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日常的009

プレゼント
いつの間にか、窓から差し込んだ光がイワンのゆりかごに届いている。
静かにゆりかごをずらし、眩しい青空に目をやった。
 
「困ったわ…イワン、いいこと思いつかない?」
来週には目覚めるだろう、とギルモアは言っていたが、それでは間に合わない。
 
 
あなたの誕生日。いつもみんなで、パーティをして大騒ぎして…
念入りに作ったバースデイ・ケーキが、私からのプレゼント。
ジェットのときも、ピュンマのときも、グレートのときも。
いつもの、同じバースデイ・ケーキ。
 
みんな、仲間だから。同じ、仲間。 
 
あなただって、いつまでもずっと仲間。
努力の甲斐あって、自然にそう言えるようになったと思うわ。
それなのに。どうして…?
 
 
フランソワーズのバースデイ・パーティには、大抵、なんだかんだと全員が集まる。
すっかり夜もふけたころ、騒ぎ疲れた仲間たちはそれぞれの部屋に引き上げた。
皿洗いを手伝おうとしたフランソワーズは、張々胡に、「主役にそんなことさせられないアル!」とキッチンを追い出されてしまった。
廊下はしんと冷え込んでいる。
思わず身震いして、階段の手すりに手をかけたとき、ジョーに呼び止められた。
 
「誕生日、おめでとう」
口早に言いながら、ジョーは小さい包みを押し付けるように渡した。
「え…?」
これ、何…?という問いをフランソワーズは危うく呑みこんだ。
 
何って。包みには赤いリボンが結んである。ジョーいわく「誕生日、おめでとう」である。
プレゼントに決まっている。誕生日の。
 
「…ありがとう」
とりあえず、それだけは言えた。ジョーは逃げるように階段を駆け上がってしまった。
 
カードが添えてあった。印刷済みのメッセージ。几帳面な字で書きこんであるのは彼の名前だけ。
プレゼントはカシミアの手袋。大きい。サイズというものがあるのを知らなかったのだろうか。
 
数日後、手袋をはめて彼と食料品の買い出しに出かけた。彼女の手をちらっと眺めて、彼は心配そうに尋ねた。
「大きすぎた?」
「ううん…これで、いいのよ」
何がいいのか、自分でもよくわからなかったが。彼はほっと息をついて微笑んだ。
 
 
もうすぐ、私はパリに帰る。
みんな、故郷に帰って…あとは私だけ。
帰らなくちゃいけない理由なんてないけど…ここに残る理由もない。
 
あなたはどうして贈り物をくれたのかしら。
みんなにからかわれて、だまされたのかも。
俺たちみんな、それぞれプレゼントするんだからお前も…とか。 
グレートやジェットならやりそう。
 
だけど、どんな理由でも、あなたは私に贈り物をくれたから。
だから、「お返し」をしなくちゃ。
それは、とっても自然なことだわ。大丈夫。
 
でも、ジョーは何がほしいのかしら?
全然わからないわ…。ね、イワン?
 
 
背後で足音が止まった。
「ただいま…こんなところにいたんだ」
「お帰りなさい。イワンの様子を見にきてたの…」
「博士は?大人のところ?」
ええ、とうなずいて、フランソワーズはふとジョーを見上げた。
「…何?」
茶色の瞳が柔らかく見つめている。
「あさって…ちゃんと帰ってきてね」
「ああ…パーティしてくれるんだよね…大丈夫、忘れてないから」
「…あの…それで…」
口ごもってしまう。ジョーが怪訝そうにのぞいた。
「どうした?」
「……」
「何か…困ったことでも起きた?」
「い、いいえ…あの、ジョー…何か…欲しいものは…ない?」
「え…?」
頬がみるみる熱くなる。フランソワーズは懸命に言葉を繋いだ。
「い、一生懸命…考えたんだけど…わからなくて…ごめんなさい」
沈黙が落ちる。
 
「なんだ…気にしなくていいのに、そんなこと…パーティしてくれるだけで十分だよ…また、あのケーキも作ってくれるんだろ?」
「でも…この前、あんなすてきな手袋もらったから、お礼がしたいの…それに、パリへ帰ったら…」
「いいから!…僕は、何もいらない。欲しいものなんかないんだ。」
フランソワーズはハッとジョーを見上げた。彼はそれきり口を噤んだ。
 
