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日本昔話的009

鬼退治 出会い 上
1
 
その寺は深い山奥にあった。
 
修験者はじぇろにも、と名乗った。
「これが…いわん」
修験者の示した赤ん坊に、あるべるとは首をかしげた。
「あんたの子か?」
修験者は首を振った。
 
 
都は荒廃しつつあった。
相次ぐ天災、飢饉…
権威も秩序も根底から崩れた。
やがて。
不安に怯える人間たちを、鬼が襲い始めた。
 
あるべるとは、大火で家の大半を焼かれた。
何もかも失った彼には、それでも最愛の恋人がいた。
 
ある晩、彼女は…鬼に襲われ、命を落とした。
 
彼女を殺したのは、鬼ではなかったのかもしれない…と、弔いに来た僧は言った。
鬼も、人も区別がつかないほど…都は荒れ果てている。
あるべるとには、どちらでもよかった。
彼女はもう、戻ってこない。
 
都のはずれの山奥に凄まじい力を持つ修験者がいる。
彼がついに鬼を倒すため立ち上がった…と噂を聞き、あるべるとはその寺へ赴いた。
 
自分が、何のために戦おうとしているのか、彼にはわからなかった。
ただ、死に場所を探しているだけなのかもしれない…そう思った。
 
 
鬼と戦いたい…と話すと、じぇろにもは黙ってうなずいた。
「三人くる…それから、行く」
「…三人?…行く…って、どこへ?」
じぇろにもは首を振った。
「まだ…わからない。いわん、眠っている」
 
 
じぇろにもは毎日祈祷を続けている。
いわんは毎日眠っている。
寺の手入れをし、食事の支度をし、いわんの世話をしているのは小柄な男一人だった。
ころころ肥っていて、愛想がいい。
彼は張々胡と名乗ったが、普段は「大人」と呼ばれているので、ぜひそう呼んでほしい、とあるべるとに真顔で申し出た。
 
「今日は忙しいアルよ、客人がくるアルからして…」
「客人?」
「変わり者の若様アル…ここが気にいってるらしいネ」
「…若様…?貴族か?」
「詳しいことは…知らないアルな…あるべるとも気にしない、一番ネ…もしかしたら、ややこしいことあるかも…」
 
ややこしいこと。
ということは、その「若様」は、かなりの身分…なのだろう。
 
最近、世の荒廃を嘆いて、出家を望む貴族が後を断たないという。
 
じぇろにもの言う「三人」の一人がその「若様」だろうか?
…いや、たぶん違う。
恵まれた生活に飽き、逃亡を夢見るような若者に、鬼と戦うだけの気概があるとは思えない。
 
「そろそろ…アルかもしれないな」
「そろそろ?」
「そ!…そろそろいわんが泣くアル」
「いわんが…泣く?」
 
 
寂しい道が一筋、山へと伸びている。
鬼や山賊が現れるといわれるその道を、夕暮れが過ぎてから歩く者などいない。
しかし。
今、薄暮の中、一人の少年が歩いていた。
 
栗色の髪。
華奢な後姿。
供の者は一人もいない。
 
かなりの値打ちがありそうな薄絹の装束。
腰に金の飾りがついた太刀を申し訳程度に下げ、懐からは錦の袋がちらっと覗いている。
 
あまりにも申し分ない獲物に、じぇっとはむしろ躊躇していた。
じぇっと・りんく。
物心ついた頃から、生きるために盗みを繰り返し、気づいた時は、都一の盗賊と恐れられるようになっていた。
 
生き残るためには、まず戦う相手を選ぶことだ。
これがじぇっとの信条だった。
どんなに腕力に自信があっても、自分より強い相手と当たれば、必ずやられる。
勝敗は、太刀を抜く前に九分通り決まる。
 
珍しい、一人歩きの貴族。
大路で彼に目をつけたじぇっとは、ずっと彼の後をつけてきた。
襲い掛かるチャンスは何度かあった。が、できなかった。
理由はわからない。
だが、どうしても決断できない。
 
何やってるんだ、じぇっと・りんく…?
 
じぇっとはひそかに自分をののしり、舌打ちした。
千載一遇のチャンス、またとない獲物ではないか。
まだ子供のような少年だ。
しぐさも歩き方も無防備で、ちらっと見えた横顔は少女のように優しげだった。
 
…変化のモノ?…まさかな。
 
ふとそう思ったとき。少年が不意に立ち止まった。
ぎくり、と足がすくむ。
そんな自分に思わずカッと血が上り、ついにじぇっとは藪から走り出た。
そのとき。
 
澄んだ笛の音が空へ立ち上った。
凍りついたように足が動かない。
やがて。
 
少年は笛から唇を離し、道の真ん中で立ちすくむじぇっとを静かに振り返った。
 
「僕に…何か用?」
 
…こいつ…やっぱり気付いて…!!
 
