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2      超銀
 
あまりに彼らしくない言葉に、009はしばらくあっけにとられていた。
聞き間違いかと思ったが、じーっと見つめる006の眼差しは真剣そのもので。
 
「…006。すまないが、その…今、なんて…?」
「だから、チューのヒトツもしたことがないなんて、003が気の毒、言ったアル!」
「……」
「009は003に冷たいヨ…よその女の子にはそうでもないアルのにねえ」
「ちょっと、待てよ…どうしたんだ、イキナリ?」
「イキナリでもないね…さすがに心配になっただけのこと」
「……」
「ファンタリオン星でも、見てられなかったアル…アンタが王女さまとふらふらしてる間、アノ子は辛抱強くにこにこして、アンタを待ってたやろ…ホントに優しくて賢くていい子アル…唯一の欠点は、男を見る目がないことアルな」
「ふらふらしてた…だって?…言葉をつつしめ、006!タマラは、ゾアの犠牲者じゃないか!僕たちが…僕が助けることのできなかった…!」
「それとこれとは話が違うアル…まあ、なんでもいいアルよ…とにかく、コレを003に渡してほしいネ」
 
006は009に掌をさしだした。
そこにちょこん、とのっていたのは、小さなお守り袋で。
 
「ワタシからでは効力が失せるアルからして…アンタがアンタからだと言って渡さないといけないアル」
「…どういう、意味だい?」
「説明しても効力が失せるネ…とにかく、003を幸せにするお守りアル」
「……」
「何アルか、その疑わしそうな目は?…ワタシが、彼女を陥れるような真似すると思ってるアルのか?」
「そういう、わけでは…」
「頼んだネ…これで、しばらく003ともアンタとも会えなくなるアルからな」
「…張々湖…大人?」
 
006の声に、珍しく寂しげな色がにじんでいる…気がして、009は思わずそのお守り袋を素直に受け取ってしまった。
よく見ると、小さなネズミをかたどったモノで、肌守り…のようだった。
 
 
 
「まあ、かわいい」
 
喜ぶだろうな、と思っていたとおり、003は嬉しそうにそのお守り袋を受け取った。
 
「ネズミさんね…どうやって使うものなのかしら」
「使うんじゃなくて、お守り、だよ…君を幸せにしてくれるモノ…ってことかな」
 
いまいち自信はない。
009は仕方なく006の言葉をただなぞってみた。
 
「お守り…それじゃ、身につけていればいいのね…ありがとう、ジョー…大事にするわ」
「う…ん」
「本当にかわいらしいわ…ネズミさんなのには、何か意味があるの?」
「あ…たぶん、今年の干支だからだと思う」
「…エト?」
「うん。中国や…日本の古い暦の考え方で…その年の守り神みたいなものなのかなあ…今年は、それがネズミなんだ」
「そうなの。それじゃ、今年の記念にもなるのね」
「…記念?」
「ええ。……本当に、大切にするわ」
 
言葉どおり、003は大切そうに慎重に…しかし、器用に手際よくその小さなお守り袋をピンのようなものにくくりつけ、上着の内側に留めた。
 
今年の、記念……
 
009はそんな003をぼんやりと見つめていた。
これまでに、何か記念すべきコト…そのようなコトがあったとは思えない。
ただ、戦いを繰り返しただけだ……とうとう、宇宙にまで出て。
 
しかも、僕達は何もできはしなかった。
悲劇を食い止めることができなかった。
自分たちが生き延びるのに精一杯で……それもまた、いつもと同じように。
 
しかし。
009の心の声が聞こえたかのように、003はふと顔を上げた。
 
「…あなたが、また戻ってきてくれた…記念よ、ジョー」
「……」
 
声を出すことができなかった。
ただそうして立ちつくす009を003は黙ったままま見つめ…やがて、寂しそうに微笑した。
 
 
 
パリとモナコは比較的近い。
だから「一緒に行こう」ということになったわけで。
たとえば、それがモスクワとブラジルなら、どうしようもない。
 
…結局そうなるとわかっていたから。
 
だから、あの人はこれを渡したのかしら。
それがつまり「記念」ということだったのかしら。
たぶん、そうなのだ。
 
それでも…渡してもらえただけ、よかった。
また会うときまで、あの人を忘れなくてもいいと…そう許してもらえたんだもの。
 
あなたが好き。
 
そう思い続けても、いいのよね、ジョー。
そう思い続けてもいいのなら…私は、たしかに幸せになれるわ。
 
「…ありがとう。おやすみなさい」
 
003は小さなお守り袋にそっと口づけながら囁いた。
そんな風に、一年が過ぎようとしている。
パリで別れてから、009とは会うことはおろか、電話ひとつしていない。
…それでも。
 
それでも、あなたを忘れなくていいのなら。
それだけで、私は幸せよ……ジョー。
 
 
 
「003、島の様子はどうだ?」
「…変わりないわ。でも、私たちに気づいていないとは思えない」
「そう、だろうな…」
「私も上陸するわよ、009」
「……」
「あなたたちだけでは…私の能力なしでは、危険が大きすぎるもの」
「…ああ。わかってる…君には逆らわないよ、003。また殴られたらかなわないからね」
「まあ!何を言ってるの!」
「ふふ、冗談だよ……頼りにしているさ。でも、無理はしないでくれ」
「ええ」
「そうだ…君、アレ…まだ、持っているかい?」
「…アレ…って?」
 
首を傾げる003に、009は微笑し、自分の胸の辺りを指さしてみせた。
ああ、と003も笑顔になった。
 
「持っているわ…ホラ」
「……」
 
003は、マフラーの下から革紐を引き出し、あのお守り袋を取り出すと、首から外した。
009はそれをそっと受け取り、彼女の体温を確かめるように軽く握りながら、素早く奥歯のスイッチを噛んだ。
 
「あ…!?」
 
お守り袋はたちまち炎に包まれ、思わず伸ばした003の指先で灰となり……崩れていった。
 
「……ジョー?」
「お炊きあげ…だよ」
 
震える青い瞳を見下ろし、009は低く言った。
どういうこと、と問いかけようとした言葉を、次の瞬間彼の唇に塞がれ…003は大きく目を見開いた。
 
「これからは…僕が、君を守る」
「……」
「君を死なせはしない。守り抜いて、きっと幸せにする。…約束するよ」
「…ジョー」
「もっとも…僕のこういう『約束』は…アテにならないことが多いけれど。君も、よく知っているとおりに」
 
そうだ。
僕は、いつも守れない。
守りたい人を……守るべき人を。
でも、フランソワーズ。
…でも。
 
「でも、君は…君だけ、は……」
「ええ。そうよ…私…は……」
 
003の目に涙が浮かんだ。
やがて、わずかに開いたその唇からこぼれ落ちる言葉を愛おしむように、009は再び唇を重ねた。
 
 
私はいつも…ただ、あなたが生きていることが、幸せなの。
 
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