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日本昔話的009

鬼退治 出会い 下
 
ぎるもあの館は峠の向こうにあった。
夜明け近くなって、ようやくたどり着いた一行を、白髪の老人が迎えた。
 
「久しぶりじゃな、じぇろにも…」
「来ると…わかっていたか?」
「ああ…いわんに叩き起こされたわい…さ、準備はできておるから…」
 
じぇろにもが少女を床に下ろすのと同時に、ぎるもあは彼女を一瞥し、眉を吊り上げた。
 
「こりゃ…いかん…張々胡大人!」
「わかってるアルよ、ぎるもあ先生…!お湯は沸いてるアルか?それに薬草…あと…」
「配合はこれに書いてあるとおりじゃ。頼むぞ。できたら片っ端から運んでくれ…それから、そっちの男はお前さんにまかせるからの」
「了解アル〜!」
張々胡は飛ぶように厨へ走った。
 
黒い肌の若者は、張々胡の手当てを受け、昏々と眠り続けた。
首を傾げるじょーたちに、張々胡は「大丈夫アル!クスリ効いてるアルよ!」としか言わない。
とてつもなくアヤシイのだが…それはそれとして。
少女がどうなっているのかが、全くわからなかった。
 
張々胡は命じられるまま、様々な薬湯を作り続け、ぎるもあのもとに運んでいたが、その薬湯が何のためのものであるか…彼の知識をもってしても、完全にはわからない、と首を振った。
少女が生きていることは間違いないらしい。
しかし、ぎるもあが彼女の治療のため閉じこもってから既に4日が過ぎていた。
 
「で…だ。オレたちは一体いつまでココにいればいいんだ?」
5日目の朝。突然、じぇっとが苛立たしげに言った。
「いつまで…って…?」
じょーは目を丸くした。
「お前なぁ…!お前、鬼と戦いたい…って言ってたじゃないか!まぁ、そーゆーのも、ちょっとは退屈しのぎになるかな、と思ったから、俺様だってついてきてやってるんだぜ…?なのに、こんなところで、縁もユカリもない行き倒れのために、何日もくすぶってるなんて…やってられっか!!」
「……アノ人たちは鬼に襲われたアル…ハナシを聞きたいアルからな…私たち、鬼のこと、あまり知らないアルからして…」
ぐれーとが大きくうなずいた。
「そのとおり…!じぇっと殿は…案外アタマが悪いのでは?」
「なんだと?」
「そんなことないよ、ぐれーと!…じぇっとは字だって読めるし、引き算もできるんだよ…矢が20本あって、4本射たら、1本は命中して、残りは外れて、そしたら…」
「うるせえ!おめーは黙ってろ!!」
「おのれ、うるさいとはなんだ、うるさいとは?若君のお話を最後まで…」
「シッ!」
張々胡が指を立てるのと同時に、青ざめた顔のぎるもあが部屋に入ってきた。
 
ぎるもあは、狂気じみた目で、じっと男たちを見回し…じょーを指差した。
「来なさい」
「え?…僕?…ええと…」
「いいから、早く来なさい!!」
 
じょーは飛び上がるように立ち、ぎるもあの後を追った。
 
部屋の真ん中に少女が横たわり、眠っている。
薄い黄金色の髪が扇のように広がり、その頬にはわずかに赤みがさしていた。
じょーはほっと息をついた。
「少し…よくなったみたいだね?」
 
ぎるもあは無言で首を振り、少女の頭をそっと持ち上げた。
じょーは思わず息を呑んだ。
白い首筋に、異様な赤黒い痣が広がっている。
 
「これは…『鬼の牙』が入り込んでいるしるしじゃ」
「…鬼の…牙…?」
「ごく小さいかけらじゃがの…どんな手当てをしても、人の体を蝕み、死に追いやってしまう…この子も、今は薬湯で少し持ち直しておるが…もう長いことはないじゃろう」
 
