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009的小話

小包・5月16日
 
すごいわねー、と、紙袋から取り出したシャツをなで回したり裏返してみたりしている彼女に、ふと不安になって尋ねてみた。
 
「何が、すごいって思うんだい?」
「何って……何もかもよ。この、生地とか」
「……」
 
思わずぎくりとしたが、彼女の笑顔はまったく屈託がない。
 
「高そうだもの。しかも、オーダーメイドなんでしょう?」
「まあ……そういうことになるのかな」
「島村君って、本当はすごいお金持ちだったりするんじゃないの?」
「そんなこと。プロが仕立てたわけじゃないし……」
「あら。……そうね、私ったらごめんなさい。大事なモノなのにべたべた触っちゃったわ」
「あ、それは……別に」
「ねえ、あと何が入っていたの?ずいぶん大きい箱ね」
「ええと。チーズに、ドライフルーツ、オレンジジュースと、クッキー……でも、ほとんどが着るモノだ。靴まで入ってる。別に必要ないのになあ……」
「ふふふ、男の人ってそうなのよね……島村君は珍しくこざっぱりしてセンスがいいなあって思ってたら、こういう仕掛けがあったってわけ。まさか上から下までフランス仕込みだったなんて……そりゃ、素敵なはずだわ」
 
フランス仕込みと言われればその通りだが、ちょっと違うよな、とジョーは密かに思う。
きれいに仕立てられたシャツの生地は、たしかに相当高価な……衣類としては、ありえないほど高価なモノに違いない。音速での移動に耐えうる強度をもちつつ、しなやかで軽い繊維。ギルモア博士とイワンの叡智の結晶なのだ。
靴や肌着になると、さすがに既製品に特殊コーティングを施した程度なのだろうが、普通のモノというわけではない。
 
「じゃ、お台所借りるわね……あら、きれいにしてるのねえ!」
「使ってないだけだよ」
「その割にはいろいろ揃ってるじゃない?これなんて、いいお鍋だわ」
「それは、フランソワーズの……」
 
あ、と口を噤んだが、遅かった。気を付けているつもりだったのに、つい油断していた。
彼女が、嬉しそうにぱっと顔を輝かせる。
 
「やっぱり、向こうのヒトっぽいわあ、島村君って」
「え……え?」
「だって。フランソワーズ、って、今言ったでしょう?」
「ええと……まあ」
「いつも、そう呼んでいるの?」
「……うん」
「いいなあ……島村君にそんな呼ばれ方したら、ドキドキしちゃうかもしれないわね」
「……」
 
間が悪かったんだよな、と、ジョーはこっそり息をついた。
 
酔った挙げ句、「今日は島村君の部屋に泊まる!」と言い張って動かなくなってしまった彼女を仕方なく連れてきたら、玄関先にこのパリから届けられた大箱が鎮座していたのだった。
今日が誕生日だということを覚えていれば……と思いかけ、ジョーは、いや、そうじゃないよな、と思い直した。
 
別に誕生日でなくても、ここへの訪問はきっちり断り、彼女を引きずってでも自宅に送り届けるべきだった。
こういうことをしているから、仲間達に、オマエは女に甘いとか節操がないとか、事実無根の言いがかりをつけられることになるのだ。
 
もっとも、そう考えるのなら、これはこれでよかったのかもしれない。この後彼女が適当にウワサを立ててくれれば、おそらく、今後、女性の同僚がここに立ち入ることはなくなるだろう。
いつものように仲間に誕生日の贈り物をしただけなのに、まったく身に覚えのない浮き名を異国で立てられる羽目になってしまったフランソワーズには申し訳ないが、彼女がジョーの今の職場に来ることなどあり得ないし、実害はないはずだ。
 
しばらくして、皿にサンドウィッチのようなものを盛り上げ、彼女が台所から出てきた。料理は得意ではないと、前からしきりに言っていたが、本当にそうらしい。
いただきます、と神妙に手を合わせ、皿に手を伸ばしたジョーに、彼女はごめんなさい、と小さく言った。
 
「そのクッキーも、フランソワーズさんが作ったモノなんでしょう?……おいしそう」
「……」
「私、いつか教わりたい……お料理。お裁縫も。フランソワーズさんに」
「……」
 
彼女の言おうとしていることがもうひとつ飲み込めず、ジョーはもくもくと食べ続けた。彼女が遠慮がちに差し出したコーヒーも、会釈をして受け取ってから一気に飲み干す。おいしいよ、と、とりあえず言おうとしたとき、彼女の恐ろしいほど真剣な眼差しに気付いた。
 
「……島村君」
「え……?」
「私……フランソワーズさんに、会いたいな……いつか」
「……」
「今は無理よ、分かってる……でも、いつか……ご挨拶したい、なんて思ってるの」
「ご、挨拶……って?」
 
 
※※※※※
 
それはマズイだろうよ、オマエ……と、電話口のジェットは呆れ、そうだよねマズイよねさすがに……と神妙に溜息をつくジョーが、その実何もわかっていないらしいことに更に呆れた。
 
まあ、コイツはもう救いようがないとしても。
オマエもオマエだ、ピントの外れた事をするんじゃない、とフランソワーズに言っておかなければ、とジェットは思う。
 
「とにかく、その女もどの女も、フランソワーズに会わせるんじゃないぞ、絶対に」
「もちろん。それぐらい、僕だって……彼女に迷惑をかけるわけにはいかない」
「迷惑、とかじゃなくてだ。分かってるのか?アイツを本気で怒らせたら、俺たちにはどうにもできないんだからな」
「そんなことは……別に……こんなことで、彼女、怒りはしないだろうけど……」
 
口ごもる気配に、本当にわかってなかったのかよと脱力し、ジェットはゆっくり言った。
 
「あのな、ジョー。あの女が、オマエの母親に間違えられて喜ぶと思うなよ……オマエがどう思っているかはしらないが、アレは、母性至上のヤマトナデシコなんかじゃねえ、正真正銘のパリジェンヌなんだぜ?」
「母親?僕の?フランソワーズが?……それって、どういう」
「……ジョー。いいか、よーく聞け」
 
そういうことだろーよ、そもそもアイツがズレてるんだが、でかい箱に服やら菓子やら飲み物やらをぎっしり詰めて送りつけるなんざ、誰が見たって、独り立ちできねえムスコをメンドリみてーに心配するオフクロのやることだ!
 
ひとしきりまくしたて、どうだわかったか?と尋ねると、しばしの沈黙の後、頼りない声音でジョーは答えた。
 
「わかった……君が言うなら、間違いないだろう。そうだったんだ」
「あのな、ジョー……」
「うん……ごめん。ほら、僕はよくわかっていないから……母親って、そういうものなんだね」
「……」
 
ここでシンミリしたら負けだ!と思いつつ、さりとてどう返せばよいやら。
ジェットには結局わからなかった。
更新日時:
2012.06.12 Tue.
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Last updated: 2015/12/1