ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事

非日常的009

流星(木下順二・子午線の祀り)
   夜。満天の星。
 
読み手A  
 
晴れた夜空を見上げると、無数の星々をちりばめた真暗な天球が、あなたを中心に広々とドームのようにひろがっている。ドームのような天球の半径は無限に大きく、あなたに見えるどの星までの距離よりも天球の半径は大きい。
 
地球の中心から延びる一本の直線が、地表の一点に立って空を見上げるあなたの足の裏から頭へ突きぬけてどこまでもどこまでも延びて行き、無限のかなたで天球を貫く一点、天の頂き、天頂。
 
地球を南極から北極へ突き通る地軸の延長線がどこまでもどこまでも延びて行き、無限のかなたで天球を貫く一点、天の北極。
 
遠く地平の北から大空へ昇って遙かに天の北極をかすめ遙かに天頂をよぎって遠く地平の南へ降る無限の一線を、仰いで大宇宙の虚空に描きたまえ。
 
大空に跨って眼には見えぬその天の子午線が虚空に描く大円を三八万四四○○キロのかなた、角速度毎時一四度三○分で月がいま通過するとき月の引力は、あなたの足の裏がいま踏む地表に最も強く作用する。
 
そのときその足の裏の踏む地表がもし海面であれば、あたりの水はその地点へ向かって引き寄せられやがて盛り上がり、やがてみなぎりわたって満々とひろがりひろがる満ち潮の海面に、あなたはすっくと立っている。
             
木下順二「子午線の祀り」
 
 
 
あなたは、何も祈りはしなかった。
僕が祈ってはいけないような気がするんだと淋しく言った。
 
…だから、君が祈って。
 
そう言われたわけではないけど。
でも。
私は今日も祈っている。
 
 
 
「泣いてると思ったんでしょ?」
 
彼はふん、と笑っただけだった。
 
「もう泣かないわ」
 
泣いてもどうにもならないから。
 
「パリに…帰らないのか?」
「帰ってもいいけど…あそこには、海がないもの」
「…海」
 
ぼんやりつぶやく彼が珍しくて、私は首をかしげた。
 
「…あなたは、帰らないの?アルベルト?」
「ああ」
「…どうして?」
 
彼は、またひっそり笑った。
 
「あそこには、海が、ないからな」
 
「……私、マジメに聞いたのよ」
「俺もマジメに聞いたんだが」
「私は、マジメに答えたわ」
「俺もだ」
 
大丈夫よ、笑わそうとしなくても。
もう、ちゃんと笑えるから。
 
「何、見てたんだ?」
「流れ星」
 
 
 
二人は流れ星になったと、私たちは信じている。
それほど根拠のないコトじゃないわ。
イワンが言ったもの。
 
ともかくも、ブラックゴーストは倒された。
あれ以来、不穏な動きは何もない。
 
彼のジェットエンジンの性能を考え、時間を考え…
イワンは言った。
 
二人は、地球の引力に捉えられ、地上へ落ちたはず。
正確に言えば落ちたわけじゃない。
大気圏内で、燃え尽きた。
流れ星のように。
 
 
 
「ジョーは、わかっていたのよ」
「…何が?」
「いつか、こうなる…って」
 
だから…あの人はいつも。
 
「しかたがないわ」
 
何度も繰り返した言葉。
しかたがない。
それがあの人のさだめだった。そして、私の。
 
「…そうだな。しかたがない」
 
彼もつぶやくように言った。
 
「……あいつも。」
 
 
 
仲間二人を失った私たちは、コズミ博士のもとに身を寄せた。
 
私たちは何も救えなかった。
とうとう仲間まで。
 
泣いて、泣いて…私は毎晩、空を見上げた。
 
どうして…?どうしてなの、ジョー…?!
 
空に、海に、私は叫んだ。
あの人を、返して、と。
 
私には…何も残っていないのに。
 
 
哀しみを比べることなんてできない。
でも…
ほかのみんなには、ここで…この世界でなすべきことがある。
彼らの場所は、この世界のどこかにある。
 
私には、それがない。
ここは、私の時間ではない。私の世界ではない。
そして。
 
…それは、違う。
 
黙ったまま、そう私に語りかけてくれた、あの強い瞳も、もうどこにもないから。
 
「それは…俺も同じだ」
 
そのつぶやきがこの耳に届くまで、長い長い時が必要だった。
私は、ぼんやり振り返り…そして、見た。
 
灰青色の瞳。
 
 
 
「ジェットは…ジョーに会えたのかしらね?」
「…もちろんだ…アイツなら」
「…そうね」
 
だったら…こうして空を見上げるのも…少しは辛くないわ。
 
あなたが、一人じゃないのなら。
それは…きっとあなたには不本意なことだったに違いないけど。
でも、それでよかったのよ、ジョー。
 
 
「アイツは…002は、ただ時に取り残されただけじゃない。俺たちの誰よりも苦しんだ…長い間、たった一人で。出口も何も見えない地獄で生き続けてきた。だから」
 
彼は空を見上げた。
 
「もう、いいだろう……休ませてやっても」
「…アルベルト」
「だが、お前は…まだだ。俺も、001もな」
「まだ…苦しみ方が足りないっていうの?」
 
ヒドイわね、と笑う私に、彼は生真面目に言った。
 
「自らを燃やし、希望をつなぐ流れ星になるのが…009のさだめだった。そして…彼を果てしない孤独から救うことが…」
 
アイツの、さだめ。
引き替えに…永遠の休息を手にして。
 
「お前は…それを知っている。お前だけが…だ」
 
だから、お前は…祈らなければならない。
それが、お前のさだめ。
 
どんな星も、己を燃やし、光を投げ、消えていく。
自らは何ひとつ…祈ることを許されないまま。
 
そのさだめを知る者は、祈らねばならない。
命ある限り。
 
「それは…イワンも…アナタだって同じでしょう、アルベルト?」
 
少し口をとがらせ、彼を睨んだ。
彼はニコリともせず、私の目を見た。
 
「…001のさだめは、導くことだ。そして」
 
俺のさだめは…戦うこと。
お前の祈りを、守るために。
 
 
 
海に出ると…聞こえるようになったのよ。
ジョー、ジェット…あなたたちの声が。
 
もう、泣かないわ。
泣いてもしかたがないもの。
それに…
 
泣く必要なんてない。
あなたたちは…そこにいる。
眼を閉じて、波音に耳を澄ませば……あなたたちが聞こえる。
 
私が愛した人と、私を愛してくれた人。
 
眼を開いて、空を見上げれば……あなたたちが見える。
 
私を愛さなかった人と、私が愛せなかった人。
 
それは、哀しいことだったのかもしれない。
でも。
だから、私はあなたたちを忘れない。
いつまでも…祈り続ける。
 
あなたたちの願い。
あなたたちの祈り。
 
この空と海の間に立ち、私は祈る。
…それが、私のさだめ。
 
 
星が流れる。
 
海に立ち、空を見上げ、私は星を受け止める。
すべての光を見届け、すべての星に祈る。
 
いつか、あなたに会えるかしら、ジョー?
 
…いつか。
 
見るべきものをすべて見尽くし、私のさだめが終るとき。
その永遠の彼方で、私たちは。
 
 
更新日時:
2002.09.03 Tue.
prev. index next

ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事


Last updated: 2010/9/3