貴様、何者だ?!と叫ぼうとするのに、声がでない。
 
「ね、君…もしかしたら、じぇっと・りんく…?」
 
ふっと金縛りがとけたように声が出る。
「なぜ俺の名を知っている?!…貴様は何者だ?!」
 
鬼か?…とは聞けなかった。
生まれて初めて、自分が恐怖に震えていることに、じぇっとはようやく気付いた。
少年は、笛を錦の袋にしまいながら、はにかむように笑った。
 
「だって、有名だから…僕は…島村じょー…でも、そう聞いたってわからないだろ?」
君のほうがずっとずっと有名だよ…と屈託なく微笑む。
 
「今、君に上げられるもの…持ってないんだよ…館に行けば、いいんだけど…でも…もう戻らないつもりだから…」
 
ごめん、とじょーはすまなそうに肩をすくめた。
 
「そうだ、君…もしかしたら、おなかすいてる?…僕と一緒に、じぇろにものトコロにいかないかい?張々胡…じゃなくて、大人がおいしいモノ、用意してくれてるはずなんだ…それに、君って…強いんだろう?…君が一緒に来てくれたら、じぇろにもも僕を置いてくれるかも…そうだ!」
 
一緒に行こう、そうしてくれよ…ダメかな?
彼は硬直しているじぇっとを、じっとのぞきこんだ。
 
ふ、ふざけるな、この化け物…!!
 
また声が出ない。体も動かない。
 
そうだ…わかっている…本当はわかっていたのだ。
都の大路でコイツに出会ってしまったとき。
思わず後をつけ始めてしまったとき。
そのときから、俺はコイツに囚われていたに違いない。
 
「…わかった」
 
ため息を押し出すように言った。
その瞬間、ウソのように体が軽くなった。
じょーは目を輝かせた。
 
「よかった!!…じゃ、よろしく頼むよ、じぇっと…!」
「頼む…って何をだ?…お前、何をするつもりなんだ?」
 
じょーはまっすぐにじぇっとを見た。
栗色の澄んだ瞳。その奥から鋭い光が放たれた。
 
「僕は…鬼と戦いたいんだ」
 
 
 
「そろそろやめた方がいいアル思うねぇ…」
「うるさいっ!!…おぬしに我輩の気持ちがわかってたまるかぁ!」
禿頭の男が、空になった杯を突き出す。
やめた方がいい、と言い続けながら、張々胡はまた濁酒をなみなみと注いでいる。
あるべるとは半ば呆れながら、二人を眺めていた。
 
蹄の音も荒々しく、この男…ぐれーと・ぶりてんが駆けつけたときは、たしかに「三人」のうちの一人が現れた…という風情を漂わせていた。
もう老年の域にとどきそうな小男だったが、青い目には決死の覚悟が漲り、張り上げた声からは若々しささえ感じられた。
 
思わず外に飛び出したあるべるとを、ぐれーとはキッと睨んでから、片膝をつき、礼をとった。
「じぇろにも殿にお取り次ぎを…若君をお返しいただきたい…!」
「…若君…?」
あの赤ん坊のことか…?しかし…
何と答えたらいいかわからず、黙っていると、男はぱっと顔を上げ、刀の柄に手をかけた。
「誤魔化されるおつもりか…?」
「ちょっと待て、じいさん…俺は…」
「じいさん、とは無礼な!このぐれーと・ぶりてんに向かって…!」
「あぁ〜あ、何やってるアルか、ぶりてん?!」
のんびりした声がぐれーとの動きを止めた。
「う…張々胡!!」
「大人、アルよ!…何度言っても忘れるアルな!」
「そんなことはどうでもいい!!若君を出せ!!」
張々胡は目を丸くした。
「まだ来てないアルよ…たしかに、今日来る予定だったアルけど…そういえば、遅いアルなぁ…」
「ば、馬鹿な…!俺は、たった今、駆けに駆けてきたんだ!!…若君の姿は見なかったぞ!!…この寺へ続く道は1本だけだし…若君はたしかに、ここを指して館を出られたんだ!!」
噛み付くように言われ、張々胡は首をかしげた。
「それなら…途中で会ってるはずアルねぇ…?」
沈黙。
 
