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日常的009

 
毎日届け物があるから、部屋を空けられない。
夕方、ドイツからワインが一本届いた。
 
テーブルを拭き、戸棚をかき回してオープナーを探し出す。
ソファに放り出してあるのは、アリゾナから届いた妙な香りのするリース。
 
張々湖飯店特製と銘打たれていた冷凍餃子を焼き、ピュンマから届いた白い皿に並べる。
 
この前、この部屋に寄ったとき、ピュンマ…呆れていたからな。
「ジェット、キミのところにはマトモな食器一枚ないのか?」だと。
小姑みたいなヤツだ。
 
ロンドンからはカードだけ。
また、貧乏してやがるのか、それとも無精者なのか…両方だな。
 
研究所から来た包みは、老人とその孫…にしか見えないだろう二人がこしらえた、超小型ロボット。
ネズミに似た…どうやら、ペットロボット…ということらしい。
 
分厚い説明書がついている。
誰が読むと思ってるんだ、こんなもの。
 
ため息をつき、さっき着替えたばかりの真新しいセーターをひっぱる。
 
元はと言えば、みんなお前のしわざだ。
俺は、こんな日があることなんて忘れていた。忘れようとしていた。
努力の甲斐あって、気持ちよくすっきり忘れていたのだ。長い間。
あの女、どこからどうやって調べやがったか、見当もつかないが。
 
数年前。
寒々とした朝だった。
彼女は唐突に言った。
 
「お誕生日おめでとう、ジェット!!」
 
何が起きたのか把握するより早く、仲間たちからの祝福を嵐のように浴びていた。
烈しい戦いの日々にあって…場違いな陽気なひととき。
悪くなかった。
それはそれで…な。
 
だからといって、毎年毎年…
どこにいようが。戦っていようが平和だろうが。
この日がくるたびに、こんなコトになろうとは。
 
はっきり言ってめんどうだぞ、フラン。
迷惑…とまでは言わないが。
 
 
 
彼女からの包みは、いつも二つ。
一つは、他の仲間たちと同じ、普通のプレゼント。
今年は…小さな花瓶だった。
 
もう一つは、それより前にひっそりと。
ヒミツのプレゼントよ、と彼女は微笑む。
手編みのセーターだ。
 
複雑な編み込み模様は、毎年微妙にパターンが違っている。
彼女が組み合わせたパターンだという。
文字通り、世界に一枚しかない…セーター。
 
「いいのか?…ジョーにバレても?」
初めてそれを渡されたとき。
面食らった後、ようやくそう言ったジェットに、フランソワーズはこともなげにうなずいた。
 
もちろん、バラす気はないが。
洒落にならない。
彼女はわかっているのだろうか。
ジョーは、あれで…ヤキモチやきなところもある。
 
少なくとも、俺は…あいつが、こんなセーターを着てるトコロなんて、見たことがないぞ。
 
毎年贈られるセーターは、クローゼットの奥にしまい込んである。
一年に一度だけ…誕生日の夜…一人で部屋にいるときにだけ着る。
研究所にいるときは、それもムズカシイが。
ジョーに見つからないように…というのが何より肝心だ。
 
黙っていればフランの手製だとわからないかもしれないが…
だが、アイツ、妙にカンがいいからな。
とにかく面倒はゴメンだぜ。
 
そんなわけで、彼がそれを着た姿を見たものは、フランソワーズも含めて誰もいないはず。
彼女は、何も言わない。
着てくれ、とも言わない。
 
黙って…微笑んで、彼女は包みを渡す。
黙って受け取る。
 
会えないときは、こうやって包みが届けられる。
届いたという電話一本入れたことがない。
でも、毎年…セーターは一枚ずつ増えていく。
 
よくわからない女だ。
 
 
 
ふと、部屋の隅に丸めて放り投げたままの包み紙に目をやった。
シールに書かれた発送元は…日本。
 
日本…?研究所から…だったのか?
 
ジェットは眉を寄せ、あらためて包み紙を取り上げた。
ギルモア研究所から…発送されている。
 
フラン…日本にいるのか?
ってことは。
ジョーも…一緒のはずだ。
 
誕生日のプレゼントなんて、どうでもいい。
もともと、誕生日なんてモノは憂鬱だった。
俺は、そういう種類のコドモだった。
 
ソレは、ジョーも同じだ。
たぶん、だから。
 
あいつは、仲間の誕生日に疎い。
 
だが。
本っ当にカンだけはスルドイ奴なので。
主にフランソワーズの雰囲気から、何かがあることを敏感に悟り、心優しいリーダーは、彼女を追うようにして、あれこれと仲間のため、プレゼント選びに心を砕くことになる。
 
まだジョーからのプレゼントだけが、届いていなかった。
だから…フランソワーズは今、パリにいると、思いこんでいた。
 
ジョーは、フランソワーズが近くにいないときには、必ず遅れてプレゼントを届けてくる。
「ごめん…忘れてたんだ」
と、馬鹿正直な謝罪の言葉とともに。
 
フランソワーズも、ギルモアも、イワンも、プレゼントを届けてきた。
彼らが準備している雰囲気が、ジョーに伝わらないはずないし。
伝わっているなら、彼に限って知らんぷりするはずもない。
 
何か…あったのか?
周りの様子が目に入らないほど、気になることが…?
 
