1 
  
あの頃、フランソワーズ・アルヌールという女の子について、僕はあまり見ないように考えないようにしていた。一種の本能のようなものだと思う。 
要するに、彼女を初めて見たとき――アレを「会った」というのはあんまりだという気がする――から、これはマズイ、と感じていたのだ。 
  
何がマズイって、とにかくマズイのだから見ない、考えない。ということだ。 
見ないし考えないから、僕は彼女のことを知らなかった。 
全くわからなかった、と言っていい。 
  
実際、それで不都合ということはなかった。 
僕は009として、003のことは注意深く見ていたし、理解しようと考えもしていたから。 
その努力が実を結んだかどうかはわからないけれど、少なくとも数々の戦いは無事にくぐりぬけている。それで十分だと思っていた。 
思っていた、のだが――。 
  
それじゃマズイだろうよ、いいかげん、しっかり彼女を見てやれ、と、仲間たちは言った。 
ある者は冗談に紛らわしながら。ある者は声を潜めて。 
  
からかわれているのなら別にいい。が、彼らは大真面目に言うのだ。 
彼らは僕のことも彼女のことも大切に思ってくれていて、その気持ちから忠告していた。そこは間違いない。 
  
だから、努力しなければならない、と思ったのだ。 
とはいえ、相変わらず僕の直感はマズイ、よせ、と僕を引き留めた。それに逆らっての努力だから、容易なことではなかった。 
はかばかしくないように見えても、そこは勘弁してほしかったよな、と思う。 
  
  
2 
  
僕の努力は、まずささやかな観察から始まった。 
  
たとえばあるのんびりした午後。 
いきなり突っつかれて、驚いて振り返ると、グレートがにやにやしている。 
どうだ、やっとわかってきたか、と、彼は素早く囁いた。 
わかってきたか、と言われても。 
僕はしばし混乱した。 
  
たしかにちょっと目を奪われた。意表を突かれたというか。 
雑誌から目を上げたら、氷イチゴみたいなどぎつい色彩が視界の真ん中にあったのだ。 
フランソワーズだった。 
  
スゴイ色だな……とつい目がとまった。 
その頃の僕なら、なんだコレは、と苦々しく思いつつ目をそらす……というのが定番だったはずだが、一応努力を意識していたので、ちょっと我慢してよく見ることにした。 
そういう色を選ぶのは彼女にしては珍しかったし、そういうときこそが観察・理解のチャンスだろう。 
  
よく見ると、咄嗟にどぎついと思った色が、実はそれほどでもないということに気づいた。 
むしろ、キレイだった。 
彼女の肌と、髪と、目の色と、それは見事に調和していたのだ。 
  
そうか、こういう色はこういう人が着るといいのか。 
  
むやみに納得した。 
どぎつい、というのはつまり色自体が悪いわけではなかったのだ。 
なるほどなあ、と思う。 
  
こういう理解を、僕は少しずつ積み重ねていった。 
  
  
3 
  
理解したことを、いちいち仲間たちに報告してきたわけではないし、そんなことをする義理もない。 
が、努力しているということぐらいはわかってもらえると嬉しい。 
  
マズイ、よせ、と僕を引き留めた僕の本能は鋭かったのだと、今さらながらわかる。 
生死の境を駆け抜ける生活を重ね、仲間として命を預け合った結果として、彼女が多少なりとも僕を信頼してくれている今だから、これでもどうにか無事でいられるのだ。 
  
おそらく、僕は今、いらない努力をしている。 
そこまでするヤツがいるか馬鹿、と、仲間たちは今度は怒り出すかもしれない。 
  
でも、やめられない。 
ひとつ理解すると、またひとつわからないことが出てくるのだ。 
気づいたら、やめられなくなっていた。 
  
見ただけではどうしてもわからないことが溜まりに溜まったとき、僕はついに彼女に手を伸ばした。 
でも、予想はしていたのだ。 
どこまで触れても、どんなに感じても、またわからないことが出てくるばかりなのだと。 
そして、予想通りだった。 
  
  
4 
  
いずれにせよ、彼女……フランソワーズ・アルヌールについてだけ考えているわけにはいかない僕の生活というのは、ありがたい。 
彼女がフランソワーズ・アルヌールであるだけでなく、003であるということも、本当にありがたい。助かる。 
そうでなければどうなっているかわからない。 
  
贅沢を言うなら、ちょっとひとやすみ、というような時間を僕がもつことについて、仲間たちや、誰よりフランソワーズがもう少し寛容になってくれるといいのだけれど。 
どうもそうではない、ということは、やっぱり僕の努力はあまり理解されていないのだろうと思う。 
  
いや。 
少なくとも、フランソワーズは、それでもかなり寛容なのだ。 
僕がちょっとひとやすみ、して戻ってきたときも、彼女はいつものように穏やかで、優しい。 
僕を責めたことはもちろん、何かを仄めかしたことさえ一度もない。 
  
でも、なんとなくわかってしまうのだ。 
肌の染まり方、頬の柔らかさ、吐息のゆらぎ、僕の名を呼ぶ声、どれをとっても、明らかにいつもの彼女ではない。全身でそれを感じてしまう。 
だから、どうしようもなく切なくなる。 
ごめん、と囁いてしまう。 
  
それも、努力しすぎた結果かもしれない。 
いらない努力の結果だ。 
でも、そうしないではいられなかったのだから、どうしようもない。 
  
  
5 
  
フランソワーズ・アルヌールという女の子について、見ないように考えないようにしていたあの頃の僕は正しかった。 
本当にマズイ。洒落にならない。 
  
だから僕は、世界中の男たちに忠告する。 
心から。 
  
彼女について見たり考えたりするのは絶対にやめておいた方がいい。 
やめておけよ。 
  
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