何これ?と尋ねると、トモエはぷーっと頬を膨らませた。
「やっぱり!やっぱりそうくると思ったわ、島村くん!」
「……え、と」
「お誕生日よお誕生日っ!……おめでとうございます!」
「……へっ?!」
誕生日って……今日?
まさか、僕の?
※※※
柔らかいな……と思いながら包みを開くと、手編みのマフラーが出てきた。
ちょっとくすんだ黄色。
嫌いな色じゃない。
「……いかがですか?」
「え……う、うん、ありがとう……嬉しいよ」
「……」
「あ……れ?」
「うそ」
「へっ?」
「嘘つき……ちっとも嬉しそうじゃないわ、島村くん……本当は迷惑なんでしょう?女の子からこんなのもらうのって……」
「そ、そんなこと……ないよ」
僕は慌てた。
たしかに、女の子からこういうものをもらって嬉しいかと一般論として聞かれたら、うんとは言えない……ような気がする。
でも、それはあくまで一般論、ただの女の子だったら……という話で。
「嬉しくないわけないだろ?……ちょっと驚いただけだよ。それにさ……ええと、なんというか……こう、予想外のモノだったし」
「……すみません」
とりあえず、ソレをぐるぐる首に巻き付けてみる。
ふわっと柔らかくて気持ちいい感触は気に入った……のだけど。
当然のことながら、あたたかいというよりは、暑い。
トモエは拗ねた顔つきのまま、真っ青な空を見上げた。
つられて僕も空を見る。
まぶしい。
でも、この色も嫌いじゃない。
「季節外れなのはわかってたけど……でも」
「あ。もしかして、クリスマスプレゼントのつもりだったのかい?間に合わなかったとか?」
「違います!……それは、私、あまり器用ではないけれど……」
トモエは今度は恥ずかしそうにうつむいて、ぽつぽつ話し始めた。
一度、どーしてもこういうことをしてみたかったのだ……と。
「だって、島村くんの誕生日はいつもこの時期だし……クリスマスプレゼントだと、島村くんだけってわけにはいかないし……そうはいっても、みんなの分まで作る技量はないし……」
「……そっか」
それはそうだよな。
もし技量が十分あったとしても……
――9人分じゃ大変だ。
「やっぱり……おかしかった……わね。こんな季節にマフラーなんて」
「……」
どう言葉にしたらいいかわからない。
僕はただトモエをぎゅっと抱きしめていた。
もちろん彼女は大慌てでじたばたしながらもがいたが、そんなことは構わない。
※※※
マフラーのお礼にお茶をおごるよ、と誘ったけれど、トモエは首を振った。
そんなことをしたら、今晩のご馳走がお腹に入らなくなるわよ……と。
ケーキも食べなくちゃいけないのに、と、真顔で言う。
「まさか……心配いらないよ。だって、僕の母さんは……」
……母さん、は。
「そんなことするはず……ないから」
「何言ってるの!」
トモエがまた怒り出した。
でも、事実なんだから仕方ない。
母さんは、僕の誕生日を祝ったりしない。
これまでだってしなかったし、これからもそうだ。
「もう、島村君、さては反抗期ね?」
「反抗期?」
「そうよ!……それともツンデレってやつ?」
「いや、それ……違うと思うけど」
「何でもいいわ!とにかく、素直にならなくちゃダメよ……お母さん、悲しむわ」
「……君にはわからない」
そうだ。
君には、わからない。
両親の愛情を当たり前のように受けて育った君には。
それに、同情なんていらない。
だって、僕は、こうやってこれまで生きてきたんだ。生きてこられた。
だからこれからだって……
「たしかに、私、少しもわかっていないんだと思う。島村君のこと……」
「……」
「でも、信じてほしいの。あなたは愛されて生まれてきたのよ」
「……トモエ?」
「だって、もしそうでなかったら……あなたをこんなに好きになるはずないんだもの」
「……」
何をどう信じたらいいのか。
本当のことを言うとよくわからなかったけれど、僕はトモエにうながされるまま、早々に家へと帰った。
そして。
ドアを開けた瞬間、何かが違う、という予感がした。
あたたかい空気が部屋を満たしていて……そして、いつもと少し違うおいしそうな匂い。
この匂いを、僕は知ってる……知ってる、はずだったのに。
おかえりなさい、と母さんの優しい声が遠くに聞こえる。
僕はただ、うん、と答えた。
それ以上何か言うと、泣いてしまうかもしれないと思った。
――待っていたのよ。
――お誕生日おめでとう、ジョー。
もう一度うん、と答えて、見上げたカレンダーは5月。
「16」の文字が、少しにじんで見えた。
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