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019ジョーくん私論 序章・第一章
序章  
不純かも知れない動機
 
う〜ん(汗)
 
こんな事書いたら、また杉○博士に(伏せ字のイミあるのか>自分)
 
やっだ〜、めみさんって、ホントはしまむら好きだったんだぁ〜裏切りもの〜♪←?
 
って含み笑いされそうだし、E○さま(だから伏せ字のイミ…)に
 
勝ったわよ〜、ジョーくん♪ああっ、ジョーくんにチクるのはやめて〜>○田さま(涙)
 
とか言われてしまいそうなんだけど…
でもでも(涙)
 
019ジョーくん、好きなんだもん〜〜っ!!!(叫)
 
しくしくしくしくしくしく泣くことないだろう(汗)
 
…で。
 
なんだかすっごく悔しい(涙)ので、
 
どーして私は019ジョーくんにたぶらかされているのかっ!!!!!(怒)
 
について考えてみようと思った。
考えても無駄なんだけど、気は紛れるかもしれないし(汗)
 
 
 
第一章 第一世代は何を変えたか 
〜時間と009〜
 
第一節 
40年の意味 
 
とりあえず…019とこれまでの009の違いについて考えてみる。
というのは、私はこれまで、ジョーくん眼中にないヒトだった。
それが、変わった…のだから。
019とこれまでの009との違いがはっきりすれば、何かヒントがつかめるかもしれないではないか。たぶん(汗)
 
一番わかりやすいはっきりした違いとして、まず第一世代設定について考えてみよう。
 
第一世代設定が何故作られたか。
これについては、考えないことにする。
というのは…第一世代設定を何故作ったのか…というのは、どうも完結篇を待たなくてははっきりしないのではないかという気がするので。
 
だから、ここでは、第一世代が作られたことによって、何が起きたか…ということだけを考えていく。
 
さてさて。
 
考える前に、第一世代とは何か?
…を019で確認してみる。
 
第一世代について言及されている回数は、かなり少ない。
それが初めて示されたのは第4話、003が009に語る形でだった。
このとき、彼女は「ヨーロッパの戦争が終ってまもなく」自分たち(001〜004)はサイボーグにされ、その後凍結された…と語っている。
 
ヨーロッパの戦争…とはかなりぼかした言い方で。
これについては、たとえば紺野さんが019の舞台は「パラレル現代」だと言っている。『アニメージュ』2002.11月号
それで、そもそも019の舞台は私たちの知る歴史にあてはめることができない、というのがハッキリしているわけだが…
仮にハッキリしなくても、「ヨーロッパの戦争」という言葉だけで、それがどれくらい前のことかを予測することは不可能である…のは言うまでもない。
 
第一世代はいつ作られたのか。
第21話で、うっかりジェットくんがうっかり漏らした一言(笑)で、それは明らかになった。
 
あれからもう…40年か。
 
ってことで、002がさらわれたのが約40年前。
 
第38話「黒い幽霊団」で、さらに明らかになったのは。
 
002が作られ、テスト&改良が続く中で、003が設計され…004、という感じで、ほぼナンバー順に開発が進んだ、ということ。
で、001は002〜004とは別系統(?)ですでに存在していた。002と001の座を争った(笑)わけだから。
 
第38話を見ると、003と004は初めてのテストで002と引き合わされている…ように見える。
そして、その戦闘直後、004に拒絶反応が出る。
 
001〜004、凍結。
001が凍結されたのかどうかはよくわからないが、カプセルは4つある…(悩)
 
拒絶反応が出たのは004だけで、002と003については「時間の問題」と言われていたのだから、拒絶反応が出てから凍結まで、それほどの時間は流れていない…と考えるのが自然のように思うが、これについてはハッキリわからない。
 
4人が蘇り、005〜009が作られるまでどれくらいの時間がかかったのか、また、第一世代と005〜008までがいつ出会ったのか、脱出まで何があったのか…については一切わからない。
 
わからないことは多いが。
第一世代サイボーグたちは40年間のうち、相当の年数、眠っていた…と考えてよい。
決めては、描かれているギルモアの変化…というか、老化だ。
 
と、ここまで確認してから、第一世代の立場になってみよう。
 
 
実質的に第一世代だけで行動した記憶というのは、最短ならば、あの第38話の戦闘時のみ。
もう少し長いとしても、拒絶反応004の苦しみ方から考えると、それほどの時間ではなかった…と思われる。あんまり放置しておいたら死にそう(涙)
 
