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学級経営日記

Thursday, 10 October,2002
移動!
いよいよ、文化祭のために教室移動をする。
ウチのクラスは映画なので、視聴覚室に移動するだけで、机やいすを運ぶ必要はない…から簡単だと思っていたのだけど…甘かったわ〜!
 
クビクロがドアにつっかえて廊下に出せない!
 
クビクロ、というのは…その。
アポロンたちが一生懸命作っていたハリボテのまねき犬。
もちろん、ぬいぐるみのクビクロ(ホントはアレキサンダーさまなんだけど)を巨大化したもの…らしい。
 
それが映画とどういう関係があるかというと…わからない。
とにかく、装飾についてはわけわからないことだらけなのよ!!!
 
ドアから外に出すことを何も考えずに作ったというのが中1らしい…じゃなくて、ソレに気付くのが担任の仕事だったかもしれないと思うと…ちょっと面目なかったり。
 
すったもんだの末、クビクロを半分に切断して出す!ということになった。
提案したのは、ハインリヒ先生。
 
そ、そうよね……それしかないわ。
 
ウチの教室を使うことになっていた高校生たちも、半分あきれ顔で、でも親切に手伝ってくれた。
とにかくこの子達を追い出さないことには、彼らの作業もできないし……。
 
そんなわけで、大騒ぎして切断したクビクロをまた大騒ぎして視聴覚室に運び込み、大騒ぎしてくっつけて……どうしたかというと、スクリーンの隣に置いただけ。
それだけなのっ???
 
でも、アポロンたちは満足しているみたい。
 
ちょっとヘンだけど、どうせ部屋は暗くするんだから、見えないさ!
 
あなたの言ってること、わかるけどわからないわ、アポロン〜!
Friday, 11 October,2002
トラブル
クビクロ騒動の後はすべて順調…だと思っていた。
今日は、試写会が終わったら仕事がないなあ…なんて、のんびりしていたのだけど。
思いがけないことになってしまった。
 
試写会の途中、音声が止まってしまったのだ。
 
はじめは音響設備のトラブルかと思っていたら、違う。
視聴覚室を一緒に使うことになっている高校生の方はなんなく上映できるのだから…
 
というか、この間空き時間にこっそり試してみたときは何の問題もなかったのだけど。
 
DVDに傷でもついているのかしら?と、他のディスクを試してみたけれど、だめ。
同じトコロで音がとまってしまう。
と、いうことは……
 
データかなー?
 
駆けつけてくれた、機械に強いピュンマ先生も首を傾げるだけだった。
子供達が、だんだんせっぱつまった表情になってくる。
困った…困ったわ。
 
生徒下校時間…3時になっても、問題は解決しなかった。
仕方なく、不安そうな生徒を、大丈夫よ、と励ましておいて、下校させる。
 
でも。
帰れ、と言ってもどうしても帰らないジョーだけは視聴覚室に残ってしまった。
一応、必要なら中学生は5時までは居残りしていいんだけど…こっちも困ったわ。
 
試せることは全部試したと思うのに…。
もう、溜息しか出てこなくなってしまった。
 
連絡します。
5時になりました。
校内に残っている中学生はすぐ下校しなさい。
 
放送に、はっとした。
そうだわ、ジョーを帰さなくちゃ!
 
あわてて振り返ると、いない。
たしかに、さっきまでそこにじーっと座っていた、のに……
そういえば、カバンもない。
 
フランソワーズ?
 
いきなりドアが開いた。
…エッカーマン先生。
 
トラブルだって?大丈夫?
 
あ…いいえ…
 
エッカーマン先生は、難しい表情で私と編集用PCを見比べ、ちょっと失礼、とモニターの前に座った。
 
ウチでコンピュータの『権威』といえば、ダントツでエッカーマン先生。
ものすごい速さでキーボードを叩きながら、先生は言った。
 
難しいけど…なんとかなるんじゃないかな。
 
本当ですか?
 
うん。ちょっと時間はかかるなあ…泊まり込み、とまではいかないけど。
 
それは、あまりに申し訳ないわ…!
そう言いかけた私に、先生はにこにこした。
 
あなたが一緒に残ってくれるのなら、レクリエーションみたいなモノですよ、僕には。
 
…でも。
 
それに、男と男の約束をしちゃったからな、ジョーと。
 
…ジョーと?
よくわからない。
が、そのとき、外からハインリヒ先生の声が聞こえてきた。
 
早く帰れっ!走れーっ!
 
窓に寄ってみると、ジョーがスゴイ勢いで校門から出て行くところだった。
Saturday, 12 October,2002
イワン
いよいよ文化祭が始まった。
いつもの教室から放たれ、生徒たちは本当に嬉しそうに歩き回っている。
 
ウチの映画も順調…みたい。
さすが、エッカーマン先生だわ!
 
