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「相剋」論2 中
 
第三章 水鏡の魔女
 
クワイトに、「仲間」はいない。
しかし、彼にはウィッチがいる。
 
ウィッチとは何者か。
これは難問だと思う。
 
『私は、あんたから命令されたくない。でも、あんたの頼みなら、何でも聞いてあげるわ。部下になれ、というの以外だったらね』(Act.5 交錯する想い SIDE A 友としてできること)
 
ウィッチは、自分がクワイトにとっての「他者」となることを拒否する。
そして、クワイトもそれを自然に認める。
彼女は「他者」ではない。そのことを彼は認める…が。
では、彼女は何者なのか。
クワイトは、それを知らない。
 
「お前は……お前の感情は……変わっている」
長い長い沈黙の後、クワイトの瞳に不思議そうな色が浮かんだ。戸惑ったような表情は、普段のクワイトを知る者が見たら仰天したに違いない。
「……お前の感情は…ひどく透明だ。感情が無い訳では無い。だが……」
首を傾げる。
「……まるで水に映った映像のようだ」(Act.5 交錯する想い SIDE A 友としてできること)  
 
「水に映った映像」。
ウィッチに「詩的な表現」と言われたそれは、言い得て妙だと思う。
ウィッチは、クワイトそのものなのだ。
水に映った映像のように。
 
『恐怖』の感情は、クワイトにとって、見慣れ聞き慣れた感情だった。誰もがクワイトの前ではその感情を纏っていた。今、目の前にいる009の周囲にも、無論、その感情が漂っている。
自分に対してその感情を向けない人間を、クワイトは一人しか知らない。それは、隣に立つウィッチだった。それが何故なのかは、長い間、クワイトにとって謎だった。だが今は、その理由も判った。ウィッチにはクワイトを恐怖する理由が無かったのだ。クワイトの総てを彼女は無条件で肯定していた。クワイトが殺そうしても、彼女はそれを無条件で受け入れた。『それがあんたの望みなら』と言って。銃を突きつけてみてもなお、その心に恐怖が浮かぶ事は無く、諦めすら無く、ただ静かで透明だった。(Act.9 決着)
 
ウィッチはクワイトの全てを無条件で肯定する。
そこに、「ウィッチ」という他者の影はみじんもない。
 
自分を完全に消し、透明になった魔女はクワイトそのものとなり、クワイトに寄り添い、彼の望みの全てを叶える。
だからこそ、決着のとき、ウィッチは地下室に残るのかもしれない。
あそこにいたのは、「三人」ではなく、あくまで009とクワイトの「二人」だったのかもしれない。
 
ただ、彼女は同時に「ウィッチ」であることを手放しもしない。
彼のいない場所、彼の関心の及ばない場所では。
そこが彼女の難解で複雑なところかもしれない。
 
「あんたは一体、どっちの味方なんだ?」
戸惑ったようなタイラントの言葉に対し、ウィッチはにべも無く言い切った。
「勿論、クワイトの味方よ」
「………」
「私は、クワイトの望みは総て叶える。たとえ、それがあんたやジョーにとってはどんなに酷い事でもね。そして、クワイトが無関心な事については、自分自身の価値基準に照らして判断し、行動する。今回のは…そういうコトよ」
成る程、と納得する一方、やはり釈然としない思いは残る。
「何で…どうして、クワイトにそこまで……」
「それは、あんたには関係の無い事」
タイラントの言葉を遮り、ウィッチはぴしゃり言った。
「クワイトにも関係の無い事。私は私のやりたいようにやってるだけよ」(Act.5 交錯する想い SIDE A 友としてできること)
 
水鏡は、覗き込む者がいない以上、単なる泉なのだ。
クワイトがウィッチを見るとき。
ウィッチはその姿を鮮明に純粋に映し出す鏡となる。
が、クワイトが離れると、彼女は単なる泉に戻る。
それが、「ウィッチ」だ。
 
「ウィッチ」はときにクワイトと「関係のない事」を自分の意志のみでやったりする。
その行動はクワイトにしてみれば「関係のない事」なのだから、咎める必要もない。というか、彼と彼の世界にとっては存在しないも同然の行動である。
 
しかし。
 
「クワイトにも関係の無い事。私は私のやりたいようにやってるだけよ」
 
と言っている「ウィッチ」が存在する、という事実そのものを、クワイトは否定しない。ちゃんとわかっている。
ウィッチがそういう人間である、とクワイトは認めているのだ。
 
