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非日常的009

パリ、1月24日(与謝野晶子)
  
たそがれは森よりわれを追ふごとし君と踏むべき街の灯のため      
                         
                            与謝野晶子
 
 
 
夕暮れが怖いと初めて思ったのはいつだったかしら。思い出せない。
そのとき…私の隣には兄さんがいたような気がする。
 
兄さんが私の手を握って、ぐいぐいひっぱってくれて…
べそをかきながら、私は一生懸命家へと走った。
 
夕暮れがどうして怖いのか、教えてくれたのはジェロニモだった。
夕暮れはヒトの時間の終わり。
ヒトではないものの時間の始まり。
 
ヒトが近づいてはならない、近づくことができない世界がすぐ傍らで口を開けている。
それを感じてしまうから…
だから、夕暮れは恐ろしい。
 
夕暮れが怖くなったら、ヒトの世界を強く感じればいい。
自分を、この世界につないでくれる、大事な人を。
 
だから、私は…こんなにあなたたちが大切なのね。
わかったような気がした。
ヒトであってヒトではない。
そんな、私たちだから。
 
 
何度も走り抜けた。
暗い森を。果てない闇を。
 
私が闇の終わりを見つけ出すのだと。
みんな私を頼りに走っているのだと。
いつもあなたは真面目な目で言うけれど。
でも、それは違うわ、ジョー。
 
あなたの目がまっすぐに前を見ているから。
何も恐れず見据えているから。
だから、私も見ることができる。
 
暗い森がどこまでも続くその暗さを。
重く限りない闇のその果てを。
 
もしあなたの背中が私の前になかったら。
私は…何も見ることができないかもしれない。
顔を上げることさえできないかもしれない。
 
闇はそれほど暗く、深く…恐ろしい。
 
 
本当に、いろんな夜を駆け抜けてきたわね、私たち。
ただ暗くて…寒くて、悲しいばかりの夜。
 
でも、私は知っているわ。
夜は灯りをともしてくれるの。
灯りの下で、ヒトは自分がヒトであることを知るのよ。
大事な人たちと一緒に。
 
あなたには、それがわからない。
 
あなたはいつも夜の中で一人だった。
あなたのための灯りはどこにもなかった。
 
それは…
どれほど悲しいことかしら。
どれほどつらい、恐ろしいことかしら。
 
私には、それがわからない。
これからもきっと。
 
あなたのために、あなただけの灯りを用意してあげることは…きっと私にはできないわ。
誰にもできないのかもしれないし。
誰かができるのかもしれないし。
 
でも、私には…できない。
それはわかってるの。
 
だから、ジョー。
今日は私と一緒に私の灯りを見てちょうだい。
大丈夫。
私が手を引いてあげるから。
 
兄さんがそうしてくれたように。
 
 
急がなくちゃ。
黄昏が濃くなってくる。
 
私には、もう見える、宝石箱のような街の灯り。
 
見てちょうだい、ジョー。
これが、パリよ。
これが、私の灯り。
 
私を優しく包んでくれる故郷。
世界で一番美しい光の都。
 
夜が街に灯りをともす。
街中があなたを歓迎しているわ。
 
それなのに…あなたはうつむいて立っているのね。
光の流れる広場で。ひとりぼっちで。
 
こっそりポケットに手を入れて、まるでお守りに触れるように確かめている。
綺麗なリボンを結んだ小さな包み。
…中は、見ない約束。
 
顔を上げて、ジョー。
光の洪水があなたを包んでいるのに。
あなたもこんなに輝いているのに。
 
黄昏が私を急がせる。
早く…早く行かなくちゃ。
 
夜が生まれる瞬間を。
温かい灯りがあなたを包む瞬間を、見せてあげたいの。
 
大丈夫。
今夜、この灯りはあなたのもの。
私が手を引いてあげるわ。
 
一緒に歩きましょう、美しい街を。
眩しい光の中を。
 
この日のため、遠く海を越えてくれたあなたと。
今夜だけ、無邪気な子供のように。
 
 
更新日時:
2003.01.23 Thu.
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Last updated: 2010/9/3