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日本昔話的009

鬼退治 兄弟 下
 
北の方のもとで、「ゆうり」と呼ばれるようになってから数日後。
局に、とおやが訪ねてきた。
 
「申し訳ありません…驚かれているでしょうね」
 
ふらんそわーずは曖昧にうなずいた。
 
あれ以来、完全に、少年として扱われている。
「ゆうり」は、亡くなっているらしい…ということもわかった。
 
「ゆうりは、私の…そして、兄上のたった一人の弟でした。」
 
じょーは前の北の方が生んだ男子。
とおやは、今の北の方が、亡くなった前の夫との間にもうけた男子。
二人は、血のつながらない兄弟だった。
 
そして…
今の北の方が島村家に嫁して、生んだ男子が…ゆうり。
 
「兄上は…ゆうりが島村家の当主になるべきだと思われていたのでしょう。私も、そう考えていました。私たちは、二人の兄の力で、ゆうりを立派な島村家当主にしようと…誓い合っていたのです。今思えば…本当に子供じみた考えだったのですが」
 
学問を教えるのはとおや。
武術を教えるのはじょー。
 
二人の兄をはじめとする、一族の愛情を一身に受けて、ゆうりは勇敢で心優しい少年に成長していった。
 
「…どうして…亡くなられたの?」
 
ふらんそわーずは、小さい声で聞いた。
とおやはうつむいて、息をついた。
 
「…わかりません。」
 
 
5年前。吹雪の夜だった。
 
じょーはその数日前から、ふらっと館を出ていた。
そういうことは…それまでも何度か重なっていたので、ぐれーとはぶつぶつ言いながらも、捜しに行こうとする部下達を引き留めた。
 
何とかなさるだろう…若君なら。
我々がこんな雪の日に出かけていっても、かえって足手まといになるかもしれない。
 
と言って。
 
ゆうりは…
帰ってこないじょーを心配し、兄上を捜しにいくのだと何度も言っては、とおやにたしなめられていた。
 
そして。
 
真夜中。
吹雪の中を、全身ぼろぼろになったじょーが、ゆうりを抱きかかえて帰ってきた。
飛び出したぐれーとに、ゆうりを託し…その場に倒れた。
 
ゆうりは、ほどなく息絶えた。
 
「……」
「ひどい…傷でした。あまりに惨い…それは、兄上も同じだったのです…でも、兄上は、皆の必死の手当で、命を取り留めました」
 
じょーは目覚めると一言、「なぜ助けた?」とつぶやき。
それきり、固く口を閉ざしてしまった。
 
「それから…兄上は、館の者とは…両親とも私とも口をきかず…そのうち、どこかへお出かけになっては、館にもめったに戻らないようになりました…でも、島村家を託せるのは兄上しかいないと…私たちはそう信じていました。だから…内大臣家の姫君との縁組を進めていたのですが…兄上は…突然、館を出てしまわれた」
 
…そんなことって。
 
ふらんそわーずは呆然ととおやを見つめていた。
 
「…信じられない…じょーは…あの人は、いつも明るくて…強くて」
「ええ…そうでした。兄上はそういう方です…だから、私は嬉しかった…あなた方のところで、兄上にお会いできたとき…久しぶりに、昔のままの兄上を拝見できたのですから」
 
とおやは淋しく微笑んだ。
 
「初めてお会いしたときには気づきませんでしたが…こうして拝見すると、あなたは、たしかにゆうりによく似ておられる…ゆうりも、そういう青い目をしていました」
 
 
 
深夜の庭で。
すばやく辺りをうかがってから、ふらんそわーずは微かに指笛を鳴らした。
次の瞬間、鳥のようにじぇっとが舞い降りた。
 
「何か、あったのか…?」
 
ふらんそわーずは緊張した面持ちでうなずき、じぇっとに矢文を手渡した。
 
「これは…!じゃ、誰の仕業か、わかったんだな?」
「ええ…北の方の女房の一人よ…年配の」
「…年配の…?」
 
ふらんそわーずは気遣わしげな眼差しでじぇっとを見上げた。
「…うん?」
「じょー…いない…わよね?」
「ああ。あいつは今頃、寺で寝てるはずだが…」
「…じょーの乳母だった人なの、その人は」
「…何?」
 