じょーは少女を見つめ、ぎるもあを見上げた。
 
「その子をしっかり押さえていることが…できるか?」
 
ぎるもあは、少女を助ける唯一の方法を説明した。
彼女の首を切り裂き、そのごく小さなかけらを取り除く。
 
「…首…を…?」
そんなことをしたら、死んでしまうじゃないか…と言いかけたじょーは、口を噤んだ。
どのみちこのままだと、この子は死ぬ。
 
「ほんとに、助けられるのか?」
「さあ…な。かなり難しいが…じゃが、放っておけば確実に死ぬ。」
 
ぎるもあは少女の右手首に鈴のついた紐を結びつけた。
 
「…それ?」
「さっき、この子と約束した…もしも、殺してほしいと思ったときは、これを鳴らすように…そうしたら、楽に死なせてやる…と」
じょーは大きく目を見開いた。
「なん…だって?」
「『鬼の牙』は…人を眠らせて殺す…死ぬとしても、苦しまずにすむんじゃ…この子はなかなか気丈じゃよ…何をされるか、話を聞いただけで、このまま殺せと泣き叫ぶ大の男も多いものを」
「駄目だ、殺すなんて!いくら苦しくったって、助かるかもしれないなら…」
「生きながら肉を裂かれるのがどれほど苦しいものか…お前にはわかるまい?…わしにもわからん…殺してくれと本気で頼まれたときは、そうしてやることにしておる」
「…そんなこと、させるもんか…!!」
 
ぎるもあは少年の目を見つめた。
「この子は生きたいと言った…とりあえず、全力を尽くそう…とはいえ…場所が悪すぎる。素早く正確にやらねばならん。動かれたりしたら、取り返しのつかないことになるんじゃ…お前が震えたり、力を抜いたりして、わしの言うとおりにできなければ、この子はもう助からん…大丈夫かね?」
じょーは老人の目を見つめ返した。茶色の瞳が一瞬強い光を放つ。
 
「僕でなきゃ、できない…って思ったんだろ?…だったら、やるよ」
 
 
ぎるもあは大きく息をつき、額の汗をぬぐうと、じょーに声をかけた。
「終わったぞ…」
じょーは動かない。ぎるもあは思い切り彼の肩をつかみ、烈しく揺さぶった。
「大丈夫か?…終わったんじゃ、もういい」
「…え?」
じょーは焦点の定まらない視線をぎるもあの顔に泳がせた。
「…終わった…?」
「ああ…よくやった…この子も」
 
ハッと目を見開き、じょーは叫ぶように言った。
「助かったのか?」
「…たぶん、な…牙は取り除いたからの」
小刻みに震え出した彼を、ぎるもあは穏やかな目で見つめた。
 
じょーは無言のまま、震える手を少女の手首に伸ばした。
懸命に鈴のついた紐をほどこうとする。が、うまくいかない。
ぎるもあはそっと彼の手を押さえ、首を振った。
 
「まだじゃ」
「…ま…だ?」
 
ぼんやり見つめ返すじょーに、ぎるもあは冷然と言った。
「痛みは続く…これから数日はな」
微かなうめき声に、じょーはハッと少女を見下ろした。
「…ふざけるな、今さら…!この子、こんなに我慢したのに…!」
「わかっておる…まぁ、大丈夫じゃろうて…じゃが、わしはこの子に約束した…苦しみに耐え切れなくなったら『助け』てやる、と…約束は守る…それだけのことじゃよ」
 
じょーは堅く唇を噛み、ぎるもあを睨みつけた。
「…それにしても、ひどい顔色じゃの…無理もない…少し休みなさい」
「いやだ…!」
 
長い沈黙の後、ぎるもあは息をつき、苦笑した。
「…まあ、好きにするがいい…そうじゃ」
立ち上がり、部屋を出たぎるもあは、湯気のたつ器を手に、戻ってきた。
 
「薬湯じゃよ…わずかじゃが、痛みを和らげる…あまりつらそうなら、飲ませてやりなさい…飲めるようなら…の」
 
ぎるもあが立ち去ってまもなく、少女の額に脂汗が浮かび始めた。
「…もう…大丈夫だよ…!」
じょーは汗を拭いてやりながら、強く囁いた。
しかし。
少女は小さく悲鳴のようなうめき声を漏らし続ける。
 
痛みは…苦しみはさっきと変わらないのか?
それが、続く…数日…そんなに?
 
