ついつい足音を忍ばせてしまう。 
いつもの彼だったら、こんな努力は何にもならないのだけど…… 
  
もう、たぶん5冊目。 
夢中で読んでいる……ように、見える。 
  
一番苦手なジャンルの本だと思うのだけど。 
少なくとも、恋愛映画を彼が最後まで見通したのを私は見たことがない。 
何が、そんなに面白いのかしら……? 
  
やっぱり、思い出すことがあるのかもしれない。 
もちろん、彼は王子さまでも大富豪でも権力者でもないけれど…… 
でも、オーバーテクノロジーの粋である戦闘サイボーグ、009よ。 
これ以上ドラマティックなヒーローはなかなかいないわ。 
  
偶然の出会い。 
気立ての優しい、つつましい、美しい……魅力的なヒロイン。 
そんな女性に、彼は何度となく出会ってきたわけだし。 
ハッピーエンドにはならなかったけれど。 
だからこそ、なのかしら。 
  
つい、じーっと見つめてしまっている自分に気付いて、少し慌てた。 
彼に気付かれる前に、と思ってわざと声をかけてみると、意外にも、彼は楽しんで読んでいたわけではなかったらしい。 
  
それでも、きっと興味深い内容ではあったのだと思う。 
記憶を辿るようにして遠くに視線を彷徨わせている彼に、思わず溜息が出てしまった。 
  
半分はヤキモチ。 
でも、半分は私なりの思いやり。 
  
私は、彼の額をわざとらしくつついて、わざとらしくお説教してみせた。 
彼が、これ以上辛いことを思い出さないように……って。 
だって、どうにもならないことだもの。 
  
結局上の空のままだった彼に「ノンキ」だなんて言われてしまった。 
一応狙いどおりだったと言えば言えなくもないけれど。 
これもまた、絵に描いたようなピエロだわ。 
それが、私の役目。 
  
シチュエーションは違うけれど。 
でも、繊細で優しい心に深い傷を負ったヒーロー。 
その傷を癒すことができるただ一人の奇跡の女性。 
  
そんなひとに巡り会えるときが、いつか来るといいわね、ジョー。 
のんきでもいいわ。 
私は、おとぎ話を信じているの。 
  
その物語の中で、私は……彼と同じサイボーグである私は、最悪の場合だと意地悪な悪女。フツウなら道化役。 
一番よくて、二人の仲を取り結ぶ、優しい教母さま。 
  
どの役もあんまり乗り気にはなれないけれど……でも、彼が私に望むのは教母さまよね、もう絶対に。 
彼は優しいひとだから。 
優しくて、残酷なひと。 
  
ほんっと、主人公にぴったり……! 
  
――それでも。 
  
現実って、途方もないものだと思うのは。 
本を閉じた彼が、こともあろうに、その教母さまに迷わず手を伸ばしてしまうってところよ。 
それをあっさり受け入れてしまう教母さまにも問題はあるけれど。 
  
 「あの本、君のなのかい?……もう読んだのなら、捨ててもいいよね?」 
  
……ですって。 
本当に、何を考えているのかわからないわ。 
  
でも、私は素直にうなずいて……なんだか嬉しそうに「もう一度、いい?」とささやく彼に素直に身をゆだねて。 
  
このままだと、悪女への道をまっしぐらだわ。 
でも、私はおとぎ話を諦めない。 
  
諦めないわ、ジョー。 
あなたは、ヒーローですもの。 
いつかきっと、あなたにふさわしい完璧な幸せを手にいれるのよ。 
  
そしてそのとき、私にも奇跡が起きる。 
私は、あなたが望む役割を……どんなものであろうと、完璧に果たす女になるでしょう。 
  
何にでもなってみせる。 
最高に邪悪な魔女にも。最高に慈悲深い聖女にも。 
すべては、愛するあなたの幸福のため。 
  
それが、私の至高のロマンスよ、ジョー。 
これ以上にない悲劇のヒロインでしょう? 
  
  
わかってる。女の子って、愚かだわ。 
でもしかたないの。 
  
私は、女の子なんですもの。 
  
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