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「相剋論」2 下
 
第五章 本当の敵
 
 
クワイト、とは何だったのか。
最後に、009は彼の正体と本当の敵に気づいた。
 
自分の感じる憎しみを肯定する事と、その憎しみのままに行動する事とは、別だ。(Act.9 決着)
 
感情を統べる者、それがクワイト。
どんなに強固な意志を持ってしても、変えることのできない感情。
 
クワイトと009の闘いは、感情と意志の闘いでもあると思う。
意志が、感情そのものを否定することはできない。どうしても。
だから、009はクワイトを否定できず、彼に呑まれ、苦しんだ。
しかし。
 
殺したくない。傷つけたくない。
他者を庇い、守ろうとし続ける意志が、009の「自己」である。
その「自己」が、どうしても否定できない感情…他者への憎しみ…に見舞われたとき。
感情を否定できない彼には、自己否定するより他、道がないというのだろうか?
 
苦しみ抜いた末、009はそうではない、と気づく。
 
憎しみを感じる自分もまた自分なのだ。だから、それは肯定しよう。
しかし、行動は別だ。
 
憎んでもよい、しかし行動は別だ、と彼の「自己」は告げる。
 
憎しみの対象が敵なのではない。
憎しみを生むものが敵なのではない。
憎しみそのものも敵ではない。
 
本当に許されないことは、ひとつ。
憎しみにかられて「行動」すること。
 
「行動」するのは…いつも、自分だ。
自分は「意志」によって行動する。
だとしたら。
 
「意志」の向かうべき相手は、「感情」ではない。
「行動する自分」だけだ。
 
本当の敵は、自分にほかならない。
決着のため、地下室へ一人駆け下りたとき、009の「敵」は既にクワイト本人ではなかった。
 
クワイトに立ち向かえないまま、仲間達がクワイトを倒してしまったら。そうしたら。自分はこの先ずっと、クワイトの影に脅え続けてしまうのではないだろうか?
だから。せめて…倒せないまでも、せめて、立ち向かえるのだという確信が欲しかった。
そうでなければ、もう二度と、自分は闘えなくなってしまうのではないか?
009はそれが恐かった。(Act.9 決着)
 
これからも闘い続けるために。
そのために、009は闘いを挑む。
クワイトを倒す闘いではない。倒せないことを、009は既に知っている。
闘いの相手は…恐怖する自分なのだ。
 
009は、再びクワイトと対峙する。
しかし、バイスのロボットの前に、あっけなく膝を折る。
「恐怖」を打ち消すことなど、結局できない。それは、どうしてもできない。
それでも。
 
クワイトは言った。『お前は私を憎んでいる筈だ。殺したいと想っている筈だ』と。ジョーはそれを肯定した。けれど『でも、僕はあんたを殺さない。憎んでいるという事は、他人を殺す理由にはならない』と言って、クワイトを殺す事を断固として拒否した。クワイトは、ジョーの言う事が全く理解できないようだった。(Act.10 夜明け)
 
クワイトへの憎しみを肯定する。恐怖も肯定する。
でも、殺すという「行動」は拒否する。断固として。
意志は、感情を否定することなく、感情を飛び越えていく。
 
009にとっての闇とは、「憎しみのままに行動すること」なのだと思う。
その可能性は、彼の心の中にもひそんでいる。
否定はできない。
しかし、そう行動しないように努力することはできる。
 
それが彼の「自分との闘い」である。
自分との闘いではあるけれど、それはあくまで自己肯定のための闘いである。
 
「そう…だね……。僕には帰る場所だってあるし、待っててくれる人もいる。守りたいモノを守る為の力だってある。一緒に戦ってくれる仲間だって……。だから、あとは僕次第なんだ。僕が、この力をどう使うか。あとはもう、それだけなんだ。だから……」(Act.10 夜明け)
 
