ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事

非日常的009

うづみ火
 
寝る人を起こすともなき埋火を見つつはかなく明かす夜な夜な   
 
           和泉式部 (和泉式部集 正集より)
 
 
繰り返す夜。
繰り返す明け方。
眠るあなたを見ている。
 
 
真っ暗な居間。
暖炉には、ほんの小さな炎。
足音を忍ばせ、近づくと…
彼はソファで眠っていた。
 
 
誕生日を祝うために集まってくれたみんな。
花束と、シャンパンと、リボンを結んだプレゼント。
 
「誕生日おめでとう、フランソワーズ!」
 
毎年繰り返す祝福の言葉は、何も変らない。
変ったのは、それを言ってくれる人たち。
それから…その言葉の意味。
 
誕生日なんて、もうどうでもいい。意味がない。
私たちは、年をとらないのに…永久に。
どうしようもなくやるせなくて…そう声に出してしまったとき。
 
彼は言った。
あの、困ったような笑顔で。
 
「でも。キミがここにいてくれるのは、そのおかげだから。僕たちみんな、出会えてよかった…そう思うんだ」
 
だから…その日を祝い合おう。みんなで。
 
 
キミは座ってなくちゃダメだ…と、口々に言っていた仲間たちも、酔いが回り始めると、なんだか怪しくなってくる。
すっかりできあがった仲間たちの間を、食べ散らかした皿を集めて回っていたとき…短いささやきが聞こえた。
 
「フラン…あとで」
 
振り返ると…茶色の瞳にぶつかった。
…ジョー…?
 
聞き返そうとしたとき…彼は、あっという間にジェットに羽交い締めにされ、仰向けにひっくり返っていた。
 
「な、何するんだよっ、やめてくれよ、ジェット〜っ!!」
 
一斉に起こる笑い声、囃し声。
 
…あとで。
あとで…何…かしら…?
 
胸が騒ぐ。
でも、彼はそれきり何も言わなかった。
 
聞き間違いだったのかもしれない。
 
夜が更けて。
おぼつかない足取りで、仲間たちはそれぞれの部屋に戻った。
 
結局、後かたづけは私と張々胡。
全部終わって…空っぽの居間の灯りを消して、私も寝室に入った。
 
 
「フラン…」
 
ささやきに、はっと飛び起きた。
寒い。
まだ、夜明け前。
 
部屋には誰もいない。もちろん。
 
静まりかえった寝室で、耳を澄ます。
夢だとわかっていても。
 
すると、確かに。
微かな…音。
 
冷え切った廊下をたどり。
ゆっくり階段を下り。
そっと居間の扉を開ける。
 
暖炉には、ほんの小さな炎。
彼が、眠っていた。
 
 
どう…したのかしら、ジョー…?
 
肩に触れようとした手が止まる。
 
少しだけ、触れれば。
少しだけ、声を立てれば。
きっと目覚めるだろう。
 
のばしかけた手をそっと下ろし。
彼を見つめる。
 
あなたは…暖炉に踊る火を見るのが好き。
いつも子供のように、幸せそうに見入っている。
どうしたの…?一人で火を見ていたなんて。
何か…悲しいことを思い出したの?
 
張りつめた耳に、微かな物音。
振り返ると…灰がひとかたまり崩れていた。
炎はひそやかに姿を消し、赤い熾火だけが残っている。
 
そう…ね。
私にしか聞こえない音。
彼は目覚めない。
 
 
ジョー、さっきね…
あなたが呼ぶ声が聞こえたような気がしたのよ。
そんな、気がしただけ。
 
暗闇に、小さな光。
灰の中から強く輝く、深紅の光。
 
かきおこして、薪をつげば…すぐ燃え上がるはず。
でも…あなたを起こしてしまうから。
このままでいるわ。
 
 
繰り返す夜。
繰り返す明け方。
 
炎も光も…あなたを眠らせる分だけあればいい。
大丈夫よ、ジョー。
私は大丈夫。
 
真っ赤な熾火が静かに私を焼き尽くす前に。
私が灰に埋もれる前に。
戦いが、私の命を絶つはずだから。
わかっているから。
何も怖くない。
 
その日まで。
この胸には、いつもあなたを眠らせる分だけのささやかな火がある。
だから。
私は何も怖くないの。
 
このまま…あなたを見ている。
いつか、私の命が尽きるまで。
そう遠くない未来。
 
できれば…ひっそり消えていければ。
こうして。
あなたが眠っているうちに。
 
 
不意に、強い光が瞼を灼いた。
はっと開いた目に、烈しく燃える炎が映る。
 
「…目が覚めた?フランソワーズ…?」
 
耳元でささやく声。
ぼんやり見上げると、澄んだ茶色の瞳。
いつのまにか毛布でくるまれ、彼の腕の中にいた。
 
「来てくれるって…思わなかった。僕、ちゃんと言えなかったから…どうして、わかったの?」
 
わかった…?何が?
 
黙っているフランソワーズをぎゅっと抱きしめ、ジョーは素早く言った。
「誕生日、おめでとう…フランソワーズ」
白い手に滑り込ませるように、小さな包みを握らせる。
 
「…フラン?」
 
反応がない。
ジョーは不安気に、フランソワーズを覗いた。
物憂げな青い瞳が炎を写し、揺れている。
 
「…眩しい…熱いわ。」
 
ぽつん、とつぶやき、目を閉じた彼女に彼は笑った。
 
「こんなに寒いんだ、これくらい燃やさないと…凍えてしまうよ」
 
大きな薪をまた一つ、炎の中に放り込みながら、彼は抱きしめる腕に力を込めた。
 
もうすぐ夜明けだ。
もう少し…このままでいよう。いいだろ?
 
フランソワーズはジョーを見上げ、燃えさかる炎を見つめ…うなずいた。
 
…いいわ。
夜明けまで。
 
もし夢でも…今はここで。
眩しい炎の前で。
あなたの腕の中で。
 
暫しの…眠りを。
 
 
更新日時:
2002.01.19 Sat.
prev. index next

ホーム 009的日常 更新記録 案内板 日常的009 非日常的009 日本昔話的009 009的国文 009的小話 学級経営日記
玉づと 記念品など Link 過去の日常 もっと過去の日常 かなり過去の日常 009的催事


Last updated: 2010/9/3