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非日常的009

南京豆(寺山修司)
 
倖せをわかつごとくに握りいし南京豆を少女にあたう  寺山修司
 
 
「はい」と、あたりまえのように目の前に突きだしてきた拳。
中にあったのは、落花生ふたつ。
私でなくても、面食らうと思うわ。
 
「ジョー、これ…」
「食べなよ」
「あの」
「おいしいよ」
 
にこにこしてる。
どうしよう。
 
たぶん、家を出てからずーっと握っていたのよね。
ポケットに手を入れたりはしていなかった…と思うもの。
 
ころ、と手渡された掌に、思わずじーっと目を落とし、眺めてしまう。
心なしか、ほんのりあたたかいような気がする落花生ひとつ。
 
「フランソワーズ?どうしたの?」
 
それはこっちのセリフだわ。
彼は、見上げる私の視線をたどって、それから彼の掌に残っているもうひとつの落花生を見た。
 
「あ。これは、僕のぶん」
「…そう」
「ひとつずつだからね」
 
そっちもよこせ、なんて思わなかったのに。
でも彼は、なんだかあわてたみたいに、手の中で落花生をばり、と割った。
 
だから、私も。
 
心なしか、しめってるような気がするのは、きっと気のせいよね。
めりめり殻を割って、薄皮をするっとむいて、二粒一度に口に入れる。
香ばしい香りがすぐ広がって、それがゆっくり甘くなって。
 
「…おいしい」
「うん」
 
すごく嬉しそう。
おかしな人。
 
殻はどうするのかしら、と思っていたら、ジーンズのポケットに押し込んでしまった。
私も真似をした。
お洗濯のとき、ちょっと面倒かもしれないわ。
 
それから、からっぽになった彼の手を見ながら、いつものように彼の少し後ろを私は歩く。
ホントに、もうからっぽなのかしら…なんて思いながら。
 
だって、私にはいつもわからない。
この目でいくら見つめても、あなたが手にもっているものは見えないの。
 
ジョー、落花生なんて、どこからもってきたの?
家にはなかったと思うけど。
 
尋ねれば、きっと彼はゆっくり話してくれる。
たぶん、びっくりするようなときに、びっくりするようなところから、彼はそれを手に入れて、大事に握ってきたんだと思う。
いつも、そうだもの。
 
でも、尋ねなくてもいいわ、と思ったから、私は黙って歩きつづけた。
 
だって、彼はそれを私にわけてくれたから。
ひとつずつだよ、と大切そうに。
でも、あたりまえのように。
 
それもまた、いつものこと。
 
更新日時:
2008.10.23 Thu.
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Last updated: 2010/9/3