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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

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旧ゼロ
 
 
あー、またやってやがるな…と、アルベルトはあくびをして伸び上がった。
せっかくいい気分で昼寝をしていたというのに……
 
「いい加減にしろよな!たかが掃除当番じゃないか!」
「たかが、ですって?…私、ずーーっとクラスのみんなに責められっぱなしなのよ、あなたのせいで!」
「ふーん?…なんで、君が?」
「知らないわ!」
「自業自得だな。いつも僕にひっついて回ってるからだよ」
「なんですって?」
「僕がいくら掃除をサボろうが、君とは関係ないはずだ。そうだろう、フランソワーズ・アルヌール?」
「ええ、そうですとも!…でも、私と関係あろうとなかろうと、掃除当番をサボって、毎日いろんな女の子とうきうきふざけ歩いているのはみっともないことだと思いますわ、島村ジョーさん?」
「何だと?!変なこというな!僕がいつ、そんな……」
「今だよ、今…!」
 
がらり、と窓を開け、アルベルトは怒鳴った。
ぎょっと見上げる二人を、思い切り冷たい視線でにらみつける。
 
「あ…アルベルト…」
「ごめんなさい…うるさくしてしまって」
「なぁ、ジョー。うきうきは結構だが、もーちょっと静かに人目を忍んでやってくれ。その方がカノジョも喜んでくれるかもしれないぜ?」
「…な!」
「変なこと言わないでくださいっ!」
 
フランソワーズの抗議が始まる前に、ぴしゃっと窓を閉めてやる。
昔から、ジョーよりも彼女の方がいざとなると弁が立つ。
 
なんとなく耳を澄ませていると、さっきよりは小さくなった声で、それでも二人は君のせいだとかアナタが悪いとかまだ言い合っている。
 
「変わらんヤツらだなあ……」
 
まったく。
幼稚園児のころから、いつもくっついて歩いているくせに、いつもケンカばかりしているふたりだった。
 
さすがに、高校生となった今は、いつのまにかどちらからともなく黙るようになったようだが、チビの頃はそういうわけにいかなかった。
きーきー騒ぎまくったトドメは、やかましさにたまりかねて出てきた互いの母親に無理矢理引き離され、嫌がってわんわん泣くのだ。
 
「でも、二人ともオトナになったわ」
「…そうか?」
 
振り返ると、ヒルダが両手を腰に当てて仁王立ちになっていた。
一応、微笑してはいるけれど。
 
「ともかく、やーっとアナタを起こしてくれたことについては、私、今のところ、あの二人にとっても感謝していてよ…アルベルト」
「…そんなに寝ていたか?」
「ええ。たっぷり2時間。愛しいあなたがひどくお疲れのご様子で、頼むから買い物に行くのはちょっと待っていてくれ…とおっしゃったから、おとなしく待っておりましたの」
 
…それはそれは。
 
 
 
軽やかに回る車輪が、きゅっとブレーキを握ると小気味よく止まる。
何度もそれを確かめて、ジョーはよーし、と満足そうにうなずいた。
 
「これでもう大丈夫!」
 
ここのところ、自転車の調子が少しおかしかった。
一人で乗っていると何でもないのだが、フランソワーズを乗せると、微妙に車体がきしむような音を立てるのだ。
彼女がとりわけ重くなった…ということもないようなのに、ペダルも何となく重く感じる。
もっとも、そんなことを、普段のジョーならいちいち気にしたりしない。
…が。
 
以前からフランソワーズに気のあるらしい、物好きな上級生が、最近自転車を新調したのだった。
彼がわざとらしくフランソワーズの前で、ぴかぴかの自転車を見せつけるように止めては話しかけているのを、ジョーは何度か見かけていた。
 
フランソワーズはいつも女友達と一緒で、それを気に懸けているようでもなかった…が。
もちろん、ヤツは彼女が一人になるときを狙っているに違いない。
 
あの跳ねっ返りのじゃじゃ馬のドコがそんなにイイというのか、ジョーにはどうしてもわからない。
わからないからソレはどうでもいいのだが、問題は、その上級生の人柄だ。
金持ちの息子らしい彼は、一見人当たりのいい男だったが、学業でもスポーツでもぱっとしたところが一向に見られない。要するに怠け者で、その上女好きの噂もあった。先日合格したのだという大学も、金さえ積めば、試験は名前だけ書いておけばいいという噂のある学校で。
 
で、フランソワーズはといえば、実にお人好しで…ジョーが見ていると、ハッキリいって、馬鹿なんじゃないかと思うことさえあるのだ。
放っておけば、あのロクデナシにころっとだまされてしまうのは目に見えている。
しかも、ヤツは、この春高校を卒業する。
ここが最後のチャンス…と焦っているはずなのだった。
 