主役に運転手なんかさせられない、と、すっかり酔っ払った張々胡が騒ぎまくるのを、ジョーは無理やり家まで送り届けた。
「お疲れさま…大丈夫だった?」
「ああ…途中でぐっすり眠っちゃったから、起こすのがちょっとタイヘンだったけど…今日はありがとう、フランソワーズ…楽しかった」
フランソワーズは嬉しそうにうなずき、ジョーを見上げた。
吸い込まれそうな青い瞳。
「な…何だい?」
「あのね、ジョー…プレゼントがあるの」
目を見開いたジョーに、軽く首を振って、フランソワーズは微笑んだ。
「聞いて…あの…もしあなたがいらないんだったら、私が貰うことにしようと思って…それで、私の好きなものにしちゃったのよ…」
フランソワーズはガレージの隅から大きな紙袋を運んできた。
中を覗き込み、ジョーは首をかしげた。
「…鉢植え?」
 
「クレマチスよ…大好きなの…もう少ししたら、たくさん花が咲くわ…来年も…どんどんつるが伸びて、花も増えて…」
「どんな花?」
「咲くまでのお楽しみ…ふふっ、青い花よ…それだけ教えてあげる」
やっぱり、いらない…?と、少し心配そうに聞くフランソワーズに、ジョーは微笑んだ。
「ありがとう…大事にするよ…でも…僕に育てられるかな?」
「大丈夫、教えてあげるわ…だけど…ジョー、ホントに…いいの?」
 
ムリしてない…?と言おうとしたとき。不意に両肩を強く掴まれた。
 
「…この間は…ごめん…ごめんよ、フランソワーズ…」
ジョーの手も、亜麻色の髪にぎゅっと押し当てた頬も、ひんやり冷たい。
息を殺したまま、フランソワーズは小さくうなずいた。
 
 
数日後。
まもなくパリに発つフランソワーズのため、腕をふるいたい…と張々胡が大量の食材を抱えて、研究所にやってきた。
「ギルモア博士、お茶のしたくしたアル!…ジョーとフランソワーズはどこアルか?」
ギルモアは微笑み、持っていたパイプで窓の外を指した。
「おやおや、仲のよろしいコトね!…何やってるアルか?」
「鉢植えの剪定の仕方を教わるとか言っておったが…」
「ああ!…例のプレゼント、アルな?…ジョーには無理アル思うけど…」
「まったくじゃ…じゃが、まあ気分転換にはなるじゃろうて…あの子もいいことを思いついてくれた…何か気をとられるものでもなければ…あの子が行ってしまったら、寂しくてかなわんじゃろうから…」
「なるほど、なるほどアル…」
何度もうなずきながら、張々胡は勢いよく窓を開けた。
「ジョー、フランソワーズ…!お茶が入ったアル〜!一休みするヨロシ!」
フランソワーズが嬉しそうに振り返り、ジョーに何かささやいてからかけてくる。続いてジョーも。
 
「あ〜っ?!ジョー、危ないアル〜〜!!」
 
張々胡が叫ぶのと、植木鉢がぐらりと揺れるのと、同時だった。
ハッとジョーが振り返ったとき、植木鉢はスタンドから落ち、めちゃめちゃに砕けていた。
フランソワーズが悲痛な声を上げる。
ギルモアと張々胡も慌てて駆け寄った。
 
「ジョー、そそっかしいネ、ホント!…せっかくフランソワーズに貰ったアルのに…こういうとき、加速装置使えばいいアル…とと?」
ぐいっとギルモアに腕を引っ張られ、張々胡は口を噤んだ。
 
散乱した破片や土。支柱が外れ、つぼみをつけたつるは、ところどころ折れ曲がっていた。フランソワーズが膝をつき、そっと拾い上げる。つるは彼女の手から力なく垂れ下がった。
 
「…大丈夫よ、ジョー…これ…植え替えれば…」
「もういい!!」
悲鳴のような叫び声に、三人はぎくりと身を固くした。ジョーは立ち尽くしたまま、フランソワーズを睨みつけた。
 
「もういいんだ!!…僕には…僕には無理だ!こんな…」
「ジョー…そんなこと…」
「君でなくちゃ駄目なのに…わかってるくせに、君は行ってしまうんじゃないか!!」
「…ジョー!」
 
厳しい声に、ジョーは振り返った。
射抜くような視線を、ギルモアの静かな眼が受け止める。
やがてぎゅっと拳を握り締め、眼をそらし…彼の姿は消えた。
 
「だから…加速装置、今ごろ使っても遅い遅いアルのに…」
張々胡は肩をすくめ、フランソワーズを振り返った。うつむいた肩が細かく震えている。
ギルモアが大きく息をついた。
「まったくじゃ…つまらんことに使いおって」
「…今夜の料理、三人前でいいアルね、博士?」
「…たぶんな」
 