やがて、張々胡がふとあるべるとを振り返った。
「どう思うアルか、あるべると殿?」
「どう…って…」
「どうやら、ここに来る途中、『若君』は消えたらしいアル…ってことは…」
ってことは。
とりあえず、答はある。
だが、この動転した男にそんなことを言っていいものだろうか。証拠もないのだ。
いや、もしそうなら、証拠などあるはずないのだが。
逡巡するあるべるとをちらっと見てから、張々胡はあっさり言った。
「鬼に食われたアルな、それは」
 
禿頭のてっぺんまでぐんぐんと朱がのぼる。
「お、おの…れぇ…っ!!!」
「ワイが食ったんじゃないアルよ…食ったのは鬼アル」
まあ、とにかく上がるヨロシ…張々胡は落ち着き払ってぐれーとをずるずると寺へ引き入れた。
「こ、この…このっ!!何の証拠があってそんな戯言を…っ!」
「鬼に食われたのなら、証拠は残らないアルやろ…大体、夕暮れ過ぎに一人歩きさせるのがいけないアルよ…アンタがついててやればよかったアルねえ…」
「だ、だ、だからっ!…若君は、我輩の目を盗んで…!」
「アイヤー!…それは間抜けだったアルなぁ!」
あるべるとは呆気にとられて張々胡とぐれーとを見比べた。
何なんだ?…ぽんぽん言いやがって…どうなっても知らんぞ。
ぐれーとと名乗ったこの男…たしかに、只者ではない。
逆上して、太刀を振り回したりしたら…
 
が。
みるみるぐれーとは蒼白になり、がっくりと膝をついた。
「わ、若君…!!」
声を押し殺して、男泣きに泣くぐれーとを、張々胡は困ったように眺め、黙って部屋を出た。
まもなく戻ってきた彼の手には、杯と瓢箪が握られていた。
「まぁ、飲むアル、ぐれーと殿…泣いたって、食われた者は戻ってこないアルからして…」
慰めているつもりらしい。
すすり泣きはいっそう烈しくなる。張々胡は、憮然としているあるべるとを振り返った。
 
「こういうわけアル…悪いけど、アンタも付き合ってほしいアルね」
…そして。
壮絶な酒盛りが始まった。
 
 
頭が割れそうだ。
酒のせいというより、二人の毒気にあてられた…という感じで。
あるべるとは酔いつぶれた二人を残し、庭に出た。夜風にあたりたかった。
本堂からは灯火が漏れ出している。じぇろにもの祈祷は延々続いているらしい。
この喧騒が届いていなかったはずはない。
騒ぎの只中ですやすや眠り続けるいわん…もわけがわからない。
あるべるとは、この赤ん坊が目を覚ましているところを一度も見たことがなかった。
 
いわんが…泣く…か。
呟く。
この分では、いつになるやら、見当もつかない。
大きく深呼吸した、そのとき。
思いもかけない近くで、少年の澄んだ声がした。
 
「あれぇ?…ぐれーとの馬だ…?」
 
なんだ、こいつ?
あるべるとは総毛立つ思いで振り返った。
栗色の髪の少年が立っている。
 
人の気配など…なかったはずだ。
いつの間に、ここまで俺に近づいた?
 
少年はくるっと振り返り、闇に向かって言った。
「じぇっと…ここだよ…」
微かに風が鳴り、あるべるとの目の前に、背の高い赤毛の男が現れた。
 
「ったく…!何が、絶対迷わないから大丈夫、だ…?エライ目にあったぜ…!」
「ごめん…ちょっとカンが狂っちゃったんだ…でも…」
不意にあるべるとは大声で少年をさえぎった。
「何者だ?お前ら…!!」
 
この赤毛も普通の男ではない。
足音一つ立てず、闇の中から現れた。
獲物を見据える猛禽の目。
しかし。
 
それでも、ほんの僅かだが、彼が現れる前には、風が動いたのだ。
あるべるとは少年の栗色の瞳をじっと見つめた。
 
「え、ええと…僕は、島村じょー…で、こっちはじぇっと・りんく…知ってるよね?」
黙って首を振ると、少年は落胆の色をあらわにした。
「都で一番有名な盗賊なのに……僕の友達なんだ」
「ふざけんな、俺がいつ、てめえの友達に…」
「さっきさ…だって、君の家に連れて行ってもらって…こんなスゴイ弓まで貰ったし…」
あるべるとは再び少年をさえぎった。
「…知らんものは知らん!…そんなことはどうでもいい、何しにきた?」
少年はにっこり笑った。
「じぇろにもに会いにきたんだ…いるだろ?……でも、まいったな…ぐれーともきてるんだよね?」
困ったように尋ねる少年をまじまじと見つめ、あるべるとは眉を跳ね上げた。
「まさか…お前…『若君』…か?」
 