コドモの頃から、彼女を自転車に乗せて走るのは慣れている。
結構周囲もソレを見慣れていて、ジョーをさしおいて彼女を荷台に誘うような命知らずの男はまずいない。
が、そういった空気が読めない愚鈍な男というのもいるわけで。
ソイツはまさにそういった類の男だったのだ。
 
自分は試金石のようなモノだ、とジョーは自負しているところがある。
別にフランソワーズを…よりによってあの跳ねっ返りのじゃじゃ馬を、他の男と争う気などさらさらない。
さらさらないが、幼なじみのよしみ、彼女があまりにもくだらない男に引っかかるのを目の当たりにするのも想像するに、面白いことではない。
 
ということは。
彼女を、僕の荷台から鮮やかにかっさらっていくような見事な男なら、何の問題もないワケだ。
 
ジョーはそう考えていたのだった。
そんなことを考えている自分がどこかオカシイかもしれない…などと、疑ったこともなかった。
…本当に、なかった。
 
その日…生徒会の集まりで帰りが遅れ、彼女を追って、昨日調整したばかりの絶好調の自転車を転がしていくまでは。
 
意識して追いかけたのは、今日は彼女が一人だと予想できたからだ。
勢いよく角を曲がってみると、果たして、その通りだった…が、ジョーはぎょっとして、咄嗟にブレーキをかけた。
 
一人だと思っていたフランソワーズが、バイクを停めた見知らぬ男と楽しそうに立ち話をしているのだった。
やがて、彼女は男が手渡したヘルメットをぎこちなくかぶり、これもまたぎこちなくバイクの荷台にまたがった。
 
…何やってるんだ、アイツ!
 
新調の自転車…どころの騒ぎではない。
それなのに、バイクが走り出すまで、ジョーは身動きできなかった。
辺りの空気を震わす爆音でようやく我に返り、ジョーは思い切り地面を蹴って、自転車に飛び乗ると、全速力で走った。
 
なんなんだ、あの野郎っ!
フランソワーズをどこへ連れて行くつもりだ?!
 
「絶対に見失うもんか…!」
 
ジョーはひた走った。
何度か悲鳴や怒号を後ろに聞いたような気がしたし、信号無視もした…ような気がする。
が、そんなことに構っていられない。
 
走って走って……
ようやくバイクのブレーキランプが長く点り、エンジン音が止まった。
ぜいぜい息をつきながら、ゆっくり辺りを見回したジョーは、思わず何度も瞬きしていた。
 
ここって…ウチ、じゃないか!
 
「あら、ジョー!今帰ったの?」
 
のんびりした声のする方向に、呆然と顔を向けると、ヘルメットをはずしたフランソワーズがにこにこして手を振っている。
そして、その隣に立っているのは……
 
「紹介するわ、ピュンマ…お友達のジョーよ…ジョー、この人はピュンマ…私のイトコなの」
「…え」
 
イトコ?
 
「はじめまして、ジョー。君の話はフランソワーズによく聞いていた…会えて嬉しいよ」
「…はじめ、まして」
 
僕は、アンタの話を聞いたことなんて…なかったけど。
 
 
 
そんなわけで、出会い方は最悪だった、とジョーは思う。
が、にも関わらず、ピュンマは実に立派な青年だ。
それは認めざるを得ない。
 
彼はずっと外国で暮らしていたのだが、今、仕事の関係でこっちに来ているのだという。この近くにアパートを借りたのも、フランソワーズの家族が強く勧めたからだとかで。
たしかに、慣れない異国での暮らしを始めるとき、親切な親戚が近くにいてくれれば心強いはずだ。
 
そして、親切な親戚といえば。
親切であることにかけて、フランソワーズの右に出るモノなどいない、とジョーはいつも思っている。
ハッキリいって、馬鹿なんじゃないかというぐらい、彼女は親切なのだから。
 
「ああしていると、アイツら、まるで夫婦だな」
「うふふ。ほんと。私たちと一緒ね」
「いや、そういう意味じゃなくてだな…」
 
のろのろと振り返ると、ヒルダと仲良く並んだアルベルトが、遠ざかるピュンマとフランソワーズを…そして、ついでに、その後ろ姿を憮然として見つめているジョーを、眺めているのだった。
 
「気になるか、ジョー?」
「…何がですか?」
「あら、大丈夫よ。だって、イトコ同士は結婚できないでしょう、アルベルト?」
「できる。ぎりぎりでな」
「そうなの?…まあ…それじゃ、少しは気になるわねえ、ジョー…」
「なんなんですか、二人ともっ!」
 