映画のいいところは、できあがってしまえば、文化祭当日は楽ができる…ってことかな。
昨日のドタバタはちょっと想定外だったけれど。
 
そんな風に、職員室でのんびりしていると、事務室から内線が入った。
1年3組の保護者が、うっかり間違えて、今日来てしまった…らしい。
公開日は明日だけなのに。
 
あらら。
 
追い返してしまうのも申し訳ないし、幸い、今時間にゆとりはあるし…とにかく、事務室へと急いだ。
来客用のソファにすわっていたのは、ふくよかな感じの女性と…赤ちゃん?
 
アルヌール先生、初めまして…ジェットの母…です。いつもお世話になっています。
 
…あ。初めまして、アルヌールです。こちらこそ…!
 
…びっくりした。
と、いうことは、この赤ちゃんが…ええと、イワン、だったかしら…?
 
すみません、公開日は明日だけだと、気づかなくて…土曜日の方が人出が少ないかもしれないと思って、きてしまいました。
 
ええ、大丈夫ですよ…あの、もしかしたら、ジェットったら、お知らせのプリントをお渡ししていなかったんじゃ…
 
お知らせの…プリント?
 
お母さんは目を丸くした。
ほーら、やっぱり!
 
一度、先生にはきちんとご挨拶して、ウチの事情を説明しなければいけないと思っていたのですが…本当に失礼しました。
 
…い、いいえ
 
ちょっと口ごもってしまう。
だって、事情…っていうのは…つまり。
 
ジェットから聞いておられるでしょうか?…この子は…イワンは、私と、私の前の夫の子です。
 
…え?
 
彼女…エリカさんは、ジェットの両親とは古い親友で、ジェットがまだ赤ちゃんのころから、ときどき家事の手伝いにもきていたのだという。
学生の頃から体の弱かったジェットのお母さんのために。
 
エリカさんには科学者の夫がいたのだけど、それがちょっと変わった人で、最近、とうとう離婚することになってしまった。
が、そのすぐ後、彼の子供を身ごもっていることに気づいて…
そして、その頃、ジェットのお母さんの容態も思わしくなくなり…
 
ご理解いただけないかもしれないですが、私は彼女と、約束しました。ジェットを、彼女の代わりに大切に守っていく…と。
 
どう返事をしたらいいのか、わからなかった。
でも……
 
でも、ジェットがこの人を大事に思っている…のはわかっている。
お父さんや、亡くなったお母さんと同じくらいに。
そして、イワンちゃんは、彼の「ホントの弟」なのだ。
 
お母さん、せっかくですから、こっそりのぞいていきませんか?…あの子たちが作った映画。
 
…え?
 
たしかに、明日はスゴイ混雑になるかもしれませんから…赤ちゃんにはきっとよくないですわ。
 
 
とはいえ。
もちろん、こっそり、というわけにはいかなかった。
 
視聴覚室に行くと、エリカさんとイワンちゃんは、あっという間に生徒達に囲まれてしまった。
かわいいー、かわいいーと口々にのぞき込む女の子たち。
とうとう泣き出してしまったイワンちゃんをお母さんから受け取り、一生懸命あやしているジェット。
そして…
 
くすくす笑っていた私の背中に、弱く触れる手があった。
ほんの、微かな触れ方…でも、離れない。
 
…ジョー?
 
どういうつもりなのか、わからない。
ただ、少しでも身動きしたら、この子はさっと離れてしまうような気がしたから…私は何も気づかないふりを続けた。
 
先生!だっこしてみるか?
 
ようやくイワンちゃんを泣きやませたジェットが得意そうに私に言う。
同時に、ジョーの気配も離れた。
 
赤ちゃんをだっこするなんて、初めて。
おっかなびっくりイワンちゃんを受け取る私の様子がおかしいと、ジェットもエリカさんも、生徒たちも…もちろん、ジョーも、笑った。
Sunday, 13 October,2002
公開日
いいお天気になった。
きっと人出もスゴイことになるはず。
 
と、気を引き締めていたのは、無駄にならなかった。
本当にスゴイお客さん!
 
