1
あんなに取り乱した彼は見たことがなかった。
息もできないほど抱きしめられ、熱い吐息を感じ、ただ嬉しいとしか思わなかった。
が。
落ち着いてから002の話を聞き、003は息をのんだ。
003が捕らわれている病院に向かう前に、009の目の前で、彼女のコピーロボットが自爆したのだという。
それをロボットと気付かなかった009はその場に膝を落とし、ただ涙を流し……
「ちょっと拾ってよく見りゃわかることなのにな…よっぽど動転してたんだろうよ、ヤツも」
遠ざかる未来都市をぼうっと眺めながら、003は息をついた。
ついさっき、仲間達にからかわれ、真っ赤になりながら「僕たちは別に…!」と叫んだ009。
幸せだった。
いつもと同じように。
いつか終わりがくるのだとしても。
が、009は、その「終わり」を見たというのか。
目の前で無惨に砕かれた、ささやかな幸せ。
003の心に初めてスフィンクスへの怒りが芽生えた。
…そして。
あなたが泣いているとき、私はカール・エッカーマンに抱かれていたんだわ。
2
僕のものだと思っていた。
いや、そう思うことさえなかった。
フランソワーズは、ここにいる。
僕のそばに。
僕が彼女に恋していると…彼女を愛していると、仲間達は言う。
彼女もたぶんそう思っているだろう。
あのコンピューターに、彼女は言ったのだという。
それは、愛ではない、と。
きっと君は正しい、フランソワーズ。
…でも。
僕もカール・エッカーマンなのだとしたら……君は、どうする?
3
いつか、終わりがくる。
どんな形なのか、それはわからない。
わかっているのは……
その時は、僕の終わりでもあるということだけ。
そして、君もだ。
カール・エッカーマンは、駆け去る君を撃った。
君を奪おうとする僕を撃ち、その僕の元に向かう君を撃った。
僕も、同じコトをしただろう。
駆けつけたとき、君はカールに抱かれていた。
幸福そうに、彼の胸によりそって。
全身の血が逆流した。
僕の声に君が気付かなかったら。
僕の声を君が聞かなかったら。
僕は、カールを撃っただろう。
そして、君がなお、彼の傍を離れようとしなければ……
フランソワーズ。
それは、愛ではないと君は言う。
そう叫びながら、君は僕たちの銃口の前に立つ。
僕たちは、君を撃つしかない。
いつか、終わりがくる。
その時は、僕の終わりでもある。
そして、君も。
僕たちは、君を撃つ。
4
いいんだよ、フランソワーズ。
だって、君は僕のものだから……
彼の声が遠ざかる。
誰の腕に抱かれても、君は僕のもの。何も変わらない。
だから、いいんだ。
僕が、きっと君を助けにいく。君を取り戻す。
君は待っていて。ただ、僕を信じて。
それで、いいはずない。
私は、あなたのものになりたい。
本当にあなただけのものになりたいの。
あなたを裏切るぐらいなら死んでしまいたい。
あのロボットのように。
幻の私のように。
ロボットも幻も消えたのに……
どうして私はここにいるの?
何もなかったように、あなたに抱かれているの?
私の中には残っているのに。
どうしても消えない、カール・エッカーマンの腕の感触。
君は僕のものだと、どうしてあなたが確かめなければならないの?
確かめるぐらいなら……
5
殺して、と君がわななく。
僕の腕の中で。
もちろん、そうするよ、フランソワーズ。
あいつを殺し、君を殺して、僕も死ぬ。
それが愛ではないのだとしても。
君の涙が、僕をいっそう駆り立てる。
許さない。
認めない。
助けはこない。
君は僕のものだ。
それが愛ではないのだとしても。
愛を知らない僕たちに、なすすべはない。
君を離さない。
君を逃がさない。
永遠に、助けはこない。
君は僕のものだ、フランソワーズ!
6
「僕たちは、別に……!」
その日も、真っ赤になって叫びながら、009はつないだ手にひそかに力をこめた。
同じように頬を染めながら、003はその手をひそかに握り返す。
確かめ合うことは、淋しいことかしら…?
わからない。
でも、彼の目はいつも淋しい。
たぶん、あの日。
スフィンクスが私たちの幸福を砕き、私たちを楽園から追放した。
彼は終わりを知り、私は裏切りを知った。
それは、愛ではないと叫んだ、少女の私。
それなら…私のこの想いは?
わからない。でも。
カール・エッカーマンも、島村ジョーも、私を殺さなかった。
7
「僕には母親がいなかった」
知ってるわ。
「憧れていたんだ、母という存在に……」
でも、私はあなたのお母さんじゃないの。
だって。
「ごめん。もう言わない。だから、君も……」
ごめんなさい。
もう言わない。
あなたは、私を殺さなかった。
その代わり、こうして……
それは、愛ではないと叫んでいる。
私が、私の中で叫んでいる。
でも。
「……どうしたんだ?」
いいえ、なんでもない。
なんでもないの。
「私は……あなたのものよ、ジョー」
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