いいかげんにしろ、なんとかしろ、オマエが播いた種だろうが、と、仲間達にさんざんどやされた。
たしかにそうだとは思う。
が、実際にその被害を被っているのは自分だけなのだ。
アルベルトに詰め寄りケンカを売ったが、殴りかかったわけではない。結局、一方的に殴られて終わった。
それ以来、フランソワーズに口をきいてもらえなくなったのも自分だけだ。
君達には実質、迷惑をかけていないじゃないかと反論したくなるのを、ジョーは懸命に抑えた。
それで納得する仲間達ではないことは経験済みだし、また誰かに殴られる羽目になるかもしれない。
更に、経験ということで言うなら、フランソワーズの不機嫌も、あと数日知らんぷりをしていれば収まってくれるような予感がしている。
ここで下手に動くのはむしろ危ないのではないか。
もちろん、そう言ったところで、仲間達が納得しないのもわかっている。
そういうわけで、ジョーは仕方なく、表情をこわばらせたままそっぽを向いているフランソワーズにあれこれと話しかけるのだった。
「その……ごめん、フランソワーズ。あのときは、僕が軽率だったんだ。僕とアルベルトは別に、ケンカをしていたわけじゃない。そんな原因はどこにもないし……2度とこんなことはしないって約束する」
聞こえていない、などということはありえないのだが、一応、3回ほど同じ言葉を繰り返した。
反応はない。
といって、これ以上言うことも、ジョーにはなかったので、彼は沈黙したままじっとフランソワーズを見つめていた。
――やがて。
花びらのような唇がかすかに動いた。
が、ジョーがほっとしかけたのは一瞬だった。
「私の、話をしていたでしょう」
「え」
「あなたがあのとき、大きな声でフランソワーズ、って言っているのが聞こえたわ」
「……」
そうだっただろうか。
そうかもしれない。
「何の話をしていたの?」
「……」
急に黙り込んだジョーをまじまじと見つめ、フランソワーズは浅い溜息をついた。
「もう、いいわ」
「……」
「話がある……なんて、嘘つきね。元々、あなたには私と話すことなんて何もないのでしょう。無理をしなくてもいいのよ。みんなにもジョーを苛めるのはやめてって言っておいてあげる」
「……」
「私に話しかけるのは、本当に用があるときだけでいいわ。……私も、そうするから」
「……」
やっぱり、マズイことになったらしい。
こういうのを藪蛇、と言うんだろうなとジョーはぼんやり思った。
この分では、あと数日、またフランソワーズは口をきいてくれなくなるだろう。
それで困るかというと、困ることはない。
彼女は、普段と何も変わらないのだから。口をきかないだけで、他に意地悪をする、というわけでもないし。
それに、彼女は嘘を言わないから、本当に用があるときにはちゃんと会話をしてくれるだろう。そこも信頼できる。
事実、ここ数日も別に困ったことはなかった。ただ、仲間達がうるさかっただけだ。
その口も、彼女が封じてくれるというのなら、問題は何も無い。
……でも。
「あの。本当に用があるときなんて、それほどないよね」
「……」
「つまり、僕はそれ以外、君に話しかけてはいけない……っていうことなのかな」
「いいえ。私があなたに返事をするとは限らない……っていうこと。それだけよ。大したことではないわ。あなたがいつもしているのと同じ」
「え……?」
「自分に都合がよくって、返事をしたいときだけするの。そうでなければ何も言わない。それだけのことでしょ、何も問題はないはずだわ」
「フランソワーズ!」
「ジョー。……あのとき、あなたたちは私の話をしていたわね。それで、何を話していたの?」
「……君。ソレ、ずるくないか?」
「答えたくないなら結構よ。今言ったでしょう?」
どうしてこんな目に遭うんだろうなと思いながら、ジョーはしぶしぶ説明した。
あのときは、フランソワーズの「思い人」についてアルベルトと話していたのだ……と。
「……それで、どうしてそう思ったのかなんて、自分でもわからないけど。でも、アルベルトは、君が誰を好きなのか知っているんじゃないかと思って。だから、聞きだそうとして……つい、こう……ケンカを売ったような感じになった」
「……」
「……ごめん」
頭を下げ、目を閉じたのは、謝罪のためというよりは、どうにも情けなくて彼女の顔をまともに見られない気がしたから……だったが。
あまりに沈黙が続くので、そろそろと顔を上げてみると、フランソワーズは何ともいえない表情をしていた。怒っているような、うんざりしているような、それでいて半分笑っているような。
「……フランソワーズ?」
「イヤになっちゃう。……やっぱりアルベルトにはわかっていたんだわ」
「え?!」
「この分だと、みんなもきっとそうね……ジョー、たぶん、そのこと知らないのはアナタだけよ」
「それ……って。どういう……?」
「だから。心配いらないんじゃないかしら。……あのウルサイ人たちだもの。私がもし道を外れるようなことをしているなら、みんなで止めてくれるはずだわ」
そう思うでしょう?と言われたらうなずくしかないが。
だから安心してね?という言葉に簡単にうなずく気になれない。
「どのみち、君は僕にソレを教える気はないんだよね?……たぶん、みんなも」
「そうね……きっと。でも、もういいじゃない?」
「よくないよ!……なんて言っても、何にもなりそうもないけどさ。でも、僕は安心なんかしない。嫌な予感しかしないんだ。君が好きだっていう男は、きっとろくでなしだ。やめておいた方がいい」
「あなたがそこまで言うなら、そうかもしれないわね……でも、どうにもできないことよ。あなたには……わからないでしょうけど」
「もちろん、わかるもんか」
「そう……だったら、よかったわ」
へ?と首をかしげるジョーに、フランソワーズは数日ぶりになる屈託のない笑顔を向けた。
――だって、それが恋というものだもの。
|