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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

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新ゼロ
 
「行ってきます、兄さん」
「…ああ」
 
きっちりと礼をし、今日も妹は稽古に向かう。
遠ざかるその後ろ姿が凛としていて、いささかの迷いもないのを確かめ、アルベルトは窓辺から離れた。
 
「ヒルダ、アイツはこれで…いいのだろうか」
 
写真の中で微笑む妻は何も答えない。
 
 
 
小さな町で友人のピュンマの父が開いた、ナントカという格闘技の稽古場に、アルベルト自身は行ってみたことがない。
 
まだ小学生だった妹のフランソワーズがソコに行ってみたい、と言い出したときも深くは考えなかった。
何と言ってもピュンマの家だ。心配することなどない。
 
妹は体が丈夫な方ではなく、たあー!とかやあー!とか元気に叫びつつ手足をぶんぶん振り回している友人・ピュンマの様子を見るにつけ、アレを習えば少しは風邪を引かなくなるかもしれない、ぐらいの気持ちだったのだ。
 
ところが、どういうわけか、妹はその格闘技の世界に深く魅入られてしまったらしい。稽古場でもみるみる頭角を現していったらしく。
気づいたときには、幼い頃から続けていたバレエまでやめてしまっていた。
かなり引き留められたらしいが。
 
さすがに、どんなことをしているのかが気になって、その「大会」とやらに出かけてみたのは去年のことだ。
妹は、全国大会の決勝戦を戦っていた。
 
とにかく、すさまじい速さで飛び退いたり、逆に飛びかかっていったり。
パンチもあれば蹴りもある。
どういうルールなのか見当もつかなかったが、恐ろしく過酷な運動量であることは間違いなかった。
そして、相手の攻撃を受けたときのダメージもかなりのもののように思えた。
もちろん、防具を身につけてはいるのだが…
 
何よりもアルベルトを驚かせたのは、その競技が男女混成のペア同士で行われていたことだった。
 
なんだ、コレは…っ???
 
こんなアヤしい…アブないことを妹は何年も続けていたのか。
将来を嘱望されていたバレエを捨ててまで。
そして、俺は……
 
俺は、何年も、ソレに気づいていなかったというわけだ。
 
呆然と見守る中、決勝戦の死闘は続いた。
結局、その末に…よくわからなかったが、妹は優勝した……らしい。
 
妹と、そのパートナーである長い栗色の髪の少年が、両手を挙げて観客に応えるのを、アルベルトは呆然と見つめていた。
 
 
 
「おはようございます!」
「おはよう、フランソワーズ…」
 
はにかむように微笑みながら、口の中でもごもご挨拶するのは、ジョーの癖だった。
挨拶はきびきびと!大きな声で!と結構やかましく指導しているピュンマも、彼のコレには少々手を焼いて…というか、もうかなり匙を投げている。
もちろん、ペアを組んで久しいフランソワーズもすっかり慣れていて、微笑を返しながら彼の横に座ると、柔軟運動を始めた。
 
「お兄さん…何か言ったかい?」
「いいえ…大丈夫よ。兄はいつも私の気持ちを一番に考えてくれるから」
「…そうか」
 
でも、とジョーは思う。
あの大会の後…兄のアルベルトよ、とフランソワーズが紹介してくれた銀髪の青年は、笑顔の中から突き刺すような眼差しを向けてきた。
 
無理もない、と思った。
僕は、彼女を庇いきれなかったのだから。
 
ルールでは、男性が女性に攻撃を加えることは禁じられている。
が、防御ならできる。
フランソワーズへの攻撃を防ぐことも、彼の役目だった。
 
道場の若き師範、ピュンマが、フランソワーズをことのほか大切に思っていることをジョーは知っている。
彼女は、ピュンマがまさに一から育て上げた天才少女であり、親友の妹でもある。
その彼女を、人柄もまだよく知らないはずの自分にパートナーとして託してくれた…その信頼を、ジョーは重く受け止めていた。
…だからこそ。
 
