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COLUMN


 4    旧ゼロ
 
 
「僕かい?…なんといっても、まずはモナコ・グランプリさ。同じ闘いでも、今度はみんなに夢を与えることができる。こんなに幸せなことはないよ」
 
009は003を見つめ返しながら、力強く答えた。
 
 
 
「いや、アレはナイでしょうーってオイラ思ったんだよね」
 
張々湖飯店のカウンターに座り込み、007はしきりに首をひねり続けた。
 
「子供が大人の事情に首つっこむもんじゃないアルよ…!ロクなことにならないアル」
 
そっけない006の反応には慣れている。
さらっと受け流し、007はほおづえをつき、眉間に皺を寄せるのだった。
 
「だってさあ、あのオシトヤカな003が、兄貴に聞いたんだぜ……どうしてお姫さまのことを考えなかったのか…って。よくよくだったと思うんだよねえ…なんていうの?一大決心…っていうかさ。オンナの勝負!っていうか」
「オマエ、ドコでそんな言葉覚えるアルかね…やっぱりテレビがよくないね」
「なのに『わからない』ですませちゃって、それから何言うかと思ったらモナコ・グランプリ?…で、みんなに夢を!なんだもんなあ…兄貴、ズレてるにもほどがあると思うよ、オイラ」
「そうアルか?009らしいことね…彼の頭の中は、いつも人類の未来と平和でいっぱいアルのよ」
「うーーーーん…人類の未来と、平和、かぁ。なんか、つくづくタイヘンなヒトなんだよねえ、兄貴って」
「他人事みたいに言うアルね。アタシたちもその仲間アル…ったく、お前がそれじゃ、009も苦労するね…ちょっとは003を見習うヨロシ」
「…003を?どういうこと?」
「見たまんまのことアル…せいぜいその節穴思い切り広げて、よーく見ることね!」
 
 
 
よーく見たところで、何かがわかった、という感じはしない。
要するに、006の方こそ、いわゆる「節穴」にちがいないのだ、と007は思うのだった。
 
が、それも無理からぬことかもしれない。
というのも、003はたしかにいつも正義と平和を守るために命をかけるサイボーグ009の忠実な「仲間」であり、思い切った言い方をしてもせいぜい「パートナー」であって、その線を踏み越えるような気配をほとんど見せないのだ。
 
でも…オイラは見てるんだよね。
なんてったって、007さまだからさ。
 
007はよく小動物や虫に変身する。
もちろん、そんなことは003にもわかっているはずだが、それでも、一見すると「人間」は近くにいないような状況になるのだから、そこに微妙な油断というか、隙が生まれるのではないだろうか、と007は思う。
実際、自分はそういうコトをも考えにいれて作られたであろう、偵察型サイボーグなのだから。
 
あのときも、だから、かなり「ヤバイ!」と思った。
この間、彼らが飛ばされた異世界で、009が偶然助けた「お姫さま」は、彼にここに残ってほしいと懇願したのだ。
 
「この世界を守るためには…私の力だけでは、とても……」
 
ヤバイなあ、ヤバイよコレって…と、さりげなく虫に変身して飛び回っていた007は焦った。
 
「世界を守る」とか「助けてください」という言葉に、009はどうかしているんじゃないかと思うほど弱い。
そして、その会話を…遠くから、003が聞いているのに気づいた007はますます焦りまくった。
 
003は、ほんのわずか瞳を揺らし…そのままうつむいた。
が、それもひとときのことで、やがて009が003の気配に気づいたときには、彼女はもういつもの凛とした姿で、優しい微笑を浮かべていたのだ。
 
結局、幸い…といってしまうのは気が咎めるが、その後敵の攻撃にあい、「お姫さま」は命を落とした。
彼女を守りきれなかった009の懊悩は深かった。
 
そして、003の悲しみもまた深かった…と、007は思う。
それを本当に知る仲間は自分以外にいないだろう、とも。
 
 
 
「え…?なぜ、あのとき、彼女のことを考えなかったか…だって?」
「そう!…だってさ、あのときの兄貴は、神様みたいなモノだったんだろ?なんでも望みのまま〜っていうか」
「…そう簡単なことじゃなかったんだよ…ノンキでいいなあ、オマエは」
 