ジョーは帰らなかった。翌日も。その翌日も。
 
 
どこにいても、何をしても。
「その時」をやりすごすことなどできないと分かったから…僕は戻ってきた。
君は、許してくれるだろうか。
さよなら、と僕に笑ってくれるだろうか。
「その時」がくる。
君は研究所を出る。
 
 
いつの間にか、駆け足になっていた。
が、一気に坂を上りきったところで、ジョーは大きく目を見開いた。
足が凍りついたように動かない。
 
研究所のガレージには、ストレンジャーだけが停まっている。
人の気配はない。
扉にカギがかかっているのを確かめ、ジョーはポーチに座り込んだ。
 
 
行って…しまったんだ。
 
 
どれだけ時間がたったのか、わからなかった。
ふっと顔を上げると、ポーチの隅に、小さな鉢植えがおいてある。
 
 
大丈夫よ、ジョー…これ…植え替えれば…
 
 
折れたつるを切り取ったせいか、前より一回り小さくなっていた。
心なしか、葉も弱々しい感じがする。
が、そっと触れると、その確かな瑞々しさが指に伝わった。
両手で鉢植えを取り上げ、胸に抱いて立ち上がったときだった。
 
「触っちゃダメ!!」
 
切羽詰った声と同時に、軽い足音が駆けつける。
振り返ったはずみに落としそうになった鉢植えを、白い手が奪い取るように受け止めた。
 
「もう…!ジョーったら、何回落とすつもりなの?…せっかく根付いてきたのに…!!」
非難をこめて青い瞳が見つめている。声が出ない。
フランソワーズは大事そうに鉢植えを元の場所に戻した。
「たくさん買い物したの…運んでくれる?…私はイワンを連れていくから…」
曖昧にうなずき、彼女の後についていく。いつのまにかガレージに車が入っていた。
イワンを抱いた彼女に指図されるまま、何度かガレージと玄関を往復し、大量の品物をそれぞれあるべきところに収めていった。
 
やがて、ソファに身を沈め、ため息をついたジョーに、フランソワーズはコーヒーの入ったマグカップを手渡した。
「帰るなら連絡してくれればよかったのに…今日は博士もいないし、夕ごはんは簡単にすませるつもりだったのよ」
「べ、別に…簡単で…いいけど…」
そうじゃないでしょう?と、彼女は唇を尖らせる。まだ機嫌が直っていない。迂闊なことは聞けない。
 
 
もう少ししたら、聞いてみよう。
どうして、君がここにいるのか…飛行機はどうしたのか…とか。
もう少ししたら。君の機嫌が直ったら。
 
 
マグカップに顔を埋めるようにしながら、ジョーは何度かこっそりフランソワーズを覗いた。
怒っている。まだまだ怒っている。結構長引きそうな気配だ。
 
「これがその花か?…キレイじゃないか」
「ホントはもっとキレイになるはずだったアル…ジョーが落っことしたアルからして…」
こんもり咲いている青い花に手を伸ばそうとしたグレートを、張々胡が慌てて止めた。
「触ったらいけないアル!怒られるアルよ!!」
「フランソワーズ、今、買い物だろ?」
「ジョーも怒るアル!」
「…なるほど…?」
グレートは苦笑しながら手を引っ込めた。
 
「で。彼女、コレのために研究所に残ってる…っていうのか?」
「そうは言わないアルけど…でも、確かに他に手入れできるヒト、いないネエ…」
「ジョーが覚えりゃいいんだろ?」
「ジョーは信用なくしてるアル。」
二人は何となく目を見合わせた。
 
「…ヘンな奴ら」
「…ヘンな子達アル」
 
けたたましい笑い声に、ジョーは首をかしげ、庭を眺めた。
張々胡とグレートが苦しそうに笑っている。
大げさにテーブルを叩くグレート。
その上に青い花の鉢植え。
 
「何笑ってるんだ、グレート、触るなよ!!」
慌てて駆け寄り、大事そうに鉢を抱えるジョーに、二人はまた笑い転げた。
「お、お前…そんなに怒るなよ…!花くらいでさ…」
「僕じゃない、フランソワーズがものすごく怒るんだ…!!」
 
笑い声は一層大きくなる。
ジョーは憮然として、二人を眺めていた。
 
 
更新日時:
2001.11.26 Mon.
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Last updated: 2013/10/17