じぇっとは探るようにふらんそわーずを見た。
 
「その女…とおやが島村家を継ぐのが気にくわない…ってことなのか、つまり?」
「そこまでは…わからないわ。少なくとも、彼女は北の方に信頼されているし…北の方を憎んでいるようにもとても見えないもの」
「…お前はそういうコトに疎いからな…だが、女ってのは…コワイぜ。特にじょーは早く母親を亡くしてるんだろ?だったら…その乳母も気合いが入ってるはずさ。ヤツへの愛情で目がくらんでるってことは十分あり得る」
「どうしたら…いいかしら、じぇっと?」
「とにかく…お前はその女から目を離すな。こっちは、その女の周りをあたってみる…じょーはヌキでな」
「そんなこと…できる?」
「お前の護衛を完全に任せる…って言えば、あいつ、他のコトになんぞ目がいかなくなるって」
「そうかしら…?」
 
じぇっとに言われたとおり、ふらんそわーずは乳母の動向に注意を向けていた。
矢文が無くなっていることに気づいていないはずはないが…動揺した様子は見られない。
 
そして。
それまで何となく身近に感じていたじぇっとの気配が完全に消えた。
言葉どおり、彼は仲間達と調査を始めたのだろう。
 
代わりに…ふらんそわーずは、夜中、新しい微かな気配を感じるようになった。
 
「じょー…?」
 
こっそり呼びかけてみる…が、返事は一度もなかった。
 
自分が亡くなった弟と同じ姿で、弟として扱われていることを…彼はどう思っているのだろう。
きっと…辛いことを思い出させているに違いないのに。
 
彼と話してみたいような気持ちと。
それを恐れる気持ちと。
 
気配を感じるたび、ふらんそわーずは小さく息をついていた。
 
早く…終わりにしたい。
寺に帰って…あなたと、何でもないことで笑い合いたい。
いつものように。
 
でも…
もしかしたら、それはもうできないことなのかもしれない。
 
 
10
 
「若君がゆうりさまを殺した…?馬鹿な」
 
ぐれーとは一蹴した。
が、あるべるとは淡々と続けた。
 
「思い出したのさ…噂を聞いたことがある。武門で名高いある家の嫡男に物の怪が憑き…弟を殺めた」
「誰に聞いた…?」
 
低い声。
凄まじい殺気を閃かせ、ぐれーとはあるべるとを見据えた。
 
「さあ…誰だったか。あまりに荒唐無稽な噂だったから…すぐ忘れた」
 
だが…。
とおやの話を聞けば、じょーがゆうりを殺したと思う者がいても不思議はない。
 
「ゆうりを殺し、じょーをそれだけ痛めつけたのは…誰だったんだ?」
「それは……わからん」
「わからない?」
「若君は…その話はなさらない。決して」
「だから疑わしいのさ」
「疑われても…!そんなことは若君にはどうでもよいことだったのだ…若君は、むしろ…ご自分がゆうりさまを殺した、と思われたがっておられたようだ」
「弟を…守れなかったから、か…」
「だが、島村家の者なら、みんな知っている。若君がどれだけ弟君たちを大事にされていたか…」
 
だから。
家の者達は上下を問わず、面白おかしく語られる噂を躍起になって消して回った。
 
「北の方さまも…例外ではない。口をきかなくなった若君をそれは心配されて…」
「自分の生んだ息子が殺されたのに…か?」
「あるべると殿にはわからん!!…若君は一族の希望だったのだ…あの若君を慕わない者は誰一人なかった」
 
