1
野ゆき山ゆき海辺ゆき
真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは青し空よりも。
2
影おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を恋ひ
あたたかき真昼の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。
3
君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし。
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ。
4
君は夜な夜な毛糸編む
銀の編み棒に編む糸は
かぐろなる糸あかき糸
そのラムプ敷き誰がものぞ。
佐藤春夫「少年の日」(『殉情詩集』より)
※※※
いつ誰が言い出したのか、なんて思い出せない。
そのときちらっと、どうして僕なんだよ、と思ったことは覚えているけれど。
でも、あのころは……いや、今だって、僕はどうしようと仲間の誰にも太刀打ちなんかできないんだ。
彼らにオマエがリーダーだと言われたら、そんなはずないだろうといくら思ったって、厭だというわけにはいかない。
でももちろん、積極的に「わかった!任せとけ!」なんて言うつもりも全然なかったから、黙っていた。
実際、彼らと一緒にいると黙るしかない場面が結構多い。
そうしたらすぐに「オマエは無口だ、暗いぞ」って言われるようになっちゃうんだから、本当に面倒なヤツらだ。
もっとも、それはそれでいいや、とも思っている。
※※※
今思うと、僕がリーダー認定されてしまった原因の多くは彼女にあるんじゃないかって気がする。
彼女は僕らの目と耳であり、しかもいつもあの赤ん坊を抱いているから。
要するに、僕らの司令塔は女の子と赤ん坊だったりするわけで、ちょっと考えるとずいぶんフザけた話なんだけど、でもホントにそうなんだからしょうがない。
その最強最弱の司令塔を守る者が、戦闘における実質的なリーダーになってしまった。なりゆきで。
そういうことだったんじゃないか。
で、そもそも僕が彼女たちを守る者になったのはどうしてだったのか、というのも今となってはよくわからない。
たとえば、幽霊島での最初の戦いのとき、彼女を僕にくっつけたのは……ええと。
あれ?
あの赤ん坊か!
なんだかよくわからなくなってきたかも。
とにかく、結果として、僕…009は、まず第一に彼女たちを守る者、となった。
※※※
彼女…003は、頭のいい女の子だった。
改造されているからっていうのもあるけれど、戦いの中で足手まといになることがほとんどない。
守る、といっても、本当に庇わなくてはいけない場面はあまりなかった。今もそうだけど。
それでも、やはり僕の力で彼女たちを助けなければならないことはある。
初めてそうしたときのことは忘れられない。
崩れ落ちる岩から、彼女と001を助け出した。
で、安全な場所で加速を解いた瞬間、彼女のまん丸く開いた目をまともに見てしまった。
なんだか焦った。
僕は、やあ、とかなんとか、よくわからないことをやっと言えただけだったけれど、彼女は違った。
「あなたが連れ出してくださったの」
くださったの…だって?
くださった覚えなんてないし、そもそも生まれてこのかた今までだってそんなことは一度もした覚えがなったから、かなり驚いた。
正直、マズイなーとちらっと思った。
もちろん、あのときはそれどころではなかったから、ちらっと思っただけだ。
もしフツウの生活をしていたら、あれをきっかけに、彼女を避けるようにしただろう。
でも、そういうわけにはいかなかった。
僕はリーダー・009だったから。
※※※
それでも、戦っている間はまだよかった。
ほんのつかの間、穏やかな日が続くと、彼女に散歩に誘われたりする。
悪い気はしない。
彼女はとても愉快で気持ちのいい話し相手だった。
それに、やっぱりきれいな女の子だし。
でも、僕はおしゃべりが得意とはいえない。
話題なんて、すぐに尽きてしまう。
で、黙り込むと、彼女の顔をつい見てしまう。他に見るものがない。
そうすると、彼女はにこにこする。
どうしたらいいのかわからない。
結局、僕は適当にその場に寝ころんで目をつぶるのだ。
しばらくすると、彼女が近くでそうっと座る気配がする。
そのまま黙っていることもあるし、彼女が問わず語りに話をしてくれるときもある。
バレリーナになりたかったのだという話を聞いたのもそんなときだった。
彼女の声の調子がいつもと違っていて、ふと気になった。
