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009的小話

1月25日
 
「……もう、大丈夫じゃろう」
 
009が弾かれたように振り向いたので、ギルモアは初めて自分が声を出していたことに気づいた。緊張していたのだ、と思った。
 
「……博士?」
「もう、大丈夫。じゃが……かわいそうなことをしてしまったの。女の子じゃというのに」
「すみません。僕のせいです。……僕が、もっと気を付けていなければいけなかったのに……僕が」
 
009は、苦しげに眠る003を見つめた。
その表情があまりに痛々しく無防備だったので、ギルモアは思わず被せるように彼の言葉を遮った。
 
「お前のせいではない、ジョーよ」
「いいえ。僕がもっと彼女を……」
「お前のせいなどではないのだ。この子がこうして苦しまねばならないのは、元はと言えば……」
 
――元はと言えば。
 
「……儂の、罪じゃよ。全て」
「ギルモア博士」
「いや。……今さらそう言ったところで、かえってお前たちを困らせることになるがの」
「……」
「003はもう大丈夫じゃ。明日には目を覚ますじゃろうし……傷も残らん」
 
どんな深い傷も、自分が治療すれば残ることはない。
そのこともまた、彼らを苦しめているのかもしれない。
しかし、自分にできることはそれだけなのだ。
 
――もし、儂がいなければ……この世に生をうけていなければ。この子たちは、ごく普通の若者として、幸せにくらしておったじゃろうに。
 
無言のままじっと見つめる009から目をそらし、ギルモアは、003の頬にかかっていた髪をぎこちない手つきでなでつけた。
 
003が1月生まれであるということを知ったのはつい最近のことだ。
もちろん、その日付は彼女のデータのひとつとして始めから記録があったのだが、気に懸けたことはなかった。
サイボーグたちの誰が思いつき、それを調べ出したのかはわからないが、とにかく、彼らが彼女の誕生日を祝うサプライズ・パーティを開いたのだった。それが1月24日だった。
 
その日付に、なんとなく覚えがあるような気がした。
なぜそう思ったのかがはっきりわかったのは、張々湖に「博士の誕生日はいつアルか?」と朗らかに問われたときだった。
 
「ついでにみんなの誕生日も調べたから、これからは順番にお祝いのごちそう作るアル!……でも、博士だけは記録が何もなかったネ、困るアル」
 
ギルモアはうろたえながら、そんなモノは覚えていない、忘れてしまった……と答えた。
その言葉を彼らが信じたのかどうかわからない。が、彼らはそれ以上ギルモアに尋ねようとはしなかった。
 
張々湖は屈託がなかった。他のサイボーグたちもそうなのかもしれない。
彼らとはもう家族のような間柄になっている。
自分が彼らの誕生日を知り、祝いたいと思うのと同じ気持ちを、彼らも抱いてくれるのだろう。その絆を疑うわけではない。
しかし、それでも、ギルモアは恐ろしかった。
誕生日を……自分が生まれたことを、彼らから祝福される。そんなことが許されていいはずはない、と思う。
 
もし、自分が生まれていなければ。
 
それでも、おそらくBGはサイボーグを作っていただろう。
しかし、その研究に没頭した自分がいなければ……他の誰かがそれを進めていれば、違うタイプのサイボーグが作られることとなっていただろうし、もちろん、そのための実験の内容も時期も違っていたはずだ。
だから。
少なくとも、彼らが実験体として攫われることはなかっただろう。
 
「……僕は、博士に感謝しています」
 
静かに澄んだ声が、ギルモアの意識を引き戻した。
ギルモアはぼんやりと009を見つめた。
彼は、微笑していた。
 
「BGには、たくさんの科学者がいて、僕たちを作りました。でも、僕たちを逃がそうと考えて、行動してくれたのは、博士だけでした」
「……」
「博士がいらっしゃらなかったら、僕たちがこうして人間でいることはできなかった」
 
ギルモアは、無言のまま009と眠る003に背を向け、部屋を出た。
009は追っては来なかった。
 
 
何もかも、取り返しがつかない。
 
ただ一人の女性であり、仲間たちから愛されている003の誕生日は、毎年祝われることだろう。
そうなれば、その翌日である自分の誕生日を忘れることも、もう二度と無いだろうと、ギルモアは思う。
 
忘れてはいけないのかもしれない。儂は、こうして生まれてしまった。
もう取り返しがつかないことなのだ。
だが。
 
儂は、お前たちを生かし続けよう。人間として。
儂の命が続く限り。
更新日時:
2012.02.07 Tue.
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Last updated: 2015/12/1