1
あなたは、前より無口になった。
目を覚ましてから…一度も笑わない。
無理もないけれど。
今日も、あなたはぼんやり海を見ている。
遠い彼方。
誰に知られることもなく滅び去った、哀しい世界を見ている。
私たちは、何も守れなかった。
でも、私は…
あなたを取り戻しただけで、幸せだった。
それは…私だけの幸せ。
偽りの幸せ。
だから、私は見つめるしかない。
幸せになれないあなたの背中を。
そして、呼びかけるの。
あなたを…ほんのつかの間、偽りの安らぎに誘うために。
2
夕陽が落ちる。
いつもの足音。いつもの声。
「ジョー、夕ご飯よ」
僕は何もできなかった。
助けたかった。助けたかったのに。
銃弾に倒れた彼女たち。
焼き尽くされた地底の国。
虐げられたまま、地上の光を見ることなく消えた人々。
助けられなかった。
だからせめて、あの悪魔を倒そうと、僕は戦い。
そして…生き残った。
ならば、僕がやらなくてはならないことは…一つだけ。
戦うこと。
また、戦い続けること。
でも、僕は…
…怖いのか?
「…ジョー?」
…心配かけてる。
彼女の悲しそうな顔を見て…僕はやっと立ち上がった。
もう、誰も悲しませたくない。
僕にできることなら…なんでもするから。
だから…
3
悲しんでいるヒマなんて、私たちにはなかった。
戦いに終わりはない。
倒しても、倒しても…私たちの敵は現れる。
そして…つかの間訪れる穏やかな時間。
これは…幸せなのかしら?
いいえ。
「ジョー、夕ご飯よ」
もう何百回になるかわからない、いつもの言葉。
あなたは振り返って…微笑む。
「ありがとう、フランソワーズ」
並んでゆっくり歩く私たち。
幸せな恋人同士に見えるのかもしれない。
…そう。
不幸せじゃ…ないわ。
このまま…いられればいい。
このまま…いつまでも。
あなたが、それを望んでいなくても。
4
隣を歩いている細い肩に、そっと手をのばした。初めて。
…あたたかい。
君は、ちょっと驚いて…でもそのまま歩き続けた。
君が呼んでくれるから…僕は帰れる。
帰るのが…そして戦い続けるのが幸せなのかどうかはわからないけど。
でも…君が呼んでくれるから、僕は帰れる。
明日も戦える。
それが幸せなのかどうか、僕にはわからない。
でも…僕は戦わなければならない。
それだけは、わかっている。
そして…
君が呼んでくれなければ、戦えないことも。
5
いつか…誰かがあなたを助けてくれる。
あなたに、本当の幸せを与えてくれる。
そのとき、私は笑えるかしら?
あなたに…嘘はつけない。
だから、そのときまでに…強くならなくては。
もっと強く。
いつか…終る時が来る。
誰かがあなたを助けに来る。
「ジョー、夕ご飯よ」
あなたは振り返って微笑んで…私の肩に手を置いて。
私たちは歩き出す。
こんな夕暮れを何度繰り返したかしら。
何度でも…繰り返せるだけ繰り返したい。
いつか…終るときがくるから。
でも、もう…取り残されるのはいや。
こんどは、あなたの番よ、ジョー。
急に手首を強く掴まれた。
びっくりして立ち止まる私を抱き寄せて。
あなたは黙ったまま、唇を重ねた。
…だめよ、ジョー。
そんなことしても…だめ。
こんどは、あなたの番なんだから。
そっと唇を離して、あなたはじっと私を見つめた。
お母さんをさがす子供のように。
大丈夫よ、ジョー。
誰かが…あなたを助けてくれるわ。
私じゃない誰か。
私は、ちゃんと知ってるの。
いつか、こんな夕焼けの下で。
その人にあなたを預けて。
私は、飛び立つわ。
偽りの安らぎも幸せも捨てて。
あなたが焦がれた空に。
こんどは…私の番よ、ジョー。
大丈夫。
強くなれる。きっと。
あなたが…いるから。
6
星が流れる。
僕が助けられなかった人。
助けたかった人。
何を祈ればよかったのだろう。
僕には…まだわからない。
でも。
夕暮れになれば、君が、僕を呼んでくれる。
だから、僕は…また戦える。
君が呼んでくれるから。
僕は夜を恐れない。
何も…怖いものはない。
星が流れる。
僕は、知ってるよ、フランソワーズ。
君は…いつか、僕を手放すつもりだ。
いつか。
僕を置いて、この空へ飛び立とうとしているんだ。
だから、僕は今夜君を…連れて行く。
君の翼をもぎ取るために。
逃がさない。
だって、僕は…
わかっているだろう、フランソワーズ?
僕は…君がいなくては戦えない。
戦えなければ…生きていけないのに。
「ジョー、夕ご飯よ」
その声を聞くのは…今日が最後だ。
星が流れる。
君は、軽く唇を噛んで…空から目をそらした。
君も…祈れなくなってる。
…僕のせいだね。
だから。
君をそっと抱きしめた。
脅かさないように。
翼ある最後の君を、精一杯優しく抱きしめる。
「…ジョー?」
震える声。
だめだよ…もう逃がさない。
今夜、君は僕とひとつになる。
呼ぶことも呼ばれることも…僕たちにはなくなるんだ。
明日からは…一緒に夕焼けを見よう。
ずっと…一緒に。
いつか、終わりのときがくるまで。
星が流れる。
ひとつだけ…僕にも祈れることがある。
もし君が…それを望んでくれるなら。
明日の朝…聞いてみよう。
僕の腕の中で、目覚めた君に。
もし君が…それを望んでくれるなら。
それが、僕たちのたった一つの祈りになる。
7
次に星が流れたら、もう怖がらない。
しっかり見つめて…そして、祈るわ。
全てが終ったとき。
私たちが、同じ夕暮れにいますように。
こんなふうに。
いつか…遠い場所で。
遠い明日。
呼ぶことも呼ばれることもなく。
歓びも悲しみも手放して。
ただお互いのぬくもりだけを握りしめて。
そして…静かに眠りにつく。
それだけが…私たちの祈り。
ぎゅっと抱きしめられ、私はあなたを見上げた。
あなたは微笑んだまま、眼差しで告げる。
帰ろう、フランソワーズ。
大丈夫…また朝は来る。
安らぎも幸せもいらなかった。
お互いのぬくもりだけを握りしめて。
流れる星に、ただ一つの祈りを託して。
そう…ね。
帰りましょう、ジョー。
わかってる…また朝は来るわ、私たちの上に。
そのために、私たちは戦っているのだから。
そのためだけに。
安らぎも幸せもいらない。
ただ、お互いのぬくもりだけを握りしめて。
そのときがくるまで、私たちは。
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