無茶などしていないわ、と、フランソワーズは笑った。
「戦いが始まった以上、もしあなたが……009が記憶を取り戻せないのなら、どうせ私たちは生き残れないでしょうから」
「きみは、変わらないな。自分がどれだけ酷いことを言っているのか、わかってない」
「それじゃ、言い方を変えるわ。私たち、じゃなくて……私、だったら?」
「フランソワーズ?」
「あなたが、私を思い出してくれないなら、私に生きる意味なんてないの……これで、どうかしら?」
「同じことだ。僕にとっては」
「……」
「きみ、だろうがきみたち、だろうが……あのとき、僕が失いかけたのは、間違いなくきみだった。ほかのモノじゃない」
「それを言うなら、私だって……あなたを失いかけていたのよ、ジョー」
「違う!……僕は、思い出した!」
「そうね。……だから、私も生きている」
ジョーは軽く拳を握りしめ、口を噤んだ……が、やがて、つぶやくように言った。
「今度は、何年たったんだろう」
「10年……になるかしら」
「そんなに……」
「それだけ、平和だったということね」
黒煙が立ち上る街を遠く見つめ、フランソワーズは静かに言った。
――その日々は終わった。
――だから、あなたは私を思い出し、私はあなたと共にいる。
「きみは、今までどこにいたんだ?」
「大体はギルモア博士の研究所に。仕事に出ることもあったけれど」
「幸せ、だったのかな」
「……ええ」
「嘘だ。きみは……変わっていないのに」
苦しげな声に、フランソワーズは思わず微笑した。
「そうかしら。……もしそうなら、それは私が幸せだった証拠ね」
「……嘘だ。きみは嘘つきだ、フランソワーズ」
何もかも見透す碧の眼。
昨日までの「日常」の中で、幸せそうに笑っていた少女たちの、誰がこんな眼をしていただろうか……と、ジョーは思う。
10年間、平和、だったのだという。
その平和は、かりそめであったとしても、もしかしたら、あの戦いで自分たちがつかみとったものだったのかもしれない。
それなのに、彼女は何も変わっていない。
「僕は……いったい、何のために」
「……ジョー?」
「10年幸せに暮らしていたのなら、どうしてあんなことができるんだ?……幸せな女の子が、あんな真似をするもんか!……きみはあのときのままだ。戦いの中で、自分の命までも平然と道具に使ってしまう。サイボーグ戦士003のままじゃないか!」
フランソワーズは大きく目を見開き、微かに身を震わせるジョーをじっと見つめた。
変わっていないのは、あなたよ……と思う。
が、言葉にはできなかった。
変わらないことを一番過酷に宿命づけられているのは、あなたの方なのに。
そして、あなたにその宿命を強いているのは、私たち。
それでもあなたは、私のためにそんな顔をしてくれる。
「私は、変わらないわ……ジョー」
「……」
「どんなに長い時間が流れても……どんなにあなたと離れて生きたとしても。目ざめたあなたが見る私は、変わらない。いつまでも、サイボーグ003のままなのよ」
「……」
「そう……約束したでしょう?」
「フランソワーズ……」
「また会えて嬉しいわ、ジョー。思い出してくれてありがとう」
「フランソワーズ、……でも!」
「長い間、一人にしてごめんなさい。そして……思い出させてしまって、ごめんなさい」
「……フランソワーズ!」
抱きしめているのか、抱きしめられているのかわからない。
ジョーは堅く目を閉じ、迸る激情を懸命に押さえ込もうとした。
――これは、幸せなんかじゃない。
なぜ、自分は「ひとり」なのだろうと、ずっと思っていた。
昨日まで、そう思い続けていた。
その理由が、やっとわかった……と、ジョーは思う。
――僕は、ひとりでなければいけなかったんだ。
このひとを、僕の運命に巻き込んではいけなかった。
僕は、ひとりでなければいけなかった。永遠に。
そうだ。
それが永遠に続けばいいと、僕は思っていた。
思っていた、はずだった。
「今度こそ……今度こそ、最後の戦いにする。僕たちの、最後の……!」
ジョーは呻くように言った。
うなずく彼女の気配を感じながら……抱きしめる腕に一層の力を込めながら。
でも、フランソワーズ。
きっと、君はとっくに知っているんだろう。
――嘘つきは、僕の方だと。
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