島村の九郎がその日の装束は、赤地の錦の直垂に、唐綾おどしの鎧着て、鍬形うつたるかぶとの緒しめ、黄金づくりの太刀をはき、ぜろぜろなんばあ一党が前にぞ立ちにける。

 

一党の中に、ふらんそわあずといふ美女ありけり。上総守ぎるもあの三女にて、色白く、黄金の髪長く、容顔まことに美麗なり。眼力すぐれ、遠矢の上手にて、いかなる鬼にも神にもあふといふ、一人当千のつはものなり。

 

九郎、ふらんそわあずを召して、「おのれは女なれば、これより、とうとういづちへも落ちゆけ。我らが最後のいくさに、女を具したりなど言はれんこと、くちをしかるべし」と強う言はれければ、「あはれ、よからう敵の出てよかし。九郎どのに、わがいくさ見せたてまつらん」とて、控へて敵を待つところに、武蔵国の住人、しばといふ大力の剛の者、三十騎ばかりで出て来る。

 

ふらんそわあず、目を塞いで、「南無八幡大菩薩、願はくは、あの敵、皆射させたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、九郎どのに再び面をむかふべからず。今一度、われにぜろぜろなんばあ一党にていくささせんと思し召さば、この矢はづさせたまふな」と心の中に祈念して、目を見開き、矢をとつてつがひ、よつ引いてひやうと放つ。

 

あやまたず、しばの真つ只中を、ひゃうぱつと射て、真つ逆さまに射倒したり。ぜろぜろなんばあ一党、箙を叩いてどよめきけり。ふらんそわあず、手をばゆるめず、さしつめひきつめさんざんに射たりければ、三十騎、残さず討ち取られけり。

 

「さて、うけたまはらん。わがいくさ、御身の恥とかならむ。」と詰めよられ、九郎、せんかたなくて、ふらんそわあずが同行をば許したり。

 

さる程に、一党、大河に至りけり。甲斐国の住人びしゅぬ、対岸に百騎ばかりで攻め寄せたり。ぴゅんまの八郎、謀りて橋板をばはづし、橋げたばかりとなさんとす。じぇろにもの五郎、橋板をば、はらはらとはづしにはづし、川に落としたりけり。

 

一党の中に、じぇっとの次郎りんくは、黒皮おどしの鎧着て、五枚かぶとの緒をしめ、好む白柄の大長刀取りそえて、一人橋の上にぞ進みたる。大音声をあげて、「遠からん者は音にも聞け。近からん人は目にも見よ。にゅーよーくには、隠れなし。ぶるーろーず団の中にじぇっとの次郎りんくとて、一人当千のつはものぞや。我と思はん人は、寄り合へ。見参すらん」とて、橋げたをさらさらと走りける。人は恐れて渡らねど、次郎が心地には、一条二条の大路とこそふるまうたれ。

 

長刀にて、向かふ敵五人十人なぎ伏せ、長刀中よりうち折つて捨ててけり。その後、太刀を抜いて戦ふに、敵は大勢なり、八方すかさず切りつけて、死なんとのみぞ狂ひける。

 

ここに、九郎、次郎が肩に手をかけて、「悪しう候、じぇっと」とて、肩をづんと躍り超えてぞ戦ひける。その後は、次郎、九郎二人にて、橋げたをば走り、跳びして、さんざんに戦ひ、つひにびしゅぬは討ちとられけり。橋の上のいくさ、火いづる程にぞ見えたりける。

 

大河を渡りて駆けたるに、下野国の住人、ぶらふまあが兵、200騎ばかりに行き遭ひたり。

 

島村、大音声をあげて、「日ごろは音に聞きけむ、ぜろぜろなんばあ一党、今は眼にも見よ、島村の九郎ぞや。我討ちとつて、黒き幽霊が総統に見せよや。」とて、喚いて駆く。これを聞いて、ぶらふまあ、「ただいま名乗るは大将軍ぞや。余すな者ども、もらすな若党、討てや」とて、大勢の中にとりこめて、われ討ちとらんとぞ進みけり。ぜろぜろなんばあ八人、ちつとも騒がず、中に駆けいり、縦ざま横ざま蜘蛛手十文字に駆け破りたり。

 

およそ、あるべると四郎はいんりひの矢先に廻る者こそ無かりけれ。今日を最後とや思ひけん、浅葱の錦の直垂に、萌黄おどしの鎧着て、切り斑の矢負ひ、滋藤の弓もつて、さしつめひきつめさんざんに射たりければ、者ども多く手負ひ射殺さる。矢数みな尽きければ、黒漆の大太刀、白柄の大長刀、左右にもつて、さんざんに薙いで廻りたまふ。恐ろしなんどもおろかなり。

 

九郎、四郎に、「いたう罪な作りたまひそ。さりとてよき敵かは」と言へば、四郎、「れいの心弱りにやあらむ」と笑ひたれども、「さてはぶらふまあに組めとぞあるべき」と思ひなほす。ふらんそわあずの、ぶらふまあを見つくるや、四郎、「あはや」と目をかけて飛んでかかり、むずと組んでどうど落ち、首ねぢ切つて捨ててんげり。