3、夜と闇の中で
これまた言うまでもないが、ひよこパジャマは夜着るものである。
夜着る…というか、眠るときに着るものだ。
だから、ひよこ柄であろうがなんであろうが、気にすることはない。
夜の世界は眠りの世界であり、あくまで一人きりの世界だからだ。
例外はある。
009にしてはかなりめずらしいのだが、彼はタイラントをからかいつつ、「性」の世界はそうではないよね、と仄めかす。
性愛の世界は、共同体と相容れないものである。
恋人と過ごす夜に、家刀自のパジャマなどを着ていてはいけない。絶対にいけない。(涙)
性愛の世界は、共同体の外から新しいモノ(コドモ)をもたらす糸口であり、外界との接点になる。
そこに、家刀自の守護は及ばないし、及ばせてしまったら、外界との接触はできず、新しいモノも生まれない。
夜は、そういう世界なのだ。
フツウは、家刀自の守護のもと、ただひたすら眠るべき時間だ。
動いてはいけない。何かをしてはいけない。
もし、それでも、そこですることがあるとするなら、たったひとつだけ。
それが、つまり性の行為だ。
家刀自003がそうであるように、共同体の長・009も性の問題に公然と無防備に触れるのはタブーとなる。
だが、彼はなぜかそのタブーを冒し、恋人はいないのか、とタイラントにからかいの言葉を投げた。
もちろん、009自身の性のベクトルがタイラントに向いている、ということではないのだが、妙になまめかしい場面なのだった。
009が非常に珍しく、こういう話題でタイラントをからかう、のにはおそらく意味がある。
彼は、何か、今まで「009」としてやっていなかったことをしようとしているのだ。
それは、003の守護のもとフツウに眠ることを拒否し、夜の世界に出て真剣にやらなければならない…ことで。
フツウならそれはつまり性の行為なので、なんだかそんなような表現になってしまっているのだけど、もちろん、彼がやらなければならないのはソレではないだろう。
なら、何か。
だから、009とタイラントが、同じようにひよこパジャマを着て、フツウに眠った夜…その時、何が起きたのか、ということに、十分注目するべきなのだった。
この問題は「極北の地にて」の主題とも重なる。
再会の夜、ひよこパジャマに包まれつつ、009はクワイトの悪夢にうなされた。
そして、タイラントも。
なぜ、二人は再会するべきだったのか。
悪夢がよみがえると知りつつも、そうするべきだったのは…なぜか。
過去を乗り越えるため…と言うのは簡単だ。
でも、本当にそうなのか。
再会しなければ、悪夢がよみがえることはない。
で、よみがえらないものを克服する必要が、本当にあるのか。
ある、のだとしたら。
それは、なぜか。
答は、009が「相剋」の最後に語っている。
そのとき傍らにいたのは、003だった。
誰の心にも、闇はある。他人を憎む心。恐怖や欲望。それは、誰にでもあるのだ。
(そう…僕にも……)
それを見ないように、考えないように、そうしてきた。だが。
(それじゃあ、駄目なんだ……)
自分の中の闇を、弱さを、それを否定しても意味が無い。なくす事も出来ない。
クワイトは、009が目を背けて来たそれらを暴き、そして、それに直面する事を強制した。
けれど。
それは、009が闘うべき本当の『敵』の正体を知らせてくれる事に他ならなかった。
(そうだよ……本当の敵は……)
「ジョー?」
「あ…うん……」
心配気な声に、009はハッとした。
「大丈夫?」
「……うん……ごめん……」
「そろそろ、中に入らない? 陽も傾いてきたし…」
そう言う003に009は頷いた。
「そうだね」
本当の敵は、総ての人の心の中に居る。心の闇に。
勿論、この自分の心にも。
(クワイトは…その事を……教えてくれた)(「Act.10 夜明け」)
009がクワイトを徹底的に克服しなければいけないのは、彼が自分の中に今も厳然と「いる」からだ。見えなくてもいる。
それが最強の敵であるならば、気づかないふりをし続けることは危険だ。
そして、その戦いに、003が手助けをすることはできないらしい。
傍らにいる彼女に、009は一番大切な言葉を語らない。
彼は、それをただ自分の心に向かって言う。
クワイトとの決戦のときも、003は扉の外にいた。