敵は「009」。
あとはもう、それだけなのだ。
 
しかし。
確かに009の意志は凄まじいのだけれど…
その「敵」に必ず勝てるとは限らない。
 
009は003に、クワイトに出逢って「よかった」と言った。
 
自分の中の闇を、弱さを、それを否定しても意味が無い。なくす事も出来ない。
クワイトは、009が目を背けて来たそれらを暴き、そして、それに直面する事を強制した。
けれど。
それは、009が闘うべき本当の『敵』の正体を知らせてくれる事に他ならなかった。
(そうだよ……本当の敵は……)(Act.9 夜明け)
 
闇とは、具体的には、バイスを「憎しみ」から殺してしまったこと…を指すのだと思う。
 
本当の敵、自分と、009は闘う。
憎しみにかられて行動しないように…闇にのまれないように。
 
しかし、自分の中には闇がある。弱さもある。
…ということは、そう行動してしまうことも「ある」ということなのだ。
実際、009はクワイトに導かれ、憎しみに従い、バイスを殺してしまった。
 
それをも認めなければ、本当の自己肯定はできない…だろう。
最後に、009はバイスを殺した自分をも受け入れた。
もちろん、受け入れた、というのは、罪の意識が消えたという意味ではない。
それでも、バイスを殺した自分を許せない…という泥沼を、009は結局抜け出ることができた。
許せないけれど、受け入れたのだ。
 
自己を否定する自分の行動を、他ならぬ自分が受け入れる…なんてことが、できるのだろうか?
しかも、そうやって否定された自己そのものをなお肯定しつつ。
 
…どうやって?
 
さらに、やはり……クワイトの問題が残る。
 
クワイトはなぜ死んだのか。
009はクワイトを否定しない。許している。
意志が感情を否定することがないのと同じように。
 
が、クワイトは、「許される」ことを受け入れられなかった。
それは、なぜか。
彼はなぜ死んだのか。
 
前章で述べたとおり、それは既に狂わされていたから…ということになるのかもしれないのだけど。
最後に、これらについて考えてみたい。
 
 
終章 「ライの研究所に捨ててこい」
 
はじめに、009の「闇」の問題から。
 
結論は、やはり「仲間」だと思う。
 
決着のとき。
ウィッチは地下室に残った。
003は残らなかった。
 
ウィッチはクワイトの影であり、彼から離れることがない…というか、彼と別人格として「もう一人」と数えられることがないのだと思う。
一方、003は009の影でありながら、「もう一人」でもある。
009はタイラントに言う。
 
「頼む。僕と、ウィッチとクワイトの三人だけにさせてくれ。自分以外の誰かが苦しむのを見せ続けられたら……耐えられる自信は、無いんだ……」(Act.9 決着)
 
ここで彼の言う「自分以外の誰か」には、当然003も含まれている。
 
タイラントは009を置いていく気持ちになれない。
タイラントと003の違いがここにある。
003は特別な「仲間」なのだ…ということが、ここでも明らかになる。
 
仲間とは。
「他者を傷つけたくない」という009の「自己」を否定する特別な「他者」なのだ。
004が気づいたとおり、仲間は、時に互いの死を受け入れる。
もっとはっきり言えば、互いを殺そうとする。
しかし、009は「ごく自然に」このことを肯定し、受け入れ、行動していた。
 
クワイトなどによって否定されることについては断固抵抗する009の自己が、唯一無条件で屈服する相手が「仲間」なのだ。
 
仲間を殺す。
009の感情はもちろん、意志も、そんなことは容認できないだろう。
でも、009はそう「行動」することを仲間という他者と互いに誓う。
他者と交わした誓いの力だけが、意志を超え、全てを超える。
 
その暖かな光の球は、009の目の前に来て停まった。
やわらかな光を放つそれは、綿毛のようにふわふわしながら、浮いている。
(…ああ……)
きれいだ、と009は想った。
あたたかな日溜まりを思わせるような、その光。
とても懐かしい、それ。
誘われるように手を伸ばしかけ、そして、009はハッとしたようにその手を止めた。
(……駄目…だ……)
こんなきれいなものに手を触れる事が、自分に許されるのか?(Act.8 明かりを灯すもの)
 