自分と自分の世界にとって何の意味もないもの。関係がないもの。見ることができないもの。
でも、それはたしかに存在している。
これは…なんというか、あまりおさまりのいい事ではないと思う。
一度だけ、彼がその違和感をもらしたことがある。
 
「では。お前は、私を知っているのか?」
「『クワイト』としてではない、過去のあなたをって事?」
「そうだ。私はライによって脳手術を施され、今の私になった。それ以前の事は知らない」
だが、お前はそれを知っているのだな? とクワイトは問う。
「ええ」
ウィッチは頷き、そして言葉を続けた。
「でもねぇクワイト。あなた、それに興味があるの?」
過去の自分に。クワイトではない自分に。そう、ウィッチが問う。
「………」
長い沈黙の後、クワイトは首を振った。
「いや。無い」
だが、私の知らない事をお前が知っているのが気に入らない。そうクワイトは言う。ウィッチは頷いた。
「…なるほど……まぁ、あなたらしいわよ、クワイト」(Act.6 襲撃)
 
クワイトが知らず、ウィッチが知っていること。
それに「興味がない」というクワイトの言葉に嘘はないだろう。
クワイトにとっては「今の自分」が全てなのだから、その範疇に入らないことに興味がないのは当然だと思う。
 
でも、「気に入らない」と、クワイトは言う。
そこが、ウィッチとクワイトをつなぐ、あやうい糸のような気もする。
 
クワイトは、ぎりぎりのところで、ウィッチが「クワイト」そのものではないことを認めている。
だから、不愉快なのだ。やはり。
ウィッチが他者であり、取るに足らない存在なら、もともと不愉快に感じる必要はない。
ウィッチが自分であるなら、もちろん不愉快であるはずがない。
 
クワイトにとって、彼女は確かに「魔女」としか言いようのない存在だと思う。
自分であり、自分ではない。そして、他者でもない。
水鏡の魔女。
 
彼女は、最後に009とクワイトの運命を決める。
 
「違うのか? あんたはジョーを、助けてくれたじゃないか」
クワイトが死んだ後、ここまで連れて来て、治療に全力を傾けてくれた。そう言う004の台詞に、ウィッチが首を振る。
「それは、クワイトが『ライの研究所に捨てて来い』って言ったからだし、私が医師だからよ」
「けど。あんたには、ジョーを助ける理由なんて無かっただろ?」
そう言う004を、ウィッチはキッと睨んだ。
「馬鹿にしないでちょうだい。私は医師なのよ。目の前に居る者を黙って死なせるなんて事が、できるとでも? どんなに可能性が低くても、何もせずに死なせるなんて……した事…無いわ……」
そこで言葉を切り、ウィッチは俯いた。
「…私が…何もせずに死なせたのは……クワイト…だけ……」(Act.10 夜明け)
 
死に瀕したクワイトを死なせ、敵である009を助ける…という、一見不可解な行動も、ウィッチにとってはごく当然のことだった。
彼女は、クワイトの、009を「ライの研究所に捨てて来い」という望みを叶えた。
そして、クワイトに関係ない「ウィッチ」として、目の前にある死にかけた命を救った。
クワイトにそうしなかったのは、クワイトがそれを拒否したからだ。
 
クワイトはどんどん衰弱していった。当然だ。生身の体で一週間も飲まず食わず、その上眠りもしなければ持つ筈がない。けれど、私が手を出す事を彼は断固として拒んだ。だから薬を使って眠らせる事も、栄養剤をうつことすら私はしなかった。(Act.10 夜明け)
 
…ということは。
ウィッチにとって、やはり自分が「ウィッチ」であることは二の次。
クワイトの望みを叶えることが、彼女の全て…であることに間違いない。
 
しかし、そのクワイトが死んだとき。
彼女は消えなかった。
クワイトの望みは「ライの研究所に捨てて来い」ということ。
 
「来い」は補助動詞だと思う。少なくともウィッチはそう理解したはず。
でないと、捨ててから「帰って来い」という命令になってしまうので。
 
ともかく、009をライの研究所に届ければ、クワイトの望みは果たされたことになる。
で、それからウィッチがどうしたかというと。
死んだクワイトのもとに戻るのではなく、「ウィッチ」として、目の前の消えかけた命を救うことに全力を傾けたのだ。
 