光の中にいて、009の帰還を信じることが、彼女の役割だ。
家刀自のひよこパジャマは、009を安らかな眠りに誘う。
そのとき、夜はただ休息の時間である。
ひよこパジャマは、夜にうごめく闇の脅威から009を守る。
が、彼は守られているわけにはいかない。
戦わなければいけないから。
ひよこパジャマは、鎧にはならない。
それを脱ぎ捨てなければ、戦いは始まらないのだ。
「相剋」本編は極めて完成度が高い世界である。
これに番外編、もしくは続編をつけるのは相当難しいんじゃないか、と思うぐらいに。
が、こうして番外編ができた…ということは、「相剋」本編で語り切れていなかったことがある、ということでもある。そのひとつが、この「闇」の問題だったと思う。
物語の最後、家刀自003にも受け止められなかった、009が自分の中にしまうしかなかった問題が残った。
それは、つまりはタイラントの問題でもある。
クワイトとの決戦のときの003とタイラントを比べてみると、それがわかる。
「他に…誰か何か…?」
003が言い、ゆっくりと一同を見回す。口を開くものは居ない。
一人一人を順々に見、誰も何も言わないのを確認し、003は頷いた。
「…では、ここから出るのよ。これ以上、ジョーを困らせないで」
キッパリとしたその言葉に、一同はゆっくりと動き出した。
それを確認し、003が009を振り返る。
(これで…いいのよね? ……ジョー……)
きつく唇を噛み自分を見詰める003に、009は小さく頷き、笑った。
00ナンバー全員が部屋の外に出、放心状態のライを半ば抱えるようにして、アイラニが続く。
「タイラント、君もだ」
自分の側に寄って来て、出て行こうとしないタイラントに、扉の方を見たまま009は言った。
「…俺は……」
「言っただろう? この世界の住人は、三人だけだって」
「だけど…! 考え直せよ、ジョー! どんな目にあわされるか、判ってるのか!?」
「わかってるさ」
「ジョー!」
タイラントが009の正面に回り込んで、その視線を捕らえる。
「だったら……」
「判ってる。だから、出ていってくれ、タイラント」
歯を食いしばり、一語一語区切るように009は言った。
「僕が苦しむのを見て苦しむ君を見るのは…耐えられない……」
(…あ……)
「頼む。僕と、ウィッチとクワイトの三人だけにさせてくれ。自分以外の誰かが苦しむのを見せ続けられたら……耐えられる自信は、無いんだ……」
「…ジョー……」
言うべき言葉が見つからず、タイラントは009を見る。
と。
(…?)
009がゆっくりと瞬きをする。二回。
タイラントは、さりげなく俯いた。
二呼吸分の沈黙。
「出ていってくれ、タイラント」
もう一度、009が言う。
「………わかった……」
低く答え、そして、タイラントは扉の外に向かった。(「Act.9 決着」)
003が「納得」しているのと対照的に、タイラントは自力では「納得」できない。
そして、009の二人に対する態度も対照的なのだった。
009は、003に対して、何かを「説明」する必要を感じていない。
彼女は果たすべき役割をちゃんと自覚しているし、それを間違いなく実行するだろうということを、009は信じているのだと思う。
一方、タイラントに対しては「説明」が必要なのだった。
009は、タイラントがやらなければならないことを手信号で示した。
それを受け取り、タイラントは外の世界へ向かった。
003がなすべきことは、009の勝利を「信じて待つ」ことだ。
では、タイラントは何をなすべきだったか…というと。
手信号で示されたソレはつまり、「戦う」こと。
本来009がするべき戦い、でもできない戦いを、タイラントは託されたのだった。
しかし。
タイラントはそれを完全に受け取ることができなかった。
009に手信号を示され、「依頼」されて初めて彼は動けた。
さらに、地下牢を出たとき、00ナンバーに「行くぞ!」と声をかけたのは004だった。
「…みんな……」
004の声に、一同がはっとする。静かな内にも何か凛としたものを秘めた声音に。
「……行くぞ!」
短く言いうと、004は背を向けて歩き出した。その後ろに003とタイラントが続く。
一瞬の間。
そして、残りのメンバーも歩き始めた。
ドルフィン号に向かって。(「Act.9 決着」)
