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非日常的009

春の盃(式子内親王)
 
盃に春の涙をそそぎける昔に似たる旅のまとゐに    式子内親王
 
 
 
勧められるまま、飲んでみる。
 
「…どうだ?ジョー?」
 
グレートの問いに、ジョーは空になったグラスをじーっと見つめ、考え込んだ。
やがて。
ぽつりと言った。
 
「…甘い」
 
たっぷり20まで数えてみたが…誰も口を開かない。
 
「もお…やっぱり駄目だったわ……ジョーにワインなんて!」
 
ため息をつきながら、フランソワーズはジョーの手からグラスを絡め取った。
 
「もったいないわね…ジョーにプレゼントするなら、もっとわかりやすいものでなくちゃいけなかったのよ…ケーキとか飛行機模型とか」
「な、なんだよっ、フランソワーズ!…おいしいと思ったよ、僕だって!それに…」
「そもそも、未成年にお酒、いけなかったアルねえ…」
「僕は、未成年じゃない!」
「18歳でしょ」
「それはもうずっとずっと前のことだよっ!…そんなこと言うなら君だって…」
 
なんか、今日の君はイジワルだと思う。
誕生日を祝ってくれる…なら、僕は君がいつもより少しだけ優しくしてくれれば、それでいいのに。
第一、のんきに宴会なんてしてる場合じゃない…みんな、ココをどこだと思ってるんだよ?
 
…戦場だぞ。一応。
 
荒野にはったキャンプ。
作戦は終了していた。
敵の攻撃は…まずないはずだ。
それにしても。
 
どこかに敗残兵がいるかもしれないし…
 
「私が見てるんだから、大丈夫よ!」
 
なんて君は言ってたけど…
ホントに見てるのか?
 
フランソワーズはさっきのグラスをそっと目の上にかざしている。
 
「綺麗ねえ…」
 
あれが…彼女からのプレゼント。
きらきら光る、ワイングラス。
ヨーロッパの、なんか有名なトコロで作っているクリスタルガラスだとか…言って。
たしかに綺麗だけど、すごく。
 
…でもさ。
 
そして、グレートはとんでもなく高価な…モノらしいワインを一本、恭しく差し出した。
 
どこに仕舞ってたんだよ、二人とも〜?
 
とりあえず、「009」として、目眩がしそうだった。
戦場にこんなモノ持ってくるなんてどうかしている。
ワインにワイングラス…
どっちも超壊れ物注意!…の品じゃないか。
 
「壊れないように…とっても気を遣ったわ…ね、グレート?」
 
…僕としては、そのガラスより、君が壊れることのないように気を遣ってほしかったんだけど。
 
 
 
少しだけ酔って、うとうとしかけていた僕を、少年の頓狂な声がたたき起こした。
何度か頭を振り、僕は手の中のグラスに目を落とした。
小さい炎が揺れるたび、散らばる星のように光が踊る。
 
何か楽しそうに笑っていた少年も、ふと興味深げに、それを見た。
 
「高そうなグラスだなぁ…何でこんなモノ持ってるんだ、009?」
「綺麗だろ?…21世紀初めのモノなんだ」
「…21世紀初め?…まさか買ったのか?」
「もらったんだよ」
「誰に?…って、お前のコトだから、どうせ女か…しょうがね〜な、チョロい奴…何が21世紀初めだよ…どうせインチキに決まってるって!」
「…インチキなんかじゃない……ずっと昔に…もらったんだ」
「嘘つけ!…俺は初めてみるぜ、それ」
「そりゃそうさ…年に一度…誕生日にしか使わないんだから…僕の宝物だよ」
 
これで、仲間と一緒に酒を飲むことにしてるんだ、春の…この日に。
どこにいても。
 
僕たちは…今、3人で旅をしている。
ずいぶん長い旅だった…でも、それも明日で終る。たぶん。
 
面白そうに僕たちのやりとりを見ていた彼が、静かに言った。
 
「ふふ、葡萄の美酒、夜光の杯…ってやつだな…009、お前…たしか東洋人だろ、知ってるか?」
「なんだい、それ?」
「中国の昔の詩だよ…俺たちのような奴らのための…」
 
中国…?
 
