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日常的009

失楽園
 
あんなに取り乱した彼は見たことがなかった。
 
息もできないほど抱きしめられ、熱い吐息を感じ、ただ嬉しいとしか思わなかった。
が。
落ち着いてから002の話を聞き、003は息をのんだ。
 
003が捕らわれている病院に向かう前に、009の目の前で、彼女のコピーロボットが自爆したのだという。
それをロボットと気付かなかった009はその場に膝を落とし、ただ涙を流し……
 
「ちょっと拾ってよく見りゃわかることなのにな…よっぽど動転してたんだろうよ、ヤツも」
 
遠ざかる未来都市をぼうっと眺めながら、003は息をついた。
ついさっき、仲間達にからかわれ、真っ赤になりながら「僕たちは別に…!」と叫んだ009。
幸せだった。
いつもと同じように。
いつか終わりがくるのだとしても。
 
が、009は、その「終わり」を見たというのか。
目の前で無惨に砕かれた、ささやかな幸せ。
003の心に初めてスフィンクスへの怒りが芽生えた。
…そして。
 
あなたが泣いているとき、私はカール・エッカーマンに抱かれていたんだわ。
 
 
 
僕のものだと思っていた。
いや、そう思うことさえなかった。
 
フランソワーズは、ここにいる。
僕のそばに。
 
僕が彼女に恋していると…彼女を愛していると、仲間達は言う。
彼女もたぶんそう思っているだろう。
 
あのコンピューターに、彼女は言ったのだという。
それは、愛ではない、と。
 
きっと君は正しい、フランソワーズ。
…でも。
 
僕もカール・エッカーマンなのだとしたら……君は、どうする?
 
 
 
いつか、終わりがくる。
どんな形なのか、それはわからない。
わかっているのは……
その時は、僕の終わりでもあるということだけ。
 
そして、君もだ。
 
カール・エッカーマンは、駆け去る君を撃った。
君を奪おうとする僕を撃ち、その僕の元に向かう君を撃った。
 
僕も、同じコトをしただろう。
 
駆けつけたとき、君はカールに抱かれていた。
幸福そうに、彼の胸によりそって。
全身の血が逆流した。
 
僕の声に君が気付かなかったら。
僕の声を君が聞かなかったら。
 
僕は、カールを撃っただろう。
そして、君がなお、彼の傍を離れようとしなければ……
 
フランソワーズ。
それは、愛ではないと君は言う。
そう叫びながら、君は僕たちの銃口の前に立つ。
 
僕たちは、君を撃つしかない。
 
いつか、終わりがくる。
その時は、僕の終わりでもある。
そして、君も。
 
僕たちは、君を撃つ。
 
 
 
いいんだよ、フランソワーズ。
だって、君は僕のものだから……
 
彼の声が遠ざかる。
 
誰の腕に抱かれても、君は僕のもの。何も変わらない。
だから、いいんだ。
僕が、きっと君を助けにいく。君を取り戻す。
君は待っていて。ただ、僕を信じて。
 
それで、いいはずない。
 
私は、あなたのものになりたい。
本当にあなただけのものになりたいの。
 
あなたを裏切るぐらいなら死んでしまいたい。
あのロボットのように。
幻の私のように。
 
ロボットも幻も消えたのに……
どうして私はここにいるの?
何もなかったように、あなたに抱かれているの?
 
私の中には残っているのに。
どうしても消えない、カール・エッカーマンの腕の感触。
 
君は僕のものだと、どうしてあなたが確かめなければならないの?
確かめるぐらいなら……
 
 
 
殺して、と君がわななく。
僕の腕の中で。
 
もちろん、そうするよ、フランソワーズ。
あいつを殺し、君を殺して、僕も死ぬ。
それが愛ではないのだとしても。
 
君の涙が、僕をいっそう駆り立てる。
 
許さない。
認めない。
助けはこない。
 
君は僕のものだ。
それが愛ではないのだとしても。
愛を知らない僕たちに、なすすべはない。
 
君を離さない。
君を逃がさない。
永遠に、助けはこない。
 
君は僕のものだ、フランソワーズ!
 
 
 
「僕たちは、別に……!」
 
その日も、真っ赤になって叫びながら、009はつないだ手にひそかに力をこめた。
同じように頬を染めながら、003はその手をひそかに握り返す。
 
確かめ合うことは、淋しいことかしら…?
 
わからない。
でも、彼の目はいつも淋しい。
 
たぶん、あの日。
スフィンクスが私たちの幸福を砕き、私たちを楽園から追放した。
彼は終わりを知り、私は裏切りを知った。
 
それは、愛ではないと叫んだ、少女の私。
それなら…私のこの想いは?
 
わからない。でも。
カール・エッカーマンも、島村ジョーも、私を殺さなかった。
 
 
 
「僕には母親がいなかった」
 
知ってるわ。
 
「憧れていたんだ、母という存在に……」
 
でも、私はあなたのお母さんじゃないの。
だって。
 
「ごめん。もう言わない。だから、君も……」
 
ごめんなさい。
もう言わない。
 
あなたは、私を殺さなかった。
その代わり、こうして……
 
それは、愛ではないと叫んでいる。
私が、私の中で叫んでいる。
でも。
 
「……どうしたんだ?」
 
いいえ、なんでもない。
なんでもないの。
 
 
「私は……あなたのものよ、ジョー」
 
更新日時:
2006.04.30 Sun.
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Last updated: 2013/10/17