あるべるとはうつむくぐれーとを見つめ、静かに口を開いた。
 
「…鬼、だろう…?」
「…あるべると殿」
「ヤツに深手を負わせることができる人間など、いるはずない」
「ああ、そうだったのかもしれない!…だが、それならなんだというのだ?若君はゆうりさまを鬼から守れなかった…だから、殺した、と言いたいのか?!」
「あんたが…たぶん、あんただけが知っているコトを聞きたいのさ…じょーは…そもそも、なぜ鬼に逢った?」
「なん…だと?」
 
「…逢いにいった…んじゃないのか?」
 
唇をかみしめていたぐれーとが、キッと顔を上げたとき。
赤ん坊の泣き声が、沈黙を破った。
 
「イワンが…泣いた…?!」
 
 
11
 
じぇっととぴゅんまは、ある貴族の館に身を潜めていた。
今上帝の重臣として、しられる名家。
じょーの乳母が文を交わした相手をことごとく探り、ようやくたどり着いた。
 
乳母に矢文を渡していたのは、ここに仕える男だった。
ふらんそわーずが矢文を見つけ、隠したことから…乳母は自分のしていることが北の方に見破られたのでは、と恐れたらしい。その後、男の命には頑として従わなかった。
 
「実力行使…と言ってたんだよな、じぇっと?」
「ああ…何をするつもりなのかはわからねえが…とにかく、奴さん…焦ってるぜ」
 
男は、じょーの乳母に、とおやを追い落とせば、じょーが島村家に戻るしかなくなる、と執拗に説いていた。
あの頼りない弟君では、島村家の将来はおぼつかない。
第一、とおやには、島村家の血が流れていないではないか、と。
 
館に不安を広げ、それが噂になれば…内大臣家との縁談は破談になるかもしれない。
今まで沈黙していた、じょーを跡取りに、と切望する者達が立ち上がるだろう。
 
「しっかし、その乳母ってのもわからん女だ…あいつが跡取りになんてなるわけないよな〜!第一、それがイヤで逃げ出してるんだぜ?」
「…親しく仕える者には…それがわからないことがある。なまじ、世間を知っているだけに、頑固で純粋な主人が心配でたまらなくなるのさ…そして、結局…望まれぬことをしてしまう」
 
沈んだ口調に、じぇっとは眉を寄せ…息をついた。
 
頑固で純粋な主人…ね。
似たもの同士なんだよな、やっぱり…あいつら。
 
男は、身分の低い生まれだった。
少しでも出世の糸口をつかもうと必死な様子だった。
 
「…でてきた…後をつけよう」
「まかせとけ…!」
 
じぇっとは身を翻し、闇に消えた。
 
 
ほとんど廃屋のように見える館に、男は入っていった。
やがて…灯がともった。
人影が…二つ。
 
「…何を…してるんだ…?」
「祈祷…か…?」
 
中の様子は探れない。
初めての…しかも、どこから崩れるかわからないような、こんな建物では、じぇっとでも忍び込みようがなかった。
二人は、ひたすら息を殺して待った。
 
突然。
凄まじい悲鳴が響き、灯が消えた。
闇の中を、凍るような気配がよぎる。
 
「…鬼、だ…?!」
 
ぴゅんまは素早く太刀を抜いた。
じぇっとも飛び出していた。
 
「な…なんか…すげえ数…じゃないかっ?!」
「あの男達が…呼び出した…のか?」
「たぶん、なっ!…へっ、生兵法ってやつだな…呼んだ途端…食われちまったみたいだぜ」
「…乱暴なことを…!」
 
次々に襲いかかる影を、二人は切り裂き続けた…が、鬼が立ち去る気配はない。
 
「マズイな…」
「鬼の野郎…無理矢理引っ張り出されて、ムシの居所が悪いんじゃないか?」
「このままだと…俺たちだけじゃ、もたないかも…」
「なぁに…!そうならそうで、あの赤ん坊が泣き出して…援軍が来るって!」
 