そもそもは、バレリーナを目指していたのだ、という。
床に両脚を広げて座り、伸びやかに両腕を伸ばしていく少女の姿は、たしかに優雅で美しい。
溜息がでそうになるのを抑え、彼女から視線を引きはがすと、ジョーは黙々とストレッチを続けた。
 
今度こそ…今度こそ、彼女には一指も触れさせない。絶対に傷つけない。
もし「今度」が僕に許されているのなら…だけど。
 
昨日。
君にはあらかじめ話しておこう…と、ピュンマは難しい表情でジョーに言った。
 
「今回、君とフランソワーズを組ませるのはやめようと思っている」
 
大会に出場する相手ペアの一人が、かつてジョーと組んでいた…当時、恋人だという噂もあった女性だった。
試合に私情をはさむつもりはない、と気色ばむジョーに、ピュンマは冷ややかに言った。
 
「君がそうするつもりだということは…俺もよく理解している…だが」
 
…だが、今の君にフランソワーズを任せることはできない。
 
悔しかったのは、信用してもらえなかったことではなく…
そうではないと言い切れなかった自分自身だったのかもしれない、とジョーはぼんやり思っていた。
 
 
 
次の大会では一旦ペアを解消し、フランソワーズだけが別の男性と組んで、レベルをひとつ下げた部門に出場する…と、ピュンマは二人に告げた。
ジョーがそれに応え、黙礼したときだった。
 
「…そんな!…先生、私…!」
「これは決定だ…いいな。ジョー、フランソワーズ」
「待ってください!いやです!」
「…フランソワーズ?」
 
フランソワーズは憤然と立ち上がり、ピュンマの目をまっすぐ見つめた。
 
「ジョーと組ませていただけないのなら、私、出場しません!」
「…何?」
「私に力が足りないのは…わかっています。でも、それならジョーを、彼にふさわしいパートナーがいる道場へ移籍してあげてください。ここで…私のせいで試合に出られないなんて、ひどいわ…!」
「…フランソワーズ」
「それができないのなら、ジョーと組ませてください。今まで以上に一生懸命…命がけでがんばります…だから、先生、お願いします…!」
「思い上がるな、フランソワーズ!」
「…っ!」
 
ピュンマは怯むことなくフランソワーズの青く澄んだ目を見つめ返した。
 
「君を庇うことが、どれだけ彼の負担になるか…君にはわからないのか?」
「ピュンマ?!それは、違う…!」
「黙っていろ、ジョー!…フランソワーズ。力が足りないのはわかっている、だと?…本当にそうなら、彼と組みたいなどと、口がさけても言えないはずだ!」
「……」
「この間の決勝でも、確かに君たちが勝った。が、それはジョーがあってはならないほどの力を振り絞ったからだ。こんなことを続けていては、彼が潰れてしまう」
「ピュンマ!」
「力をつけろ、フランソワーズ。せめて…そうだな。かつて、彼のパートナーだった、ミス・マユミと同じぐらいには、だ」
「…先生」
「今度の大会には、彼女も出場する。君はジョーに恥をかかせるつもりか?」
「……」
「何を…!話が違うぞ、ピュンマ……待て、フランソワーズ、どこに行くんだっ?!」
「追うな!」
 
ぎり、と奥歯を噛みしめ、振り返ったジョーを、ピュンマは射貫くように見つめた。
 
「俺は本当のことしか言っていないつもりだ。彼女にも……君にもな」
 
 
 
