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009的小話

瑣事
 
何度も顔を見合わせ、言いかけてはやめ、言いかけてはやめ……を繰り返していた006と007が、ようやく「003が若い男と歩いているのを見た」と告げたとき、009は正直脱力した。
 
「なんだ。もしかしたら、大事な話って、それだけかい?」
「それだけかい……って。オマエ」
「どんなスゴイことかと思って緊張しちゃったよ」
「……」
「君たちには話していなかったけれど、それ、ハヤサカさんだと思う。怪しい人物じゃないから心配はいらないよ。博士の知り合いの息子さん……だったっけな」
「いや。……だが、何というか、だな。その……そういうフツウの知り合い、っていうにはちょっと親密すぎるムードだというか……」
「そうそう、こーやって、肩なんか抱いてたアルね!」
「彼女がいやがっていないんなら……セクハラってわけじゃないなら、問題ないんじゃないのかな。もっとも、どう思っているのか、ちゃんと聞いてみたことはないけれど……彼女なら、イヤならイヤって言うはずだと思う」
「……」
「ハヤサカさんは、僕たちの事情もある程度はわかっている人なんだよ。もちろん、BGがらみじゃないから、そこも心配ないし」
「ええと、ま……その、そういう心配じゃないアル……んやけど……」
「うーむ……」
 
何とも言えない表情で黙り込んでしまった二人に、009は首を傾げた。
気になることがあるなら調べてもいいけれど……とためらいがちに提案すると、その必要はない、とかぶりを振る。
実際、必要はなかった。
彼がギルモア邸を初めて訪問したときには、できる調査は既に全て完了していたのだから。
 
 
 
たしかに、ハヤサカはここのところ頻繁に……ほとんど週末ごとに003を街に誘い出しているかもしれない。
だから、006たちの目にもとまったのだろう。
 
映画とか、芝居とか、美術館とか、音楽会とか。
考えてみれば、毎週よくネタが尽きないものだと思うが、そこが東京のスゴイところなのだろう。
正直、どれも009にはほとんど興味のないジャンルなので、そんなモノがある、ということ自体気にとめたこともなかったが、003が楽しそうに出て行き、幸せそうにそれらの感想を語る様子を見ると、今まで気の毒だったかもしれないなあ、と思うのだった。
 
もちろん、003がこれまで自分たちに何か遠慮して、行きたいトコロにも行かず、見たいモノも我慢していた、とは思わない。
でも、自分は無理としても、近くにいる仲間なりギルモアなり、とにかく誰かがせめてハヤサカ並みの感性を持った男なら、003に色々な情報を提供し、エスコートもし、彼女の生活をより充実したものにできたのかもしれない、と009は思った。
だから、ハヤサカには感謝している……し、彼女が安心して彼と出かけることができるよう、009は009なりに気を配り、001の世話やらギルモアの食事の支度やらを当然のように引き受けていた。
 
――こーやって、肩なんか抱いてたアルね!
 
ふと006の言葉と仕草が蘇った。
たしかに、これだけ毎週のように出かけて、ケンカをするわけでもなく、楽しんでいるのなら……ハヤサカと003は自然にそういうことになっていくのかもしれない。
それはそれで、悪いことではない……はずだが、003にとってはこれもまた初めての経験になるだろう。
自分たちにとっても。
 
009はいつものようにソファで001にミルクを与えている003をちらっと見やった。
たとえば、003がハヤサカについて行き、研究所を出る、というようなことになったら。
彼女は001を連れて行くのだろうか。
連れて行きたい、と思うかもしれないし、ハヤサカならそれを認めもするだろう。
でも、おそらく001自身はそれを望まないはずだ。
彼にとって、研究所を離れ、フツウの家でフツウの赤ん坊として暮らすのはむしろ苦痛なのではないかと、009は思う。
 
結婚、はできるのだろうか。
戸籍が難しすぎる気もするが、001が何とかするかもしれない。
ただ、003の気性を考えると、そういう無理はしないだろう、とも思う。
ハヤサカにしても、こちらの事情はわかっているのだ。そういうことにはこだわらないだろうし、こだわるのならそもそも彼女を選びはしないだろう。
 
いつのまにかそんなことをぼんやり考えている自分に気づき、009は少し慌てた。
006たちがつまらないコトを言うから、つい妙な意識をしてしまった、と思う。
気づかれたかな、と、そっと003をのぞくと、彼女はこちらの様子など全く気にしない様子で淡々とイワンにミルクを与えていた。
やれやれ、と009は嘆息した。
 
 
 
