ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

3      超銀
 
「それ」をフランソワーズのスーツケースに忍ばせたのは、どう考えても兄…ジャン・アルヌールしかいなかった。
 
ジャンは茶目っ気はあるが、悪ふざけをすることはない。
まして、これが今生の別れになるかもしれない、最愛の妹に対して…なら、なおのことだ。
だから、フランソワーズは「それ」を見つけたとき、驚きながらも考え込んでしまった。
 
BGに拉致され、サイボーグとされたことはもう話してある。
そして、この旅立ちがどういうものであるか、ということも、兄は十分知っている。
まして、彼は空軍兵だ。
実戦の経験はさほどない…といっても、戦争がどういうものであるか、ということについてはよく承知しているはずだった。
 
「お兄ちゃんったら……」
 
フランソワーズは小さくつぶやいた。
「それ」を、サイボーグにされた妹に持たせる理由があるとしたら、たぶんひとつだ。
 
自分を守れ。
女性である自分を…フランソワーズ・アルヌールを守れ。
 
003に生殖能力があるのかどうか、ということについては、フランソワーズ自身もはっきりとは知らなかった。ギルモアに尋ねることもしていない。どういう答であれ、その問い自体が彼を苦しめるに違いないから。
 
だから、フランソワーズは「それ」を開封することもなく、ただスーツケースの底に忍ばせたままにしてある。
そして、長い年月が過ぎた。
箱も既に変色し、実際、使い物になるかどうかすらわからない…が、どのみち使うことなどないのだから、構わない。
フランソワーズはそう思っていた。
 
 
 
ジョーが、「それ」に気づいたのは、宇宙から帰還し、004の「再改造」の成功を見届けた夜のことだった。
 
ギルモアの助手を003とともにつとめていた彼は、さすがに疲れの見えたギルモアと彼女とをいたわって先に自室へ帰し、一人後片付けをしていた。
 
これで終わった。
これほど望みのない戦いだったのに……
僕たちは、また全員生き残ったんだ。
 
そう思うと、安堵するような寂しいような複雑な感覚にとらわれる。
自分たちは誰よりも「死」に近い場所で生きている。
が、だから誰よりも早く死ぬ、ということではないらしい。
いや、それどころか…もしかしたら。
 
僕たちは、誰よりも「死」に近い場所で、誰よりも長く…永遠に生きるのだろうか?
 
たぶん、そうなのだ。
だからこそ、004は再改造を望んだ。
その運命を背負わない者を「仲間」とはいえないから。
 
そんな運命を背負い、それでも、僕達が「生きたい」と思うのは、僕達にそれぞれ「大切なもの」があるからだ…と、ジョーはまた思う。
004のソレはおそらく、亡くなったという恋人への想いであり。
そして、ジョーのソレ…は。
 
彼女だ、ということはわかっている。
でも、彼女だ、とはっきり自分に認めてしまうのはなにか恐ろしい気もした。
 
ふと、儚い花のようだった、異星人の少女を思い出す。
どこまでも澄んで美しかった黒い瞳。
あたたかく、甘く、やわらかい肌。
一途に向けられた愛。
 
僕が、守らなければならないもの。
…僕が、守れなかったもの。
 
のろのろと後片付けをすませ、004の容態が安定しているのを確認してから、ジョーはようやく手術室を後にした。
明日は彼女とよく話をして…決めよう、と思う。
これから、どうするのかを。
 
一緒にフランスへ行こう、とは言った。
彼女は素直に喜んでくれた。
…でも。
もちろん、問題は「その後」にちがいない。
 
ジョーは、そっと彼女の部屋のドアノブに手をかけた。
鍵はかかっていない。
そのまま音もなく暗い部屋に忍び入ると、彼女は既に穏やかな寝息を立てていた。
 
こんな風に、許可もなく彼女の部屋に入ったことはない。
ジョーはベッドサイドに立ち、安らかな彼女の寝顔にしばらくぼんやりと見入っていた。
 
このひとを…僕は守りたい。
でも。
僕が守らなければならないひとは、これからも、このひとではないのかもしれない。
なぜなら…このひとは、僕の「仲間」でもあるから。
 
やがて、ジョーは小さく息をつくと、静かに踵を返し、部屋を出ようとした。
そのときだった。
音を立てないよう慎重に動いたはずなのに、白衣の袖が机の上の何かにかさ、と触れてしまった。
そのまま滑り落ちそうになった「それ」を咄嗟に受け止め、もとの場所に戻そうとしたとき、ジョーは、ようやく「それ」が何であるか…に気づいた。
 
「それ」は、あまりに思いがけないモノだった。
 
 
 
翌日、彼女の様子をそれとなく注視していたジョーは、彼女が旅立ちのための持ち物を、その机の上で整理してはスーツケースにしまっている…のを確かめた。
ということは、「それ」もまた、そのようにして彼女のスーツケースに収まる予定のモノだったのだろう。
 
パッケージに書かれた文字はフランス語で。
それも、かなり古い製品のようだった。
おそらく、未開封のまま、彼女は長い間…ずっと前から、ソレをスーツケースに入れているのだ。
どんな戦いのときも。
もちろん、今回、宇宙に旅立ったときも。
 
どうして、「それ」を机に戻さず、ポケットに入れてしまったのか。
後から考えても、自分が何を考えていたのか、ジョーにはどうしてもわからなかった。
とにかく、彼は「それ」を咄嗟にポケットに滑り込ませ…そのまま、どうにもできずにいるのだった。
 
そして、ジョーは今、モナコ・グランプリをはさんで数ヶ月を過ごしたパリのホテルの一室で、旅支度をしている。
夜になれば、やはり旅支度を終えたフランソワーズがロビーに来る約束になっている…のだが。
 
一緒にフランスへ行こう、と彼女に告げ、そのとおりにした。
その後どうするのか、は結局互いに語らないまま。
語らないまま、ジョーはレースを終え、フランソワーズは公演を終えた。
それを待っていたかのように、新しい「事件」が起き、サイボーグたちは再び招集されたのだった。
だから、今夜がフランスで過ごす最後の夜になる。
 
彼女は、彼がここ数ヶ月馴染んだホテルのレストランを、彼女をいたわる最後の場所として選んだ…のだと思っているのだろう。
君の部屋も用意したから、そのままゆっくり泊まって、翌朝空港へ行こう、という彼の提案にも、彼女はいつもの屈託のない笑顔でうなずいた。
 
でも、「君の部屋」とは、つまりここなのだと知ったら、君はどんな顔をするだろう。
…どんな顔をしたとしても、僕の気持ちはもう決まっている…けれど。
 
ジョーはスーツケースの奥から「それ」を取り出し、古びたパッケージの文字を見つめた。
 
「…aimer」
 
声を出して読んでみる。
その言葉の意味を自分が理解しているかどうかはわからない。
でも。
 
僕の守りたいひとは、僕の仲間でもあるひと。
僕が守らなければならないひとは、いつも他にいる。
でも。
 
僕はもうわかっている。
このひともまた、僕が守らなければならないひとであるのだということを。
あの、異星人の少女と何ら変わることなく。
それなら、何も迷うことはなかったのだ。
 
携帯が鳴り、彼女からのメールの着信を告げた。
ジョーは「それ」をまたスーツケースにしまいこんでから、ゆっくり立ち上がった。
 
次にこの部屋に入るときは、彼女と一緒だ。
そして、この部屋で、次の朝を彼女と迎える。
 
新しい、旅立ちの朝を。
PAST INDEX FUTURE

ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?