鏡であることをやめた魔女は、消えることなく、本来の自分に戻った…ということか。
たしかに、少なくともクワイトは、死した後、ウィッチに側にいて欲しいとは望まず、一緒に死んで欲しいとも望みはしなかった。
 
この辺がムズカシイ。
クワイトがなぜわざわざ「ライの研究所に捨てて来い」と命じたのか…ということも含めて。
 
クワイトに明確な意図があったかどうかは怪しいと思う。
それは彼を弄んだ運命が、最後に彼に言わせた言葉なのかもしれない。
ともかくも、彼のその言葉が全てを決定したことになる。
 
ウィッチは、「クワイト」を愛した。
愛したから、彼の鏡となり、自分を消した。
でも、滅びたクワイトは、彼女を必要としていなかった。
彼は最期まで彼自身の望みのために生き、そして死んだ。
それでも愛していたから、ウィッチは彼の望みをかなえ、彼を死なせ……
 
…ってちょっと待て。
 
と思うのだった。
死んだのは、誰だったのか。
ホントにクワイトは死んだのだろうか?
…だって。
 
クワイトが全ての彼女なのに、クワイト亡き後生きているのって…なんかおかしくないか?
 
…ということで。
ちょっと問題を整理するために、もう一人の魔女について考えてみることにする。
 
 
第四章 魔女の決断
 
もう一人の魔女とは、言わずとしれた003。
 
003については、前に書いた「相剋論」でほとんど書き尽くしている…と思うのだけど。
そこで、私は主に003とウィッチの「違い」に注目していた。
 
003は「仲間」である。009にもそう認識されている。
ウィッチは「仲間」ではない。クワイトにもそう認識されている。
 
003は、009が「狂ってしまった」ら、彼を殺そうと決意する。
ウィッチは、狂おうがなんであろうが、クワイトの全てを受け入れようとする。
 
…のだけど。
この「二人は違う」という結論には、違和感もあるのだった。
それは、タイラントの直感。
彼は、003とウィッチに同じものを見る。
 
003が009に特別な感情を持っているだろう事くらい、いかなタイラントでも気付く。だから、009が苦しむ事に最も心を痛めているのは、003だろうと思う。009がクワイトと対峙すればどうなるか、その想像だって付く筈だ。
にもかかわらず。
(ジョーの希望…というか決意を……無条件で受け入れようというのか……)
それも、003だけが。他の00ナンバー達が戸惑う中で。
(………?)
何となく既視感を感じ、タイラントは内心で首を捻った。何となく、覚えのある状況。
(何…だ……?)(Act.9 決着)
 
そして、この既視感はウィッチにあったのだ…と、タイラントは気づく。
さすが、恋敵だけあって(違う)タイラントの直感は鋭い。
 
「……ウィッチは、多分、クワイトを……」
今でも好きなのではないか? それ故に、クワイトの望みは総て叶えると…そう言い、そう行動しているのではないか? 003が009の『自分がクワイトと決着をつけたい』という、一見無謀とも思える希望…というか決意を、無条件で受け入れようとするように……。(Act.9 決着)
 
このタイラントの直感が間違っている…と前の「相剋論」では考えたのだけど、それには、やはりいろいろと無理があるわけで。
以前は、この二人のとった…またはとろうとした行動が、狂った恋人を殺す・受け入れる…と、全く正反対である、というところに注目してみたのだけど。
 
たぶん、私よりタイラントの方が正しい。はにーだし。今は、そう思う。
疑って申し訳ありませんでしたです、はにー。
 
では、この二人が似ている…同じだとするのなら。
なぜ、二人のとった…またはとろうとした行動が正反対になってしまうのか?
この二人は同じだ、という結論から始めたら、どんな説明が可能なのか。
 
を、まず考えてみる。
 
始めに。
二人のどこが同じなのか、と確認すると。
 
愛する者の望みを無条件で受け入れる…というのが、ウィッチと003の愛のあり方…で。
これが間違いなく共通していると思う。はにーが直感したことでもある。
 
ウィッチは、クワイトを治療しないで死なせてしまったわけだし。
それは、愛する者の望むことを、時にその本人の命よりも重んじるという態度だと考えてみれば、
 
「……ええ……。私は……ジョー、あなたが守ったものを壊す者と…戦うわ。それが……たとえあなたと同じ姿をしていたとしても……」(Act.9 決着)
 
と宣言した003の姿に重なる。
 
問題は、クワイトが狂ったとき、悪魔と化した彼に、ウィッチが従った…ということなのだ。
もし彼女が003だったら…
 
……ら???
 
