1
また、捕まっちゃった。
そうなりそうな予感はしていたんだけど…
だって、リサさんったら!
ずーっとジョーにすがりつきっぱなしなんだもの。
気持ちはわかるわ。
狙われて…もういやというほど怖い思いをしてきた、彼女。
一番安全な場所は彼の腕の中…ってわかれば、もう離れられない。
あなたは正しいわ、リサさん。うんざりするぐらい。
ジョーは一人しかいないわけだし。
いくら彼が優秀なサイボーグ戦士だからって…二人の女の子を庇うわけにはいかない。
選ばなくちゃ。
彼女か、私か。
選ぶ余地なしよね。
私の方が一人で何とかできる確率は格段に高いし。
あなたも正しいわ、ジョー。
本当、うんざりする。
2
閉じこめられているのは、何も置いていない、壁ばかりの部屋。
扉もない。冗談みたい。
たぶん扉はどこかにあるのだけど…見えないようにされているのだと思う。
私の力が全然きかないもの。
そういう能力のある者をとじこめるための部屋だわ、きっと。
…ということは。
私を捕まえるのは…彼らの作戦のうちだった…ってこと?
両手は後ろに回されて、何かにくくりつけられている。
鎖じゃないけれど…引っ張っても動かない。
不意に浮かび上がった不安を押し殺す。
大丈夫…大丈夫よ。
最後に見た彼の顔。
最後に聞いた彼の声。
「フランソワーズ!」
捕まった…と思うのと同時に、眠らされてしまった。
だから、ほんの一瞬だけだったけれど…
ジョーの声にも表情にも、まだ余裕があった…と思う。
私の力は本当に中途半端で。
戦場に出て索敵を始めたら、自分で自分を守ることはできなくなる。
誰かに守ってもらわなければ、攻撃の的にされてしまう。
こんなメンバーは私だけ。
それでも…バランスの関係で、私の戦闘力を高めることはできない、とギルモア博士は言う。
そのために僕がいるんだから、心配しなくていい、と、ジョーは言う。
たしかに、ジョーはスゴイと思うわ。
いつも、戦いながら、私を完璧に守ってくれる。
でも、彼が守らなければならないものは多すぎるのよ…ね。
だから…時々、こういうことになる。
もう、慣れてる…と思う。
大体、わかってきた。
捕まったとき、自分がどんなことになっているのか…この後どんな危険にさらされることになるのか、自分ではわからないけれど…最後にちらっとでも、ジョーを見ることができれば、それがわかる。
彼の戦場での勘って、本当にスゴイから。
彼が切羽詰まった顔をしているときは、かなりまずい。
そうでないときは…たぶん、大丈夫。
彼が切羽詰まった顔をしているのを見たのは、一度だけ。
あのときは…ひどい目にあったと思う。
一応、あれが基準。
今回のは余裕だったと思うわ。
だって、ジョー、顔はこっちに向けていたけど、彼女を庇う態勢はしっかり崩さないままで。
私の名前を呼んだ後、何か敵に文句を言う元気まであった。
何を言ったのか、聞こえなかったけれど…きっとカッコイイこと言ったに違いないわ。
聞かなくてよかったかも。
3
不意に壁の一部が開いた。
胸に徽章をつけた男が入ってくる。
私は、じっと彼を見つめた。
サイボーグ…ではないけれど。
ホルスターに収まっている銃の安全装置は外されている。
表情は…どこか落ち着かない感じ。
みんなが、侵攻を始めたのかもしれない。
ううん、まだ少し早いかしら?
