まさかと思ったが、もちろん、そのまさかだ。
どうして俺なんだ、と心で毒づいたのが表情に出たらしい。
ジョーは申し訳なさそうに、ごめん、でも君が一番適任だと思ったんだ、と言った。
「フランソワーズは、君の言うことならちゃんと聞くと思う。彼女は、君をいろんな意味で信頼しているから」
「……いろんな意味って何だ」
「仲間としても、人間としても。それに、男としても……かな」
――すらすら答えやがる。
ますます渋面になったアルベルトに、ジョーは淡々と説明するのだった。
フランソワーズが恋をしているらしい。
それはどうこう言うべきことではないが、その相手というのが……
「待て、ジョー」
「……アルベルト?」
「説明する必要はない。その話なら知っているからな」
「え……」
大きく目を見開いたジョーは、やがてほっと溜息をついた。
「そうか……そうだよな。君はもう、聞いていたんだね」
たしかに、「聞いていた」という点については間違いなかったから、アルベルトは訂正をしなかった。
「それなら話が早い。……君は、どう思う?」
「どう、と言われてもな。どうしようもないだろう」
「もちろん。でも、そう言って片付けてしまう気になれないんだ……彼女が傷つくのが目に見えているのに」
「それも仕方ないことだ。だいたい、とっくに手遅れだろうしな」
「え……?」
「傷つく、というなら……だ。彼女は、とうに傷ついているだろう。見ればわかる」
「……」
「なんだ、気付いていなかったのか、オマエ?」
「……うん」
「フン、どこに目をつけているんだか……まあ、よしておけ。オマエは仲間として彼女を気に懸けているつもりなんだろうが、その程度じゃ話にならん。中途半端なヤツが下手におせっかいをしてもややこしくなるだけだ」
黙り込んだジョーをちら、と横目に見ながら、アルベルトは悠然と新聞を畳んだ。
とりあえず、嘘は言っていない。
ズレているとはいえ、彼女について真剣に考えること自体は、ジョーにとって悪いことではないだろうし。
「君の言う通りだ……でも」
「……」
「でも、僕は……やっぱり、放っておけない。もし、ソイツが彼女を傷つけたのなら……許さない」
「あのな、ジョー……」
「僕が、許せないんだ。彼女の気持ちは関係ない。正しいことなのかどうかだって……関係ない」
「……」
「勝手だって、わかってるよ。でも……!」
「じゃ、どうするんだ?……ソイツを探し出して、殴りつけてくるか?……オマエのその形相だと、下手をすると殺しちまうかもしれないが。そういうことか?」
「……そう、かもしれない」
「なるほど……な」
ジョーは、うつむいたまま拳を震わせている。
どこまでも面倒なヤツだ。
「だったら、そうしろ」
「……え?」
「その野郎を探し出して、思い切り殴りつけてくるがいいさ」
「アルベルト……」
「殺したいほど憎いなら、そうすればいい。……いずれにしても、ソイツの顔を見もしないで考え込んでいても何にもならないだろうよ」
「アルベルト、君、まさか……!」
「……?なんだ?」
さっと顔を上げたジョーの眼の奥に、冷たい光が閃いている。
思わず身構えた。
「まさか……君、ソイツのことを知っているんじゃ……?」
「……」
あっけにとられ、アルベルトはまじまじとジョーを見つめた。
さすが、009。
……というか、なんというか。
無言のアルベルトに、ジョーはすさまじい形相で詰め寄った。
「知っているんだな?……誰なんだ!」
「それを聞いてどうする?」
「言ったろ?……許さないって。隠すなら、君も同じだ!」
「あのな、ジョー」
「言えよ!誰が、フランソワーズを……!」
それ以上、言わせる気もなかった。
――やがて。
フランソワーズの悲鳴に、アルベルトは大きく息をつき、床に転がったジョーの体に最後の一蹴りを入れた。
それにしても。
全く抵抗しなかった……ということは。
コイツも、実は薄々わかっているのかもしれない、と、アルベルトはぼんやり思った。
「気が済んだか、ジョー?」
「アルベルト!……何をするの?!……ジョー、大丈夫?……しっかりして……」
「……フラン…ソワーズ……?」
うっすらと眼を開けたジョーは、フランソワーズの胸に抱かれているのに気付くと、のろのろとその体を押しやるようにした。
「駄目だ……放って、おいてくれ」
「ジョー!もう、どうしたっていうの?どうして……ケンカなんか」
「ケンカじゃ……ない。僕に、構うな!」
「……ジョー!」
フランソワーズを突き飛ばすように振り払い、ジョーは立ち上がった。
「待てよ!アルベルト!」
「……なんだ。まだやる気か?」
「こんなモノで、済むと思うな……!」
「……」
そうなのかもしれない。
だが、ほどほどにしておくほうがいいだろう。
なぜなら……
「本末転倒、というやつだな。見ろ、泣いてるぞ……馬鹿が」
「え……?」
座り込み、両手で顔を覆っているフランソワーズを慌てて振り返り、ジョーはぎゅっと唇を噛んだ。
「俺のせいだと思うなら、俺を殺せばいい。オマエにはたやすいことだろう」
「……君のせいじゃない」
「……フン」
まあ、そうだろう。
さすがに、それぐらいわかってもらわなければ困る。
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