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日常的009

望郷
 
目を開けると、山のような大男が見下ろしていた。
思わず上がりかけた悲鳴をかろうじて抑え、003は微笑みを作った。
 
「005…ついていてくれたの?」
「当番だ」
「ありがとう」
「気分、どうだ…?」
 
言われて、枕の上でゆっくり首を動かしてみる。
 
「大丈夫みたい…起きられるかしら…」
「それは、ダメだ」
「…あら」
「ギルモア博士、そう言った」
「そうなの…?今、何時?私、どれぐらい眠って…」
25日の朝だ。8時間眠った」
「それなら、もう十分じゃない…?」
「心に、負担かかっている。休まなければいけない」
「……」
 
黙り込んだ003の額を、005はそっと押さえるようにゆっくり撫でた。
003はふと目を閉じた。
 
「…これ…おまじない?」
「…いや」
「なんだか…気持ちいい…」
「そうか」
「あの…009は、大丈夫だった…?」
「もちろんだ…なにか、あったのか?」
 
それじゃ…あれは、夢だったのかしら。
夢中で放った銃弾。
自分を殺したつもりだったのに、倒れたのは、009だった。
 
大きな掌が動きを止める。
003はゆるく溜息をついた。
 
「あなたの手…不思議ね、005」
「…なにが」
「吸い出されていくみたい…悪いモノが、みんな」
「気のせいだ」
 
気のせいでもいいわ。
忘れたい。
あの町で見たもの…全て。
 
ううん。
忘れなくちゃ…いけないんだわ。
 
 
 
「もうあきらめるね、009…博士言ってたよ、003、今日一日は部屋で静かに休まなくちゃいけないね」
「わかってる…けど」
「クリスマスでなくても、またご馳走は作るね…そう、新年のお祝いに七面鳥どーんと焼こうかね!」
「…うん」
 
009はしぶしぶうなずき、料理の本を閉じた。
こんなことになるなら、003を行かせなければよかったのかもしれない。
この船の中でみんなでご馳走を作って、ケーキを焼いて。
楽しいパーティになったかもしれない。とにかく9人もいるのだ。
 
「今は、そっとしておくね…003のこと、005がついてるから心配ないよ」
「…ああ」
 
もちろん、心配する必要なんかない。
彼女は僕の助けなんて必要としていないし。
そもそも彼女の助けになれるようなことなんか何一つできないわけだし。
 
そう。
僕たちがクリスマスだ、パーティだって陽気に騒いだところで、彼女の気持ちを明るくすることなんか、きっとできない。
 
何を見せられたんだ、003。
きみが、あんな顔をするなんて。
あんな、悲しい声を出すなんて。
 
ふと、あのときのことを思い出す。
戦って、倒れて…目覚めたらきみが側にいて…僕は、嬉しかった。
僕なんかにずっと付き添ってくれている人がいたことが、無性に嬉しかったんだ。
でも。
 
「フランスに帰ったら、おにいさんに会えるね」
 
馬鹿なことを言った。
何も知らなかったから、仕方ないけれど…僕は、馬鹿だ。
 
いつも、家族のいるフツウの人が羨ましかった。
いつも、自分が一番不幸だと思っていた。
何も考えずに、そう思いこんでいたんだ。
家族がいても…いるからこそ、辛い思いをしなければならない人がいる、なんて…考えもしなかった。
 
003。
僕たちは、きみの新しい家族になれないだろうか。
もしなれるなら、僕も、やっと見つけることができるかもしれないんだ。
ずっと欲しかった、本当の家族を。
 
わかってる。
クリスマスを一緒に祝ったところで、家族にはなれない。
でも。
 
来年もクリスマスは来る。それもわかってる。
でも…でも。
 
僕たちは、それまで…生き延びていられるだろうか?
 