「…こんなところにいたか。今、何時だと思ってる。不良娘が」
 
長い息をつきながら、アルベルトは振り向かない妹の背中に語りかけた。
 
「ピュンマが、すまないと言っていた」
「……」
「ああ、オマエにじゃないぞ?…俺に心配をかけることになったことを、だ」
「……」
「行くぞ。…話は聞いた。俺は、アイツの言うとおりだと思う」
「…わかっているわ」
「だろうな。オマエは馬鹿じゃない。…だったら立て」
「…イヤ」
「よくわからんが…あながちオマエだけのせいだというわけでもないようじゃないか?…その、マユミとかいう選手は、ずば抜けた力をもっていて…どのみち、ジョーとつりあう女は彼女ぐらいしかいない…そう聞いた」
「…ええ」
「だったら、どうしようもないことだ。ジョーは、どこへ行こうが、マユミと組めない限り、同じことなんだろう…だから、ここで…とにかく一番早くモノになりそうなオマエの成長を待つ。理に適っていると思うがな」
「…ジョーは…どうして、マユミさんとのペアを解消したのかしら」
「…?さあな」
 
フランソワーズはうつむいたまま続けた。
 
「二人は、本当に素晴らしいペアだったの…誰も叶わなかった。ずっと憧れていたわ。私も、いつかあんな風に…強くて、美しい試合をしたい…って」
「……」
「そのジョーと組むことになって…とても緊張したけれど…嬉しかった」
「ピュンマも、ペアを解消する、と考えているわけではないようじゃないか…とにかく今は練習しろ。それで強くなれば、すぐに…」
「…いいえ。無理よ、私には」
「フランソワーズ」
「ピュンマ先生は…きっとそれもご存じなんだわ」
 
フランソワーズは、かつて何度も見た、ジョーとマユミの流れるような連携を思い浮かべていた。あれは、ただ優れた選手が互いに信頼し合い、力を出し合った結果…というだけではない。
それが、彼と組み、練習を重ねるうちに、フランソワーズには少しずつわかるようになっていった。
あの…呼吸は。
 
「二人は…恋人同士だったんだわ。…深く愛し合っていた」
「…で?」
「だから…私には…」
 
アルベルトは肩をすくめてみせた。
 
「トンでもない話だな、おい?…恋人同士にならねーと、一流にはなれないのか?…どうも怪しい競技だと思っていたが……」
「もちろん、そうじゃないわ。みんながそうだとは思わない…でも…!」
「で?オマエは、アイツを好きになれそうもない…そういうことか」
「……」
「違うのか?…だったら、残る可能性は…」
「…兄さんの…意地悪」
「ああ。承知しているさ。昔から、言われ通しだった」
 
馬鹿なヤツだ、と思いながら、そっと後ろから妹の両肩を抱き、隣に座った。
素直にもたれかかる儚い重さが愛おしい。
 
「なあ。やっぱり、バレエに戻らないか?…もう、いいだろう」
「…イヤ」
「…ふん」
 
まあ、そういう娘だということも、わかっているのだ。
 
 
 
そうか、今日は2月14日だっけ…と、ジョーはどこかくすぐったいような思いになり、頬を染めて見上げるフランソワーズから、小さい包みを受け取った。
 
「どうも、ありがとう」
「いつも…ごめんなさい。迷惑をかけて」
「迷惑だなんて、思っていない」
「…ごめんなさい」
 
あれから、ジョーは大会をふたつ見送った。
そのたびフランソワーズは泣き、泣きながら歯を食いしばって稽古を続けた。
強い子だ、と思う。
 
試合からはしばらく遠ざかっているが、それで腕が鈍ったようには感じなかった。
無心で稽古を続ける彼女を見ていると、心が澄んでいくような気がする。
自分も稽古にひたすら集中できるのだった。
 