不意に暖かな温もりを手に感じ、009は目を開いた。
(あ……)
信じられない光景に、呆然とする。
手の中に、その光があった。
暖かい感触。そこから、すぅっと苦痛が退いていく。
(…あ……)
ゆっくりと胸元に手を引き寄せ、それを抱きしめる。
(あぁ……)
流れ込んでくる、懐かしい温もり。優しく暖かく力強い光が、全身を満たす。
(そう…だよ……)
不意に009は思った。
(どうして、みんなが僕を見捨てるなんて…そんな事を想ったんだろう?)(Act.8 明かりを灯すもの)
 
「仲間」は、それに触れまいとする009の意志を無視して、彼の中に飛び込んでくる。
触れてはいけない、と強固に思う彼の意志を言ってみれば踏みにじり、彼の中に侵入する。
そのようにして「仲間」は彼の外から、彼の持たない力を与える。
 
それは、「感情」の作用の仕方と似ている。
実際、カティサックは感情を伝えることで、009を救うのだ、と言った。
意志の人である009に感情の力を示した負の存在がクワイトなら、正の存在は「仲間」だと言える。
 
「だからこそ」009は狂わなかったのだ。
 
終ることのない、自分との闘い。
その中で意志がついに倒れるとき。
 
彼には、彼の外に、彼を否定する唯一の存在、「仲間」がいた。
彼が狂ったときは、彼の意志にかかわらず、彼を止めてくれる人たちを持っていた。
 
前章で見たとおり、「止めてくれる」というのは、仮定にすぎない。
「仲間」とは、殺すことを認めつつ、だからこそ死にものぐるいで…自分の全てと引き替えにしても、守らなければならない者たちなのだ。
 
009は003が「止めてくれる」と信じている。
実際にはあり得ないことなのに、信じ切ることができる。そう誓い合ったから。
それが、仲間だ。
 
009がはじめにクワイトに屈服した…ようなことになったのは、一人で戦おうとしたから…でもある。
009は、「誰も人の心を思い通りにすることはできない」と信じていたけれど、そこには誤りがあった。
「誰も」には「自分自身」も含まれる、ということを忘れた…ということ。
 
どんなに光でありたいと願ったところで、自分の心には闇がある。
それを否定することはできない。
どんなに強固な意志を持ってしても、罪を犯すことはある。
そんな自分を許せない、と思っても、許さなければならないときがある。
 
仲間たちは、そんな彼の心を動かす。
時に、彼自身の意志に逆らい、彼自身を否定して。
それを信じ、受け入れることによって初めて、009は「誰も人の心を思い通りにすることはできない」と高らかに宣言できる。
 
そして。
その宣言は無敵だ。
 
「人の心を思い通りにできる」という主張は、絶対にそれを認めない他者に出逢ったとき、崩壊する。
が。
「人の心を思い通りにできない」という主張は、絶対にそれを認めない他者をも包み込んでしまう。
 
ここに至り、009は無敵の自己肯定者になる。
自己が闇にのまれ敗北したときには、その自己を否定する他者である「仲間」を肯定、つまり信じ受け入れることによって、彼の自己肯定は完成される。
 
一方…クワイトは。
 
たとえば、クワイト&ウィッチの絆が009&003ほどに強ければクワイトは狂わなかった…或いは、009に助けられていた…などと考えるのは、あまりに非現実的だと思う。
狂ったクワイトの悲劇は、抵抗することすら許されなかった…というところにこそあるので。
実の兄によって、違うモノに作り替えられてしまった恋人を前にして、ウィッチはなすすべを持たなかっただろう。
…いや。
 
