初めの頃は、どうしてわかるんだろう、と疑問に思ったものだ。
いくら003が「千里眼」をもっているとはいえ、自分の動向を終始観察しているわけでもないだろうし、百歩譲ってそうだったとしても、彼女に読まれるようなうかつな動きをしているつもりも、009にはない。
それなのに、彼がふらっと研究所を出て行こうとすると、必ず、ソレがダイニングのテーブルに置いてあるのだ。
紙袋の中身は大抵がサンドイッチと、りんごかオレンジ。
そして、メモが添えてある。
「気を付けて。食事はちゃんととってくださいね。フランソワーズ」
なんなんだ、と009は驚き、驚いたついでにおそるおそるソレを手にしてしまった。
そして数日後、研究所に戻った彼は、笑顔で「お帰りなさい」と迎えた003に、つい「ありがとう、おいしかった」と言ってしまったのだった。
正直、そういう気の使い方をされるのはちょっと重い。
彼女に「気がある」ような風はまったく見えなかったのだが、それでも女の子だからなあ、と009はなんとなく彼女に慎重に接するようになった。
が、ずいぶんしばらくたってから、そんな自分の逡巡がとんだ独り相撲であったことに、彼は気付いた。
ある日、それまでふらりと研究所を離れていた002が、003に照れたような笑顔を向け「サンキュ、うまかったぜ」と素早く囁くのを聴いてしまったのだった。
要するに。
003は、ほとんど毎晩のように、そういう弁当……というか、軽食の入った紙包みをひとつ、ダイニングテーブルに置いていたのだった。
気まぐれな男が7人もふらふら暮らしているのだ。これといった戦闘の気配がないとき、退屈まぎれに研究所を予告もなく離れるのは、自分だけではないのだと、009は改めて気付いた。
そして、そんな仲間の食事を彼女はいちいち心配してくれていたようなのだった。
もちろん、誰も出て行かない日の方が多いことは多い。
そういうとき、その紙袋の中身は、どうやら彼女の昼食になるらしい。
気を付けて見ていると、夕食の後、006の手伝いで台所に立つ003は、水を流す音が途絶え、006が引き上げてきても、しばらくソコから出てこない。
たぶん、そうなんだよな……と、こっそりのぞいてみると、案の定、彼女は傍らにパンを何枚か積み上げ、てきぱきと何か野菜のようなモノを薄く切っているのだった。
「あら。どうしたの、ジョー?」
「……うん。……ええと、ソレ」
「あ。……まあ、やっぱり晩ご飯、足りなかったんでしょう?」
「え?」
「なんだか遠慮しているみたいだと思ったの。……これ、もうすぐできるからお部屋にもっていくといいわ」
「いや。あの、別にそういうつもりじゃ……」
「遠慮はダメ。サイボーグだって、食事は大切よ」
「いや。……だって、ソレは、明日の分……なんだよね?」
ためらいがちに尋ねると、003は微笑して首を振った。
「いいえ。……これは、何て言うのかしら……念のため、よ」
「念のため……って」
「あのね、私……兄と二人暮らしだったの。兄は軍人で、身の回りのことは何でも私よりずっと上手にできたわ……それで、仕事で朝早く出かけるときは、いつもこうやって……念のためだよって言って、私の食べるモノを用意していってくれたのよ」
「……」
「私だって、自分の食事ぐらい一人でなんとかできたのに。……でも、心配だからって」
「……そうか」
「心配するより、念のために用意していた方がいいものよ。たまには、役に立つこともあるし」
「優しい、お兄さんだったんだね」
「……ええ」
ふと遠い目になりかけた003に、009はおぼえず手を伸ばしかけた……が、はっとして、静かに拳を握るようにして下ろした。
どうぞ、と笑顔で差し出したサンドイッチの皿を素直に受け取り、009はありがとう、とようやくそれだけ言った。
――早く、お兄さんのところに戻れるといいね。
心から思ったのに、なぜそう言えなかったのか。
その頃の009には、わからなかった。
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