 
 
「005…?」
 
不意に呼ばれて、005は怪訝そうに003を見下ろした。
 
「眠って、いなかったのか」
「昔…兄に聞いたことがあったわ…アメリカの…インディアンたちの話」
「……」
 
003はうっすらと目を開き、迷うように005を見つめた。
 
「…ちょっとだけ、いいかしら」
「…ああ」
「兄が教えてくれたのは…とても、悲しい話だった。本当のこととは思えないくらい」
「……」
「005…あなたはどこで生まれたの?」
「アリゾナ。俺たち部族の故郷だ」
「でも…そこは、昔あなたたちの祖先が愛した故郷とは…もう違っているんでしょう?」
「そうだ。長老たちが話す故郷とは、空も…水も、動物たちも…何もかも違う。あの土地は、もう死んでしまった」
「だから…あなたは、町を出たの?」
「……」
「…ごめんなさい」
「いや。お前の考えている通りだ。俺は、町を出た。どこかに俺の本当の故郷…美しい土地はないかと…そう思った」
 
そして、気付いたとき、あの島にいた。
 
「…だが」
 
穏やかな声に、003はぼんやりと頭を動かした。
005の口元に、微かな笑みが浮かんでいるように見えた。
 
「全てをなくして…はじめて思った。あの町に、帰ろう…と」
「…005?」
「この戦いが終わって…生き延びることができたら、俺は、帰る。あの町へ」
「どうして…」
 
005は目を閉じた。
 
「今は、わかる。変わったのは…俺たちだ。精霊は、変わらない。あの町にいる。俺が耳をかたむけさえすればよかった」
「精霊…って?」
 
けげんそうに体を起こしかけた003をやんわりとベッドに戻しながら、彼女の問いが聞こえなかったかのように、不意に005は尋ねた。
 
「パリは…美しかったか?」
 
はっと息をのみ、003は005を見つめた。
黒い瞳の奥に、暖かい光が瞬いている。
長い沈黙のあと、003は小さくうなずいた。
 
「ええ…とても」
 
あとは、言葉にならなかった。
肩を震わせて、子供のようにしゃくりあげる003の髪を、005はゆっくり撫で続けた。
 
 
 
数分後。
003は深呼吸して涙をぬぐい、弱々しく微笑した。
 
「ありがとう、005…ごめんなさい」
「…もう、いいのか」
 
003はうなずいた。
 
「私…きっと、泣きたかったのね」
「……」
「でも、ひとりでは泣けなかったんだわ…ずっと」
「……」
「009が、助けにきてくれたときも少し泣いたんだけど…足りなかったみたい」
 
首をかしげる005に、003は明るい笑顔を向けた。
 
「009ったらね、一生懸命私を捜してくれて、やっと見つけて…きっと、わけがわからないことばかりだったでしょう…それなのに、正気に戻った私に、最初に言ったのが『メリー・クリスマス』だったのよ。やっぱり変な子だわ…そう思わない?」
 
005は低く笑いながら、ポケットを探り、小さいクマのぬいぐるみを取り出した。
 
「…見ろ」
「なあに…?まあ、かわいい…!」
「009に、貰った」
「え…?」
「誕生日の、贈り物だそうだ」
「誕生日?あなたの…?いつだったの、005?」
「…今日だ。さっき、貰った」
「まあ…!」
 
003は思わず目を丸くした。
 
「どうして…009、あなたの誕生日を…」
「うむ」
「そんな話、していたの?いつ?」
「俺から聞いた、と言うんだが…覚えていない。今まで、他人に誕生日を教えたことなどないのだが。たしかに、おかしなヤツだ、009は」
「…ホントね」
 
003はくすくす笑いながら、愛おしそうにクマを両手で捧げ持つようにした。
 
「私の誕生日にも、何かもらえるかしら…?」
「話を…したのか?」
「いいえ…でも、あなただって、話した覚えがないんでしょう?」
「…ああ」
 
クマを受け取ると、005は003の両肩を毛布でそっとくるみこむようにした。
 
「もう少し、眠れ」
「ええ…でも、少ししたら、起こしてね」
「無理、するな」
「違うの…今日のうちに、私もあなたにお祝いをしたいわ」
「…003?」
「約束よ。目が覚めたら、素敵なことがあるって思いながら眠るのは…本当に久しぶりなの」
「…わかった」
「おやすみなさい、005…ありがとう」
「おやすみ、003」
 
