「とにかく、駄目なモノは駄目だ……今回君は、ここで待機していてもらう」 
「009!説明になっていないわ!」 
「……これ以上説明する必要はない」 
  
青い眼が鋭く光り、まっすぐ見つめてくる。 
無表情にそれを見つめ返し、009は繰り返した。 
  
「003、君はここで待機していろ。命令だ」 
「ずるいわ、ジョー……あなた、何を隠しているの?」 
「……」 
「『命令』までして、何から私を遠ざけたいの?……説明できないのは、なぜ?」 
「003、そのへんにしておけ!」 
  
低く鋭い声に、003は振り返った。 
004がゆっくり歩み寄ってくる。 
  
「コイツは俺に任せろ、009」 
「……頼む」 
「ジョー!」 
  
後を追おうとした003の腕をがっちりとつかみ、004はややうんざりしたように言った。 
  
「しつこいぞ。ヤツの好みは素直でおとなしい女だ。フラれてもいいのか?」 
「何よ、今更…!」 
「……うむ」 
  
そういわれてみれば、そうかもしれない。 
が、うかつにそうだなと言うわけにもいかない。 
  
「お前の考えている通り、アソコにはお前を遠ざけておきたいモノがある。それだけのことだ」 
「それだけ……ですって?」 
「そうだ」 
「私がいなければ、侵入にどれだけのリスクがかかると思うの?それを負うのはみんななのよ!彼には説明する義務があるわ、チームのリーダーとして」 
「……可愛くないな」 
「結構よ。承知しています」 
「まあ、しかしその点も問題なしだ。要するに俺たちもヤツと同意見だからな。お前を連れていくのは感心しないと思っている。9対1、多数決でお前の負けだ」 
「9……って。博士に001も?」 
「もちろん」 
「どういうこと?……私にだけわからないことがあるというの?」 
「そういうことだ。だが、だからといって誰も困りはしないからな、問題ない」 
「そんな言い方って…!」 
「ふん、とにかく今はミッション中だ。全部カタがついたら、009に聞いてみろ」 
「え……?」 
  
それじゃ「任せた」意味がないだろうと、009の怒る顔が見えるようで、004はひっそり笑った。 
それにしても、やはり、彼女は何も気づいていない。気づいた上で、そんなことは気にしないから連れて行けと言っているのでは……ない。 
なるほど、これでは009も苦労するわけだと思う。 
  
臨時の作戦室になっている部屋に入ると、打ち合わせはもう始まっていた。 
一斉に振り返る視線の中に、『彼』の戸惑うような色を見出し、004は僅かに唇をゆがめた。 
  
「009……お出でになるのは、これで、全員ですか?」 
「そうです」 
  
009の返答はごく短く、ひんやりとした感触があった。思わずおいおい、と言いそうになったが、『彼』は動じていなかった。 
  
「では、あの方は?先日お会いした、あの……」 
「001は夜の時間に入っています。彼の世話をするために003が残っています」 
「……そう、ですか」 
  
やはり、いけすかないヤツだ、と004は苦々しく思う。 
同じ思いを009はもちろん、他の仲間たちも抱いているだろう。 
といっても『彼』はもちろん悪人ではない。むしろ良心の呵責に耐えきれず、サイボーグたちに命がけで助力を求めてきたBGの科学者……なのだから、勇気ある人格者であり、尊敬すべき人物でもあるのだ。 
が、いけすかないのはどうしようもない。 
  
『彼』と最初に接触したのは003だった。 
追っ手に攻撃されている『彼』を彼女が発見し、助け出したのだった。 
彼女は当然ながら『彼』の勇気と良心に大いに敬意を払っているし、『彼』のために自分にできることがあるならどんなことでもしたいと考えている。 
それについては、004も彼女に全面的に賛成だ。おそらく、009も。 
しかし、それとこれとは別なのだった。 
  
004は人間には二種類あることを知っている。 
003が「戦闘用女性サイボーグ」だと知ったときに、彼女の美貌と魅力的な肢体からある連想をしてしまう人間と、そうではない人間……というか。 
で、『彼』は不運なことに、前者だったのだ。 
  
責めるのは気の毒だと思う。 
『彼』が003を見るとき、その視線に僅かな戸惑いと隠しきれない好奇心とが走っても、彼女自身が気づかないほどのことであるなら、問題にするべきではない。 
だが、気づいてしまうと、これが他人事ながらどうにも不快なのだった。特に009には相当堪えるらしく、ともすると暴走しそうになる感情を抑える様子は、傍目にもかなり気の毒だ。 
  
それにしても、ゼロゼロナンバーの自分たちがそろいもそろって「そうではない人間」だったのはやはり幸運なことだったのだろう。チームワークがどうとかいう以前の問題だ。 
もっとも、ギルモア博士率いる科学者たちも「003」を作るときに、そうした発想をまったく持っていなかったらしいのだから、そこまで考えると奇跡に近いのかもしれない。 
  
僕たちは人間だ。 
  
そう、009が言うことがある。 
自分に言い聞かせるように。どこか祈るようにして。 
それもまた奇跡であるというのなら…… 
  
気づいてくれるなよ、と004は、まだおそらく怒っているだろう……もしかしたら泣いているのかもしれない少女に心で言った。 
ヤツは、俺たちはお前をそのままにしておきたいんだ。 
それはきっと儚い、危うい願いに違いない。 
だからこそ。 
  
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