本当にイヤ、と思ったら、そのときは逃げればいい、と003は思っていた。
体格がよく、そこそこスポーツマンらしい男ではあっても、所詮はフツウの人間であるハヤサカに、力でもスピードでも自分が劣ることは決してない。
 
だから、抱き寄せられても、唇を重ねられ、さらに深く求められても、抵抗しなかった。
イヤだと思わなかったからだ。
 
やがて、彼の熱い息が首筋にかかり、背中に回した大きな手がファスナーをさがして蠢くのを感じても、003はおとなしく彼に身を任せていた。
まさか、こんなところで……とちら、と思わなくもなかったが、もしかしたら、そういうことがあるかもしれない、とも多少は予想した上で、研究所近くの林の中、彼の導くままについてきたのだ。
 
「あの……私に、見せたいもの……って」
「黙って、フランソワーズ……」
 
再び唇が重なった。
ファスナーが乱暴に下ろされ、同時にスカートをまくり上げられる。
003は思わず目を見開いた。
イヤ、と思ったら、逃げればいい。
ずっと自分に言い聞かせてきたはずなのに、体が動かない。
 
「待って……ハヤサカさん、待ってください、お願い……!」
「これ以上、待てない。フランソワーズ、僕は、君が……」
 
欲しい、と言いかけた言葉は、いきなり大きな手に塞がれた。
次の瞬間、すさまじい力で地面に叩き付けられ、息が止まりそうになる。
懸命に起き上がろうとしながら、ハヤサカは003のくぐもった悲鳴を聞いた。
 
「やめて…!何するの、ジョー!?」
「それはこっちのセリフだ」
「……ゼ、00……9?」
 
では、009に……最強の戦闘サイボーグだという彼に敵意を抱かれ、攻撃されているのか、と、ハヤサカはすうっと背筋が冷える思いがした。
しかし、こわごわ見上げると、自分を見下ろす009はどこか困惑したような、途方に暮れた……とでも言いたいような表情をしている。
 
「ハヤサカさん、乱暴はやめてください」
「ら、乱暴……?」
 
何を言う、そっちこそ!と叫ぼうとしたハヤサカは思わずぐ、と声をのみこんだ。
009の目に、凍るような光が一瞬閃いた気がしたのだった。
 
「ジョー、誤解よ……彼は、乱暴なんて…!」
「だったら、どうして君は泣いているんだ?」
「……え」
 
はっと頬に手をやり、003はうろたえた。
その仕草の愛らしさに、ハヤサカはようやく我に返った。
 
「009、頼むよ。本当に誤解だ……たしかに、彼女を脅かしてしまったかもしれない。それは謝る。でも、僕は決して彼女を傷つけたりはしない。愛しているんだ。そして、彼女も僕を受け入れて……」
「そんなことはありません。よくごらんになればわかるはずです」
 
ほら、と言わんばかりに009は003の体をハヤサカの正面に向け、顔を上げさせた。
 
「女性が、気持ちとは逆にイヤだ、と拒んでみせることがあるのは僕も知っています。でも、さすがにこんな顔をされたら気づくべきだと思いますが」
「ジョー!いい加減にして!」
 
真っ赤になって抗議する003をよいしょ、と抱き上げ、009は失礼します、と頭を下げた。
イヤよ、下ろして!と暴れる003を難なく抑えながら踵を返し、すたすた遠ざかる背中を、ハヤサカは呆然と見つめていた。
 
 
 
イヤならイヤだと言えばいいのだし、そもそも君の力なら彼から逃れることなどたやすいはずだったろう、と、延々と続く009の「お説教」を聞きながら、003は何度も息をついていた。
 
そうよ、あなたの言うとおりだわ。
私、馬鹿だった。
でも……それは、わかったけれど。
 
「ごめんなさい。……助けてくれてありがとう、ジョー」
「え」
 
不意に言葉を遮られ、青い瞳にじっと見つめられて、009はぎょっとした。
なぜか、マズイ、という気がする。
が、動けなかった。
 
「あなたは、どんなときでも私を助けてくれるのね」
「……」
「嬉しかった……本当に、怖かったの」
「……フランソワーズ」
 
不意に金縛りがとけたように、009の体から力が抜けるのが伝わった。
同時に強く抱きしめられ、003は目を閉じた。
 
怖かった、というのは嘘。
でも……たぶん、009の言う通り、イヤ……ではあったのだ。
それなのに、彼に身を任せようとしてしまったのは……
 
「馬鹿だよ、君は」
「…ええ」
 
あなたほどじゃないかもしれないけれど。
 
「いったい何を考えているのか、全然わからない」
「…ごめんなさい」
 
でも、あなたほどじゃないと思うわ、009。
 
更新日時:
2011.06.15 Wed.
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Last updated: 2015/12/1