思わず叫ぶジョーの大声に、不快そうに眉を寄せながら、アルベルトはつまらなそうに言った。
 
「ヒルダがなんだか菓子を焼いたんで、オマエたちを呼びにきたのさ…オマエだけでも食わないか、ジョー?」
「…結構です」
「残念だわ…おいしくできたと思うのだけど…チョコレートケーキなのよ。もうすぐバレンタインデーだから、その練習なの」
「そうですか」
 
勉強があるので、失礼します…と、礼儀正しくアタマを下げ、さっさと家に入っていくジョーの後ろ姿に、ヒルダは感心して何度もうなずいた。
 
「このごろよく勉強しているわね、ジョー…さすが、もうすぐ受験生になるだけあるわ」
「…まったくだ、な。この調子で1年やりとおせば、結構な大学へ行けるだろうさ」
「まあ。…本気でそう思ってるの、アルベルト?」
「もちろん。…ぶっ倒れさえしなければ、だが」
「…ホントねえ…」
 
ヒルダは気遣わしげに溜息をついた。
 
 
 
カーテンぐらい閉めとけよな!
 
心で罵りながら、ジョーはしゃっ!とカーテンを引いた。
向かいの家の、居間のカーテンは開けっ放しだった。
そして、中には皓々と灯りが点り、その下で、アルベルトとヒルダが熱烈なキスを交わしているのだった。
そういえば、今日は2月14日だ。
 
本当を言えば、雨戸も閉めてしまいたい。
あのばかっぷるがソレに気づくことなどないのだろうし。
…でも。
 
雨戸を開けるには、まず窓を開けなければならない。
そして、窓を開ければ、隣家の…アルヌール家の賑やかな笑い声も聞こえてしまうだろう。
ジョーは軽く唇をかんだ。
 
そうか、2月14日。バレンタインデーだ。
…だから、だったんだ。
 
ピュンマは、毎日のようにフランソワーズを…いや、名目上はアルヌール家を訪れ、夕食をともにしているようだった。
ジョーも何度か誘われたことがある…が。あれこれと口実を設けては断っていたのだ。
だから、今日も。
 
今日のフランソワーズは結構しつこかった。
勉強があるから、といつものように固辞するジョーに、今日だけはどうしても来て欲しいのだと何度も食い下がった。
 
今日だけは…ということは、今日は特別な日だ…とでもいうことか。
 
そう思った途端、ますます行きたくなくなった。
結局、彼女が根負けした…のだけれど。
 
そうか、バレンタインデーだったんだ……
 
それで、向かいのばかっぷるについても合点がいった。
たぶん、ヒルダは無事ケーキ作りに成功したのだろう。
そして……フランソワーズも。
 
さっきから、甘い香りが漂ってきているのも…そういうことだったのだ。
ということは。
 
予想通りだった。
ジョーの通学カバンは、異様なふくらみを見せていた。
きっと、いつのまにか女の子たちがチョコレートを押し込んでいったのだ。
気づかなかったなんて、どうかしているなあ…と、ジョーはぼんやり思った。
 
いや。
気づきたくなかったのかもしれない。
もしかしたら、押し込まれた包みの中に…フランソワーズのモノも入っているかもしれないのなら。
いわゆる、義理チョコ、というヤツだ。
 
ピュンマは、本当に立派な男だった。
彼が来てからというもの、フランソワーズに関して、ジョーがするべきことは何一つなくなっていた。
 
彼女に勉強を教えることも。
彼女の話し相手になることも。
彼女を、怪しいヤツらから守ることも。
 
みんな、彼は見事に…おそらく、ジョーよりも遙かに鮮やかにやってのけた。
僕にできて、彼にはできないことがあるとしたら……
 
…ケンカ、かな。
 
こみ上げてくる苦い笑いを押し殺し、ジョーは大きく深呼吸をすると、無造作に教科書を引っ張り出した。
 
とにかく、今日も勉強だ。
明日は実力テストがあるのだから。
 
 
 