「はじめまして、003…」
あんまりいい声じゃないわ。
黙っている私を、彼は蔑むように見下ろした。
「腕は、痛むかね?…そう強く縛り付けたつもりはないが」
これにも返事をする必要はない。
私は、彼の目を注意深く覗いた。
狂気の色は…ないと思う。
こうして捕まったとき、私がしなければならないことは、ふたつ。
前、ジョーに言われた。
おとなしくしていることと、絶対に死なないこと。
きみが、そうしていてくれれば、僕たちは必ずきみを助ける。
「きみの仲間達は薄情だな…我々が提案した取引を拒絶したよ…きみと彼女を交換しようと申し出たのだがね」
当り前でしょう。
馬鹿じゃないかしら、この人。
「まあ…さすがは00ナンバーと言うべきなのかな…?仲間の命など、ものの数ではないらしい」
本当にそうか…もうすぐ身をもって知ることになるわ。
こんなところで私を相手に馬鹿話している暇があるなら、脱出艇の準備でもするべきなのに。
たしかに…これなら余裕かもしれない。
久しぶりに見たかも…ここまで馬鹿な司令官。
でも。
そう、馬鹿な司令官は危ない…と、よく言っていたのはピュンマ。
それを、思い出した。
彼は不意に酷薄な笑みを浮かべ、銃を抜いた。
「きみは、009の恋人だという情報があったが…本当かね?」
なによ、その情報って…?
聞いたことないわ、そんな話。
自慢じゃないけど、彼の口からだって!
「009、よく聞け…!そして見るがいい。オマエを雇っているヤツらは、所詮オマエらのことなど人間だとは思っていない。この女がどうなろうと、ヤツらには関係のない話だ…だが、オマエはどうだ?」
私はハッと顔をあげた。
彼は、壁の一点に向かってしゃべっている。私の正面の壁。
まさか…この様子を…ドルフィン号に…?!
声を上げかけたとき、肩を熱いものが貫いた。
ぐっと歯を食いしばる。
間髪を入れずに、今度は腕。
意外に正確な射撃だわ。
ぼんやり思った瞬間、腿を撃ち抜かれた。
「そう、これは処刑だ。止めたければ、我々の要求を聞け。彼女をここに連れてこい!オマエならたやすいはずだ、009…ちゃちな軍隊がよってたかってかかっても、オマエを止めることはできないはず」
ダメ…だわ、ジョー。
この人…ホントに馬鹿。
ううん…開き直ってる…ってことね。
もう作戦は失敗…基地は破壊され、自分は処刑される。
だったら、ほんの僅かな…あり得ない望みにでもすがろう…ってこと…?
そうかも。
幹部に処刑されても、ジョーになぶり殺しにされても、死ぬことに変わりはないもの…
そう、私も。
馬鹿馬鹿しい死に方だけど…死ぬことに変わりはないわね。
でも。
こんな死に方は…よくない。
悔しいもの。
馬鹿に殺されるのも悔しいし。
あなたを苦しめることになるのも悔しい。
でも…一番悔しいのは…
今、あの人、あなたにすがってるでしょう、ジョー?
きっと、泣いてるわ。
「お願いです、私を連れて行って…!お願い、009!」
目に見えるようだわ。
黙って首を振るあなたも。
泣きじゃくるその人を優しく抱き寄せて、きみのせいじゃない…とか言うのよ、きっと。
どんな女の子だって、一生忘れられないような切ない目をして言うわけよ、ええ、絶対っ!
何発目かの銃弾を浴びたとき。
私はぐったりとくずおれてみせた。
案の定、彼はあわてふためいて駆け寄ってきた。
そうよ。
殺してしまったら人質にならない。
あとは、怒り狂った00ナンバーの餌食になるだけ。
本当に馬鹿な司令官だった。
医務室にでも連れて行くつもりだったのか、私の戒めまで解いてしまって。
私は手が自由になるや、彼から銃を奪い取り、迷わず引き金を引いた。
彼は悲鳴も上げずに倒れて…でも、それで私も終わり。
もう、立てない。
おとなしくしていること…は守れなかった。
だって、おとなしくしていたら殺されてしまったもの。
でも、死なない…というのも…怪しくなってきたかしら…?