で、目覚めて、005以下の仲間達と出逢い…
脱出計画の中で、009に出逢う。
 
これを、これまでの009と比べてみると…
第一世代たちの「仲間」に対する実感は、
 
002…わけがわからず、サイボーグにされた→一人でテストを受けた(結構ヒドイ目にあう)→仲間らしい者たちに出逢い、すぐ凍結→目覚めて他の仲間と合流・脱出。
 
003…わけがわからず、サイボーグにされた→初めてまたはかなり初期のテストで002に出逢う。以下002に同じ。
 
004…ナンバー順に作られた、とするならば、003にほぼ同じ。
 
これって…これまでの009と、感覚では、さほど変わりはないのでは…?と思う。
「第一世代」の間の、特別な連帯感…のようなものは、戦闘の記憶の中では培う暇がなかったはずで。
 
彼らの間に絆があるとすると、それはもちろん、失った40年間を思うときの、同じ運命を背負った者としての共感…ってことになる。
でも、それは失った40年間を思う状況にあれば、の話で…
少なくとも、夢中で脱出し、暗殺者と戦っている間…戦闘中には、彼らがそこに思いを馳せる必然性はないし、そういうシーンもまた描かれていない。
 
そして、彼らは009に出逢う。
この辺りはこれまでの009と同じで。
味方になるかどうか、わからない…強い力を持つ、新しい仲間。
それが009。
 
わけがわからず戦う009に戦い方を教え、一方で彼の力に助けられる。
009は彼らを信じ、彼らとともに積極的に戦い、有力な戦力となる。
 
こうしてみると、第一世代設定が、初期における009たちの相互関係に、何か影響を与え得たかというと…どうもはっきりしないのだ。
009たちとの間にある40年の隔たりについて、第一世代たちは少なくとも戦いの中では無頓着だと言ってよい。
 
そして。009は019において、十分すぎるほど身を投げ出して戦っている。
そんな彼を見て、たとえば003ははっきりとその姿勢に感動する気持ちを表わしている(第4話)。
さらに、彼とのジェネレーションギャップについて、第一世代たちは何も語らない。
 
強いて言えば、003にその意識がある。
「とんだおばあちゃんでびっくりしたでしょう」発言だが。
しかし、これは、一種の諧謔ととることができ、この問題が以後彼女の言動に表れることもないのだ。
さらに、この発言を009は微笑で受け止めている。
40年という歳月は彼らの関係にほとんど何も影響を及ぼしていない…と思う。
 
一方、第11話で、007たちは彼女の「本当の年齢」について話をしたりする。
それが「禁句」という006の発言から、003がその話をいやがっている…ということは推測できる。
彼女は、自分が第一世代だということを意識していることはしているのだ。
第11話には、それを悲しんでいる彼女の姿も描かれる。
 
しかし。
だから、009をはじめとする、第一世代以外の仲間達との間に、彼女が何らかの隔壁を感じているかというと…
それについては、語られていない。
 
語らないのは手落ちだ、という考えもあるとは思うが。
でも、ここでは制作者の考えや能力や事情を推し量ることは一切しない。
 
語られていないのは、それがなかったからだ。
そう考えるしかない。
それ以上「推測」することは、019が表現しているものをそのまま受け止めてみる、という姿勢から逸脱してしまう。
ここでは、そういう姿勢はとらない。
 
極論になるが。
第一世代たちが、仲間としての他メンバーまたは009を受け入れていくとき、彼らだけがもっている40年間という年月は、実質的にはなかったも同然と言ってよい。描かれていないのだ。
 
 
第二節 
019に足りないもの
 
009の魅力は「仲間」である。
そのを実感できることが、この作品を享受するときの最大のポイントなのであって…
 
…というのは、もうかなり昔(私が009に出逢ったころ)からの定説といってよい。
それでは。
 
チームワークだの絆だのだって…ホントに原作にあるか?どこに?
 
と考えてみる。
実際、彼らのチームワークは、絆は…いつ、どのようにして作られたのだろう?
 