張々胡が運んできた食事にも手をつけず、じょーは少女を見守り続けた。
痛みが引く様子は一向にない。といって、薬湯が飲めるようにも見えなかった。
ぎるもあを呼ぼう…と、何度となく思ったが。
じょーはそのたび、あの鈴を見つめ、思いとどまっていた。
 
…僕が、この子を守る。
 
真夜中だった。
うとうとしかけていたじょーは、ハッと目をひらいた。
少女が弱々しい声を上げている。
そっと額をぬぐってやろうとして、思わず手を引いた。
熱い。
 
そういえば…さっき張々胡が、熱が出るだろう、と言っていた。
急いで手拭を堅く絞り、冷やすようにして額の汗を拭う。
が、少女の息遣いは激しくなる一方だった。
 
「…う…」
「どうした?…苦しいのか…?」
 
不意に少女は深く息を吸い、呟いた。
「…お母…さま…!」
 
少女の右手が静かに、ゆっくりと上がる。
鈴が、微かな音を立てた。
 
「駄目だ!!」
 
じょーは夢中で少女の手首を掴み、押さえつけた。
 
「死んでは駄目だ、あんなに…あんなに頑張ったのに…!!」
 
長い睫毛が震える。
その奥からわずかにのぞいたのは…深い青。
じょーは息を呑み、その湖のような瞳に見入った。
 
しかし。
それは一瞬だった。湖は、すぐ睫毛の奥に隠れてしまった。
 
もう何も考えられなかった。
じょーはぎるもあが置いていった薬湯を口に含み、少女を抱き起こし、唇を重ねた。
その小さな右手に指を絡ませ、しっかりと握りしめる。
 
君は…生きるんだ、僕たちと…一緒に…!!
 
 
黒い肌の若者はぴゅんま、と名乗った。
目を開くなり、懸命に辺りを見回そうとする彼に、張々胡は笑いかけた。
「大丈夫…あのコは助かったアルよ…まだ意識は戻らないアルけどな」
「ほ…本当に?」
 
ぴゅんまは大きく息をつき、目を閉じた。
「…ところで…お前さんたち、なんであんなところにいたんだ?」
「……」
あるべるとは抱き上げた少女の感触を思い起こした。
儚い、羽のように軽い体。
 
真夜中、山中をさまよう…のは、他に行き場がないからだ。
鬼や盗賊が跳梁する闇へ飛び込むのは、もっと恐ろしいものから逃れるため。
 
張々胡の叫び声に、あるべるとは我に返った。
ぴゅんまが顔を歪め、うめきながら起き上がろうとしている。
「ま、まだ動く、いけないアル〜!」
「頼む…!本当に…無事なら…この…目で…確かめさせてくれ…!」
 
あるべるとは黙ってぴゅんまの背中をささえ、立ち上がらせた。
「あるべると殿!」
「放っておいたら、這ってでもいくぜ、こいつは…そうだろ?」
 
少女の寝ている部屋の簾の外には、じぇっととぎるもあが座っていた。
「おや?」
「そいつ…気がついたのか…どうした?」
「一目、彼女の無事な姿を見たいんだそうだ…そこに寝ているんだろう?」
「あ、ああ…じゃが…今はその…」
ぎるもあは口ごもりながらじぇっとをのぞいた。じぇっとも慌てて首を振った。
「いや、その…お姫さん、今、ぐっすり眠っていて…だな…ぅわっ!!」
ぴゅんまは、あるべるとを振りほどき、じぇっととぎるもあを突き飛ばすようにして、簾を上げ、部屋に転がり入った。次の瞬間。
 