なんとなく不自然な雰囲気はあるのだが、このとき(というかこのときだけ)004は00ナンバーたちの「長」であった。もちろん、003は004に無言で従う。
そして、タイラントも。
が、この役割は本来ならタイラントが果たすべきではなかったのか。北海基地の戦いの時のように。
そうできなかったのは、ものすごく雑に言うと、タイラントがまだ「未熟」だったからだろう。
タイラントは、クワイトとの決着のとき、自分の役割を果たすことができなかった。
というか、彼の役割が何であるのか、ということ自体、そもそもはっきり示されてはいなかった。
それが、「相剋」本編の残した、そして「極北の地にて」で解決しなければならなかった問題だったのだと思う。
そう考えると、009が地下牢で別れのときタイラントに言った言葉は重い。
タイラントを「足手まといだ」と言ったにも等しいからだ。
苦しむ009。
それを見て苦しむタイラント。
タイラントが苦しむのに耐えられない009。
この構図は、「極北の地にて」でも繰り返されている。
そして、それこそが二人が乗り越えなければならない問題だった。
なぜなら、二人は本来、闇の中で……00ナンバーが、003が存在することができない場所で、共に戦う「仲間」でなければならないからだ。
かつて、009はタイラントに言った。
「君は…僕が一番苦しかった時に…僕を助けてくれた。もう二度と仲間のもとに戻れないと想って…それでも闘わなきゃって想って…けど、闘える自信なんて無くて……絶望して、死にたくて、そう望む自分が嫌で……たった一人で闇の中に居た時に、君はずっと僕を支えててくれた。君がいなかったら、僕は死んでいた。……ありがとう」(「Act.10 夜明け」)
009が仲間たちの共同体から遠く離れ、たった一人で闇の中にいるとき。
そして、戦わなければならないとき。
そのとき、009を支えるのが、タイラントの役割なのだった。
それこそが、「十人目の仲間」の使命であると言ってよい。
だとすると、クワイトとの最終決着で、タイラントが本当にしなければならなかった本来の役目は、009と共に地下に残り、戦うことだったのかもしれない。
もちろん、そう考えるのには無理がある。
「相剋」本編において、クワイトとの決着はどうしても009が一人でなさねばならないことだったのだから。
「相剋」本編はまぎれもなく009の物語であり、その中でタイラントはたしかに主要人物であるものの、一時的な登場人物に過ぎないし、タイラント自身も自覚していたように、009に守られている彼の「友達」に過ぎない。
…過ぎなかったのだ、と今では言うべきなのだろう。
この番外編が作られた今は。
「相剋」本編が終わったときから、009は次の戦いへ…闇へと向かわなければならかった。
しかし、それは、やはりあまりに恐ろしい。
だからこそ、009はタイラントと再会しなければならなかった。
「極北の地にて」で、タイラントを斥けようとしたとき、009は「友達で十分だ」と言った。
「友達」以上のモノ…つまり「仲間」でなくてもいいよ、と言ったのだ。
「十人目の仲間」になり、ともに戦うことの過酷さを、009は知っている。
タイラントがそれに耐える強さを持っている、と確信できなければ、009は彼にそれを課すことができない。
しかし、タイラントの助けが無ければ、その戦いに勝ち目はないのだ。
クワイトのもとで、闇をさまよったあのときのように。
4年ぶりの悪夢から目ざめたとき、憔悴しきったタイラントに気づいた009は、その過酷な運命から彼を斥けようとする。それは「相剋」本編で、009がとった態度と重なる。
009が、タイラントと「二度と会わない」と言い出したのは、唐突に見えるが、物語の上ではむしろ当然のことだ。タイラントの居場所は元々、ソコにしかないからだ。
それができないのなら、タイラントは「相剋」本編以降の物語から消えるしかない。
タイラントは、ずっと009に庇われていた。彼が戦わなければならない分のほとんどを、009は結局一人で背負おうとした。
それが「友達」としての在り方であり、「相剋」本編での二人の在り方だ。
そうして「相剋」本編は終わった。
で、その後、009は4年間一人で戦い続けていた……の、だろうか?