マユミと組み、最強とうたわれていた頃は、とにかく勝ちたいとしか考えなかった。
望みがかなって、文字通り無敵となったとき…そのとき、ふたりは何かを見失った。
 
あの轍を踏もうとは思わない。
 
「あれ?…あとふたつある」
「あ…!」
 
ジョーにひょいっとカバンをのぞき込まれ、フランソワーズはますます頬を染めた。
 
「ふふ、ごめんごめん…プライバシーの侵害、だよね」
「これは…ピュンマ先生と…兄さんに、なの」
「…そう」
 
ってことは、僕へのコレも、義理チョコか。
まあ、当然だよなあ…
 
がっかりしたようなほっとしたような奇妙な気分だった。
 
これが、今の彼女と僕。
しばらく、このままでいるのも悪くない。
…でも。
 
ジョーはふと思いに沈んだ。
イメージできるような気がする。
 
身も心も深く結ばれた女…かつての恋人が、敵として立ち向かってくる。
その前に立ち、彼女の渾身の力をこめた拳を受け止める自分の腕。
 
その腕は、痛むか……?
 
イメージできる。
折れそうな痛みの後ろに……一輪の花が咲いている。
儚く、可憐で…しかし凛として咲く、穢れない白い花。
だから。
 
だから、僕は折れない。
この花を守るために。
 
「…いけそうだな」
「え…?」
「ピュンマに頼んでみる……次の大会には君と出たいって」
「……」
「あ。その、チョコレート」
「…?」
 
カバンの中を指さされ、フランソワーズはきょとん、とジョーを見上げた。
その表情もどこか愛しい。
 
「君がソレをピュンマに渡すだろ?…そうしたら、頃合いを見計らって、僕が試合のことを頼みにいく」
「…でも」
「大丈夫。…頼み事をするときは、機嫌が最高にいい所を狙うのがコツ…さ」
「まあ…!」
「よろしく頼むよ、フランソワーズ」
「…そんなこと…言われても…私なんかからチョコレートをもらったぐらいで…先生の機嫌がよくなるとは思えないわ」
 
フランソワーズは、穏やかだけれど厳しい師匠の面差しを思い浮かべ、肩をすくめた。
ジョーがまた笑う。
 
「それじゃ…教えてあげるよ……こうしたらいい」
「……えっ?」
「おい、ジョー!何してるっ?!」
「わ…っ!」
 
慌てて顔を上げると、ピュンマが憮然と腕組みをしてこちらを見ている。
思わず苦笑しながら、真っ赤になったフランソワーズをそっと離し、ジョーは悪びれない視線を返した。
 
「何だよ、センセイ。いいところだったのに」
「ふーん?…なるほど。アルベルトによーく言っておこう」
「え?!…ちょっと待てよ、ソレ、反則!」
「あ、あの、先生…違うんです、私…あの、ジョーは、あの…っ!」
「黙れ!」
 
厳しく被せられた叱責の声に、ひゅ…っと、フランソワーズが息をのみ、体を縮めた。
その彼女の両肩を優しく抱き、支えるようにしながら、ジョーは近づいてくるピュンマをにらみつけた。
 
「やはり、緊張感がないとロクなことにならないな」
「……」
「次の試合に出ろ、ジョー」
「…っ!」
「もちろん、フランソワーズと、だ」
「…ピュンマ」
「いいか、もうイチャイチャしてる暇はないぞ!」
「っ!先生、私たち、別に、そんな…!」
「黙って、フランソワーズ。…もちろんさ、ピュンマ。ありがとう」
「…ったく!…ホントに噂どおりだな、オマエは。油断も隙も…」
「濡れ衣だよ」
 
にっと笑うジョーの表情に、ピュンマはこめかみが痛むのを感じた。
いったい、いつの間に、コイツは……
 
アルベルトに告げ口などできるはずがない。
オマエがついていて何してやがった!と、ボコボコにされるのが落ちだ。
 
「濡れ衣って…なんのこと、ジョー?」
 
無邪気な声が頭痛に拍車をかける。
さっさと退散することにして踵を返したピュンマに、ジョーののんびりした声がとどめをさした。
 
「コレ。義理チョコだったのに…ってことさ。そうなんだろ、フランソワーズ?」
 
 
もちろん、しどろもどろになっているだろう愛弟子の返事まで聞いておく義理など、ピュンマにはないのだった。

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