ジョーのカンは鋭い。
戦いの予兆を誰より早く感じ取るのも、彼だ。
 
眉を寄せ、時計を見上げる。
まさかとは思うが…
だが。
 
腰を上げ、受話器を取ろうとするのと同時に、ノックの音がした。
 
「………」
「こんばんは、ジェット…久しぶりだね」
 
あっけにとられているジェットに、ジョーははにかむような笑みを見せ、ポケットから包みを取り出した。
 
「誕生日、おめでとう…間に合ってよかった」
「……なに…?」
 
 
 
とりあえず、ビール。
焼き餃子を満足そうに味わっている少年に、ジェットは腕組みしたまま尋ねた。
「で…お前、結局、何しにきたんだ?」
「何って…コレを渡しに…だよ」
 
包みの中身は…小熊のカタチをした、ライター。
 
「………」
「フランソワーズがね、可愛いっていうから…ほら、コレがしっぽでさ…それで…」
「フラン……が…?」
 
不意に口ごもったジェットに、ジョーはふと顔をあげる。
 
「い、いや…なんだ…そうか、フン、あいつの見立て…か。相変わらずだな」
「相変わらず…って?」
「仲がおよろしい…ってことさ」
「…ジェット!!」
 
いつもと同じだ。耳まで赤くなった彼を用心深く見つめ、ジェットはこっそり深呼吸した。
…バレちゃいないよな…大丈夫。
 
「僕たちは、そんなんじゃないんだから…よしてくれよ」
「ふ〜ん、そうか?」
 
だったら…教えてやろうか?
このセーターは…
 
真剣な茶色の瞳を見つめ返し、ジェットは心で溜息をついた。
…やめとけ。くだらないコトは。
なんだかんだ言ったって、こいつらは…それは俺が一番よく知っている。
 
ジェットは立ち上がった。
ジョーに背を向け、ビールの缶を持ったまま窓辺に歩き、ブラインドを上げる。
 
…フランソワーズ。
 
あの頃…あの島を逃げ出したばかりの頃。
なかなか戦おうとしないジョーを、お前はムキになって庇った。
いや…そう思っていたのは俺だけだったのかもしれないが。
 
戦いたくない。
そんなことまで、お前は言うようになった。
決して言わなかったその言葉を。
ジョーに出逢ってから…お前は言うようになった。
 
そんなことを言ってどうする?
みんな、キモチは同じだ。だが、戦い続ける、それしかないだろう?
あの甘ちゃんにたぶらかされたか?
あいつは…まだ何もわかっちゃいない!!
 
青い瞳が、真っ直ぐに俺を見返した。
 
そうよ、あの人は…まだ何もわかっていない。
これから、どんなに長い烈しい戦いが…殺し合いが待っているのか。
そこから逃げることなんて…できはしない。
私たちは、所詮、兵器よ。
人間らしい心なんて…持っていられない。
そんなものにこだわっていたら、生きていられない。
 
長い長い間…いやというほどたたき込まれてきたわ。
私も…あなたも。
 
でも、私たちは…組織から逃げ出すことができた。
私たちに、それを教え込もうとする者はもういない。
 
だから、せめてあの人は…あの人だけは、このままにしておいてあげたいの。
あの人は、強いわ。
何もわかっていなくても…わからないままでも、きっと戦える。
生きのびていける。
 
いつか、そうできなくなるときがくるのだとしても、それまでは。
そのときまでは、あの人にうなずいていてあげたい。
戦いたくない…戦うのはいやだと…うなずいてあげたいの。
 
戦いたくないと叫びながら戦う。
殺したくないと叫びながら殺す。
終わりのない苦しみ。
 
お前は…ジョーに寄り添い、その苦しみを選び取った。
そして…俺たちも。
 
後悔はしていない。
だが。
ジョーが言うことといえば、いつもコレだ。
 
「ぼくたちはそんなんじゃない」
 
あのころからずっと…今でも。
いい加減聞き飽きたぜ。
お前の本音がどこにあるかぐらい、俺は知ってる。
だが。
お前がそうやってシラをきりとおすつもりなら。
最期の日までそう言い続けるつもりなら。
 
もし、もしそうなら…俺は。
 
「よく…似合ってるね」
「?!」
 
体が…動かない。
感じる。
向けた背に、ジョーの視線が突き刺さっている。
振り返ることができなかった。
 
静かな足音が近づく。
唇を噛み、さっと顔を上げ、窓に映る茶色の瞳を睨んだ。
 
…瞳は、穏やかだった。
 
「…知って…いたのか?」
ゆっくり振り返る。
 
「ついこの間…偶然」
 
ジョーは遠くを見ながら、つぶやくように言った。
 
「キミのために編んでるんだって…すぐわかったよ。なんとなく。」
 
 
 
