ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事

009的小話

ハーレクインのように(下)
 
ついつい足音を忍ばせてしまう。
いつもの彼だったら、こんな努力は何にもならないのだけど……
 
もう、たぶん5冊目。
夢中で読んでいる……ように、見える。
 
一番苦手なジャンルの本だと思うのだけど。
少なくとも、恋愛映画を彼が最後まで見通したのを私は見たことがない。
何が、そんなに面白いのかしら……?
 
やっぱり、思い出すことがあるのかもしれない。
もちろん、彼は王子さまでも大富豪でも権力者でもないけれど……
でも、オーバーテクノロジーの粋である戦闘サイボーグ、009よ。
これ以上ドラマティックなヒーローはなかなかいないわ。
 
偶然の出会い。
気立ての優しい、つつましい、美しい……魅力的なヒロイン。
そんな女性に、彼は何度となく出会ってきたわけだし。
ハッピーエンドにはならなかったけれど。
だからこそ、なのかしら。
 
つい、じーっと見つめてしまっている自分に気付いて、少し慌てた。
彼に気付かれる前に、と思ってわざと声をかけてみると、意外にも、彼は楽しんで読んでいたわけではなかったらしい。
 
それでも、きっと興味深い内容ではあったのだと思う。
記憶を辿るようにして遠くに視線を彷徨わせている彼に、思わず溜息が出てしまった。
 
半分はヤキモチ。
でも、半分は私なりの思いやり。
 
私は、彼の額をわざとらしくつついて、わざとらしくお説教してみせた。
彼が、これ以上辛いことを思い出さないように……って。
だって、どうにもならないことだもの。
 
結局上の空のままだった彼に「ノンキ」だなんて言われてしまった。
一応狙いどおりだったと言えば言えなくもないけれど。
これもまた、絵に描いたようなピエロだわ。
それが、私の役目。
 
シチュエーションは違うけれど。
でも、繊細で優しい心に深い傷を負ったヒーロー。
その傷を癒すことができるただ一人の奇跡の女性。
 
そんなひとに巡り会えるときが、いつか来るといいわね、ジョー。
のんきでもいいわ。
私は、おとぎ話を信じているの。
 
その物語の中で、私は……彼と同じサイボーグである私は、最悪の場合だと意地悪な悪女。フツウなら道化役。
一番よくて、二人の仲を取り結ぶ、優しい教母さま。
 
どの役もあんまり乗り気にはなれないけれど……でも、彼が私に望むのは教母さまよね、もう絶対に。
彼は優しいひとだから。
優しくて、残酷なひと。
 
ほんっと、主人公にぴったり……!
 
――それでも。
 
現実って、途方もないものだと思うのは。
本を閉じた彼が、こともあろうに、その教母さまに迷わず手を伸ばしてしまうってところよ。
それをあっさり受け入れてしまう教母さまにも問題はあるけれど。
 
「あの本、君のなのかい?……もう読んだのなら、捨ててもいいよね?」
 
……ですって。
本当に、何を考えているのかわからないわ。
 
でも、私は素直にうなずいて……なんだか嬉しそうに「もう一度、いい?」とささやく彼に素直に身をゆだねて。
 
このままだと、悪女への道をまっしぐらだわ。
でも、私はおとぎ話を諦めない。
 
諦めないわ、ジョー。
あなたは、ヒーローですもの。
いつかきっと、あなたにふさわしい完璧な幸せを手にいれるのよ。
 
そしてそのとき、私にも奇跡が起きる。
私は、あなたが望む役割を……どんなものであろうと、完璧に果たす女になるでしょう。
 
何にでもなってみせる。
最高に邪悪な魔女にも。最高に慈悲深い聖女にも。
すべては、愛するあなたの幸福のため。
 
それが、私の至高のロマンスよ、ジョー。
これ以上にない悲劇のヒロインでしょう?
 
 
わかってる。女の子って、愚かだわ。
でもしかたないの。
 
私は、女の子なんですもの。
 
更新日時:
2013.07.30 Tue.
prev. index next

ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事


Last updated: 2015/12/1