原作ヨミ篇で、003が、幽霊島を脱出したときの自分たちを振り返り、あのころはほんとによくチームワークが取れていた、と言う。
 
…取れてたか?(悩)
 
いや、もちろん、取れていた…とは思う。
でもって、019でも、それと同程度には取れていた…とも思う。
 
019では、第3話で、チームワークがとれていないがゆえの敗北が描かれる。
第4話では、空中分解しそうになる仲間達を、003が命がけで戦った009の姿を持ち出してなじり…さらにギルモアの示唆を受け、彼らははっきりとチームワークを意識して組み直す。
 
この場合、019の描き方のほうが、原作よりチームワークを強く意識している…と言える。
しかし。
 
019には仲間の「絆」が描かれていない、と嘆く感想は結構よく見かける。
 
その感想が間違っている…とは思わない。
というか、感想に間違っているも正しいもないわけで。
 
問題は、どうしてそう感じるのか?ということなのだ。
それは019が不出来だからだ、と言ってしまうのは簡単だが、それでは理由の説明になっていない。
 
019に「絆」の感動が足りないのだとしたら。
それは、019に何が足りないからなのだろう?
 
足りないもののひとつは。
 
による、009たちのチームワークの評価…だと思う。
 
原作では、ミュートス篇をはじめ、敵が「彼らの武器はチームワーク」ということを連呼する。新ゼロでも同じ。
 
ところが、019では、彼らのチームワークを認める発言をする敵がいない。
これはちょっと辛い。
 
というのは。
彼らの戦いは、人知れず行われているわけで…
誰かが作中でそれを「評価」することはあり得ない。
 
彼らの戦いぶりを評価できるのは、敵だけだったりするのだ。
 
…が。
 
スカールさまをはじめ、019では敵はみ〜んな、009たちが性能を超えた勝利を収めたことについて「まぐれ」としか言わない。(笑)
彼らの絆の強さについても、誰も言及してくれない。と思うんだけど…してくれたヒト、いたかな〜?(悩)
 
しかたがないから、ギルモア博士が言ったりするんだけど…
当然だが、彼が言っても手前味噌になってしまうわけで(涙)
 
これと同じことは、009&003の関係にも言えるのだけど。
それはちょっとおいておく。
 
とにかく、009たちの絆は、作中において評価されることがない。
ってことは…作中では、その存在を保証されてない…ってことでもある。
だから…弱いと感じられる…のだと思う。
 
 
もうひとつ、019に絶望的に足りないものは…時間
 
作中の時間ではない。
私たちの上に流れる時間…要するに、放映期間のことである。
 
これまでの009において、彼らにチームワークやら絆やらがある、という実感をもたらしたのは、ただただ、「時間」だと思う。
30年以上に渡って、連載が期待されていた(笑)その「時間」。
その間に…物語の外で、彼らの「絆」「チームワーク」は作られた。
 
009という作品を支えてきた、ひとつの柱は、時間そのものの力…なのだ。
閉じた作品の中で繰り返される時間(水戸○門とかサ○エさんのような)ではなく、どうやら終局に向かって流れている(という解釈もできる)生きた時間の長さ。
その点において、009は他のマンガの追随をゆるさない。
 
ところが。
019は、掛け値なしに「誕生」から始まった。
放映期間はわずか1年。
 
しかも、第一世代設定を取り入れることによって、原作が持っていた時間は一旦切り離された。
誕生篇から、しかも新設定で始める。
この時点で、019は「時間」を捨てた。
 
019は、新ゼロとは違う。超銀とも違うし、もちろん原作とも違う。
019は、生まれたての009なのだ。
 
1年じゃ…ダメだろう。
時間そのものにできることはほとんどない。
だから、エピソードでかなり意識的に補完しないと、たぶん彼らの「絆」は描けない。
 
でも…
エピソードが意識的に語ることの可能な程度で、「絆」を描いても…(汗)
 
はいはいはいはいはいはいはいはい、わかりやすかったですね、よくできました♪
 
…ってなってしまうかも。私だと(涙)
 
その愚を犯さなかったという点において、私は019はよくやったな〜と思っている。
新しい009を発動させた、その意味については、後で触れるとして…
新しいモノを発動させる場合、旧来の009と比べたら確実に見劣りするに違いない、というリスクをそのまま受け入れている…というのが、かなり好感がもてるわけで。
 
…ところが。
 
なんか…簡単にはいかないようなことが一つ残っていて。
それが…その、やっぱり「第一世代」だったりするのだ。
 
 
第三節 
第一世代とジョーくん
 
先に、第一世代の40年間について…さほどの意味はない、ということを述べた。
…が。
 
意味は大あり…だったりもする。
 
物語の中だけに限って考えれば…あまり意味はないのだ。
でも。
読者(視聴者)にとってはそうではない。
 
実際、第一世代の人たちの実感では…40年もたった…って気はしてないはずなのだ。
でも、視聴者はそれを知っている。その40年を。
 
原作でも…同じことが言える。
 
後期原作のいわゆる番外編シリーズは、天使篇の前…という設定で時間が止まっている…といってよい。
「黄金の三角地帯」のラストで、作者は彼らと神々との遭遇がまだである(いずれ来る)ということに言及している。
 