「アテにされていたとはな」
 
冷ややかな声が背後から降った。
立て続けに影を切りまくるあるべるとに、じぇっとは思わず肩をすくめた。
 
「お早いこって…あれ?あの爺さんは?サボりか?」
「ぐれーとは…島村家に行った」
「島村家?」
「いわんに言われてな…ココの陰陽師がどれくらいの腕なのかは知らないが…とにかく、鬼を島村家に向かわせようとしていたのだけは間違いない…んだと!」
「でも…島村家には…じょーがいるだろ?ふらんそわーずだって」
 
援軍なんか要らないよな〜?と首をかしげるじぇっとに、あるべるとは薄く笑った。
 
「ラクしようとするな…いわんが援軍がいると思ったんだから…いるんだろう」
「じゃ、じぇろにもと…張々湖は?」
「この向こうの河原へ行った…鬼が引かれやすいトコロだからな」
「…ちぇ。じゃ…やっぱりココは俺たちだけでやるしか…」
「ぶつぶつ言うなよ、じぇっと…結構楽しいくせに!」
すっかり余裕を取り戻したぴゅんまが、影を払いながら笑った。
 
 
12
 
悲鳴に、ふらんそわーずは飛び起きた。
咄嗟につかんだ小刀を構え、走り出す。
 
「みんな、奥の部屋へ…!早く逃げて!!」
 
叫びながら、女房たちに襲いかかる影を切り裂いていく。
華奢な小刀では十分戦えない…けど…
ふらんそわーずは、起きた瞬間から、鋭い風のような気配を感じていた。
 
じょーが…もう向こうで戦っている。大丈夫。
 
「あぁっ!」
 
とうとう小刀が手から弾きとばされた。
正面から、影が凄まじい勢いで飛びかかってくる。
 
「……っ!」
 
不意に、闇を切り裂くように飛んできた太刀を、ふらんそわーずは受け取り、そのまま影を両断した。
 
「じょー?!」
 
彼は姿を現さなかった。
少し離れたところで、白い光が舞うように走っている。
考えているヒマはない。
ふらんそわーずは、太刀を握りなおし、闇に向かった。
 
 
どうしたの、じょー…?
 
息を弾ませながら、ふらんそわーずは漠然とした不安に胸を締め付けられていた。
彼は…一度も姿を現さない。
 
いつもなら…
二人で戦うとき、彼はふらんそわーずの傍をつかず離れず走る。
影はなぜかふらんそわーずに集まりやすい。
じょーは彼女の動きを計算にいれて走り、影を追いつめる。
そして、ふらんそわーずは、じょーの死角にいる影を確実に倒していく。
 
あるべるとに言わせれば、風のように走るじょーの死角がどこにあるか、わかること自体が驚異なのだというが…ふらんそわーずには彼の言うことがよくわからない。
ただ、じょーの動きを追い、彼の背後にいる影を討っているだけで。
 
なのに。
今夜、じょーはふらんそわーずに近づこうとしなかった。
その代わり、それまで見たこともないような凄まじい勢いで影を倒し続けている。
ふらんそわーずは、ときたま身近に迫ってくる影を倒しさえすればよかった。
…でも。
 
無理よ、じょー、こんな戦い方では…!
 
じょーの力がどれくらいなのか…自分には計り知れないことだ。でも。
いくらじょーでも、こんな調子で戦い続けることができるとは思えない。
影は…立ち去る様子もなく、数を増やしているようにさえ見えるのに。
 