思いの外出血していたようだった。
気が遠くなり、私は銃を取り落とした。
4
次に気がついたときは、ジョーの腕の中にいた。
たぶん、そうだろうという気はしていた。
ドルフィン号じゃない…けど、何か乗り物の中にいる。
小型の…プロペラ機…?
敵の…かしら…?
「気がついた…?もう、大丈夫…すぐ博士に手当してもらおう…ヒドイ目にあったね」
私は黙ってうなずいた。
たしかに…ヒドイ目にあったわ。
「早かった…のね」
「…ん?」
「だって…私…まだ死んでないもの…」
「きみが死ぬのをおとなしく見物してるわけにはいかないだろう?」
「あなた…一人できたの?」
「みんなも来るよ…こっちもドルフィンに向かって飛んでるから、すぐだ…ほら、見えてきた」
そう…一人で来たの。
加速装置で…?
「無茶なこと…するのね」
「大した敵じゃなかったからね…アイツ、馬鹿だし」
…そうね。
「どうした…?気分が悪い…?どこか、ひどく痛む?」
「ううん…あなたって…余裕だなぁ…って思っただけ」
ジョーはちょっと目を丸くしてから、苦笑した。
「きみも相当だと思うけど?」
「約束どおりにしただけよ…死なない…って方だけ」
「そうだね…偉かった」
私が死んだら、あなたはどんな顔をするのかしら…って、少しだけ思ったことがあった。
あなたは、いつも私の手を離して…守らなければならない人を守ろうとする。
でも、必ず、もう一度私はあなたのもとに戻る。
それが、私たちの約束。
でも。
もし…もし、私が戻らなかったら。
そう考えてみるのは、少し切ないけれど…少し幸せだった。
あなたが…私のために悲しんでくれる…って思うと…少しだけ嬉しかった。
でも…そんなこと考えても、意味無かったわね。
あなたがどんな顔をしていても、それを私が見ることはできないんだもの。
つまらないわ。
不意に強い風が私の頬を打ち…すぐに止まった。
止まったと思ったのは、ジョーが私を庇うように抱いているからだとすぐわかった。
ドルフィンに飛び移ろうとしているみたい。
風を切る音。
プロペラ音が次第に遠ざかる。
ややあって、ものなれた空気が私を優しく包んだ。
「ついたよ」
「…ええ」
動かされたからかもしれない。
少し苦しかった。
でも…私を見ているジョーの様子からすると、大したことはない…と思う。
余裕があるもの。
「おお、009…連れてきたか!かわいそうに、003よ…すぐに手当してやるからの」
あたふたかけつけたギルモア博士とメディカルルームに入り、私をそっとベッドに下ろすと…ジョーはそのまま立ち去ろうとした。
「009…?」
「よろしくお願いします、博士…僕はリサさんを手伝ってきますから」
「……」
さすがのギルモア博士も咄嗟に返事ができないでいる。
私はもうとっくに目を閉じていた。
とにかく…この傷が大したことじゃないらしい、ってことはわかったわ。
少なくとも、つききりになっていなければいけないという気にはならない程度の傷…なのね。
思わず溜息をつきそうになった私の耳に、ジョーの明るい声が飛び込んだ。
「きみの、バースデイ・ケーキを作ってもらってるんだよ…早く起きてこないと、みんな食べちゃうからね!」
…え?
「…誕生日…じゃったかね、フランソワーズ?」
「ええ…と…」
「今日は1月24日じゃが」
…誕生日だわ。
「なんじゃ…それでケーキとか騒いでおったのか、009…わしゃ、てっきり、取り乱しておる彼女を落着かせようとして言ったんじゃとばかり…」
「…博士?」
「どうしても連れて行け、と泣いて追いかけるリサさんに、それよりケーキを焼いて待っててくれ、と言って出て行ったんじゃよ…鉄砲玉のようにな」
「……」
そう…なの。
あなたって…ジョー。
やっぱり、余裕…ってことなのかしら?
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