ってことは…原作ジョーくんたちの時間は1969年(天使篇前)から実際には動いてないのだ。
 
ただ…それを読む読者の上には時が流れ…
その時と、作中の時間とが微妙に混じり合っていく。
それは、作者・読者共に「終結」がある…再び時間は流れ出すという強い確信を持っていたからこそ、起きた現象だと思う。
 
作中では、ヨミ篇からさほどたっていない彼らなのだが、私たちの意識の上では、彼らは30年以上にもわたって仲間であり続けているわけで…
 
その30年以上の年月が、作品の外から彼らの上に凝縮され、不思議な「絆」の実在感を私たちに与える。
 
これが、第一世代の上にも起きてしまう…というか。
私たち、原作に親しむ視聴者が勝手にその現象を起こしてしまう…と言った方がよいのかも。
 
第一世代同士の上に、絆などない。
そんなものを築いている時間は実質的に作中にはない。
 
が。
彼らの外を流れた時間を、私たち原作に親しむ読者は、容易に彼らの中に流し込んでしまうのだ。
私たちは…そういう風に、009を読んできたから。長い間。
 
そうすると。
その40年をもたない者は…取り残される。
 
で、こういってはなんだが…005〜008はどうでもいい(笑)のだ。
彼らは個性ある脇役なわけで…
 
問題は言うまでもなく009だったりする。
 
009が主人公っぽくない、004に食われている…というのも、よく見かける感想で。
私は、その感想の根拠を、作品の中に具体的に見いだすことは不可能だと思っている。
 
根拠は…にある。
009はホントに生まれたての新しい009で。
 
002・3・4も、ホントは生まれたての新しい彼らなのだけど…
「第一世代」設定のために、それがオブラートに包まれたような形になってしまっている。
 
視聴者の「新しい009」への違和感は、いつのまにかジョーくんだけに集中していく。
 
もし、第一世代設定がなかったら…と思う。
019と全く同じことをしていても、ジョーくんは「ヘタレ」(笑)呼ばわりされてなかったのではないか。
 
ってのは…
019でジョーくんがやってることと。
それ以前の009でジョーくんがやってることに…大した差はない
と、私は思うので。
 
この辺もサイドストーリーの功罪なんだけど…
後期原作のサイドストーリーでは、話を単純にするために(笑)敵はさほど強くない。
…から、ジョーくんが強く見える。
 
でも。
誕生篇→放浪篇→ベトナム篇→ミュートス篇→ヨミ篇→怪人島・中東篇…という、天使篇までの本流において眺めると…
実際、原作ジョーくんはマトモな勝ち方をしていない。ホントに(笑)
019ジョーくんと大差なし…っていうか。
 
さてさて。
たらたら言ってきたけれど。
 
「第一世代」設定は、おそらく完結篇に不可欠な設定だったのだろう…と、とりあえず思う。
その必然性については、今は何もわからない。
 
ただ。
 
この設定がもたらしたのは…
 
1、これまで009という作品と一体になっていた「読者の時間」の切り離し。
2、にも関わらず、切り離しきれなかった002・3・4
 
ってことだと思う。
 
結果として…
 
原作に親しんできた私たちは、「新しい009」を受け止める覚悟中途半端にすることになってしまった。
たぶん、私たちにとっては、「新しい009」を受け止めるより、「今までの009」を楽しむ方が楽だし、安心だし、心穏やかでいられる。
 
019の第一世代たち…002・3・4は、私たちに「今までの009」を見ているような錯覚(錯覚だと思う)をもたらしてくれる。
が、ジョーくんはそうではない。
 
他のキャラクターも、ジョーくんと同じなのだけど、そこには注目しない視聴者が圧倒的なので、結局、ジョーくんだけが浮いている…間違っているように見えてしまう。
 
…ってことなのではないか?
 
 
ということで。
ごちゃごちゃ言ってきて、結論は…
 
019のジョーくんは、生まれたてのジョーくんであり、当然、生まれたての019の正しい主人公そのものなのだ!
 
…ってことだけのような気がするんだけど…(汗)
 
そのジョーくんになぜたぶらかされたのか?
 
…って本題は…次章になってしまう。(涙)何も始まってないじゃないか>自分(汗)
 
更新日時:
2002.10.24 Thu.
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Last updated: 2015/11/23