視聴覚室もあっという間にいっぱいになってしまって、行列ができている。
こんなにたくさんの人たちに来てもらえるなんて、きっとこの子たち、想像できなかったんじゃないかしら。
みんな、戸惑いながらも、とても張り切っていて。
これが文化祭のいいところだわ。
 
昼を過ぎると、卒業生の姿もたくさん見かけるようになった。
やっぱり懐かしい…けど、中1の生徒を見慣れた目には、ホントにものすごくオトナに見えてしまう。
去年までのあれこれを思い出してみても、目の前にいる彼らとはなかなか結びつかなくて……
 
廊下で卒業生と立ち話をしていたら、いつのまにか3組の生徒たちが遠巻きに立ちつくしていた。
ゴミ袋が欲しくて、声をかけたかったのだけど、オトナの話を邪魔してはいけないと思って遠慮していたらしい。
 
オトナ、かあ……。
 
 
先生のトコロの映画も観ましたよ!可愛いですよねー、中1って。
 
ホント、むちゃくちゃ可愛かったー!あのちっちゃい男の子なんて、特に!
 
…ジョーのことかしら?
 
 
※※※
 
アルヌール先生。いらっしゃいましたら、至急、視聴覚室にお出でください。繰り返し連絡します…
 
公開終了時刻が近づいてきたころ。
もう大丈夫だろうと、視聴覚室を離れて、高校生たちの展示をゆっくり回っていたら、いきなり呼び出し放送が入った。
 
文化祭の公開日に、こういう放送が入ることはめったにない。
…ということは、めったに起きないことが起きたってことで…やだ!
 
大急ぎで走っていくと、視聴覚室前の廊下で、グレート先生が、頬を真っ赤に火照らせたジョーの両肩をしっかり押さえつけるようにしている。
どきん、とした。
 
また、何かやったのっ、ジョー???
アナタはまだ「謹慎中」なのに!
 
おお、アルヌール先生!
 
すみません、離れていて…あの、一体…
 
先生っ!泥棒がいたんだ!
 
ジョーが私の顔を見るなり叫んだ。
そのままかけ出しそうになるのを、またグレート先生がしっかり押さえつける。
 
いいから!お前はここにいろ!あとは先生たちに任せて…
 
だって!アイツら!
 
ピュンマ先生とハインリヒ先生が追いかけてるんだ、絶対逃げられないって。それに、さっきオマエがあれだけ…
 
…と、言いかけたトコロで、グレート先生はぱっと口を噤み、私に意味ありげな視線を向けた。
 
…さっき?
…ジョーが?
…あれだけ…って何?
 
なんだか聞きたくないなー。と思った。
 
 
※※※
 
「泥棒」は、既に捕まっていた。
いかにもワルそうな感じの若者二人。
 
彼らは、視聴覚室で映画を観る振りをしながら、すみっこに置いてあったイシュキックのカバンから財布を抜き取ったのだという。
 
貴重品は私が預かる…ってことになってたのに。
イシュキックはちょっとおっとりしているというか浮世離れしているところがあるから…。
しかも、財布には結構な金額が入っていたらしい。
 
が、ソレをたまたまジョーが見ていて。
「泥棒!」と大声を上げて。
逃げ出した二人を追いかけて。
階段で追いついて。
 
さすがに、大柄なケンカ慣れした若者が二人が相手では、ジョーもどうにもできないはずだった。
そこが、階段でなければ。
 
…………。
 
もう、いいわ!
二人とも、大したケガじゃなかったらしいし。
後始末してくれたのがピュンマ先生とハインリヒ先生とグレート先生だった…のもラッキーだったし!
 
また指導部行きでしょうか、とおそるおそる尋ねると、グレート先生は、
 
泥棒退治のお手柄生徒、指導部で表彰してほしい…ってか?
 
…ってトボけるし。
 
※※※
 
てんやわんやの後片付けが終わった頃には、日が暮れてしまっていた。
最終下校時刻が近づき、生徒達がばらばらと校門へ走っていく。
 
興奮した感じで賑やかにおしゃべりしている生徒達の中から、ひときわ高い声が聞こえた。
アポロンだわ。
 
来年はさ、でっかい城作ろうぜ!中庭に!
 
つづいてジェットの声。
 
それより、お化け屋敷がいいぜ!すっげー怖いヤツ!なぁ、ジョー?
 
ジョーが何を言ったのかは聞き取れなかった…けど、アポロンとジェットは怒濤のツッコミを入れ始めた。
 
なんだよ、それ!
 
ばっかじゃねーの、オマエ?
 
だっせーっ!
 
 
何を言ったのかしら、あの子。
…というか。
 
つまり、来年も再来年もずーっとあるってことなのよねー、文化祭…。
 
Monday, 14 October,2002
静かな月曜日
文化祭の代休だったので、ちょっと朝寝坊してしまった。
うーん、少し疲れが残っているかなあ…?
 