獣の咆哮のような絶叫が館を揺るがした。
 
「は、放せ…!!こいつ…この野郎っ、殺してやる…!!」
「ま、待つアル〜!傷口ひらくアルよ〜!!」
「落ち着け、いいから落ち着くんだっ!」
 
必死でぴゅんまを押さえつける男たちをきょとん、と眺め、じょーは口を尖らせた。
「うるさいなぁ…脅かすから、飲んじゃったよ…」
やれやれ…と肩をすくめ、眉を寄せながら、じょーは薬湯を口に含み直した。
 
静まり返った部屋に、ぴゅんまの荒い息遣いだけが響く。
 
少女をそっと布団に横たえてから、じょーは振り返って微笑んだ。
「よかった…君も気がついたんだね…どうしたんだい?」
じょーは首をかしげた。ぴゅんまは崩れるように座り込み、肩を震わせている。
「…まだ…動いちゃいけなかったんじゃ…?」
「黙れ、この大ボケ野郎っ…!」
じぇっとが咆えた。
 
「ボケにも程があるぞっ、いくらなんでも、恋人の目の前で口移しはねえだろう、てめえは…!!」
「恋人…?な、何を言う…っ!俺は…決して、そのような…!!」
ぴゅんまがハッと顔を上げ、叫んだ。
 
「恋人?」
目を丸くしたじょーに、ぴゅんまは噛み付くように怒鳴った。
「違うっ!!…断じて!!」
「…じゃ、このコは…あんたの…何、アルか?」
「う…!」
「…まさか…かどわかしてきたアルとか…?」
「ち、違う!」
「なら、説明するヨロシ!!」
張々胡に迫られ、ぴゅんまはぐっと詰まった。
 
「……妹…だ」
 
再び、沈黙。
 
おいおいおい…とじぇっとが肩をすくめた。
「…あまり…似てないアルな…」
張々胡も呆れたようにつぶやく。
「……妹…?」
じょーはまた目を丸くして、ぴゅんまと少女とを見比べた。
 
少女は程なく意識を取り戻した。
彼女が回復するにつれて、ぴゅんまも少しずつ警戒を解いていった。
じぇろにもや張々胡の気配りは頑なになっていた心をほぐしたし、何より、あの騒ぎ以来、じょーが少女の部屋に寄りつかなくなっていたから。
 
そして、ある晩。
少女の部屋を見舞いに訪れたじぇろにもとぐれーとに、ぴゅんまは自分たちの身の上を話し始めた。
少女は、あるぬーる家の姫だという。ぴゅんまは、彼女の乳母の長男。事情があって都にいられなくなり、ぴゅんまの知り合いを頼って、南に向かおうとしているところだった…というが。
 
ぐれーとは、すぐに首をかしげた。
あるぬーるといえば、名家だ。当主だった大納言が亡くなってから、やや衰えてはいるものの。
その姫、というにはあまりにひどい身なり…だが、それはまあいい。この世の中だ。どんな「事情」があってもおかしくない。
しかし…あるぬーる家の姫は、みな美女との評判が高く…殺到する求婚者の噂は、ぐれーとの耳にも届いている。彼女たちはみな優れた青年貴族を婿に迎えた。
つまり、そういうことだ。
あるぬーる家に、今、未婚の姫などいないはず。
 
そうぴゅんまに言うと、ぴゅんまは顔色を変えて声を荒げた。
「それは…!それは、今の北の方が…!!」
「ぴゅんま!!」
 
凛とした声に、ぴゅんまはハッと口を閉ざし、その場にかしこまった。
少女は、目を覚ましていた。
 
「…じぇろにもさま、ぐれーとさま…素性のわからない私たちを不審に思われるのは、無理もありません…でも、どうか、それ以上お聞きにならないで…」
 
ぴゅんまの手をかりて半身を起こし、少女はぐれーととじぇろにもに頭を下げた。
 
「かまわない…おれたち、みな、似たようなもの…気にするな」
「あ…そ、そのとおり…!さあ、まだ起きたりしてはいけない…もう、よけいなことは聞かないから、安心しなさい…すまなかったな」
 
