――パリの町は、君に悲しいことを思い出させる――
そうつぶやいた彼の声こそが深い悲しみに沈んでいたような気がして、フランソワーズは暗い窓を見つめた。今日は、雨は降っていない。
この町が自分を悲しませるなどと、それまで思いつきもしなかった。
パリは懐かしい故郷であり、優しい人々が待つ家であり、いつかたどり着く幸福の象徴でもあった。
だから、咄嗟に彼の言葉に違和感を感じた……けれど。
次の瞬間には、彼こそが正しいということが全身で理解できたのだ。
どうして今まで気づかなかったのかしら。
ここは、もう私の故郷ではない。
でも、ここが故郷ではないのなら、私はどこに帰ればいいの……?
親友の幸福を見届け、彼の腕に寄り添い……そのまま戻ればよかったのだとフランソワーズは後悔した。
あの研究所が故郷であると、言い切ることはまだできない。
でも、少なくとも今は、そこだけが帰ることのできる場所なのに。
背後でドアの開く気配がした。
また灯りをつけていなかったことと、彼にこれ以上心配をかけてはいけないということをフランソワーズは思い出した。
「ジョー、見て……向こうの街灯がとてもキレイなの。やっぱり、パリは特別な町ね……もう一晩だけ泊まることにしてよかった。博士に感謝しなくちゃ」
ことさら窓に顔を近づけ、写る自分の表情が無邪気な笑顔であることを確かめる。
それでも、振り返るのが怖かった。
彼の澄んだ目はいつも鏡のようにフランソワーズの本当の心を映し出し、彼女自身に気づかせる。
私は、今……本当に笑えている……?
そう問わずにすんだのは、きっとそうしてくれる、と予感していたように、静かに歩み寄った彼がそのままただ黙って抱きしめてくれたから。
フランソワーズは目を閉じて、その胸にそっと顔を埋めた。
今は、何もわからない。
何を信じればいいのか、どこを目指して歩けばいいのか。
でも、ずっとずっと前から……ただ一人、この闇で目をこらしていたあなたが、ここにいる。
それだけが、私の道標。
私も、きっと笑えるようになる。あなたのように。
あなたができたことなら、きっとできるようになるわ。
だから、今は私を見ないで、ジョー。
何も言わず、このまま連れて行って。
私が、立つべき場所へ。
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