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009的小話

紳士
 
 
おい、オッサン、もうやめとけ!と、肩を掴もうとしたアルベルトは一瞬遅かった。
 
吹っ飛ばされたグレートが「いてててて……!」と張られた頬をわざとらしく押さえながら、にやっと笑う。
それを見下ろす怒りに燃える碧の瞳がいっそ宝石のようにきらめき、おお、美人が怒るとサイコー、ってのは本当なんだなとぼんやり思った……のもつかの間、ジェットはげ、と息をのんだ。
その宝石のような瞳から涙がすうっと盛り上がり、ぽろぽろこぼれ落ちたのだ。
 
「フランソワーズ!」
 
大慌てに慌てたジョーの声から逃げるように、フランソワーズは仲間たちにさっと背を向け、部屋を駆け出していった。
 
馬鹿が。やり過ぎだ」
「ホントだね……セクハラもいいところだ。懲戒免職レベルだよ、今のは」
 
アルベルトとピュンマに睨まれ、グレートはぺたん、と尻餅をついたまま、小さく舌打ちして肩をすくめた。
 
「セクハラねえ……窮屈な時代になったもんだ。美しいお嬢さんを前にして、気の利いたジョークもままならぬとは」
「そういう問題じゃないだろうっ?!」
 
ばんっ!とジョーがテーブルに両手を叩き付ける。
おいおい、壊れちまうぞ……と宥めようとして延ばしかけた手をジェットは思わず引っ込めた。
珍しく殺気だつジョーの剣幕に、グレートもたじろいだ。
 
「今の、どこがジョークなんだ?だいたい君は、どうしていつもこうなんだよ?!」
「こうって……いや、その、たしかにちょっとやりすぎたようだが……」
「フランソワーズは、たった一人の女の子なんだぞ!いつもどんな気持ちで僕たちの中にいるか、君は考えたことがあるのかっ?!」
「……へ?」
「00……9?」
 
――そんなことは、考えたことがないな。
――ってか、そんなこと考えたことがあるのかコイツ。
――さすが、あなどれないアル。
 
サイボーグたちは、素早く目線を交わした。
 
 
 
まさか……と振り返り、グレートは目を見張った。
 
「さっきは……ごめんなさい。泣いたりして。それに……痛かったでしょう?」
「……マドモアゼル?」
「あなたはいつも、私を一人前の女性として扱ってくれるのに……忘れたわけではなかったの。でも、私、きっと背伸びしていたんだわ。本当はあなたが思うよりずっと子供なのよ、私……」
「いや、フランソワーズ、待て。……俺が本当に悪かった。君が謝ることではない」
「いいえ。わかってるの。もっと、もっとちゃんとした大人にならなくちゃいけないって……そうでなければ、きっといつかみんなに迷惑を……」
「何を言うか。……マドモアゼル、君がもし子供だというのなら……俺は、君にそのままでいてほしい。君はありふれたつまらん大人の女になんぞならなくていい。そうさ、いつまでも、俺たちみんなの清らかなエンジェルであってくれたまえ」
「……そんな、こと」
 
グレートは恭しく跪くと、フランソワーズの右手を取った。
 
「先ほどはこの老いぼれの頬にこの上ない名誉を賜り、光栄至極に存じますぞ……我らがマドモアゼル」
「……グレートったら」
 
僅かに頬を染め、うつむく仕草がなんとも愛らしい。
またからかいたくなる気持ちをぐっとこらえ、そのまま引き寄せようと手に力をこめかけたとき。
彼女の背後から遠慮がちにかけられた声に、グレートはぎくり、と体をこわばらせた。
 
「仲直り……できたかい、フランソワーズ?」
「……ジョー」
 
フランソワーズは嬉しそうに振り返り、ええ、と小さくうなずいた。
 
 
 
月が美しい。
バルコニーに佇み、グラスをゆっくり回しながら、グレートはひっそりと現れた背後の気配に気づき、独り言のように言った。
 
「お前さんに謝る筋合いはないからな、若者よ」
「……うん」
「ついでに、礼も言わん」
「うん。わかってる」
 
沈黙が落ちる。
やがて、浅い溜息をつき、グレートは振り返った。
それを待っていたかのように、ジョーが、やや堅い表情のまま再び口を開く。
 
「傷ついたのは僕じゃないし。それに、僕は仲間として、当然のことをしただけだ」
「……そうかな?」
「僕をからかおうとしても無駄だよ」
「まさか。……お前が理想的なリーダーであることは、今に始まったわけじゃあないさ……手間をかけさせてしまったな、009」
「……そう来るんだ?」
「何か、おかしいか?」
「別に……君と言い合っても無駄だ」
「そうかも、しれん。……言葉を交わすより、いっそ若者よ、コレを共にするというのはどうかね?」
 
グラスを掲げてみせると、ジョーは苦笑し、首を振った。
 
「それも勘弁してくれよ……それより、愚痴くらい聞いてくれないか?議論はもうたくさんって気分なんだ」
「ふふ……相当苦労したな、若者よ……しかし、効果は十分あったさ。さっきのマドモアゼルはまさに天使のようであったからなあ」
「ったく!割に合わないよ……彼女を怒らせたのは、君なのに、どうして……」
「まあまあ。……ともあれ、たっぷり聞かせていただくさ。お前が、いったいどーやってマドモアゼルの怒りを解いたのか、その苦闘の顛末をね……」
 
愚痴というより惚気を聞くことになりそうだが、と思ったことは口に出さず、グレートは笑った。
 
更新日時:
2015.12.01 Tue.
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Last updated: 2015/12/1