少女を寝かせると、ぴゅんまは二人に向き直って、両手をつき、平伏した。
 
 
少女たちの素性を詮索せず、困窮した平民…ということにするなら、ぴゅんまが少女の従者のような態度をとるのはおかしい。そうじぇろにもが仄めかすと、ぴゅんまはうつむいて言った。
 
「姫君は…はじめからそのようにおっしゃっていたのです…もう、姫君と呼んではいけない…お前を守ることができない私は主人などではない…と。ただ…どうしても私がそうできなくて…」
「そうしなければいけない。お前も、あの娘も、俺たちの仲間になるなら…」
 
数日後、傷が癒えた少女は、こざっぱりとした着物に身を包み、じぇろにもに従って、男たちの前に座り、手をついた。
 
「新しい仲間…ふらんそわーずだ」
「みなさま、助けてくださって、ありがとうございました…よろしく、お願いいたします」
 
 
藪の中から、じょーが駆けだしてきた。手には、射止めた山鳥を持っている。
「さすが…だな、結構距離があったが…大人がきっと喜ぶだろう…あのお姫さんに栄養をつけてやりたいって言ってたから…」
言いながら、じぇっとは用心深くじょーをのぞいた。じょーは小さくため息をついた。
「なあ…お前、彼女と口きいてないんだってな?」
「…そう…かな?」
「ああ…ぴゅんまに頼まれたんだが。お姫さん、お前に話があるらしいぞ」
「お姫さん、じゃないだろ?…ふらんそわーずだよ…」
「いや…!あれは、平民の女じゃないな…この俺様の目はごまかされないぜ…相当なご身分とみた…お前、結構、話があうかもしれないじゃないか」
「ふらんそわーずだって言ってるんだから、ふらんそわーずだよっ!いいじゃないか、それで…!!僕はお姫さまなんて大っ嫌いなんだ!!」
じぇっとは目を丸くして、真っ赤になったじょーをのぞき込んだ。
「へえ…?でも、俺は見たんだけどなぁ…?お前が…その大っ嫌いなお姫さんの可愛い唇をさ…それも一度や二度じゃない…」
「知らなかったんだ!…仕方ないだろう?…女の子だなんて、思わなかったんだから!」
「…へ?」
じぇっとは首を傾げた。
 
「だって…髪が…長くなかったし」
「……」
空を仰ぎ、足下に目を落とし、じーっと考えてから、じぇっとはじょーの目を見た。
「な、なんだよ?」
「…ってことはさ…お前って…髪が長いのが女、短いのが男…って信じてるわけ?」
じょーは口をとがらせた。
「馬鹿にするなよ!…そんなことないけど…とにかく、あのときはそう思ったんだ!…あの子が元気になったら、一緒に鬼と戦えるかもって…太刀や弓を教えたりして…弟…みたいに…」
 
…弟…だと…?
 
二の句が継げずにいるじぇっとに、じょーはため息混じりに言った。
「それにね…君はしらないのかもしれないけど、お姫さまに話をするのはタイヘンなんだ…まず、歌が詠めなくちゃいけないんだから…!」
「…歌?」
「それだって、ただ詠めばいいんじゃなくて、書く紙を選んだり、一緒につける花を選んだり…歌が詠めなければ、ぐれーとに代作してもらえばいいんだけど、ぐれーとは、ものっすごくうるさいことを言うし…それに返事が返ってきたって、何が言いたいのかちっともわからない…うんざりするよ…!!」
 
なんだかわからないが、コイツは、和歌のやりとりがよっぽど苦手らしい…あのぐれーとのことだから、どうせ古代の歌の形式やらなにやら、やかましいことを言って教えたんだろう…じぇっとは吹き出しそうになるのをこらえていた。
 