いつのまにか、うとうとしていたらしい。
教科書につっぷしていた。
 
物憂げに顔を上げると、ジョーは大あくびをした…が。
そのときだった。
何か、物音が…する、ような気がした。
 
「…屋根…?」
 
雨戸を閉め忘れた窓の外から、たしかに不自然な音が聞こえてくる。
ジョーは、身をかがめ、足音をしのばせて窓際に近づいた。
…やはり、音がしている。
 
「誰だっ!?…うわっ!」
「きゃあっ!」
「フランソワーズっ?!」
 
驚いて足を滑らせ、そのまま落ちて行きそうになったフランソワーズの手首を、ジョーは必死でつかんだ。
 
「な、なに…何やってるんだ、君はっ?」
「ジョー…こそ。脅かさないで…!」
「脅かしたのはそっちだろっ?」
 
わけがわからない。
フランソワーズは薄いカーディガンとスカート、ソックスだけの軽装で、コートも着ていない。
要するに、部屋から屋根伝いで来ようとした…ようなのだった。
 
「馬鹿か、きみは…っ!冷え切ってるじゃないか…!」
 
夢中でひっぱりあげ、とりあえず部屋へ入れる。
ストーブの前に突き飛ばすように彼女を押しだし、手近にあった膝掛け毛布をアタマからすっぽりかけてやった。
 
「…ごめんなさい…ホントにお勉強…していたのね」
「ホントにって 何だよ。失敬な」
「…ごめんなさい」
「いったいどうして……」
 
フランソワーズはおずおずと毛布から顔を出し、ジョーを見上げた。
見慣れているはずなのに、妙にしおらしいその眼差しに、なんとなく胸が苦しくなるような気がして、ジョーは思わず視線をそらした。
 
「だって。この頃、ジョー、お勉強ばかりで…お話してくれないんですもの…今日も、断られてしまったし」
「…だからって、屋根から来るか?」
「そうしないと、会ってくれないから!」
「…フランソワーズ?」
「…これ…私が作ったの」
「…え?」
 
小さな包み。
甘い匂いが微かに漂ってくる。
と、いうことは……
 
「チョコレート?」
 
バレンタインデーの…?
 
「そうよ」
「…僕に?…君、わざわざ、コレを…渡すために…屋根」
「だから!…そうしないと…あなたが、会ってくれないから」
「毎日会ってるじゃないか」
「みんながいるトコロで、だわ!」
「それは……えっ?」
「……馬鹿。」
 
青く澄んだ瞳から、ぽろ、と透明な滴がこぼれる。
くらくらしそうになるのを懸命にこらえながら、ジョーは毛布ごとフランソワーズを抱き寄せていた。
…まだ、冷たい。
 
「馬鹿は…君の方だろ。こんなに…冷えて」
「や!キライよ…あなたなんかキライ…離して、ジョーの馬鹿!」
 
離せるもんか。
きみが暖まるまで。
いや、そうじゃない…!
 
やっぱり馬鹿なのは君だ、フランソワーズ。
こんな日に、こんな格好で、こんな時間…一人でこんな風に来るなんて。
ずっと心配していたとおり、じゃないか。
 
何がチョコレートだ。
それどころじゃないだろう。
こんなことしてたら…あっという間に食われちまうぞ!
 
キライだって?
構うもんか。
 
君が、悪いんだからな!
 
「え…?ヤ…いやよ、……ん…っ!」
「……」
 
…あ。
カーテン…閉めた…っけ?
 
 
 
「あらあら…いいわね…青春…って感じかしら?」
「あの、馬鹿!……カーテンぐらい閉めやがれ」
「それはお互いさまでしょ、アルベルト…?」
 
とはいえ、こっちの灯りはもう消してある。
向こうから見えることはないだろう。
 
「…そろそろ通報するか?」
「ま、ヒドイ!…大丈夫よ…ほら。もう離れたわ…ふふ、可愛い。真っ赤になってるわね、二人とも」
「…やれやれ。ベッドに押し倒しておいてソレか?…情けない」
「あら、アナタだって人のことは言えないわよ、アルベルト…忘れたの?」
「忘れたね」
「…まあ!」
 
くすくす笑いながら、チョコレートケーキの残りを何やらがさがさと包み始めたヒルダに、アルベルトは怪訝な眼差しを向けた…が。
すぐに、ああ、そういうことか…とうなずいた。
 
「それじゃ…ちょっと行ってくるわね、アルベルト」
「…頼んだぞ」
「任せてちょうだい」
 
ほどなく、ヒルダがジョーの家の呼び鈴を押した。
玄関が明るくなり、同時に、ジョーの部屋のカーテンが慌ただしく引かれた。
 
ヒルダはジョーの母親にチョコレートケーキを渡しながら、楽しげに話し込んでいる。
そうしているうちに、やがて、裏手の台所口から、小さな白い影がさっと出て行った。
 
脱出、成功した…か。
 
アルベルトはゆっくりカーテンを引いた。
この貸しは高くつくぞ、ジョー…と、微笑しながら。
 

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