「じょー…じょー、どこにいるの?!姿を見せて……じょー!!」
 
戦いながら、懸命に目をこらし…ふらんそわーずは一瞬うずくまるように身を沈めたじょーを見つけた。
夢中で駆け寄り、その両肩を支えようとした瞬間。
 
「きゃあっ!」
 
力任せに手をふりほどかれ、ふらんそわーずは床にたたきつけられた。
 
「来るな!」
「…な…に…?何を言ってるの、じょー?…危ないっ!」
 
ふらんそわーずの悲鳴に、じょーは素早く身を起こし、背後に迫る影を切り裂いた。
 
「来るなっ!早く逃げるんだ…!」
「逃げる…って…馬鹿なコト言わないで、あなただけじゃ無理よ!」
「来るな…来るなっ!!」
「じょー!…どうしたの、しっかりして!!」
「逃げろ…逃げてくれ、早く……!」
「じょー!」
 
半狂乱になって叫ぶじょーを、また影が襲った。
ふらんそわーずは咄嗟に飛び出し、影を切った。
 
「…ア!」
 
肩が、僅かに切り裂かれた。
軽く唇を噛み、振り返ると…大きく見開かれた茶色の瞳が、怯えきった光を湛えている。
「…じょー…?…大丈夫…よ、これくらい…」
 
「ゆ…うり……ゆうり──っ!!」
「じょー…?!」
 
じょーは太刀を取り落としていた。
呆然と見つめていたふらんそわーずは、背後の気配に、ハッと振り返った。
影だ。
 
いけない…!間に合わない…っ!!
 
咄嗟にじょーを抱えるようにして庇い、目を閉じたとき…影が、砕けた。
 
「若君…!姫君…!」
「…ぐれーと…!」
「しっかり…!もう大丈夫です…っと、この野郎っ!!」
 
ぐれーとが立て続けに迫る影をなぎ払った直後。
無数にも見えた影が…すっと消えた。
 
「いわんだ…たぶん…さっきの若君の叫びで目覚めたのでしょう…まったく…泣いたときにすぐ目覚めてくれればいいものを…あの赤ん坊ときたら、うわごとを言うばかりで…と、姫君…お怪我を?」
「…あ…大丈夫よ…」
「いや…薬をもらってきましょう…しばし、お待ちを…」
 
ぐれーとは慌ただしく駆け去った。
ほっと息をついたとき。
ふらんそわーずは奇妙な気配に目を見開き、鋭く振り返った。
 
「だれ…?!…ア」
 
北の方が立ちすくんでいた。
 
「北の方さま…ご安心ください、もう大丈夫です…誰か…怪我をした人は…?」
「ゆ…うり…」
「…北の…方さま…?」
「……母…上」
 
じょーがうっすらと目を開け…静かに立ち上がった。
 
「…母上…お怪我…は…?」
「はな…れて」
「北の方…さま?」
「離れて…離れて…っ!その子から離れて…!!」
「母上…僕は…」
「ゆうりは違う…違うの、あなたとは違うのよ…!お願い…連れて行かないで…!!」
「北の方さま…落着いてください…ね?…向こうで休みましょう……」
 
ふらんそわーずは思わず北の方に駆け寄り、震える両手をそっと握りしめた。
…冷たい。
 
「…この…傷……ゆう…り…?」
「あ、大丈夫です…何でもありませんわ…さあ…」
「お…おお…っ…!」
「北の方さま?!」
 
凄まじい力で突き飛ばされ、床に倒れながら…ふらんそわーずは、北の方の黒髪が生き物のようにうねるのを見た。
一筋の黒い流れのように、それはじょーへ向かい…次の瞬間、氷のような光が閃いた。
 
「───っ!!」
 
ふらんそわーずは声にならない悲鳴を上げていた。
じょーの胸に突き刺さった刃が白く光っている。
 
「…お前には…渡しません…もう…二度と…お前には…!」
「…母…上」
「お…恐ろしい子……鬼の…」
「北の方さま…?!…若君っ!!」
 
何かを放り出した、けたたましい音と共に、ぐれーとが駆け寄る。
ふらんそわーずは大きく目を見開いたまま、震えていた。
 
じょーは…微笑んでいるように見えた。
 
やがて。
彼は静かに倒れた。
 
 
13
 
内大臣家との縁組みは延期になった…と、寺を訪ねてきたとおやは笑った。
 
「…延期…?」
「ええ…とりやめではなくて。内大臣さまは、むしろ心を動かされたそうです…さすがは島村家、鬼に襲われても怪我人一人なく撃破するとは…と」
「…へぇ?」
 
