1
うーん。
と、首を傾げながら、ジョーは送信ボタンを押した。これで4回目。
そろそろ、しつこい、と叱られてしまうかもしれない。
でも、再送しなければしないで、どうしてもう一度送ってくれなかったの?と叱られるにちがいないのだ。
なかなか難しい。
フランソワーズが携帯電話を持つようになってから、なんだか忙しくなった。
はじめは、彼女に携帯電話というものを教えるのが大変だった。
彼女は頭のいい女性だったし、機械にははっきりいってジョーよりずっと強い。
携帯電話の操作の仕方とか、通信のしくみ…みたいなコトについては、ものすごく早くのみこんでくれた…のだけど。
問題は、その利用にまつわるあれこれ…なのだった。
たとえば。
スパムメールには返信をする必要がない、ということを説明したり。
初対面の人…特に男性に、電話番号やアドレスを気軽に教えるものではない、ということを説明したり。
ウェブにつないだとき、妙なサイトに飛ばされたりしないように気を付けなければならない、ということを説明したり。
説明に苦労しながら、ジョーは、フランソワーズが呆れるほど善良な女性である…ということに改めて気づいたのだった。
およそ常識では考えられない理不尽で不幸な目に遭わされている人…のはずなのに、どうしてこんなに警戒心がなくて、無条件に他人を信じてしまって、しかも自分のことは後回し…にしてしまうのだろう。
何度も嘆息し、ジョーはそう思った。
僕もいいかげんお人好しだとか言われるけど。
でも、彼女ほどではない。
結構不運な目にもあっていると思うけど。
でも、彼女ほどではないよ!
それでも、苦労の甲斐あって、最近のフランソワーズはどうやら無難に携帯を使いこなしているように見える。
ジョーにも時々メールを送ってきたりする。
特に、時間にきびしい彼女なので、待ち合わせや約束をしているときには頻繁にソレがあったりする。
で、きちんと返信しないと、後でやんわり叱られたりもする。
もちろん、用事があって、こちらからメールをすることもある。
彼女の返信は極めて早い。
でも、一方で、あれ?というくらい遅れることもあるのだ。
それがどうしてなのかは、いまいちわからない。
今も、そうだった。
2
困ったなあ…と、ジョーはつぶやいた。
そろそろ時間切れになってしまう。
「お兄さん、まだ連絡とれないのかい?」
「…ええ…はい」
「もうね、いいじゃない、決めちゃいなよ!ぜーったい、お母さん大喜びにきまってるって!」
お母さん…かあ。
ということは、つまりこの店員さんは、かなり年配の女性をイメージしているにちがいないのだ。
ある意味、正しいといえば正しいのだが…。
でも、ある意味では全く正しくないわけで。
…でも、まあ。
フランソワーズが以前からこの店を気に入っていることはわかっている。
コレが、ダブることもまずないだろうし。
いいや!
叱られたら、張々湖大人にあげちゃおう!
ジョーは決意を固めると、たったひとつだけ残っていたその福袋を手に取り、店員に「お願いします」と手渡した。
持ってみると、結構大きな福袋だった。
駐車場までゆっくり歩いているうちに、だんだん不安になってくる。
やっぱり叱られそうな気がする。
4回もメールを送ったのだから、連絡がとれない…なら、買わない方がよかったのだ。
どうせ買うつもりなら、そんなにメールすることもなかったわけだし。
…と思っていたら、携帯が鳴った。
フランソワーズからだった。
3
「ジョー?…ごめんなさい、何度もメールしてくれたのね」
「あ…ううん、いいんだ…大した用じゃなかったし」
「それで…その…ええと、フクブクロ?…もう、なくなっちゃったかしら」
「え…ええと。買ったほうがよかった?」
「ええ…ちょっと面白いな、と思って…でも、無理しないで。もうお店は出てしまったんでしょう?」
「いや…大丈夫だよ。うん…うん。買って帰るから。……うん、ほんとに大丈夫。…それじゃ、楽しみにしてて」
スイッチを切り、ジョーはほーっと息をついた。
…よかった。
フランソワーズ、研究所にいたんだなあ…と、ふと思った。
だったら、研究所に直接電話をすればよかったのに、一生懸命メールをしていたときは、全然気がつかなかった。
「僕はまだ…家に家族がいる…ってことに、慣れていないのかもな」
つぶやいてみた。
そうなのかもしれない。
「家に、家族がいる…ってことに」
もう一度口の中で繰り返し、勢いよく福袋を振り回してみる。
慣れてはいないけど。
でも、僕には家族がいる。
本当の家族ではないけど、でも、家族なんだ。
助手席に大きな福袋を放り込み、運転席に乗り込みながら、ジョーはまた携帯を開いた。
研究所の番号をダイヤルしかけ…ふと止めて、メール画面に切り替える。
これから帰ります。
ケーキを買っていくので、お茶を入れておいてください。
お願いします。
「…ぼくの、おかあさん」
送信ボタンを押しながら、ジョーはこっそりつぶやいた。
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