「お帰りなさい…!」
じょーとじぇっとが門をくぐると、少女が駆け寄ってきた。
「よ、お姫さん…!元気そうじゃないか…何やってたんだ?」
「水を汲んでいたんです…そうだわ、足を洗わなくちゃ…待っててくださいね」
 
簀子に腰掛けた二人に、手ぬぐいを絞って渡しながら、ふらんそわーずはじょーがもってきた袋に目をやった。
「これ…獲物ですか?」
「ああ…こいつが仕留めたのばっかり…あんたに栄養つけてやりたくてね」
「弓…お上手なんですね…」
じょーは返事をしない。
が、ふらんそわーずはかまわず、彼をじっと見つめた。
「あの……私に、弓を教えてくださいませんか?」
「え…?ちょっと待った、お姫さん…それは…」
さえぎろうとしたじぇっとに首を振り、ふらんそわーずは真剣な表情でじょーに訴えた。
 
「私も、みなさんの仲間だから…鬼と戦えるようになりたいんです…それに…ぎるもあさまが、山の中を走ったり、馬に乗ったり、弓の練習をしたりすれば、きっと丈夫になる…って…」
「…ふらんそわーず…?」
じょーは初めて、ふらんそわーずを見返した。
澄んだ青い瞳がまっすぐ自分を見つめている。
 
「…いいよ!それじゃ、明日から…!」
自分でも驚くほど、弾んだ声。慌てて口を噤み、わずかに赤くなったじょーの両手をふらんそわーずはぎゅっと握りしめ、嬉しそうにうなずいた。
「ありがとうございます…!ごめんなさい…めんどうなことをお願いして…」
「そんなことないさ…こいつ、はじめから…あんたを初めて見たときから、そうしたいと思ってたんだから…な?」
「な、何言うんだよ、じぇっと?」
「お前、さっき言ったじゃないか…!」
「そ、それは…いいだろ、そんなこと!…ふらんそわーず、それじゃ、おいでよ!…君が使えそうな弓を探さなくちゃ…!」
「…はい!」
 
走るように立ち去った二人を何となく見送ったじぇっとは、ぽん、と肩をたたかれ、振り向いた。
「あるべると…?」
「何考えているんだかサッパリわからないが…うまくいきそうじゃないか、あの二人…?」
「ああいうの、うまくいくっていうのか?」
「だろうな…少なくとも、彼女があんなに明るい顔をしたのは初めてだ」
 
ひるだ…俺は、君をあんなふうに笑わせてやっただろうか?
失ったものを嘆くより、これからつかむものを信じて。
あいつらは…眩しいほど若い。
 
「それにしても…お前さん、結構いいところあるじゃないか?あの若様に彼女をとりもってやるなんて…」
じぇっとはおかしそうに笑った。
「冗談…!子供は子供同士、遊んでろ…ってだけのことさ…もっとも、あのお姫さんが、もっとオトナになって、体もそれなりになってきたら…そのときは改めて考えるが?」
「そりゃ…じょーと一戦やらなきゃならんだろう?」
「どうだか…まあ、そうなったらそうなったで……実際、イイ女ってのは、奪わないことには手に入らないもんだ…そうでなきゃつまんねえよ」
 
なるほど…生まれついての「盗賊」らしい台詞…だ。
あるべるとは苦笑した。
 
 
じぇろにもは祈祷を止め、ふりむいた。
いわんがじっと見つめている。
 
「…目、さめたか…俺達、どこに行く?」
「今回はひとまず、寺に戻ろう…僕はまた眠るよ…しばらくは、キミたちだけで何とかなる程度の鬼しか出てこないはずだ」
「そうか…」
しばし黙考するじぇろにもに、いわんは付け加えた。
 
「彼女は…僕たちに必要だ。じょーに任せれば、一緒に動けるようになる。連れていきたまえ」
「…わかった。そうする」
 
いわんは満足そうにうなずき、また目を閉じた。
更新日時:
2001.12.01 Sat.
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Last updated: 2006/3/5