寝る人を起こすともなき埋火を見つつはかなく明かす夜な夜な
和泉式部 (和泉式部集 正集より)
繰り返す夜。
繰り返す明け方。
眠るあなたを見ている。
真っ暗な居間。
暖炉には、ほんの小さな炎。
足音を忍ばせ、近づくと…
彼はソファで眠っていた。
誕生日を祝うために集まってくれたみんな。
花束と、シャンパンと、リボンを結んだプレゼント。
「誕生日おめでとう、フランソワーズ!」
毎年繰り返す祝福の言葉は、何も変らない。
変ったのは、それを言ってくれる人たち。
それから…その言葉の意味。
誕生日なんて、もうどうでもいい。意味がない。
私たちは、年をとらないのに…永久に。
どうしようもなくやるせなくて…そう声に出してしまったとき。
彼は言った。
あの、困ったような笑顔で。
「でも。キミがここにいてくれるのは、そのおかげだから。僕たちみんな、出会えてよかった…そう思うんだ」
だから…その日を祝い合おう。みんなで。
キミは座ってなくちゃダメだ…と、口々に言っていた仲間たちも、酔いが回り始めると、なんだか怪しくなってくる。
すっかりできあがった仲間たちの間を、食べ散らかした皿を集めて回っていたとき…短いささやきが聞こえた。
「フラン…あとで」
振り返ると…茶色の瞳にぶつかった。
…ジョー…?
聞き返そうとしたとき…彼は、あっという間にジェットに羽交い締めにされ、仰向けにひっくり返っていた。
「な、何するんだよっ、やめてくれよ、ジェット〜っ!!」
一斉に起こる笑い声、囃し声。
…あとで。
あとで…何…かしら…?
胸が騒ぐ。
でも、彼はそれきり何も言わなかった。
聞き間違いだったのかもしれない。
夜が更けて。
おぼつかない足取りで、仲間たちはそれぞれの部屋に戻った。
結局、後かたづけは私と張々胡。
全部終わって…空っぽの居間の灯りを消して、私も寝室に入った。
「フラン…」
ささやきに、はっと飛び起きた。
寒い。
まだ、夜明け前。
部屋には誰もいない。もちろん。
静まりかえった寝室で、耳を澄ます。
夢だとわかっていても。
すると、確かに。
微かな…音。
冷え切った廊下をたどり。
ゆっくり階段を下り。
そっと居間の扉を開ける。
暖炉には、ほんの小さな炎。
彼が、眠っていた。
どう…したのかしら、ジョー…?
肩に触れようとした手が止まる。
少しだけ、触れれば。
少しだけ、声を立てれば。
きっと目覚めるだろう。
のばしかけた手をそっと下ろし。
彼を見つめる。
あなたは…暖炉に踊る火を見るのが好き。
いつも子供のように、幸せそうに見入っている。
どうしたの…?一人で火を見ていたなんて。
何か…悲しいことを思い出したの?
張りつめた耳に、微かな物音。
振り返ると…灰がひとかたまり崩れていた。
炎はひそやかに姿を消し、赤い熾火だけが残っている。
そう…ね。
私にしか聞こえない音。
彼は目覚めない。
ジョー、さっきね…
あなたが呼ぶ声が聞こえたような気がしたのよ。
そんな、気がしただけ。
暗闇に、小さな光。
灰の中から強く輝く、深紅の光。
かきおこして、薪をつげば…すぐ燃え上がるはず。
でも…あなたを起こしてしまうから。
このままでいるわ。
繰り返す夜。
繰り返す明け方。
炎も光も…あなたを眠らせる分だけあればいい。
大丈夫よ、ジョー。
私は大丈夫。
真っ赤な熾火が静かに私を焼き尽くす前に。
私が灰に埋もれる前に。
戦いが、私の命を絶つはずだから。
わかっているから。
何も怖くない。
その日まで。
この胸には、いつもあなたを眠らせる分だけのささやかな火がある。
だから。
私は何も怖くないの。
このまま…あなたを見ている。
いつか、私の命が尽きるまで。
そう遠くない未来。
できれば…ひっそり消えていければ。
こうして。
あなたが眠っているうちに。
不意に、強い光が瞼を灼いた。
はっと開いた目に、烈しく燃える炎が映る。
「…目が覚めた?フランソワーズ…?」
耳元でささやく声。
ぼんやり見上げると、澄んだ茶色の瞳。
いつのまにか毛布でくるまれ、彼の腕の中にいた。
「来てくれるって…思わなかった。僕、ちゃんと言えなかったから…どうして、わかったの?」
わかった…?何が?
黙っているフランソワーズをぎゅっと抱きしめ、ジョーは素早く言った。
「誕生日、おめでとう…フランソワーズ」
白い手に滑り込ませるように、小さな包みを握らせる。
「…フラン?」
反応がない。
ジョーは不安気に、フランソワーズを覗いた。
物憂げな青い瞳が炎を写し、揺れている。
「…眩しい…熱いわ。」
ぽつん、とつぶやき、目を閉じた彼女に彼は笑った。
「こんなに寒いんだ、これくらい燃やさないと…凍えてしまうよ」
大きな薪をまた一つ、炎の中に放り込みながら、彼は抱きしめる腕に力を込めた。
もうすぐ夜明けだ。
もう少し…このままでいよう。いいだろ?
フランソワーズはジョーを見上げ、燃えさかる炎を見つめ…うなずいた。
…いいわ。
夜明けまで。
もし夢でも…今はここで。
眩しい炎の前で。
あなたの腕の中で。
暫しの…眠りを。
|