 
ぺったりと床に座り込んでいるぐれーとに、じょーは宣言した。
「僕は、帰らないからね…結婚なんて、絶対しない!」
「若君……」
絶句し、拳を震わせるぐれーとをいたわるように覗き込みながら、じょーは続けた。
「僕だっていろいろ考えたんだ…でも、やっぱりこれが一番いいと思う…僕のためにも、母上や、みんなのためにも…だから、悪いけど、帰って父上に、僕はもう出家してしまった…って…」
「それは、なりません!!」
 
じょーはため息をついた。
「ごめん…困らせて…そうだ!ぐれーと、僕が鬼に食われて死んだんだと思ってたんだろ?…そーゆーことにしておいてくれればいいよ!…そしたら…」
「若君!!」
烈しくさえぎられ、じょーはうつむいた。
深い深いため息をついてから、ぐれーとはさっと両手をつき、平伏した。
 
「…ぐれーと?」
「…若君が、館に戻らない…と決心されたのなら、いたしかたありません…しかし、かくなる上は、我輩もどこまでもお供をさせていただきたく…すでに…殿のお許しは、いただいております…!!」
重い沈黙の中、ぽた、と微かな音。
頭を下げたまま、ぐれーとは体を震わせ、涙をこぼしていた。
 
「父上の…お許し?」
じょーの呟きに、ぐれーとは押し殺した嗚咽で答えた。
「…そ…うか…でも…お前は関係ないよ?…父上は、昔からお前を頼りにしている…それこそ、僕が鬼に食われたことにして、館に戻ってあげてくれよ…僕は大丈夫だから。友達もできたし…」
じぇっとは思わず気色ばんだが、黙っていた。
ぐれーとは力無く首を振った。
「いえ…!我輩には亡きお方様との約束がございます…!命ある限り、若君をお守りするのが、我が務め…!殿も、若君を案じておられます…ただ…」
 
じょーはぎゅっと口を結び、ぐれーとが携えてきた大荷物を見やった。
「それで、こんなに…武器を…そうか、父上には全部…わかっていらしたんだ…」
サッと荷をほどき、じょーは一振りの大太刀を取り出した。
「じぇっと…これは、君が使ってくれ」
「は?」
わけがわからない、という顔で見返すじぇっとに、じょーは笑った。
「弓をもらっただろ?お返しだよ…よかった。君に上げるものがあって…この太刀は大きすぎて、僕には扱いきれないし…」
「ま、待てよ…弓って…あの…」
「ぐれーと…さっき、じぇっとに家宝の弓をもらったんだ」
「家宝…の…?この…男にですか?」
うさんくさそうに睨みつけられ、じぇっとは唇をゆがめた。
「何か言いたいのか、じじい?」
「インチキなんかじゃないよ!…ホントにスゴイ弓なんだ…こんな暗闇なのに、狙ったものは絶対はずさない…ちゃんと試したんだから!」
「……」
ぐれーとは口を開きかけ、また結んだ。じぇっとも憮然としてじょーを眺めていた。
 
スゴイのは弓じゃないだろう…?
 
ぐれーととじぇっとの視線が一瞬絡み…ほどける。じょーが明るい声を上げた。
「あ、じぇろにも…!」
ゆっくりと修験者が入ってきた。満足そうにじょーにうなずき、男たちを見回す。
「…よく…きた」
 
あるべるとはハッと目を見開いた。
赤毛の盗賊…初老の男に、その主らしい少年…
…三人だ。
まさか。
 
あるべるとの視線をうけとめ、じぇろにもはうなずいた。
「これで、揃った…あとは…」
いわんが泣くのを待つ。
修験者は微かな笑みを見せた。
次の瞬間。
凄まじい泣き声が闇を切り裂いた。
 
「いわんが泣いたアルよ!!」
張々胡が飛び上がる。じぇろにもはうなずき、男たちを振り返った。
「鬼だ…!南…急げ!」
言うなり、じぇろにもは思いがけない敏捷さで身を翻し、闇の中へ躍り入った。
続いて、一陣の風のように少年が消える。
我に帰ったあるべるとたちは顔を見合わせ、二人の後を追った。
 
 
闇の中、死闘が続いていた。
鬼には実体がない。襲いかかるモノに向かって、太刀を振れば、確かに手ごたえはある。しかし、倒れるのはいわばその影だけだ。
鬼が、あきらめて立ち去るか、鬼そのものを修験者の術で消すか…
そうしないかぎり、影は無限に現れる。
 
