|   サイボーグらしく戦おう、と宣言したその少年の体が白く光り始めるのを、ジョーは息をのんで見つめていた。 少年は誇らしげに言う。   「僕の体からは、太陽の表面温度の約半分、摂氏3000度ぐらいまでの熱を出せるんだ!……てのひらからは6000度の熱波……指先からは8000度の熱量を持つレーザー光線だ!」   ――すごい……なんなんだコイツ、すごすぎるぞっ!   ジョーは懸命に動揺を押し殺した。 ここでひるんでは、そうでなくても不利(だという気がする)な状況をますます悪くするだけだった。   ――落ち着け!……とにかく何か言い返すんだっ!ええと……なんだっけ?   黙って見つめるだけのジョーを、少年は憐れむように見下ろした。   「ふふ、どうした?……声も出ないようだな!」 「……ああ、たしかに。……まったく、何が出てくるかと思ったら、まさかその程度だったとは」 「なんだと?」   ジョーはやれやれ、と肩をすくめてみせた。   「要するにものすごく熱いってことだろう?……ってか、3000度なら素直に3000度です!と言えばいいものを、太陽の表面温度の約半分とか、お前は理科教師かっ?!……そのくせ“約”とか“ぐらい”とか、テキトーな言い回しでごまかしてみせたり、呆れたぜ!……サイエンスならサイエンス、メルヘンならメルヘン、ハッキリ決めたらどうだっ?男らしくないぞ!」 「な、なんだとっ!?……キサマ、このアポロンさまに向かって、言うにことかいて男らしくない、とは……っ!もう一度言ってみろっ!」 「ああ、何度でも言ってやるとも……どうせその数字だって、自分の目で!肌で!心で!確かめたモノではあるまい?……なんとかハカセが『君のカラダからは太陽の表面温度の約半分、摂氏3000度ぐらいまでの熱を出せるのだヨ』とかなんとか言ったのを、丸暗記して繰り返しているだけなんだよな?な、そーだろ、ウチにもそーゆージジイもといハカセがいるから大体わかるぜ!」 「……っ!」 「どんな能力をつけられようと、自分の血肉となっていないなら、そんなモノは必殺技でもなんでもない!幼稚園児がでっかい火炎放射器振り回していい気になってるのと同じことだ!それでこの僕と……ブラックゴーストの基地を破壊し、脱出に成功し、刺客を葬ってきた僕と戦おうなんて、身の程知らずもいいところだ!どんなにイキがろうと、幼稚園の先生にいいこねーって褒められてる幼児と一緒なんだよっ!……僕は、その、オマエが毎日楽しいなーとか思ってぼーっと通ってインチキ幼稚園を告発し、排除するという、ぎりぎりのオトナの戦いの中にいるんだ!……レベルが違うんだよ!」 「な、なにを……なんだ、わけのわからないコトを偉そうにっ!……そこまで言うのなら、オマエの能力を見せてみろ!……まさか、加速装置だけ、というわけではあるまい?」   ――来た!   ジョーはぐっと下腹に力を入れた。 どうやら、今のところ、比較的うまくいっているようだ。 ここでもう一押し、ヤツの心に楔を打ち込み、戦意を消失させなければならない! そのためには……そのためには、やはり、これしかないっ!   「ふっ……オマエなんかと戦うためなら、本来は『しまむらアクセルボードスペシャル・MAXやまびこ』で十分だが、残念ながらMAXやまびこはこの前廃止されてしまった……」 「なんだ?……いや、アクセルボードなら加速装置だろうが、結局……おい、まさかと思うが、ホントにオマエって、加速装置しか能がないのか?……あとは、どんな力をもっているんだ?」 「あとは……!」   ――よし、いまだ!   ジョーは鋭く少年を睨みながら叫んだ。   「あとは、ル・クラージュ、だけだっ!」 「ヘッ……?!」   ――あ、あれ?   「なに?……なんて言った、今?」 「え……えと、だから、ル・クラージュ……って」 「なんだ、ソレは?」 「……」   ――あれ?……通じないのか?   「ちっ!……もういい!……いいからソレを見せろ!」 「いや……その、見せろ……って言われても」 「そもそも、オマエのような原始的な試作品が、俺に勝てるはずないんだっ!」 「くっ!……しまった!」   少年の指先が光った。 次の瞬間、肩と胸を撃ち抜かれ、ジョーは切り立った断崖から真っ逆さまに海へと落ちていった。   ――せっかく、フランソワーズに教わったのに……っ!やっぱり素直に日本語を使うべきだったか?……いや……フランス語のわからないギリシャ人に日本語が……わかるはずない……って、あれ?……今僕たちは……何語で……しゃべっ……て……   「……やったか?!」   少年は崖の切っ先まで走り……が、そこで足を止めた。 白熱した体で海に飛び込むことはできない。 それが彼の唯一の弱点だった。   「この、愚か者がっ!」 「あ、姉上?!」   叩き付けるような怒声に、少年はギクリと振り返った。 長い黒髪の美しい少女が、厳しい眼差しを向けている。   「ル・クラージュは『勇気』だ!……あれほど言ったのに、オマエはフランス語の勉強を何一つしていないようだな!」 「あーっ、そ、そうだ……そうでしたよ!はは、いやーまいったな、あれれーっと。……はい、ど忘れしてました、姉上!」 「まったく、情けない……あのサイボーグは東洋人だったようではないか。あんなアタマの弱そーな男でも知っている基本中の基本単語すら覚えられないとは!」 「やだなー、そんなことないですって、ホントにど忘れ……」 「それだけではない!まだ気付かないのか?……オマエは、あの男を仕留めそこねたのだぞ!」 「え?!」   それは心外だ、と言わんばかりに、少年は少女を強く見返した。   「そんなはずはありません、姉上!……たしかに命中しました、二発も!」 「それは知っている。問題は、その後だ……オマエ、『やったか?』と言っただろう!」 「……あっ!」   ――そ、そうだ、しまった!……『やったか、と言ったときにはやってない』の鉄則を、またしても、俺はっ!   「嘆かわしい……私は悲しいぞ、アポロン」 「……申し訳ありません、姉上……すぐに、とどめを……」 「『とどめだ、は逆襲の合図』の法則もある」 「……う。」   少女は深く溜息をつき、ひらりと崖下に飛び降りた。   「あ、姉上……?」 「オマエでは埒があかない。……私が行こう」 「……は、はい」   何かを言い返せる雰囲気ではなかった……が、少年は思わず心でツッコミを入れていた。   ――『えぇい、私が行く!は、やられキャラ』の法則もありましたけど、姉上。   いや、でもまさか、ありえない。 あの姉上が負ける、なんてことは。 まして、あんな死にかけの原始的なサイボーグに……。   だいじょぶだよなっ! うん、だいじょぶだいじょぶ!   でも、それにしても……なんでアイツ、東洋人のくせにわざわざフランス語なんか使ったんだ?     それは。 彼が恐るべき早さで、仲間であるフランス人の美少女と親密な仲になったからであり。 実を言うと、ソレこそが、彼、サイボーグ009の最凶の必殺技であり。 なおかつ、その罠に、今まさに無敵の姉・女神アルテミスがまんまと嵌まろうとしている……!   なんてことは、夢にも思わないアポロンなのだった。 ってか、そんなことを夢にも思うヤツなんて、そもそもいるはずないのだ!     |