――私は、あなたの何?
彼に、そう尋ねてみたことはない。
私が、彼の何かであることは間違いない。
それは言葉にできない何か。
例えば。
夜、ふと目ざめると、ベッドに彼がいることがある。
彼は小さく身を縮めるようにして、私に触れないようにして、寝息を立てている。
いつから、どうして、彼がそうしているのかはわからない。
わかっているのは、彼が私を起こさないように、私に気づかれてはいけない、と思っているらしい……ということだけ。
だから、私もそのまま身じろぎもせず黙って眠りに戻る。
朝になると、彼は消えている。
そのうちいつものように少し寝坊してダイニングに降りてきて……後ろめたそうな目で彼は私に「おはよう」と言う。
昨夜のことを思い出してそんな目をしているのかもしれないし、違うかもしれない。
そうでないときにも、彼はよくそんな目をするから。
……あら。
それとも、「そうでないとき」というのは、私が彼が来ていたことに気づかなかった、というだけのことなのかしら。
そうかもしれない。
彼は、私に気づかれないように……ずいぶん気を配っているみたいだから。
009がホンキでそうしているのなら、気づくことの方が少ないのかもしれないわ。
そもそも、彼が私のベッドにいた……なんていうのが、ただ私の夢だったのかもしれない。
まさかとは思うけれど、どうしようもなくこのことを彼に確かめたくなったときは、そう思うようにしている。
と、いうのは、一度、それを確かめようとして心底うんざりした経験があるから。
その夜は、がまんできずに眠っている彼に触れてみて……思ったとおり、彼は一瞬で目を開いて、まじまじと私を見つめた。
もちろん、私も見つめ返してやったわ。
きっと彼は動揺しているだろうから、その隙をついて、尋ねようと思ったの。
「どうしてこんなことをするの?」
って。
でも、できなかった。
あっという間に抱きしめられて、唇をふさがれて……結局、何もかもうやむやにされてしまったから。
なんてごまかし方をするのかしら!
絶対、そんなコトをしたかったわけじゃないはずよ!
そういうコトをしたときの彼は、いつも朝まで私を抱き寄せて眠る。こっそり出て行ったりなんかしない。
そして、そういうとき、私ははっきり感じることができるの。
私は……彼のコイビトだって。
それはとても、幸せで安らかな時間。
それだけで十分なのかもしれないけれど……
でも、彼の中には、彼がコイビトの私に隠すもうひとりの私がいて。
それがどんな私なのか、私にはわからない。
そういうことなんじゃないかしら。
もちろん、彼の何であろうと、私は私だわ。
彼の中にどんな私が何人いようと、フランソワーズ・アルヌールは、この世にひとり。この私だけ。
だから、隠すことなんかないのに……ジョー。
そう思うのだけど、彼にそう言ってみたことはない。
予感がするから。
彼は隠しているのではなくて、ただ言葉にも形にもすることができないのだと。
そして、だから私はこれまでも……これからも、彼の側にいられるのだと。
彼のコイビトは、きっと私だけではない。
まして、私が彼の最愛のコイビト、になることもきっとあり得ない。
そんなこと想像もできない……気がするもの。
そして、同じように、私は想像できないわ。
彼が、誰かのベッドに息をころしてもぐりこんでいる姿なんて。
少なくとも、そういう意味で、私は彼のただひとりのひと。
もし、全てがただ私の夢にすぎないのだとしても。
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