じぇろにもは黙々と影を捕らえ、砕いている。
じぇっとの切っ先が影を切り裂くたび、闇に一瞬白い光が走る。
ぐれーとも見事な槍さばきで奮闘していた。
そして。
烈しく肩で息をしながら、あるべるとが影をまとめて叩き斬ったとき。
彼の前後で、ほぼ同時に光が走った。
じょーだ。
 
じょーはほとんど立ち止まらなかった。
微かな音もたてず、気配すらさせないまま、影の間を跳ぶ。
彼の太刀から、絶え間なく青白い閃光が迸り、その光は一瞬ごとに強く輝いた。
 
しかし。
キリがなかった。
鬼が立ち去る気配はない。倒しても倒しても、影はまた現れる。
 
松明を振り回している張々胡に、あるべるとは怒鳴った。
「じぇろにもは…何をしている?早く、術を使わないと…鬼は消えないぞ…!!」
「じぇろにもはそんな術、持ってないアルよ!」
「な…に…?」
「ホラ、ぼやぼやしないヨロシ!!」
背後の影を松明でなぎ払い、張々胡はあるべるとを一喝した。
たしかに、考え事をしているヒマなどない。
だが、このままでは…
「うっ…!」
一瞬の隙をついて、影が右腕を掠め、太刀を跳ね飛ばした。
「…しまった…!」
 
太刀が飛んだ先を追ったあるべるとの目が、あるものを捉えた。
何か…誰かが倒れている…?
じょーの太刀がまた強い光を放った。
光に、一瞬うかびあがったのは、黄金色の…髪。
その髪目がけて、影が襲いかかる。
 
(駄目だ、助けられない…!!)
 
心が閃光のような痛みに灼かれ、絶叫する。
 
じょーも、気配にハッと振り返った。
「ああっ、いけない…!!」
思わず叫んだ時。
 
凄まじい光が、辺りを満たした。
呆然と立つじょーの前に、ふわり…と、赤ん坊が現れた。
 
「やあ…やっと聞こえたよ、じぇろにも」
 
 
宙に浮かぶ赤ん坊から、どこか金属的な「声」が頭の中に届く。
後ろから、険しい目で見つめるあるべるとを、赤ん坊はそれが見えていたかのように振り返った。
 
「話は後だ、あるべると…それより、あの人をぎるもあのトコロへ…早くしないと、助からないかもしれないよ?」
 
光がすっと消え、赤ん坊は張々胡の腕に舞い降りるように収まった。
鬼が…消えている。
 
あるべるとはハッと我にかえった。
倒れている人影。
黄金色の髪。
 
が。駆け寄ろうとした瞬間。
突然黒い弾丸のようなものに体当たりをくらって、弾き飛ばされた。
 
何者だ…?!
 
素早く身を起こしたあるべるとより早く、じょーがそれを捕らえていた。
 
「離せ…!離せっ、化け物…!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ…僕たちは人間だ…今、鬼を倒したのを見ただろう?」
「うるさい…!離せ!!…その方に…その方に、触れるなぁっ!!」
漆黒の肌。身なりはひどく粗末だが、精悍な顔立ちの若者だった。
 
…その方…?
あるべるとは足早に、倒れている人影に近づき、抱き起こした。
少女だ。
若者と同じ、ぼろのような着物。
細い肩から短く切りそろえられた髪が滑り落ちる。
軽い。
 
少女は抱き起こされても身動きひとつしない。息をしているのかどうかも定かではない。
血の匂いに、あるべるとは思わず眉を寄せた。
「かなりの深手だ…これでは…もう…」
「ぎるもあのトコロ、急ぐ…あの男も、傷、重い…」
じぇろにもは、あるべるとから静かに少女を受け取った。
黒い肌の若者は、ジョーの腕の中でほとんど気を失いかけている。
 
「ひるだ…」
呟くような声に、あるべるとはじぇろにもを鋭く振り返った。
「なん…だと…?」
じぇろにもは冷然とあるべるとを見下ろし、燃えるような視線を受け止めた。
「今は…いい…急ぐ」
慎重に歩き始める。その後を若者を背負ったじょーが追いかけた。
 
「…なぜ…その名を…?」
「アンタ、思い切り叫んだアル」
「張々胡?」
「…『大人』、アル」
馬鹿な…!俺が、いつ…!!
 
張々胡は困ったように腕の中の赤ん坊を見下ろした。
また眠っている。
 
「声は出してないアルけどな、じぇろにもとワタシには聞こえたアル…アンタがいわんを起こしたアルよ…おかげで助かったネ」
更新日時:
2001.12.08 Sat.
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Last updated: 2006/3/5