もしかしたら。
いや、もしかしなくても。
違うのは、オトコの方だったのではないか。たぶん。
 
 
たとえば、もし009が狂っていたら。
003はどうしただろうか。
 
実は、そう想定すること自体、不可能だ。
その理由はあとで述べることにして。
 
想定するのは不可能だけど…
009がいるときの003と、いないときの003を比べてみると、問題がはっきりしてくると思う。
 
「タイラントさん……」
不意に003が口を開いた。全員が、ハッとする。
その視線を集め、けれど気後れする様子も無く、003は言った。
「ジョーが…そう言ったのよね? 自分が連れて行く…って……」
ゆっくりとした口調。それへ、タイラントは頷いた。
「ああ…そうだ……」
小さく頷き、そして、003は一同を見回した。
「だったら…もう、それについて考える事は無いんじゃないかしら?」(Act.9 決着)
 
どうだろう、この強さは。
004に分けてあげたい。
 
004があれほど恐れたじろいだ仲間達の「視線」を、003はまったく臆することなく受け、一同を見回す。
009をクワイトとともに置いていくときも同じ。
 
「他に…誰か何か…?」
003が言い、ゆっくりと一同を見回す。口を開くものは居ない。
一人一人を順々に見、誰も何も言わないのを確認し、003は頷いた。
「…では、ここから出るのよ。これ以上、ジョーを困らせないで」
キッパリとしたその言葉に、一同はゆっくりと動き出した。
それを確認し、003が009を振り返る。
(これで…いいのよね? ……ジョー……)
きつく唇を噛み自分を見詰める003に、009は小さく頷き、笑った。(Act.9 決着)
 
しかし。
これを見れば同時に、分かるのだ。
強いのは003…ではない、と。
 
003は009を振り返り、彼に頷かれ、初めて強さを得る…と言ってもよい。
その証拠に、彼女は009が行方不明であったとき、無力だった。
だからこそ004が気の毒な目にあうわけで。
 
003は009が「いる」時に、「003」となる。
009が「…それでこそ『003』だよ……」と認めたとき、初めて「003」になれる。
そういう意味では、ウィッチと同様、003もまた「鏡」なのかもしれない。
 
009と再会するまで…003は何をしていたのか。どこにいたのか。
いなかったわけではないけれど…でも、彼女は何もしていない。
苦しみ、考え、行動したのは004だった。
003は、消えてしまったのだ。物語から。
それは、009と再会したあと「退場」してしまったのとは、また意味が違っていると思う。
 
009のいるときの003と、いないときの003は違うヒトなのだ。
そして彼女が本来の「003」でいられるのは、009がいるときだけ。
「君がいてよかった」と言ったときの009の台詞を思い出してみよう。
 
「でも……。その事を考えるのは、とても恐いのよ……もし…もし、本当にそんな日が来て…そして、あなたを倒したとして……」
その後、自分はどうしたらいいのか。どうなってしまうのか。
震える003に、009が手を差し伸べる。
「ジョー……」
その手を取って、003はそっと頬に当てた。
「大丈夫だよ」
009が言う。
「君にそんな事はさせない……絶対に………」
僕が狂ってしまったら、君はきっと、僕を止めてくれるだろう。だからこそ。
「だからこそ……僕は耐えられたんだと思う……」
君がいてくれて良かった。(Act.9 決着)
 
009は、はじめに言う。
君にそんな事は「させない」と。
君ならそうなっても大丈夫だ、と言うのではない。
 
もちろん、彼はその直後に「君はきっと、僕を止めてくれるだろう」とも言う。
でも…
本当にそうなのだろうか?
 