兄さんは出勤してしまっている。
ひとりで遅い朝食をとりながら、携帯がちかちか光っているのに気づいた。
 
エッカーマン先生から「お昼を食べませんか?」のメールが来ていたのだ。
そうだわ、先生にお礼もしなくちゃいけなかった…
 
 
※※※
 
今日は、来てくれると思ってましたよ。
 
待ち合わせの場所に着くなり、先生は笑って言うのだ。
 
映画編集のコトであなたに貸しがありますからね。あなたは律儀な人だから。
 
貸しだなんて…本当にありがとうございました。
 
ちょっとどきまぎして一生懸命頭を下げると、エッカーマン先生はまた嬉しそうに笑った。
 
 
先生オススメの店でランチにして、先生オススメの美術館に行くことにした…ら。
美術館は休館だった。
そうよね、今日は月曜日だわ。
 
すみません、とエッカーマン先生があんまり申し訳なさそうに謝るので、困ってしまった。
美術館の周りの公園を散歩しましょうよ、と言うと、やっと先生は笑ってくれた。
 
たくさんいる鳩に餌をやったり。
噴水を眺めたり。
 
月曜日の午後って、こんなに静かなんですねえ…
 
ふとつぶやくと、先生もうなずいた。
 
僕らが、こういうトコロに来るのって、きまって混雑しているときですからね。
 
ほんとにそうだわ。
 
結局、晩ご飯も一緒に済ませてしまった。
先生オススメのレストランはいつもよりずっと空いていた…らしい。
最後に出てきたコーヒーをゆっくり味わっていると、不思議な幸せな気分になってくる。
少し、ワインを飲み過ぎちゃったかしら…?
 
ふとのぞくと、エッカーマン先生もとてもリラックスした表情になっている。
いつもよりずっと親しみやすい感じで…
 
フランソワーズ…?
 
優しい、優しい声。
何となく頬が熱くなってしまって、顔が上げられなくなる。
困った…わ。
 
そのとき。
ハンドバッグの中の携帯が音を立てた。
 
エッカーマン先生が「どうぞ」と目でうなずいてくれたので、そうっと携帯を取り出し、耳に当てる。
 
あの。もしもし。アルヌール先生…ですか?
 
この声は…ジョー…?
 
遅くに、すみません。
 
いいえ、大丈夫よ…どうしたの?
 
理科のレポートで、ホチキスがないんです。
 
ホチキス…?
 
私は慌ただしく頭を働かせた。
理科のレポートっていうのは…そうだわ、明日提出にしていた、この間の実験レポートのこと、ね。
それでホチキスがない…っていうのは…ええと。
 
ああ、あなたのホチキス、文化祭の準備でなくしちゃったのね。 
 
はい。
 
だったら、仕方ないから明日の朝、教室のを使いなさい。
 
ありますか?
 
ある…かしら…ええと、でもなくても、用意しておくから大丈夫よ。
 
わかりました。ありがとうございます。
 
それきり電話はぷち、と切れてしまった。
 
…生徒ですか?
 
あ。すみません…ええ、ジョーでした…あ、たぶん。
 
ふふ、そういえば名前を確認していませんでしたよね、フランソワーズ。まあ、あなたにあれだけ手を焼かせてる子だから、その必要もないのかな…
 
ホチキスがない、ですって。
 
ホチキス?
 
明日提出のレポートを綴じるためのホチキスですわ。なくしちゃったらしいんです。私、教室にひとつはいつも置いてあるんですけど、もしかしたら移動のときにどこかに紛れてしまったかも…
 
なるほど。
 
エッカーマン先生は苦笑いを浮かべると、静かに立ち上がった。
 
それじゃ、念のためホチキスを買いに…これから、僕オススメの文房具店に行きましょう。少し遠いですが、遅くまでやってる店なんです。
 
…え?
 
ちゃんとおうちにはお送りしますよ。
 
にっこり笑うエッカーマン先生を慌てて追いながら、ふと気づいた。
 
あの、エッカーマン先生!
 
…なんですか?
 
その文房具屋さんって…もしかして、月曜定休じゃありませんか?
 
エッカーマン先生は驚いた顔でしばらく立ち止まって…そして、くすくす笑い出した。
 
そのとおりです、フランソワーズ!参ったな…それじゃコンビニで間に合わせるしかないですね、あなたの家の近くの。
 
…す、すみません。
 
やれやれ…もう少しお話できるかと思っていたんですがね…では、せめて駅まで御一緒しましょう。今日は楽しかった。
 
ええ、本当に…楽しかったです。ありがとうございました、エッカーマン先生。
 
…と言ってから、あ、と思った。
エッカーマン先生は面白そうに、何か言いたくてたまらない、という表情で私をじっと見つめている。
…で、でも。
 
やっぱり言えないわ、「カール」なんて。
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Last updated: 2007/10/21