ただひとつ、できることがある。
ライを、憎むこと。
 
ウィッチが愛したという、天使のようだったクワイトは、彼女がライを憎むことを悲しんだかもしれない。
でも、そのクワイトは奪われてしまった。
戦うことすらできないまま。
 
そして、ウィッチのもとには、狂ったクワイトが残った。
彼女の愛したクワイトの心など、みじんも持たない、彼と「同じ姿」の幽霊が残った。
 
ウィッチが狂ったクワイトの望みを叶えようとしたのは、本当に愛ゆえにだったのか…と思う。
ウィッチは、狂ったクワイトを愛していたのだろうか。
 
…違う、という気がする。
 
「だから……だから、俺が奴を殺す。そして、すべてに決着をつける!」
うめくようにライが言う。それを弾き返すようにウィッチは答えた。
「そんな事はさせない」
両手を広げてライの前に立ち塞がる。
「もう二度と、あなたに彼を殺させはしない。あなたは一度、彼を殺した。天使のようだった彼を殺して、悪魔にした。そして、今、もう一度彼を殺すと言うの?」(Act.9 決着)
 
彼女が愛したクワイトは殺された。そのとき、自分は何もできなかった。
もう、二度と誰にも彼を殺させない。
 
殺させない…ということより「誰にも」ということの方が大事なのかもしれない。
 
ウィッチは、他者を拒否して、クワイトとひとつになろうとした。
彼を奪った世界の全てを拒否して。
 
クワイトは殺された。
それに取り返しはつかない。
取り返しのつかないことを取り返そうとして、ウィッチは自分を捨て、他者である世界の全ても捨て、クワイトに従った。
それは愛、だと思う。
しかし、狂ったクワイトへの愛…ではない。
ライによって殺されたクワイトへの愛だ、と思う。
 
他者を拒否して、亡き人を見つめ続ける魔女。
他者に焦がれる狂った幽霊。
二人がたどりついた安住の地は、闇の中だった。
 
「そう。あんたの世界は、ここだけ。何部屋あるのか知らないけど、この地下の区画だけ。世界の住人は、あんたと、ウィッチと僕の三人だけ。外の事は知らない。考えない。存在しないものとする。その条件を受け入れるというのなら、僕はあんたに望むものをあげるよ。あんたに服従し、どんな命令にも従う」
「…つまり、お前から好きなだけ苦痛と恐怖の感情を絞り取って良い、と」(Act.9 決着)
 
信じがたいことなのだけど。
クワイトが望んだ「世界」は、地下牢の中だということで。
そこにいるのは、自分と。おもちゃと。魔女。
それだけ。
 
その闇の中で、クワイトは望みを叶えることができたのか…というと。
できなかった。
彼の望みはそこにはなかった。
 
「ある日、クワイトはふと私に言った『つまらん』と。『何が?』と尋ねた私にクワイトは憮然として言った。『わからない』と。思い通りにしているのに。ジョーを苛み、苦痛と恐怖の悲鳴をあげさせても、それを見ても、その感情を感じても、面白くないのだ、と。けれど、クワイトは他にやりたい事は無いと言った。外に出たいとも、全く思わない…と。(Act.10 夜明け)
 
クワイトは、闇の中に自分を見いだすことができない。
「外に出たいとも、全く思わない…」と彼は言う。
しかし、闇の中に何もないのなら、救いは外にしかないはず。
彼の、本当の望みも。
 
クワイトと009は違う。
だから、クワイトの強さと009の強さも違う。
クワイトの強さは作られた強さにすぎない。
しかも、それは「過ち」によって作られた強さであり、その創造主たるライによって否定された強さなのだ。
 
作られた自己肯定者、クワイトは揺らぐ。
もともと、彼の肯定する自己は彼自身ではない。
009とはその基盤が違う。
 
作られたモノと天然モノとどちらが優れているか…ということを簡単に断じてはいけないけれど。
少なくとも、結果として…完全な状態で対峙したとき、クワイトは009の敵ではなかった。
 
