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非日常的009

遠い笛(室生犀星)
虹がきらきら立つた城のなかで
ゆるい笛がつづいて
そして嬰児はぽつかりと目をさました
 
白いさびしい光があつた
だが笛の音色はしなかつた
どこに母親の顔があるのか
かたかげの障子ばかりが白く見えた
 
よく見ると すぐ顔のちかくに
紛ふ方もない母親が
その静かな瞳で眺めてゐた
それゆゑ嬰児は一時に悲しくなつて
こゑを上げて泣き出した
 
室生犀星「遠い笛」
 
 
 
 
僕は、しょっちゅう君をさがしている。
 
と、君に言ってもきっと信じてもらえないだろう。
だって、僕自身も、そう気づいていないことがほとんどだから。
そもそも、君をさがす必要などないはずだ。
君は、いつも僕の傍らにいる。
 
でも、僕はいつも君をさがしているんだ。
いつもさがしている、ということは、いつも君が見えていないということでもある。
 
そんなはずはないんだけれど。
 
 
 
「それは、あんまり近くにいすぎるからじゃないかしら」
 
君が考え深い目でそう言うのを、僕はかなりぼんやり聞いていた。
というのは、君の考え深い目というのがとても美しいからで。
実のところ、話を聞いている場合ではない、という気がするぐらい惹きつけられてしまうのだ。
 
君の言うことは、なんとなくわかる。
たしかに、君はあんまり近くにいすぎるのかもしれない。
考えてみれば、僕は君を僕自身のように感じていることが多い。
正確に言えば、それは感じていることにならないだろう。
 
「少し、離れてみるといいのかもしれないわ」
 
と、君が言ったとたん、君に言わせると「ものすごい勢いで」僕は振り返ったのだという。
そうだったかな、と思うのだけど、君は嘘を言わないから、多分そうなんだろう。
 
 
 
僕が、君をさがしている自分に気づくのは、いつも夢の中だ。
僕は、何もない空間に、ただ浮かんでいる。
何もない。
光も、闇すらない。
本当に、何もない、としかいいようのない空間だ。
 
そこで、僕は君をさがしている。
 
何もないのだから、実はさがすこともできない。
僕は、じっと耳をすましている。
君が、聞こえるような気がするのだ。
聞こえないような気もする。
 
とにかく、そっちに進む。
進んでいるのかどうかも、実はわかっていない。
 
君は、聞こえた、と思うと聞こえなくなる。
聞こえない、と嘆息すると、ふと聞こえる。
 
どこをどう歩いているのか、本当に歩いているのかもわからないまま、僕はさまよう。
さまよっている気になっているだけなのかもしれない。
そんな、夢だ。
 
 
4  
 
夢は、夢だから気にすることはない。
 
それに、そうしてさまよう間、僕は悲しかったり寂しかったりもしていないようなのだ。
どうしてなのか、うまく説明はできないけれど、納得はしている。
 
夢から覚めると、君が僕の傍らにいる。
世界はあっけなく僕に戻る。
 
だから、僕は気づくんだ。
つまり、君が世界の全てであるということ。
 
何もないところで、僕が当たり前のように君をさがすのは、君が世界そのものだからだ。
そして、君をさがしている限り、僕は悲しくも寂しくも恐ろしくもない。
 
あると信じているから、疑わないから「さがす」んだろ?
僕は、何もないところででも、何もないところだからこそ、君をさがす。
 
たぶん、僕は君が傍らにいると意識しているときの方が悲しくて、寂しくて、恐ろしいんだと思う。
だから、なるべく意識しないようにしている。
たぶん、ね。
 
意識しようがするまいが、君はいつも僕の傍らにいる。
それは、わかるんだ。
 
 
 
君がどこにいるのか、考えるとわからなくなるけれど、見ようとすると、見えなくなるけれど。
ただ立ち止まって耳を澄ませば、君は聞こえる。
 
聞こえるような、聞こえないような君が聞こえる。
僕は、それを頼りに君をさがす。
 
それを頼りに、僕は生きる。
 
 
更新日時:
2010.09.03 Fri.
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Last updated: 2010/9/3