うっすら目を開けてみると、彼女は僕を見ていなかったので安心した。
彼女は、どこか遠くを見ていた。
バレエ、なんて僕は知らない。見たこともない。
学校で、何か写真を見たことはあったかな。
僕の知らない世界の話を、夢見るように続ける彼女をぼんやり見ているうちに、ああ、遠いなあ……と思った。
そして、彼女が、僕たちの誰よりも淋しい思いをしているんだということにも、そのとき初めて気がついた。
気がついたからといって、何かをしてやれたわけではない。
僕が守ることができる彼女は、僕の近くにいる003だけなのだから。
※※※
戦いが一段落して……いや、あのときは終わったと思っていた……彼女は、遠い世界へと帰って行った。
本当に、よかった、と僕は思った。
あまり好きではなかったけど、子供の頃読まされたおとぎ話の終わりと似ている。
お姫さまは、お城に戻って幸せにくらしました…って、アレだ。
僕は、彼女を助け出した騎士ってことになるのかもしれない。もし、僕が彼女と同じ世界にいていい人間だったら。
でも、そうじゃないから。
物語は終わった。
お姫さまは遠い世界へ帰った。
そして、本を閉じた僕はひとり振り返り、明日からのことを考えなければならなかったのだ。
※※※
本を閉じた僕だったけれど、時たま開いてみるくらいはいいだろうと思っていた。
というより、開かずにはいられなかったのだ。
いつもいつもそうだったわけではない。
一人で暮らすようになってからの僕は結構忙しかったから。
それでも……
僕は時々ぼんやり散歩をするようになった。
野山や、海辺や、花が咲き乱れる丘。
きれいだなあ……と思うのだ。
きれいだ、というのがどういうことか、僕はわかるようになっていた。
そして、ひそかに比べてみて、淋しくこう思う。
でもやっぱり、彼女とは違う。
彼女の方が…あの深く澄んだ瞳の方が、ずっときれいだ。
どうにかして、彼女よりきれいなものを探そうと、僕は思っていたのかもしれない。
そのときはよくわかっていなかったけれど。
それに、いつもいつもそうだったわけではないし。
もう彼女には二度と会えないと、そのときは思いこんでいた。
だから、悲しかった。
きれいなものを探し出し、きれいだなあ…と思うたび、悲しくなった。
それでいて、また探さずにはいられない。
悲しかったけれど、あの頃僕は結構幸せだったのかもしれない。
※※※
それから、長い月日が流れて、僕はもう、彼女と離れることなどないのだとわかっている。
僕たちの戦いは終わらない。
彼女は、今もあの頃と少しも変わらない。
変わったのは……
あの頃は、こんな風に彼女を抱いて眠るなんて、想像すらできなかった。
でも、これは…彼女だ。
あの頃と少しも変わらない、きれいな女の子。
夢のように遠い世界に住むお姫さま。
その彼女がどうして今僕の腕にいるのか。
こうしているとだんだんわからなくなってくる。
優しく甘く僕の名を呼んでくれる彼女。
その声も、吐息も、この指に絡む柔らかい髪も、温かく滑らかな肌も、みんな僕のものだというのに。
それなのに、僕はやっぱり探しにいこうとしてしまう。
彼女よりきれいなものを。
もう少しして、彼女が深い眠りに沈んだら、そうっと抜けだそうと思っている。
フランソワーズ。
僕は、苦しい。
いつか、君よりきれいなものを見つけたい。
そうしなければ、僕は安心できない。
君を本当に手に入れることなど、できないとわかっているから。
あの、遠くを見つめる君のまなざし。
僕だけが知る、一番美しい君。
それなのに、君が何を見ているのか、僕にはわからない。
どうしてもわからない。
君が遠くに見ているものが、いつか君を迎えにきたら。
僕にはきっとなすすべがない。
だから、僕は君を見つめる。
君の仕草、君の笑顔、何一つ見逃さないように息をつめて。
だから、僕は君を離れる。
君よりきれいなものを探してさまよう。
いつか、君が遠い世界に帰る日のために。
※※※
それでも、僕は幸せだよ、フランソワーズ。
君に会えなければ、僕は何も知らなかった。
喜びも、悲しみも。
幸せも、おさえきれない不安も。
世界が美しいということも。
君ほどではないのだとしても。
だから、君は僕を気遣うことなんかない。
遠い世界に住む君だから、手の届かない君だから、僕は君を愛しているんだ。
僕が淋しい目をしているときも、心配なんてしなくていい。
それが僕の幸せなのだから。
つかのまの、切なく甘い喜びなのだから。
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