それこそ一大決心で009に詰問した007は、軽くいなされたような気がして、むっとした。
 
「ひどいや兄貴!オイラが子供だと思ってバカにしてるんだな!…オイラ、真剣に聞いているんだ!そうでなきゃ、003があんまり…」
「003?…そういえば、彼女も、同じコトを聞いてきたっけ」
 
ふと009の表情が曇った。
 
「そう怒るなよ、007。きみら二人の気持ちは…わかっている。僕だって、どうしてあのとき彼女のことを考えなかったのかと思うと…つらいんだ」
「え…あ、兄貴…?」
「僕が願いさえすれば、彼女も生き返ったかもしれないのに…な。すまない」
「いや、そんなことオイラに…謝られても…だから、そうじゃなくてさ…!」
「僕のサイボーグとしての力を発揮できればよかったのかもしれないが、あのときは間に合わなかった」
「…へっ?」
 
009が何を言っているのか、一瞬わからなくなった。
瞬きする007を見るともなく見ながら、009は息をついた。
 
「そういうことさ…結局、サイボーグとしてどんな力を持っていようと、最後は僕達自身の心が問題になる」
「…ココロ、ですか…?」
「ああ。情けないけど、僕はたぶん、間に合わなかったんだ…彼女を思い出す前に、時間が尽きてしまった…そういえば、流れ星に願いをかけるのだって、間に合ったためしがないからなあ…サイボーグになったって、それは変わらないんだから不思議なもんだ」
「……」
 
あー、なんか、そんなようなことを003と二人で、楽しそうに話していたことがあったけなー、と007は思い出す。
 
星がやたらときれいだった、寒い夜。
研究所のテラスで、二人はいつまでもいつまでもいつまでも星を眺めていたのだった。
 
 
 
やっぱり007にはよくわからない。
 
が、つまり、自分が…そしてもしかしたら003も…本当に知りたかった問題は、どうして009がお姫さまを助けられなかったのか、ということではなく、助けちゃってたらどうなっていたのかということ…だったのではないか。
たぶん、そうなのだ。
 
…どうなっていたんだろう?
 
あれこれ悩んだ末、007は、禁じ手かもしれないけれど003に聞いてみようか、と思い当たった。
たしかにこの話題はツライだろうけど、むしろコドモである自分になら、003も、もしかしたら愚痴を言いやすいのではないかなーと思ったのだ。
 
ともあれ、これ以上009に何を聞いても埒があかない…というのは確かだし。
 
そんなわけで、007はしばらくチャンスをうかがい…とうとう、003にこっそり尋ねたのだった。
もし、あのお姫さまが004のように生き返っていたら、兄貴はどうしたのかなあ…と。
 
言ってしまうと、やはり不安になった。
しばらく難しい表情で考え込んでいる003に、007はやっぱり言うんじゃなかったかもしれない、大人の事情にコドモが口を挟むのはよくなかったのかも…と、今さらながら後悔した…のだが。
やがて、003は真剣な表情で考え考え、口を開いたのだった。
 
「そうね…そうなっていたら、きっと、009は、宇宙の平和のことも真剣に考える毎日をおくっていたでしょうね…」
「…へ?」
「だって…平和と自由と愛のために、彼とともに戦う人が地球以外の星にもいる…ってことになるんですもの。彼女は女王として自分の星にいなければいけないし、そうしたら、彼はときどきはそっちの様子もパトロールにいく…ってことになったでしょうね」
「パトロール…」
「そういう人でしょう、009は」
「……そうかも」
 
007はじーっと考え込み、やがて深い溜息をついた。
 
「やっぱり、そう考えると、キミも…相当タイヘンになっちゃうトコロだったよね」
「そうねえ…パトロールなら、私もついていかないわけにはいかないでしょうから…」
「…ウン。あの、003?」
「なあに?」
「あのさあ…それで、キミはこれからどうするつもり?兄貴はモナコ・グランプリに出るって言ってたけど」
「…アラ」
 
003はにっこり微笑んだ。
 
「私はここにいなくちゃ…研究所をあけてしまったら、009がレースに専念できなくなるわ。世界と平和を脅かす敵はいつ現れるかわからないものよ」
 
…いや、まったくそのとおり。
 
結局、節穴はどこにあったのか。
いくら考えても、わかるようなわからないような007なのだった。



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