あの上に漂ふことの出来る
あの雲が羨ましい
日の当たつた草原に
黒い影を投げたこと。
太陽を暗くするなんて、
なんて大胆に出来たらう。
地は光を欲しがつて、
雲の飛ぶ下で恨むでるのに。
あの太陽の金色の光の潮を
私も遮つてやりたいな。
一瞬間であらうとも。
雲よ、お前が羨ましい。
リルケ 茅野蕭々訳 「夢みる 八」(『冠せられた夢』より)
11:00
レッスンを終えた彼女がのんびり歩きはじめる。日差しを楽しむように。
たしかに、彼女が見上げる空は、パリの冬には珍しいかもしれない素晴らしい蒼天だ。
11:20
彼女は一人でテーブルについた。
モンパルナス駅の近く。古い感じのカフェだ。
連れはいないし、待ち合わせでもないようだ。彼女は常連らしく、店員と親しげに会話をしている。
12:15
食料品店から出てきた彼女は、大きめの紙袋を抱えている。
今日はそのまま部屋に帰るようだ。
少し歩いたところに花屋があり、彼女はそこにも立ち寄った。
13:00
部屋に戻った彼女は、お湯をわかし、テーブルのセッティングを始めた。
さっきの大きな紙袋に入っていたのは、ワインと、オレンジと、チーズ。
あらかじめ焼いておいたらしいフルーツケーキをテーブルの中央におき、花を飾る。
手際よく並べられたカトラリーは3人分だった。
13:40
部屋を2人の女性が訪れた。
黒い髪の女性が花束、金髪の女性が飾りのついた小さい箱を持っている。
彼女は嬉しそうに2人を迎え入れた。
「誕生日おめでとう、フランソワーズ!」
※※※※※
僕は幸せそうな窓を見上げていた。
本当に美しい、まぶしい空だ。
これを言い訳にしようかと、ふと思いついた。
フランスに、そんな小説があったじゃないか。
太陽がまぶしかったから。
そんなことは理由にならない。
それでいい、理由なんかいらない。
僕はただ、君のささやかな暮らしを破壊するためにここにいるのだから。
何の罪もない君を突然襲った彼らのように、さっさとやってしまえばいい。
が、もちろん僕にそんなことはできない。
そうした方が、君は楽になれるかもしれないのに。
僕を恨み、呪い、罵り、蔑むことで、君は少しだけ救われるかもしれない。
ならば、それこそが僕の望むところなのに。
そんなことはできない僕に、君はまた淋しく微笑んで言うだろう。いつものように。
ジョーは、優しいのね…と。
だから、僕は意気地なく後ずさりして、夜を待つのだ。
闇に紛れて、君に囁くために。
音もさせず、君の腕をつかむために。
そして、もうとっくに僕を見つけているだろう君に、僕はそらぞらしくとぼけてみせよう。
誕生日だったんだね、フランソワーズ……と。
|