「…少しなら聞いたことあるけど…中国に友達がいたんだ。でも、ソレは知らない」
「そうか?有名な詩らしいが」
「僕、あんまりマジメに学校行ってなかったからね」
 
張々湖大人は、いつも笑っていた。
忙しそうで、陽気で…何があってもくじけない。
 
みんな、そうだった。いつも。
 
「大事なモノなら、ここに置いて行け。誰かが拾って、使ってくれるさ…持っていったら、壊しちまうことになる…壊さないですんだとしても、どのみち、地獄にまでは持っていけないんだからな」
 
僕は、曖昧に笑った。
ああ、やっぱり似ている。
…銀の微笑。
 
「お前たち、そろそろ休んだ方がいい…決戦だってのに、寝不足の二日酔いじゃ洒落にならないぞ」
「…そうだね」
「誕生日か…いくつになったんだ、009?」
 
僕はまた笑った。
 
「18歳だよ」
「…若いな……死ぬなよ」
 
これで、最後だぞ…と、酒を注いでくれる。
きらきら輝くクリスタル。
彼はつぶやいた。
 
「古来、征戦…幾人か帰る」
 
そうだね。
きっと、そうなんだろう。
僕は知ってる。そのことを。
…もう十分すぎるほど。
 
でも、君たちのことは、守りたい。
もし、守れないのだとしても。
それでも。
 
ふと目を上げると。
灰青色の瞳が僕をじっと見据えていた。
 
…わかってる。
君は、行ってしまうつもりなんだ。
また、僕を一人残して。
 
 
アルベルト。
あの日、最後まで残った君は、僕に言った。
 
「俺が戻らなかったときは…一人で行け。」
 
でも、僕は知ってる。
君はいつもそこにいる。
天空の彼方、銀の三日月。
 
遠く近く君に見守られ、僕は戦っている。
旅を続けている。
君たちと誓ったように。
 
 
二人ともいつのまにか眠ってしまった。
僕も…そろそろ休まなくては。
明日は、長い一日になる。きっと。
最後の一滴を飲み干し、そっとグラスを火にかざした。
 
大丈夫。置いていったりしないよ。
また…一緒に行こう。
 
 
フランソワーズ。
あの日、戦場で…君がくれた夜光の杯。
 
美しく優しいもの、壊れやすいもののために。
儚く弱い、透明なもののために…僕は戦う。
それを教えてくれたのは、君だから。
 
ほんとに、あのワインは…甘かった。
まだ思い出せるよ、はっきりと…昨日のことみたいに。
そうか、それが時代を超える美酒…の証なのかな?
 
僕は、今も戦っている。
旅を続けている。
君と一緒に。
 
大丈夫だよ、フランソワーズ。
こうやって仲間もいるし…心配しないで。
 
淋しくなんかない。
 
でも…さ、そろそろ迎えにきてくれてもいいのにな。
君は…やっぱり少しだけイジワルだ。
 
 
 
柔らかい髪を梳いていた指先が、不意に濡れた。
 
「…ジョー?」
 
思わず声が出てしまった。
熾火の向こうで、毛布のかたまりが微かに揺れる。
 
「…フランソワーズ…?まだ寝てない…のか?」
 
そんな酔っぱらい、ほっとけよ…足がしびれちまうぞ。
 
…ジェットの眠そうな声。
フランソワーズはくすっと笑った。
 
「もう少しだけ…だって、こんなに酔わせてしまったんだもの…」
 
ごめんなさいね、イジワルして…せっかくの誕生日なのに。
私、嬉しかった。
こうして、みんなでお祝いすることができたんだもの。
今年も…また。
 
でも、ジョー…泣いているの?
どうして…?
 
膝の上に広がる栗色の髪をそっと撫でつけ、瞼に滲んだ涙を指でぬぐい去る。
彼の唇が、微かに動いた。
 
「…フラン…ソワーズ…?」
 
宙にさまよいかけた指を優しく捉え、フランソワーズは彼を静かに抱き起こした。
 
「おめでとう…ジョー…」
「フラン…?」
 
額に、短いキス。
思わず飛び起きそうになったジョーの耳に、柔らかい声が舞い降りた。
 
「生まれてくれて…ありがとう」
 
あなたを…待っていたんだわ、私は…。
こうして、あなたに会えるときを…ずっと。
 
「フランソワーズ」
 
ジョーの頬に、涙の粒が次々転がった。
驚いて目を見開くフランソワーズに気づき、ジョーは困ったように微笑んだ。
 
「泣いてるの?どうして?…イジワルしたから?…ごめんなさい、ジョー、私…」
 
ふわっと抱き寄せられ、ジョーは目を閉じた。
 
 
うん。
君は、少しイジワルだと思う。
でも…ありがとう。
 
僕は大丈夫、きっと。
…どんなときも。
 
きっと、忘れないから。
甘いお酒も、輝くクリスタルも。
みんなの笑顔も、君のイジワルも…この、暖かい胸も。
 
どこにいても、どんなときも。
 
そして。
春が来るたびに、僕は君のところへ帰るんだ。
少しの涙を…道しるべに。
 
 
更新日時:
2002.05.18 Sat.
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Last updated: 2010/9/3