上品だった。さすが、老舗の呉服屋だなあ…とジョーは思う。
彼女の身のこなしは、いつでもどこか洗練されたものだったが、和装でも、どこで覚えたというわけでもないだろうに、ほとんど危なげがない。
それでも、彼女がふと手を伸ばしたときに思いがけず袖が汚れてしまったりしないように、無理な体勢になったりしないように…と、ジョーはさりげなく気を配った。
 
同じテーブルについた招待客たちも、感じがよく、終始和やかに食事は進んだ。
こうしてフランソワーズと二人でいると、よく「ご夫婦ですか」と尋ねられ、返答に窮したりするのだが、そういう質問を投げかけられることもない。
おそらく、他人の個人的な事情を詮索することは、あまり上品なことではない…と心得ている人たちなのだろう。
 
「おきれいな方ですねえ…」
 
突然、隣の席に座っていた老婦人からいきなり囁かれ、ジョーは曖昧にうなずいた。
二度目の「お色直し」が終わり、新婦が席に戻ったときだった。
 
新しい衣装は、ピンクの可愛らしい感じのドレス…らしい、ということはわかったが、何しろ遠くて小さくて、彼女の顔立ちまではハッキリわからない。
いい加減なことを言う人だなあ…と思いながらも、まあ、結婚式ってそういうものだからな、と思い直し、ジョーは周囲に合わせて拍手をした。
すると、老婦人がまた、囁くように言う。
 
「本当に、お幸せそうで…うらやましいですわ」
 
…と言われても。
 
同意を求められているのだろう、ということはわかるのだが、とりあえず、そうですね、という言葉しか思い浮かばない。
ジョーが言いよどんでいると、人の良さそうなその老婦人はちょっと迷うような表情になったが、やがて、すぐに微笑を取り戻した。
 
「ごめんなさいね、お気になさらないで…男の方は、無口でいらっしゃるのも素敵ですわ」
 
なんとなく頬が熱くなる。
ジョーが困惑したまま、軽く頭を下げると、老婦人はなぜかひどく満足そうに微笑するのだった。
 
※※※
 
披露宴も終わりに近づいたころ。
コーヒーをサーブする従業員たちの合間を縫うように、やたらと大きな紙袋が、招待客たちの席の後ろに置かれ始めた。
ジョーとフランソワーズの間にも、ソレがひとつだけ、置かれた。
 
フランソワーズが小さく息をつく気配がする。
おそらく、袋が一人に一つずつではなかったことに安堵したのだろうと、ジョーは思った。
 
案の定、披露宴が終わり、ホテルのロビーに出ると、フランソワーズはよかったわ…と笑うのだった。
 
「こんな大きな袋、二つもあったらどうしようかと思った…いくらあなたが力持ちでも。だって、今日は車じゃなかったし…私はこんな格好だし」
「うん。もともと、ギルモア博士の代理だからね…僕達は二人で一人分に数えられていたんだと思うよ」
「あら…じゃ、ご祝儀も一人分だったの?あんなにご馳走になってしまって、悪いわ…」
「いや。それは、ええと…二人で一人半分ぐらい…にしたんだ。そういうモノらしいよ、こういう披露宴って」
「…そうなの?」
「ああ。しきたりって、面倒だけどさ、決まっていると便利…ってこともあるよ」
「そうねえ…ふふ、ちょっと変わった結婚式だったけれど、面白かったわ」
「うーん。むしろ、日本ではコレがフツウの結婚式なんじゃないかな」
「まあ、そうなの?」
「いや、よくわからないけど…おっと」
 
後ろから走ってきた若者がフランソワーズにぶつかりそうになるのを、肩を引き寄せて庇いながら、ジョーは辺りを見回した。
 
「あ…駅は向こうよ、ジョー」
「ホントだ…行こう。そうだ、フランソワーズ…張々湖飯店に寄っていかないか?」
「え。でも、もうお腹いっぱいよ」
「ふふ、そうじゃなくてさ…君のその格好、張大人が見たら、とても喜ぶぜ…それに、ついでだから、この袋もそっちに置いていっちゃおう」
「まあ、ジョーったら!」
「張大人、君を見たらはじめに何て言うかな?きっと…」
「そうね、きっと…」
 
 
『フランソワーズ、花嫁さんみたいアルねえっ!』
 
 
同時だった。
二人は思わず顔を見合わせて、ぷっと吹き出し…やがて、どちらからともなく手をつなぐと、駅へ向かってさっさと歩き始めるのだった。
 

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