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日常的009

夕暮れ
 
あなたは、前より無口になった。
 
目を覚ましてから…一度も笑わない。
無理もないけれど。
 
今日も、あなたはぼんやり海を見ている。
遠い彼方。
誰に知られることもなく滅び去った、哀しい世界を見ている。
 
私たちは、何も守れなかった。
でも、私は…
あなたを取り戻しただけで、幸せだった。
 
それは…私だけの幸せ。
偽りの幸せ。
 
だから、私は見つめるしかない。
幸せになれないあなたの背中を。
 
そして、呼びかけるの。
あなたを…ほんのつかの間、偽りの安らぎに誘うために。
 
 
 
夕陽が落ちる。
いつもの足音。いつもの声。
 
「ジョー、夕ご飯よ」
 
僕は何もできなかった。
助けたかった。助けたかったのに。
 
銃弾に倒れた彼女たち。
焼き尽くされた地底の国。
虐げられたまま、地上の光を見ることなく消えた人々。
 
助けられなかった。
だからせめて、あの悪魔を倒そうと、僕は戦い。
そして…生き残った。
 
ならば、僕がやらなくてはならないことは…一つだけ。
戦うこと。
また、戦い続けること。
でも、僕は…
 
…怖いのか?
 
「…ジョー?」
 
…心配かけてる。
彼女の悲しそうな顔を見て…僕はやっと立ち上がった。
 
もう、誰も悲しませたくない。
僕にできることなら…なんでもするから。
だから…
 
 
 
悲しんでいるヒマなんて、私たちにはなかった。
戦いに終わりはない。
倒しても、倒しても…私たちの敵は現れる。
 
そして…つかの間訪れる穏やかな時間。
これは…幸せなのかしら?
いいえ。
 
「ジョー、夕ご飯よ」
 
もう何百回になるかわからない、いつもの言葉。
あなたは振り返って…微笑む。
 
「ありがとう、フランソワーズ」
 
並んでゆっくり歩く私たち。
幸せな恋人同士に見えるのかもしれない。
 
…そう。
不幸せじゃ…ないわ。
 
このまま…いられればいい。
このまま…いつまでも。
 
あなたが、それを望んでいなくても。
 
 
4 
 
隣を歩いている細い肩に、そっと手をのばした。初めて。
 
…あたたかい。
 
君は、ちょっと驚いて…でもそのまま歩き続けた。
 
君が呼んでくれるから…僕は帰れる。
帰るのが…そして戦い続けるのが幸せなのかどうかはわからないけど。
でも…君が呼んでくれるから、僕は帰れる。
明日も戦える。
 
それが幸せなのかどうか、僕にはわからない。
 
でも…僕は戦わなければならない。
それだけは、わかっている。
 
そして…
君が呼んでくれなければ、戦えないことも。
 
 
 
いつか…誰かがあなたを助けてくれる。
あなたに、本当の幸せを与えてくれる。
そのとき、私は笑えるかしら?
 
あなたに…嘘はつけない。
だから、そのときまでに…強くならなくては。
もっと強く。
 
いつか…終る時が来る。
誰かがあなたを助けに来る。
 
「ジョー、夕ご飯よ」
 
あなたは振り返って微笑んで…私の肩に手を置いて。
私たちは歩き出す。
 
こんな夕暮れを何度繰り返したかしら。
何度でも…繰り返せるだけ繰り返したい。
 
いつか…終るときがくるから。
 
でも、もう…取り残されるのはいや。
こんどは、あなたの番よ、ジョー。
 
急に手首を強く掴まれた。
びっくりして立ち止まる私を抱き寄せて。
あなたは黙ったまま、唇を重ねた。
 
…だめよ、ジョー。
そんなことしても…だめ。
 
こんどは、あなたの番なんだから。
 
そっと唇を離して、あなたはじっと私を見つめた。
お母さんをさがす子供のように。
 
大丈夫よ、ジョー。
誰かが…あなたを助けてくれるわ。
私じゃない誰か。
私は、ちゃんと知ってるの。
 
いつか、こんな夕焼けの下で。
その人にあなたを預けて。
私は、飛び立つわ。
 
偽りの安らぎも幸せも捨てて。
あなたが焦がれた空に。
 
こんどは…私の番よ、ジョー。
 
大丈夫。
強くなれる。きっと。
 
あなたが…いるから。
 
 
 
星が流れる。
 
僕が助けられなかった人。
助けたかった人。
 
何を祈ればよかったのだろう。
僕には…まだわからない。
 
でも。
 
夕暮れになれば、君が、僕を呼んでくれる。
だから、僕は…また戦える。
 
君が呼んでくれるから。
僕は夜を恐れない。
何も…怖いものはない。
 
星が流れる。
 
僕は、知ってるよ、フランソワーズ。
君は…いつか、僕を手放すつもりだ。
いつか。
僕を置いて、この空へ飛び立とうとしているんだ。
 
だから、僕は今夜君を…連れて行く。
君の翼をもぎ取るために。
逃がさない。
だって、僕は…
 
わかっているだろう、フランソワーズ?
僕は…君がいなくては戦えない。
 
戦えなければ…生きていけないのに。
 
「ジョー、夕ご飯よ」
 
その声を聞くのは…今日が最後だ。
 
星が流れる。
 
君は、軽く唇を噛んで…空から目をそらした。
君も…祈れなくなってる。
…僕のせいだね。
だから。
 
君をそっと抱きしめた。
脅かさないように。
翼ある最後の君を、精一杯優しく抱きしめる。
 
「…ジョー?」
 
震える声。
だめだよ…もう逃がさない。
 
今夜、君は僕とひとつになる。
呼ぶことも呼ばれることも…僕たちにはなくなるんだ。
 
明日からは…一緒に夕焼けを見よう。
ずっと…一緒に。
いつか、終わりのときがくるまで。
 
星が流れる。
 
ひとつだけ…僕にも祈れることがある。
もし君が…それを望んでくれるなら。
 
明日の朝…聞いてみよう。
僕の腕の中で、目覚めた君に。
 
もし君が…それを望んでくれるなら。
それが、僕たちのたった一つの祈りになる。
 
 
 
次に星が流れたら、もう怖がらない。
しっかり見つめて…そして、祈るわ。
 
全てが終ったとき。
私たちが、同じ夕暮れにいますように。
こんなふうに。
 
いつか…遠い場所で。
遠い明日。
 
呼ぶことも呼ばれることもなく。
歓びも悲しみも手放して。
ただお互いのぬくもりだけを握りしめて。
そして…静かに眠りにつく。
 
それだけが…私たちの祈り。
 
ぎゅっと抱きしめられ、私はあなたを見上げた。
あなたは微笑んだまま、眼差しで告げる。
 
帰ろう、フランソワーズ。
大丈夫…また朝は来る。
 
安らぎも幸せもいらなかった。
お互いのぬくもりだけを握りしめて。
流れる星に、ただ一つの祈りを託して。
 
そう…ね。
帰りましょう、ジョー。
わかってる…また朝は来るわ、私たちの上に。
 
そのために、私たちは戦っているのだから。
そのためだけに。
 
安らぎも幸せもいらない。
ただ、お互いのぬくもりだけを握りしめて。
そのときがくるまで、私たちは。
 
更新日時:
2002.09.23 Mon.
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Last updated: 2013/10/17