ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事

009的小話

2月2日
 
「ハッキリ言わせてもらうが、オマエの話な、さっきからさっぱりわからねえんだよ。……まあ、話題がアイツだってのを差し引いても、だ」
 
電話の向こうでジョーが黙り込むのを悠然と確かめてから、ジェットは続けた。
 
「だが、コトが戦闘なら、オマエはそういう話し方はしねえ。話題が何であってもな。……ってことは、よくわからねえが、別にヤバい話じゃねえんだろうと思うわけさ……要するに、アイツが家出したってことだろ?結果として、行方不明……違うか?」
 
数秒待つと、返事の代わりに溜息のような気配がする。
しぶしぶながら肯定した、ということだろう。
 
「で、オマエ、何をやらかしたんだ?……また女か?」
「また……って何だよ!君じゃあるまいし!」
「おいおい、俺はさすがにもうちょっとうまくやるぜ?……少なくとも、自分のオンナを泣かせるようなヘマはしねえ」
「……よく、わかったよ。手間を取らせて悪かった」
「おう。気にするな……で、もしアイツが来たら、知らせりゃいいんだろ?」
「そうしてもらえると、助かる」
「ま……来るわけない、がな」
 
ゆっくり受話器を置き、ジェットは振り返った。
 
「コレでいいんだろう?」
「……どうかしら。アナタって、本当に嘘が下手ね、ジェット」
「なんだ、そりゃ?……って、おい!オマエ、それ……全部飲みやがったのか?」
「うふふ、……ご心配なく。ちゃんとあとで新しいのを買っておくわ」
「そういうコトを言ってるんじゃねーよ!」
 
ジェットはフランソワーズの手から、ほとんど空になったバーボンの瓶をひったくるように奪い取った。
 
「ラッパ呑みかよ?とんでもねえオンナだな……ったく、何があったか知らねえが、だんだんアイツが気の毒になってきたぜ」
「まあ、ひどい……あなたは私の味方をしてくれると思ったのに」
「ふん、言っておくが、俺は痴話ゲンカに付き合うほどヒマじゃねえ……明日になったら、たたき出してやるからな」
「うーん、たぶん、その必要はないわ……バレちゃったもの。アナタも、飲んだ方がいいわよ」
「……なに?」
 
どういうことだ、と聞こうとしたが、フランソワーズはことん、とテーブルに額を預け、すうすう寝入ってしまった。そのノンキな寝顔をしばし見つめてから、ジェットはおもむろに再び受話器をとった。
……出ない。
 
「……マジ、か?」
 
ジェットは数回発信を繰り返し、やがて、叩き付けるように受話器をおいた。
ジョーは、もう研究所にいない。それは間違いなかった。
 
「どうしてバレるんだ?……アレで?」
 
わけがわからない……が、どういう手段を使ってだか知らないが、ジョーがほどなくココに来る、というなら……なるほど、いっそ彼女と二人、正体もなく酔いつぶれていた方がいいのかもしれない。
 
「したたかなオンナだよな……信じられねえ、可愛い顔しやがって」
 
毒づきながら、ジェットは眠るフランソワーズを抱き上げ、ベッドに放り出すようにして寝かせた。
棚の奥にかくしておいた酒瓶を取り出し、それを小脇にかかえながら、自分も毛布にすべりこむ。
たしかに、飲むしかないような状況……なのかもしれない。
 
 
 
目を覚ましたのは、午後の日差しが窓から入り込む頃だった。
頭が割れるように痛い。
 
ジェットは呻きながらゆっくり身を起こし……息をついた。
眠りに落ちたときは、確かに抱きしめていたはずのフランソワーズがいない。
 
長い亜麻色の髪が一本、指に巻き付いていた。
ふう、と息をつき、慎重に体を動かしてみる……が、どこも殴られてはいないようだ。頭が痛いのは単なる二日酔いだった。
 
窓が開いたままになっていた。
出て行くときに閉め忘れたのだろう。ジョーにしては珍しいミスだが、彼女を抱えていては無理だったのか、それとも、さすがに動揺していたのか。
いずれにしても、面倒が面倒をつれて出て行ってくれたというのなら、結構なことだ。
 
結局、彼らの間に何があったのか。何もかも分からずじまいだ。
痴話ゲンカの中身はまあどうでもいいとして、彼女がなぜココまで来なければならなかったのか、と思うとやはり気にかかる。
日本に知り合いがいない、ということはないだろう。女友達もできた、という話を聞いたことがある。
そもそも。張々湖の店へ行けばよいようなものなのに、なぜそうしなかったのか。張々湖もグレートも、フランソワーズの愚痴ぐらいは聞いてやるだろうし、必要とあらばジョーに説教もできるはずだ。
いや、もしかしたら、彼らの商売の邪魔になってはいけないとでも思ったのか。
そうかもしれない。近ければ、それだけいろいろな事情もわかってしまう。わかれば動けないということもある。
 
トウキョウからニューヨークまでの距離を思い、ジェットは改めて彼女の「孤独」を思った。
そして、それは自分にも……いや、仲間たち全てに共通することなのかもしれない。
 
のろのろとベッドから降り、キッチンへ向かった。
コップを取り、水道をひねろうとして、ジェットはそこに隠すように置いてある小さな包みを見つけた。
洒落た包装紙で包まれ、青いリボンが結ばれ……カードが添えてあった。
 
――誕生日おめでとう、ジェット!
 
たっぷり十数秒固まっていたジェットは、ようやく我に返り、コップに水を汲んだ。一気に飲み干しながら、そういうことか、と脱力する。
 
「……要するに、ついで、ってことかよ?」
 
彼女にとって、何が何のついでだったのかはやはりよくわからないが、ついでであったことには違いない。
 
心配して馬鹿をみた。
結局そういう結論になりそうなことにどこかほっとしながら、ジェットはリボンをほどこうかよそうか、しばし逡巡した。
 
放っておくのがいいか。
サンキュー、ベイビー、と、ヤツに聞こえよがしに電話をしてやるのがいいか。
どっちが意趣返しになるだろう。
 
そんなことを考えている自分の口元がいつかほころんでいるのに、彼は気付いていなかった。
 
更新日時:
2012.02.26 Sun.
prev. index next

ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事


Last updated: 2015/12/1