たぶん、違う。
009は逃げていたのだ。
勝ち目がない戦いをすれば、当たり前だが、勝てるはずない。
にも関わらず、009は無事に過ごしていた…のだから、それはつまり戦っていなかった、逃げていた…ということになるだろう。
タイラントを庇いながら、009は自分をも庇っていた。
そのままではいけないと思いながら。
もちろん、そういう時間が彼の心身の回復には必要だったのだろうけれど。
タイラントと会わなかった4年間は、009にとってそういう時間だった。
「相剋」本編は、009の無敵化で終わっているように見える。
彼にタイラントの助けが必要だったのは、クワイトに捕らわれていたごく特殊な状況下に限られており、彼が本来の009ではない時に限られていた。
だから、タイラントは「相剋」本編の異常事態が終われば、必要なくなる人物でもあった。
しかし。
「相剋」本編の最後の最後で、009は自分が無敵ではないことに気づいてしまっている。
逆説的になるが、もちろん、そう気づくこと自体が彼の無敵化そのものなのだけれど。
でも、無敵でないのだとしたら、やはり彼は何かを補わなければならないはずで。
幸い(?)物語があっという間に終わってしまったので、その問題はうやむやになるのだけど……
クワイトの支配下にいたあの時間は、実は009にとって特殊なものではなかった。
クワイトはいつも009の心の中にいる。彼との戦いは続いている。
そう気づいてしまった009が再び戦うためには、どうしてもタイラントの助けが必要になる。そういうことではないだろうか。
「それなのに俺は、4年もお前から離れて……いや、お前から、逃げてた」
ほんの一瞬、009の指先が震える。その様子をじっと観察しつつ、タイラントは静かに言葉を続けた。
「最初、ライ達と一緒に中東に行ったのは……お前と一緒に日本に行かなかったのは……別に逃げる為じゃなかった。むしろ闘う為だった。何と闘う為かはわからなかったけど、でも、何かを……何かをする為だった。それは嘘じゃなかったし、今でもそうだよ。だけど……」
そこで大きくひとつ息をつき、タイラントは拳を握り締めた。
声が震えないよう慎重に言葉を紡ぐ。
「……だけど、そうやって過ごして……あの頃の記憶がだんだん遠くなって……そしたら。……そしたら、俺は……」
「もう、いい!」
不意に009が叫んだ。
「もういい、もうやめてくれ、もう……」
聞きたくない……と、耳をふさぎ、激しく首を振る。
けれど。
一瞬だけ躊躇し、それから、タイラントは耳をふさぐ009の手を振り払うと、その顎を掴んで瞳を覗き込み、言葉を続けた。
「聞けよ、ジョー。……あの頃の記憶がだんだん遠くなるうちに、俺は、お前に会うのが怖くなった。お前に会えば、せっかく忘れかけてた事を思い出す。だから……」
刻み付けられた絶望。自分は、ずっと、それから目を逸らしてきた。傷を負ったことに気付かないふりをして、ただ忘れさえすれば大丈夫なのだと……そうやって自分を誤魔化してきた。
「……だから、何かと理由をつけちゃあ、俺は、お前に会わないようにしてきた。お前が心配だから……お前が俺に会ったら、そうしたら、あの頃の事を思い出して辛いだろうからって……そんな事を言って……。だけど……」
もう、声の震えを抑えることができない。
「本当は、そうじゃなかった。俺は、逃げてたんだ。……お前に会って、せっかく忘れかけてた事を思い出すのが……」
「やめるんだ……もう……」
弱々しい制止の声を無視し、タイラントは一気に言葉を吐き出した。
「それが、怖かったんだ!」(「極北の地にて 後編」)
タイラントの言葉に震える009。
聞きたくない、と叫ぶのは、タイラントの心がそのまま自分の心でもあるからだ。
しかし、目をそらそうとする009をねじ伏せ、タイラントは「逃げていた、怖かった」と言い放つ。
その彼の強さが、009に決意させる。
タイラントを「友達」ではなく「仲間」と認めよう、認めるべきなのだ…と。
決意さえすれば、009は迷わない。
後はなすべきことを淡々と…というか、或る意味冷徹に…というか、手段を一切選ばず実行してしまう。
そんなわけで、タイラントはテストされたり合宿させられたりしてしまうのだった!(倒)
4、弟
「極北の地にて」で、009は何度かタイラントに「君は強い」と言う。