手の込んだ編み込み模様。
戸口に突っ立っている僕にも、しばらく気づかず…彼女は一心に祈るように編んでいた。
やがて。
僕に気づいた彼女は…いたずらを見つかった子供のように微笑んだ。
 
「ジェットは…すぐどこかに飛んでいってしまうから…って…そう言ってた」
「…どこかに…飛んでいく?」
「うん…だから、こうやって…目印をつけておくんだって。どこにいても探し出せるように…って」
「…よくわからないな」
「…僕も」
 
ジョーは、肩をすくめるようにした。
「…でも」
息をつく。
「そうだなぁ…きっと、フランソワーズなら…探してくれるよ。キミがどこに行ってしまっても。」
そう思わない?
無邪気な問いかけに、ジェットは苦笑しながらうなずいた。
 
…そうかもな。
 
「ねえ…ジェット?」
「なんだ?」
「ほんとは…キミにはわかってるんじゃないのかい?彼女が…どうしてキミに、これを…」
 
思わずまじまじと、ジョーを見つめた。
真剣そのものの瞳。
 
突然声を上げて笑いだしたジェットに、ジョーは目を丸くした。
 
「ジェット…?」
「そ、そうだな…ああ、そうだ、わかってるとも…オレにはな…何たって、彼女とのつきあいは長い…オレにしかわからないことだって…あるさ」
 
茶色の眼に、一瞬、険しい光がよぎる。
怒らせちゃマズイが…どうにも笑いがとまらない。
 
そうか、そういうことか…それで、お前…わざわざここに来たってわけだな?
可愛いとこ、あるじゃねえか。
 
 
戦いの中で…僕とジェットが二人ともひどい傷を負ったことがあった。
 
僕が先に目覚めた。
僕の目に初めて入ったのは、彼女の涙と微笑。
彼女は僕を見つめ、黙ったまま僕の手を堅く握りしめた。
 
それから。
僕は浅い眠りに落ちた。
ふと眼を覚ましたとき、僕の傍らに、彼女はいなかった。
 
彼女は隣のベッドの脇に腰掛け、心配そうに…まだ目覚めないジェットを見つめていた。
 
こういうときは、どんなに疲れて眠っていても、僕の微かな気配にすぐ眼を開けて「どうしたの?」と聞いてくれる彼女が。
僕がそっと身じろいでも、体を静かに起こしても、気づかなかった。
僕の方を向いて座っているのに。
彼女は、ただ一心にジェットを見つめていた。
 
 
僕の知らない年月。
彼女と彼の上に流れた年月。
僕が生まれるより、もっと前に……
 
 
「気になるなら…彼女に聞いてみろよ。どういうつもりで…毎年、こんなもんをよこしてるのか」
「別に…!別に気になる…ってわけじゃ…!それに…こんなもん…って言い方、ひどいよ!フランソワーズ、本当に一生懸命…心を込めて編んでるんだぞっ!」
「…わかってるさ…そんなこと」
 
…う。
 
またおかしそうに笑うジェットに、ジョーは堅く唇を噛んだ。
 
聞いたけど…教えてくれなかったんだ。
これからも、きっと教えてくれない。
彼女の笑顔は、僕にそうハッキリ告げていた。
あの、眩しいほどの優しい笑顔。
 
 
「まぁ、そうとんがるなって、ジョー…飲もうぜ、この酒をよこしたヤツも…きっと俺たちと似たようなもんなんだろうしな」
「アルベルトが?…どういうことだよ?」
「いいから、飲もうって…!ナンだ、お前…俺様の誕生日を祝いに来たんじゃないのかよ?」
「…そ、それは…そうだけど…」
「だったら飲め…!ほらほら!」
 
ジョーをぐいぐい押し、無理矢理椅子に座らせると、ジェットはワインの栓を抜いた。
 
「乾杯だ、ジョー…俺様の誕生日と…我らが姫君の謎に…!」
「…ジェット…!」
 
 
どうしようもないな。
とにかく酔わせちまうか。困ったヤツだぜ。
 
それじゃ、乾杯しよう、フランソワーズ。
どこに飛ぼうが、俺は必ず戻ってくる。お前の…お前たちのところに。
こいつと同じさ。
 
俺には…目印が必要だと思ってるなら…それでもいい。
そんな必要ないんだが。
 
夜が明けたら、こいつをちゃんと送り届けてやるよ、お前のもとに。
だから…
だから、今夜は、俺の夢に降りてこい。
あのころのように。
 
俺たちが、まだ…ただの兵器だったころ。
僅かな夢をつなぎ合って生きたころのように…な。
 
 
更新日時:
2002.02.22 Fri.
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Last updated: 2013/10/17