そして、クワイトは009が闇を受け入れたように、光を受け入れることはできなかった。
クワイトが愚かだった…というよりは、彼は既にそれを受け入れることができないように作られてしまっていたのだ、という気がする。
 
009は自分の中に闇が「ある」のに気づきそれを見た。
しかし、改造されたクワイトの中には、光が「なかった」のではないか…と私は思う。
 
その根拠のひとつは…彼の鏡であるウィッチが、彼と同じ道をたどらず、光の中へ進んでいったから…で。
ウィッチは改造されていなかった。それがクワイトとの違い。
…というと単純すぎるかもしれないけど。
 
最期に、クワイトは叫ぶ。
 
『もういい。もう、いらない。あんなおもちゃは、もう、いらない。ライの研究所に捨ててこい』(Act.10 夜明け)
 
極限まで追いつめられたクワイトは何を思ったのか。
なぜ…「ライの研究所」が彼の言葉に出てきたのか。
それは、わからない。
 
でも、クワイトが狂った原点はライだった。
すべては「ライの研究所」から始まったのだ。
 
クワイトは、ウィッチに、そこへ行くことを命じた。
彼自身でありつつ、彼自身ではないウィッチに。
 
彼が死ねば、彼の鏡は消える。たぶん。
でも…彼の知らない「ウィッチ」が残る。
遠い昔、殺された彼をひたすら愛し続け、諦めなかったウィッチが残る。
 
だから、クワイトは命じたのかもしれない。
 
クワイトは、自分が死した後、全てが始まった場所へ、彼女が向かうことを望んだ。
その意味するところはわからない。
…でも。
それが全てを決めた。
 
魔女は、クワイトの意志とともにライの研究所に向かった。
すべてが始まった場所に。
彼女の愛する者を奪い、彼を狂わせた者のもとへ。
一人ではなく、「009」を携えて。
そして。
 
「……兄さん。私は…あなたを、一生、許さない……」
向けられた視線を受け止める事ができず、ライが俯く。
「…そう、想っていたわ」
「…エカテ…リーナ……?」
つと、ライが視線を上げる。その視界の中で、ウィッチはゆっくりと首を振った。
「けど……許すわ」
その言葉に、ライが呆然とする。
「それで、あなたの犯した罪が消える訳じゃない。でも……」
嘆息。
「でもね、兄さん。私には……もう、あなたに対して憎しみを掻き立てる事が…できないのよ」
「…エカテリーナ……」
「ジョーが……ジョーが、あなたに代わって償いをしてくれた。私の憎しみを…消し去ってくれた。だから……」
もう、憎しみを持ち続けられなくなってしまった。そう言って、ウィッチは苦笑した。(Act.9 決着)
 
ライの罪は消えない。
クワイトは死んだ。
でも…憎しみは消えた、と彼女は言う。
ジョーが償いをしてくれた…と。
 
これもまた難解。
償いって…009は、彼女に何をしたのだろう。
 
…とか言うと、フトあらぬ方に妄想がいったり。(いきません)
それはそれとして。
 
まず、彼が彼女にしたことは、「第三の道」の啓示だ。
ウィッチが地下牢でライに迫ったとき。
 
「さあ、どうするの? 私を殺してから彼を殺すか、このまま出ていくか。二つに一つよ」(Act.9 決着)
 
魔女は「選択肢」を兄に示した。
それは、かつて兄が妹に課した悪夢の決断。
絶望と死に至る道か。堕落と狂気に至る道か。
 
兄妹に手をさしのべたのは、009だった。
 
「だけど。ライに妹殺しなんてさせたくない。あんたをこのままにして、また Neo Black Ghost を再建されるのを見逃すことも出来ない。あんたを殺して、ウィッチを哀しませるのも、嫌だ。あんたがこの取引に応じれば、その総てが回避される」(Act.9 決着)
 