それは、009以外の者が考えてはいけないこと…なのだと思う。
彼は、彼女を信じている。
信じていない者に、この台詞は言えない。不可能だ。
 
「君はきっと、僕を止めてくれるだろう」
 
これは、客観的な事実として述べられているのではない。
009は、止めてくれるだろうと思う、と自分の考えを述べているだけで。
003にそれができる、と言っているのではない。
 
この台詞の前に、009はこうも言っている。
 
「でも…フランソワーズ…もし……もしも、僕が本当に狂ってしまって……人々を苦しめるようになったら……きっと、君は僕を止めてくれたよ……そうだろう?」(Act.9 決着)
 
「そうだろう?」と009は003に確かめる。
これが、事実ではないからだ。
009が信じ、003が信じ、二人が誓い合ったとき、それは初めて確かな言葉となる。
 
003はそうする、と009に宣言し、誓った。
だから009は彼女がそうすることを「信じる」と言っているのだ。
そして、彼にとって、彼女がそうすると信じることと、彼女が実際にそうすることの間には、ほんの僅かのズレもない。
 
009はさらに言う。
「だからこそ……僕は耐えられたんだと思う……」
 
そうなのだ。
009は耐えるのだ。
耐えるから、003は結果として、そんな事をしなくていい。
 
003は、009が狂ったら、彼と戦う、と覚悟している。でも。
そう誓い合った009が失われ、「信じる」基盤がなくなったとしたら。
そのときが本当に来てしまったら、自分がどうなるかなど、「わからない」のだ。
現に、彼女も認めているとおり、狂った(ふりをした)009を見たとき彼女は呆然としているだけだった。
 
しかし、009は狂わなかった…というか、絶対に狂わない。
彼女との誓い…決して破れない誓いがあるから。
 
ここで、ウィッチに戻ってみる。
実のところ、ウィッチが愛した「クワイト」は、今のクワイトではない。
 
「彼は優しかった。無垢だった。純粋だった。そりゃ他人に比べて、ちょっとは頭が良くなかったわよ。難しい事は嫌いだったし判らなかった。だけど、そんな事はちっとも問題じゃなかった。彼は…地上に降りた天使のようだった。あらゆる邪悪なものは彼の興味を惹かなかった。彼の目に映るものは、本当に美しいものだけだった。私は……私は、そんな彼を本当に愛していたわ」(Act.9 決着)
 
彼は、ライによって、有無を言わさず狂わされてしまった。
009がクワイトから受けた事より、こちらの方がヒドイ…気がする。
クワイトの拷問は、筆舌に尽くしがたい酷さだが、少なくとも「手術」ではない。
クワイトは009に抵抗することを許した…けれど、ライはクワイトに抵抗することすら許さなかった。
 
狂ったクワイトを受け入れたときの葛藤について、ウィッチは多くを語らない。
しかし、葛藤はあったはずだ。
あの、003の葛藤が。
 
(私は……)
何を望めば良かったのだろう? 何を祈れば良かったのだろう?
『変わらずに』いてくれる事か。それとも『生きて』いてくれる事か。
両方は叶えられない。彼の前にあった選択肢は、二つに一つだったのだ。
前者は絶望と死に至る道。後者は堕落と狂気に至る道。(Act.8 明かりを灯すもの)
 
その選択肢を選ぶ必要は、003にはない。009にも。
どちらも選ばない道を、二人は死にものぐるいで探り、それが彼らの生そのものでもある。
 
一方、ウィッチは、003がそれに怯えることはあっても、実際に立つことは決してない悪夢の岐路に立ち、そして決断した。
絶望と死に至る道と。堕落と狂気に至る道と。
 
魔女は「堕落と狂気に至る道」を選んだ。そこには、少なくとも彼と「同じ姿」があったから。
 
クワイト&ウィッチと、009&003を比較するとき、考えなければならないのは、クワイト&ウィッチは狂った…というか、狂わされた後の二人だった…ということなのだ。
ゆがめられ、人の手によって作られたのがクワイトたちである…が、009たちはそうではない。
 
009と003は誓い合い、ともに進もうとしている。
ウィッチはクワイトの傍らに立つけれど、二人の間に既に誓いはない。
 
「じゃあ……この連絡艇が何処に行くのかは知らないけど、着くまでの間、暇つぶしに昔話でもしましょうか?」
あなたとライと、そしてこの私が、まだ『幽霊』では無かった頃の話を。
そう言って、ウィッチはわらった。(Act.6 襲撃)
 
ウィッチは知っている。
自分たちは、幽霊なのだ。
 
クワイトは殺された。
そして、自分も死んだ。
 
死んだけれど、離れられない。
幻にすぎないかもしれない恋人の望みの全てを叶えようと、透明な魔女は決断した。
堕落と狂気に至る道。
幽霊の進むべき道はそれしかなかった。
更新日時:
2003.07.26 Sat.
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Last updated: 2015/11/23