静かに目を閉じた003をしばらく見守るように眺めていた005は、やがて立ち上がり、そっと部屋を後にした。
穏やかな息づかいを背中に聞きながら。
 
 
 
キッチンから何か物音がする。
何の気なしにのぞき込んだ009は、思わず硬直した。
 
「003…?!」
「あ…009、ちょうどいいところに…ねえ、手伝ってくれる?」
「な、何やってるんだ、ダメじゃないか、起きたりしたら…!」
「もう大丈夫よ…博士からもお許しをいただいたわ」
「…でも」
 
玉子の入ったボウルを押しつけられ、009は瞬きした。
 
「それ、泡立ててほしいの」
「003、だから…」
「お砂糖を少しずつ混ぜて、角が立つくらいまで、ね」
「…ええと」
「ケーキを作るのよ」
「ケーキ?」
「005のバースデイ・ケーキ。ちょうどクリスマスだし」
 
009は思わず時計を見た。
午後9時を回っている。
 
「急がないと、日付が変わっちゃうわ…005、起こしてくれないんだもの…」
「ねえ、003…やっぱり休んでいた方がいいよ。それに、僕たちは食べなかったけど、昨日、みんなはクリスマスパーティをやって、ケーキも食べたって…」
「それって、どうせクリスマス・プディングのことでしょう?」
「え?」
「冗談じゃないわ!イギリス人なら、それでいいかもしれないけど、クリスマスのお菓子といえば、ブッシュ・ド・ノエルなのよ!」
「ブ…?」
「いいから、急いでちょうだい、009。もうすぐオーブンが暖まるし…あ、チョコレートも削ってなかったわ…!」
 
早く早くとせかされ、むやみに玉子をかきまぜ、乱暴すぎるとまた叱られ…ながら、009は体の奥から温かい笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
 
「ねえ、003…そのブ…っておいしいんだよね?」
「ブッシュ・ド・ノエル、よ」
「あの、たしか作り方、本には書いてなかったと…」
「知っているから大丈夫」
「でも…忘れてないかい?」
「忘れるわけないじゃない。5才のとき、母に教わってから、何度も何度も作ったのよ」
「そうか。そうなんだ…!」
 
やがて、003がそうっとケーキ種を天板に流し込み、オーブンに入れると、009は大きく息をついた。
 
「うまく、できるといいね」
「ええ…でも…デコレーションまでだと、あと2時間近くかかるわ…ぎりぎりね」
「う〜ん…」
「みんな…寝てしまうかしら」
「そんなの!起こしちゃえばいいよ!」
 
決然とした口調に、003はあっけにとられて009を見上げ…吹き出した。
 
「…え?」
「なんでも…なんでもないわ、そうよね、起こしちゃいましょう…」
「003…?」
 
くすくす笑い続ける003に首をかしげてから、009はオーブンをのぞき込み、声を上げた。
 
「すごい…!ふくらんできた!」
 
また吹き出しそうになるのを懸命にこらえ、003はデコレーションの用意を始めた。
 
 
驚くのはまだ早いんだから、009。
見せてあげるわ。
本当にかわいいお菓子なのよ。
 
私の、懐かしい故郷。
そうよ、見つけたのは、悲しみばかりじゃない。
 
私が見つけた、変わらない優しいものを、あなたたちにも伝えたいの。
伝えたいって思えるのが…こんなに幸せなことだなんて。
 
ひとりでは、きっとわからなかった。
ありがとう、005…009。
 
今日のこと、忘れないわ。
来年も、こうして…ううん、来年はもっと。
 
もっと、幸せに。
幸せになりましょう、私たち。
 
更新日時:
2004.12.26 Sun.
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Last updated: 2013/10/17