その代償は、ただひとつ、009が「恐怖」に耐えること。
自分は耐えられる、と009は信じ、耐えた。
 
そして、クワイトが死に、全てが終ったとき。
009はウィッチに「ライを許してやってほしい」と言う。
 
「……ライが…クワイトにした事を考えれば……とても許せないだろうって……そうは…思うよ。けど……」
真摯な視線。
「けど…さ、ウィッチ。……ライは…その償いをしようと…ほんとに一生懸命にやってきたんだよ。カティサックや、チアフルや、エストラ達をここに集めて…彼等を守りながら……何とかして、自分やった事の償いをしよう…って……」
「………」
「決着は…ついた……。あんたには…辛い結果になっちゃったけど……でも、それは僕の所為で、ライの責任じゃない。だから……ライを、許してやって欲しいんだ。……今すぐは無理でも…いつか……」(Act.9 決着)
 
ライが努力してきた…償おうとしてきた、だから許してやってくれ…という主張に、あまり説得力はないと思う。
彼が、命がけで努力していたことが真実であり、それがウィッチに正しく伝わったとしても。
 
だって。
彼の罪は取り返しがつかないのだ。
償うことなんて不可能なのだ。
 
だから、ポイントになるのは…これかもしれない。
 
それは僕の所為で、ライの責任じゃない。
 
なぜ「僕の所為」なのか、というと。
 
クワイトが死んだのは…009が強情に言うことをきかなかったから。
009はなぜ言うことをきかなかったかというと…
ただ、彼がそうしたかったから。
 
…………。
 
…だからか?
と、ちょっとぼーぜんとしてしまうのだけど。
…だから、だと思う。
 
009は全てを背負う。
僕が、そうしたかったから。といって。
それ以外の理由を、彼は外に求めない。
ただ、僕がそうしたかったから。
009は、それしか言わない。
 
そして、僕は、そうしたいと思ったことを必ずできる。
009は、そう信じてもいる。
 
凄まじい自己肯定がここにある。
たぶん、それでウィッチは救われるのだと思う。
009を許すことが、全てを許すことと同じになるから。
 
罪は消えない。
悲しみも消えない。
 
でも、それに耐えて進まなければならない。
優しかった、天使のようだったクワイトを、二度と会えないクワイトを胸に抱き、愛する兄を愛し…
そこに横たわる罪と悲しみと苦しみに耐え、進まなければならない。
 
009は、「僕の所為」だ、と、罪と苦しみを受け入れることを宣言した。
6ヶ月間、ウィッチの眼前で憎しみと恐怖と苦しみに耐えぬいた009が宣言したのだ。
その姿を見て、彼女も決意する。
罪も苦しみも受け入れ、クワイトを愛し、ライを愛し、悲しみ続けることを。
 
最期のクワイトの言葉。
ウィッチへの最期の命令。
 
意図はわからない…けれど、結果として、その命令が、さまようウィッチを闇から引き上げた。
そして、本当のクワイトもまた蘇り、彼女の心に降り立ったのかもしれない。
 
クワイトは倒れ、その刹那、彼の鏡を「外」へ送り出した。
過ちのすべてが始まった場所へ。
 
一方、009は闇の中で光を見、光の中で闇を見た。
光も闇も受け入れ、「これ以上、何も望むものなんて無い。欲しい物は全部持ってる」と微笑む、究極の自己肯定者、それが009だ。
 
光が闇に勝ったのではない。
009は本来の自分に還り、クワイトをもあるべき場所に…彼自身に還したのだと思う。
 
失われた体は、地の底へ。
心は、愛する者のもとへ。
 
ゆがめられたクワイトは消滅するしかなかった。
しかし、彼の心は彼の鏡に還った。
同じように本来の自分に還った彼女は、彼の心を抱き、光の中へと歩き出す。
生まれ育った故郷へ。彼とすごした土地へ。
魔女ではなく、エカテリーナとして。
更新日時:
2003.07.26 Sat.
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Last updated: 2015/11/23