この物語は、それを確かめることがテーマの一つだと言ってもよいくらいだ。
009が「君は強い」と言った相手として、私が第一に思い出すのは当然(というかなんというか)003なのだった。
「相剋」本編(Act.9 決着)で、009が平和の敵になるのなら戦おうと思っていた、と告白する003に、009は「君は…ほんとに強いね……」と言う。
同時に「それでこそ『003』だよ」とも言い、更に、「君がいてくれて良かった」とも言うのだった。
「強い」というのは、009の力を借りることなく、自分がなすべきこと…そして009にはできないことを成し遂げる相手に対して、彼が使う言葉なのではないか、と私は思う。
その言葉を009はタイラントに繰り返し使う。
しかし、タイラントにはそれが「わかっていない」。
そこが、003と違う。
実を言うと、009にもわかってはいないのかもしれない。
009が003の強さを確かめようとすることはない。が、タイラントに対してはそうではない。
再会のとき、009は気配を消してタイラントに近づいた。
で、彼の攻撃をくらってしまうわけだけれど。
そもそも、なぜそんな近づき方をしたのか、というのが問題なのだった。
ここで009が目を覚ますまで待っていて問題がある状況とは、すなわち、近くに自分が気付かなかった『敵』が居るか、あるいは、00ナンバー一同を始めとする仲間達……ウィッチやチアフル、ライ一党などなど……の誰かが、何らかのトラブルに巻き込まれているというような状況だ。
だが。
もし本当にそんな状況だったとしたら、009の様子はもっと違っていただろう。自分に声を掛ける時にしても、周囲に対して十二分な警戒をしていただろうし、そもそも、あんな風な近付き方などしなかった筈だ。(「極北の地にて 中編」)
009はタイラントを見つけたとき、仲間達が二人を会わせようとしているという意図に既に気づいていた。
だから、周囲に警戒などしていなかったわけで。
そして、タイラントが感心したように、009は彼の攻撃をきれいに素直に受け止め、ダメージを最小にしたのだった。
ということは。
009がおかしな近づき方をしたのは、タイラントの「強さ」を確かめるためだったと言ってよい。
彼の「本当の力」を確かめるため、そのとき009は全身全霊をあげていたのだろう。
サイボーグ戦士として、戦う力が自分と互角であるタイラント。
それはもちろん「強い」ということだ。
が、009が求める強さはそれだけではない。
たとえば003に対して、009はこう言う。誓う、と言ってもよい。
「君にそんな事はさせない……絶対に………」(「Act.9 決着」)
009は003の強さを信頼しつつ、しかしそれを発動させることは絶対にしない、と言うのだった。
が、タイラントに対しては違うと思う。
彼は、タイラントに、自分と同じように戦うことを要求している。それが過酷な戦いであると十分わかっているからこそ、彼は迷う。
だから、タイラントが自分の苦しみと向き合い、恐怖と向き合い、逃げていた自分を認めたとき、009は初めて彼の「強さ」を確信した。
それは、何より009自身に必要だった「強さ」でもあったのだ。
009はタイラントを「弟」と呼んだ。
もちろん「仲間」とも呼ぶのだけれど。
「弟」ということは、つまり「もう一人の自分」ということなのかもしれない。
003もある意味そうなのだが、彼女は常に光の中にいる。
戦士としての009は、どちらかというと光の中にいる自分より、闇に向かう自分の方を強く自覚している…という気がするので、そういう意味では、タイラントの方が003よりも「自分自身」に強く直接的に重なっていくだろう。
00ナンバーたちとウィッチたちは、009とタイラントが早く再会するべきだ、と考えていた。
なぜそう考えていたのか、00ナンバーたちの気持ちは直接書かれていないが、おそらくウィッチたちのそれと同じだとしてよいだろう。
「けどさぁ、二度と会わない……なんて、非現実的だぜぇ?」
何か事が起きれば、結局、会うことになってしまう可能性が高い、とチアフルが言う。その後を、ウィッチが断固とした声で続けた。
「だから、あんた達は会うべきだった。なのに、4年経ってもお互いに何もしようとしやしない。それで、私達があんた達が会うように取り計らったのよ」(「極北の地にて 後編」)