じぇっとが肩をすくめてみせた。
 
「相当な変わりモンだな、その大臣サマは…あんたの舅になるんだろ?苦労するんじゃないか…?」
「さあ…どうでしょう……あの…兄上は?」
「山だ…ふらんそわーずと一緒に…稽古だとか言ってるが、へっ、どうやら雪ダルマ作って遊んでるらしいぜ」
「雪ダルマ…?なんだ、それは」
 
眉をひそめるあるべるとに、じぇっとは軽く手を振ってみせた。
 
「ほら…この辺、もうかなり雪なんてなくなっちまってるだろ?山の上の方にいけばまだあるとかなんとか…よくわからねえが、遊ぶのにも一苦労だぜ、あいつらは」
 
とおやがほっと息をついて微笑んだ。
 
「…兄上…もう、傷は…」
「大丈夫…!あいつは殺したって死なねえ…まして、か弱い女がちゃちな短刀でちょっと刺したぐらいじゃ…」
「…そんな…」
 
ぐれーとが静かに口を開いた。
 
「北の方さまは…落着かれましたか?」
「うん…鬼に襲われて、錯乱されていたようで…兄上のことは…何も覚えていらっしゃらない…不思議なんだけど、彼女のことも」
「…忘れられるなら…その方がいい…気になさらないよう。とおやさまも」
 
とおやはうなずき、丁寧に一礼した。
 
 
じょーとふらんそわーずは夜まで帰らない…と言われたものの、夕暮れまで待ち続けていたとおやは、ぐれーとにうながされ、ようやく腰を上げた。
 
「それでは…兄上によろしくお伝え下さい」
「ああ…」
 
とおやと、付き従うぐれーとの後ろ姿が見えなくなるまで、じぇっととあるべるとは山門にもたれていた。
 
「ホントに…記憶を消す、なんてことが…できるのか、あの赤ん坊?」
「さあな…だが、成功したようじゃないか」
「…よくわからねえな…だったら、じょーの記憶の方も消してやればいいものを…何があったのかしらねえが、ツラそうだぜ、あいつ…そういや、ふらんそわーずだって…ぴゅんまだってよ」
「記憶は…他人がむやみにいじるもんじゃないだろう…北の方は、それに耐えられなかったから、いわんが手をさしのべた
…だが…あいつらは…」
「強い…のか?」
「さあな…」
 
遠くに目をこらしていたじぇっとが、不意に大きく手を振った。
 
「おーおー、仲良く帰ってきやがった!…ったく、入れ違いってやつだ…いい勘してるんだかなんだか…!」
「目のいいヤツだな…さすが、盗賊…」
「盗賊はやめたんだよ…余計なコト、ふらんそわーずに言うなよ」
 
あるべるとは薄く笑いながら、じぇっとの視線を追った。
ふらんそわーずが気づいたようだ。彼女も目がいい。
手を振りながら、じょーをつついている。
やがて、じょーも大きく手を振った。
 
鬼に魅入られた女と…鬼に魅せられた男。
 
お前たちの運命は…動き始めているのかもしれない。
じょー…早く諦めろ。
彼女はお前とでなければ、生きられない。
お前が地獄へ向かうのなら…連れて行くしかないんだ。
 
あの崩れかけた建物に…例の巻物が残されていた。
男を雇っていた貴族の館にも、同じモノがあった。
俺たちが想像しているより…コトは大きくなっているようだ。
 
あるべるとは振り返った。
冷たく澄んだ空気を、夕陽が染めていく。
 
……ひるだ。
 
そう遠くないうちに…お前に会えるような気がする。
 
更新日時:
2002.07.25 Thu.
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Last updated: 2006/3/5