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009的小話

No love, No life
 
「フランソワーズ、君は、パリで育ったんだよね?……たしかに日本では、パリを恋の都って言ったりするんだけど……」
 
イキナリ何を言い出すのかしらと首をかしげてしまった。
でも、そんな私の表情なんて、たぶん彼は見ていない。
なんだか、一生懸命になっている。
 
「ホントのところはどうなんだろう……その、人生は恋だ!みたいな人が多いのかな、やっぱり」
「……そうねえ」
 
どうしてそんなことを聞きたいのかしら、と、もちろん思ったけれど、たぶん尋ねても無駄だわ。
 
「少なくとも、日本人に比べたらずっとそうだと思うわ」
「……ふうん」
「だって、恋のない人生なんて、味気ないもの」
「そうかな」
「そうよ」
「……そうかなあ」
 
――溜息ついてる。
 
今度は誰に叱られたのかしら。
慌ただしく思いをめぐらせてみるけれど、最近、彼が女の子と付き合っているような様子は見ていない。
もっとも、だから彼が最近女の子と付き合っていない、なんてことには全然ならない。
 
「でも、たとえば、フランソワーズ、君だったら」
 
――私?
 
「君は……その、あんまり、そういう風には見えないからさ」
「おばかさんね、ジョーは。恋は人に見せびらかすものじゃなくってよ」
「……え」
 
ちょっと意地悪をしたつもりだった……のに。
彼は驚いた顔になって、でもすぐ嬉しそうに、にこにこして。
 
「それって……君も恋をしているってこと?今?誰に?」
「聞こえていなかったのかしら。恋は、人に見せびらかすものじゃ……」
「でも、僕は『人』じゃないだろ?」
「そうね、サイボーグだったわ」
「そういう話じゃないよ!……だからさ、僕たちはきょうだいみたいなモノだろ?……知らなかったな、君に好きな人がいるなんて……だったら言ってくれれば」
「あなたに言って、それでどうなるの?」
「応援するさ、もちろん」
「……それはどうも」
「ちぇっ、信用してないな。僕は、ジェットやグレートとは違う」
 
――どう違うの?
 
「絶対、からかったりしない。本当に応援する。だから、遠慮なんてしないでほしい」
 
――遠慮って何かしら。
 
「全然知らなかった……ごめん。どんな人?こっちの人かい?」
「こっちって……」
「あ、つまり、日本人なのかな……ってこと」
「ええ、そうよ」
 
馬鹿馬鹿しくなってきた。
彼の目をじっと見つめてうなずいてみせたのに、彼はへえ、と神妙な表情になっただけで。
 
「よく会っているの?」
「顔を合わせるだけなら。第一、向こうにはその気がないもの」
「え。……じゃ、片思いなのかい?君の?」
「そうよ」
 
わからないなあ、それ……と彼は唸るように言った。
こっちこそ、何がわからないのかわからない。
 
「でも、気付いていると思うな、その人……だって、好きなんだろう?」
「ええ」
「君に好かれているのに気付かない男なんていないよ」
「そうかしら」
「そうだよ。絶対に、そうだ」
 
それが、いるみたいなのよね。
 
「おかしいんじゃないか、ソイツ?」
「そんなことないわ。いい人よ。優しくて、親切で」
「あ。日本人って大抵そうなんだ。特に、君みたいなキンパツの女の子には、なんていうかなあ……憧れがあるっていうか」
「優しいだけじゃないわ。強くて、勇気があって、正義感も強い人なの」
「……ええと。大丈夫かい、フランソワーズ……その、なんだか君らしくないような」
 
本当ね。
自分でもときどき思うわ。
でも、それが恋ってものなのよ、ジョー。
 
「うーん……どんなヤツなんだ?年齢とか……」
「20歳前ぐらいよ」
「あ、大学生?」
「いいえ。仕事をしているわ。……一応」
「一応って。……会社勤めの人じゃないのかい?」
「ええ……そうね」
 
ギルモア研究所って、会社じゃないし。
 
「フランソワーズ……言いにくいんだけど。ソイツ、大丈夫かな」
「立派な人よ。尊敬しているの」
「いや。……うーん、でも、日本では……つまり、一般的には、だけど、そのぐらいの年齢で、学生でもなくて、会社勤めでもないって男はさ……あ。もしかして、芸術家の卵とか」
「そういう人じゃないと思うわ……モータースポーツを目指しているんじゃないかしら」
「えーーっ?!」
 
不意に頓狂な声を上げるから、さすがにバレたかしらと思ったら、そうではなくて。
彼は急に怖い顔になって、じっと私の眼を見つめてきた。
 
「フランソワーズ。僕を、信じてほしいんだけど……ソイツは、やめておいた方がいい」
「どうして?」
「君、だまされているんじゃないかな。そんな風に思いたくないのはわかる。でも……」
「どうしてそんなことを言うの?……応援してくれるって言ったじゃない」
「言ったよ……言ったけど、ソイツは駄目だ」
「わからないわ。年齢と、お仕事と、それだけで彼の何がわかるっていうの?」
「君は優しいから……僕だって、こんなこと言いたくはない。でもね、ホントにモータースポーツに打ち込むんだったら、女の子と遊んでるヒマなんかないはずなんだ」
 
――そうなのかしら。
 
「だから……もし、ソイツが君の気を引くヒマがあるんなら、それはろくでなしって可能性が……」
「失礼ね!そんなことないわ!……だから言ったじゃない、片思いだって。そうよ、あの人は、私のことを考えるヒマなんてないの。自分の夢に向かって一生懸命で……それだけじゃないわ、いつも誰かのために力を尽くそうとするの。誠実で、不器用で……でも、だから私は……!」
「――フランソワーズ」
 
彼が、あまり痛ましそうに私を見つめるから。
だんだん悲しくなってしまった。
 
「フランソワーズ……ごめん。ひどいことを言ったね。……でも、僕は君に幸せになってもらいたいんだ。できたら……できたらでいいよ。ソイツのことは……忘れた方がいいと思う」
「わかってるわ、そんなこと……でも」
「……ごめんね」
 
優しく抱き寄せられて、髪を撫でられて。
だから、つい。
彼の胸に顔を埋めて、私はしくしく泣きだしてしまった。
いつのまにかドアの外から中をうかがっていた……必死で息をころし、笑いをこらえている仲間たちの気配を背中にひしひしと感じながら。
 
 
ええ、わかってるわ、馬鹿だって。
でも、恋のない人生なんて、味気ないでしょ?
 
更新日時:
2012.03.29 Thu.
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Last updated: 2015/12/1