チアフルもウィッチも、「何か事が起きれば」ということを想定している。
009はいずれタイラントと再会し、ともに戦わなければならない。
逆に言うと、今のままでは戦うことができないのだ。だから、困る…何とかしなければならない。
実際、009もタイラントもこの4年間、戦ってはいないわけで。
戦っていなかった009が何をしていたのかというと、要するに003とともに光の中にいたのだろう。
それは物語にならない。
光の中でひたすら静かにぼーっとしている(倒)二人を延々描かれても困惑するというかなんというか。
003は誰よりも早く、タイラントを「仲間」と呼んだ。
彼女は、009が彼を信頼するよりも、もっと直感的に彼を信頼していたのではないかと思う。
彼女はひよこパジャマを縫い、手渡し、迷う009を極北の地へと送り出す。
彼が「弟」…もう一人の自分と出会うことができるように。
それは、おそらく、そうするべき時…再び戦うべき時が近づいているからだ。
009がタイラントに「君は強い」と言うとき、彼の目はあくまで厳しい。
「君は、強いよ」
不意に009はそう言った。
「……ジョー……?」
まっすぐに見つめてくる、茶の瞳。射竦めるようなその鋭さに、タイラントが言葉を失う。
「君は、強い。そう思っていないのは、君だけだよ」
氷点下の戸外ですら感じなかった寒気が、首元を掠めるような感触。怒気とも殺気とも違う、威圧するかのような空気に、指一本すら動かせない。
時が凍りついたかのような静寂。
死線の向こう側を知る瞳。(「極北の地にて 後編」)
009はタイラントに容赦しない。
彼は「弟」であり、もう一人の自分であるからだ。
彼がそれに耐えうる強さを持っていると確信してからは、009は遠慮無く(涙)自分への厳しさと同じ厳しさをタイラントに浴びせかける。
チアフルと009の「賭け」にも、そんな009の意識がかいま見える。
二人がいつ「賭け」をしたのか、というと、009がタイラントに対して「テストをしよう」と告げた後だと考えるしかない。
もちろん、そのとき009は、既にタイラントの強さを確信していた。タイラントは自分と同じモノだ、とわかっていたのだった。
だったら、賭けにはならない。
チアフルは、タイラントの話を聞き、「反則」と叫んだ。
それは、タイラントが009から見放されることを何より恐れていると知っていたからだろう。
それを避けるためなら、タイラントは手段を選ばない。もちろん「本気」だって出すに決まっている。
で、「反則」と言うからには、チアフルも当然知っていたのだ。
タイラントの強さは009と互角である、と。
賭けなど成立しないくらいに。
ただ、タイラントにはその自覚がないし、009に対して「本気」を出すこともないだろう。
そうチアフルは睨み、そこに賭けたのだった。
009がタイラントに「本気」を出して欲しかったのは、彼に自分の強さを自覚して欲しかったからだと言ってよい。共に戦うために、それは是非必要なことで。
そして、それをおぼろげながらも自覚させた…後、009はタイラントに「合宿」を課す。
ものすごーくしたたかなのだった。
この009と、直前までのタイラントを庇おうとしていた009が同一人物である…とは一見考えにくいようだけど、そんなことはなくて。
009は「他人」もしくは「友達」にはものすごく甘い。
で、同時に「自分」には恐ろしいほど厳しいのだった。
タイラントは「友達」から「弟」になった。
そう009に認められたわけで。
だったら、この態度の豹変(?)も当然のことなのだった。
すごーく気の毒だという気がするけれど。
たぶん009と関わるというのはそういうことなのだ。
もちろん、タイラントは003と同様(涙)好きでそうやって009と関わっている…のだし、その力もある…ってことで、つまり幸せなのだろうなーと思うしかないのだった(しみじみ)
そんな二人に、ウィッチが最後に言う。
「必要な手助けはしたわ。あとは、あんた達の問題。自分達でなんとかなさい」
「あと」にどんな「問題」が残るのか。
再会を果たし、お互いの存在を確かめた二人は、たぶんまた「戦う」ことができる二人になったのだと思う。
だとしたら、その「あと」にある「問題」とは、どのように共に戦うのか…ということなのかもしれない。
例えば、あくまで異質である00ナンバーたちとタイラントをどう009がつないでいくのか。
なんとなく悟っている(?)003はこれでよいとして、002や004とタイラントの間には何らかの確執や混乱が生じそうな気もする。
「相剋」本編ではまさに004に嫉妬するタイラント…なんて描写もあったし。
ただ、コレで実際に苦労しそうなのは結局タイラントだけかなあ…という気もする。
009はやっぱり変な人なので、タイラントと00ナンバーたちをあっさりひょいひょいつないでしまうような気がするし、00ナンバーたちは長年のつきあいで、そんな009の不条理さにも慣れているだろう。
やっぱり、タイラントはひたすら気の毒なのだった(しみじみ)
終わりに
〜ひよこパジャマと防護服〜
「相剋」で、クワイトとの決戦前、009は003から防護服を手渡され、「009」としてよみがえった。
共同体の長に、それにふさわしい非日常的な威力ある装束を用意するのは、まさに家刀自の仕事だ。
そして、003は同じように、今、タイラントにひよこパジャマを手渡すのだった。
正確に言えば、手渡したのは009だ。
おそらく、闇に属するタイラントには家刀自の力が及ばないから。
003はあくまで光の中にいる。
タイラントは違う。
彼はひよこパジャマを手にすることはあっても、防護服を着ることは生涯ないだろう。
それが、十人目の仲間としての宿命なのだ。
003は家刀自として、闇から彼らを守るひよこパジャマをタイラントに賜る。
それが、彼を仲間の一員に迎え入れる手続きとなる。
光の中にいて、彼に触れることができない003の代わりに、光と闇を行き来できる009が、彼にそれを手渡すのだった。
で、タイラントの使命を考えると、ひよこパジャマは着るためにではなく、むしろ脱ぐために渡されるのだ。
…というとなんだかスゴイことを言っているような気がするのだけど(汗)
でも、もちろん、ひよこパジャマを脱ぎ捨てた二人がすることは、そういうようなときに二人の人間がフツウにするようなことではない(しみじみ)<なに(汗)
タイラントの立ち位置は、読者…ジョーら部の読者…に、極めて近い、ということは既に指摘がされている。
たしかに、そうだと思う。
「十人目の仲間」はつまり「26番目の戦士」でもあるのだから。
そして、物語の、光が当たる世界…003たちがいる世界には決して入り込めないジョーら部読者は、そことは別の世界から009を支えようとするだろう。
タイラントは、そういう読者の在り方を体現しているともいえる。
ただ、タイラントと違い、読者は009とともに戦う「強さ」を持たない。
絶望的に持たない。イメージすらできない。当たり前だ。
だから、この物語を読んだとき、読者は、
ひよこパジャマを脱ぎ捨て、家刀自の力が及ばない世界で、009と一緒にすること♪(倒)
として、そういうときに私たちフツウの人がフツウにすること♪のイメージをどうしても捨てきることができない…のではないかと思う。
「極北の地にて」が、どーにもこーにもなまめかしいのは、そういうことなのではないかと思うのだった。<絶対だな(汗)
私はジョーら部ではないので、よくわからないのだけど(しみじみ)
そう考えてみると、ジョーら部読者は、防護服を着て009の傍らに立ちたい、とはあまり思わないのかもしれない。
というか、彼を知り、愛すれば愛するほど、それは無理なのだと悟ることになるわけで。
ならば、009と同じ防護服を着る者である家刀自003が作ったという、完璧な仕上がりのひよこパジャマにうんざりしつつ、それを無条件で尊重し、是非着るように勧める009の笑顔に苛立ちつつ、それでもひよこパジャマがそうやって彼から手渡される…のであれば、それはジョーら部にとって、これ以上ない幸福であるに違いない。
で。
なんとなく繰り返すが、ひよこパジャマは、009とともに着るものではない。
むしろ、彼とともに脱ぎ捨てるべきものなのだ。
そこから、新しい物語がきっと始まる。
もちろん、そうするには相応の覚悟と犠牲が必要なのだけれど。(しみじみじみ)
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