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日本昔話的009

鬼退治 桜麻 上
 
じぇっとが、都から不穏な報せを持って帰ってきた。
 
冬に生まれた帝の若宮…第二皇子がみまかられたという。
そして、東宮妃が懐妊した。
 
若宮を呪詛した者はいなかったか、かなり大がかりに調べられたようだが、特にこれという名は上がっていない。
 
「若宮さまはお気の毒アルけど…何も騒ぎがなくて、よかったネ…だいたい、呪詛なんて、大概は無実のヒト陥れるための言いがかりアルからして…」
「…うん。そうだね」
「みな、用心深い。こういうときは、何も、起こらない」
 
じぇろにもの言葉に、あるべるとは思わず長い息をついていた。
 
…そうだな。
フツウ、そうだ。
 
「いや…全然何も起きてない…ってわけじゃないんだがな…なんていうか…都にいづらくなっちまった下ン方の貴族はちらほらいるみたいだぜ?」
「どういうこと…?」
 
首をかしげるふらんそわーずに笑いかけ、ほら、と持ってきた包みを投げてから、じぇっとは説明した。
 
「大きな騒ぎがなくても、いつ誰が呪詛の疑いをかけられるかわからない状態にはなってる…ってことさ。お偉いさんたちは、弱い者から狙う…敵の勢力の最下層を切り崩していくのさ…運がよけりゃ…糸が上までつながるからな。だから、ちょっとでも疑いをかけられた者は、今まで庇護してくれてたやつらにも切り捨てられ、背を向けられ…追いつめられる。特に罪に問われることはなくても、だ」
 
ふらんそわーずは眼を曇らせ、黙ってうつむいた。
じぇっとは明るい声を出した。
 
「それより、見てみろ…それな、干し柿だ…うまいぞ」
「干し柿…?まあ…もう夏になるのに…?」
「ああ…と、もちろんぬすんできたわけじゃなくて…まあ、なんだ。ちょっと、知り合いが…な。そいつの作る干し柿は、こお…根性がはいってて、堅いんだが…甘いし、長持ちするのさ」
 
ぐれーとが肩をすくめた。
 
「姫君への土産を恋人に作らせたわけ…ですな?」
「…そーゆー言い方はないだろう、おっさん…と、触るなよ、じょー!…それは俺が、ふらんそわーずに持ってきたんだからな!」
「な…なんだよ…!見せてもらおうと思っただけじゃないか…!」
「じぇっとったら…こんなにたくさん、食べきれないわ…暑くなったらダメになってしまうし…みんなでいただきましょう。お料理にも使えるわね、張大人?」
「もちろんアル!…うん、確かにコレ、上等アルねえ…!」
 
 
「なぁ」
 
呼び止められて、あるべるとはじぇっとを振り返った。
 
「俺…あんたに何か悪いこと言ったのか?」
 
あるべるとは少し目を見開き…苦笑した。
 
「そう見えたか?すまなかったな…お前は何も悪くないさ」
「……」
 
じっと見つめる青い目に、あるべるとは更に苦笑した。
 
「…昔のことを思い出しただけだ…大したことじゃない」
「あんた…都にいられなくなったことでも?」
「いや…俺じゃない…知り合いの父親が…な」
 
昔の、話だ。
 
 
 
それは、あっという間の…嵐のような出来事だった。
 
大勢の役人が隣家を取り囲み、怒号が辺りに響き渡った。
止める両親をふりきって、銀髪の少年は隣家の裏口へ走った。
 
喧噪の中から、はっきり聞こえた。
彼女の、悲鳴が。
 
「ひるだ…!」
 
少年は庭から簀の子へ駆け上がり、狭い庇の間を抜け、幼い子供だったとき以来上がったことのない奥の部屋へ、踏み込んだ。
 
「…なんだ、貴様?!」
 
役人の一人が睨み付ける。
少年はじっと役人達を睨み返しながら、しっかりした足取りで進み、傾いた几帳を直し、その前に立ちふさがった。
 
「ここは、姫君の部屋だ…!無礼だぞ!」
「貴様は何者かと聞いているんだ」
「隣家の者だ。あるべると・はいんりひ」
「そこをどけ!…主上の命による取り調べなのだ」
「…そんなことはわかっている。畏れ多くも主上のご命令ならば、ゆかしく暮していらっしゃる姫君の臥所に土足で踏み込み、辱めることもやむを得ない。だが、お前の名を聞いておこう」
「…何を、生意気な…」
「もう一度言う。私はあるべると・はいんりひだ…お前は?」
 
役人の一人が、はっと顔色を変え、仲間に何か耳打ちした。
 
「…!」
 
役人たちは無言で顔を見合わせ、少年を睨み付けると、部屋を出て行った。
 
「…ひるだ…大丈夫…か?」
 
少年はほっと息をつき、几帳の奥に更に立ててある屏風に声をかけた。
返事はない。
…泣いている気配があった。
 
少年は黙って荒らされた部屋を片づけ、簾を下ろし直し…自分は簀の子まで下がると、そこにきっちり座った。
…やがて。
 
簾の向こうで衣擦れの音がした。
いつもの、侍女だ。
 
「あるべるとさま…ありがとうございます…どうか、お入りになって」
「…いや。私はここで…先ほどは無礼をいたしました。姫君にくれぐれもお詫びを」
「…あるべるとさま」
 
外の喧噪が、遠ざかっていく。
ひるだの父を引き立て、役人たちは去っていった。
 
…やはり、立派な方だ。少しも取り乱さないでいらした。
 
彼が抵抗していたら、この部屋も無事ではなかったに違いない。
だが…
これから、どうなるのか。
 
庭の隅から、松虫の声が聞こえ始めた。
昨日…ここで、彼女を慰めるために歌を詠んだ。
今日は…どんなことをしようと、彼女を慰めることなどできないだろう。
あるべるとは、眼を閉じ、独り言のように呟いた。
 
 
「…秋はただ心より置く夕露を袖のほかとも思ひけるかな」
 
 
簾の向こうで、侍女がすすり泣いている。
じっと眼を閉じていたあるべるとは、ふと懐かしい香りに顔を上げた。
…まさか。
 
侍女が慌てる気配がした。
ハッと立ち上がりかけたとき。
 
簾が上がり、彼女が微笑んでいた。
 
「…ひるだ」
「あなたが泣くことはないのよ…どうか、お泣きにならないで」
「……」
 
あるべるとは呆然と、月の光に照らされた恋人を…片時も心を離れることのなかった幼なじみを見つめていた。
 
「そう…露は…草の上に置くもの。私たちの袖には置かせない…私たち、いつも笑い合っていたわね、あるべると…これからも…もし、あなたがそう望んでくださるのなら」
 
声も出せずにただ見つめているあるべるとに、ひるだはうつむき…頬を染めた。
 
「…なにか、おっしゃって…こうしていることが…どんなに勇気がいることか…わかってくださらないの?」
「…きみ…は」
「お説教なら…聞かなくてよ。私は、もう姫君ではないの…あなたから身を隠したりしないわ」
 
あるべるとは、やっとの思いで口を開いた。
 
「他の男からも…か?それは、困る」
「あなたが…隠してくださるのでしょう…?」
「…相変わらず…口が達者な姫君だ」
 
あるべるとは、ふっと笑った。
こんな夜に笑うなど、不謹慎きわまりないが。
ひるだも、優しい笑い声を上げた。
 
「…あ」
 
抱き寄せられ、ひるだはますます頬を染めた。
その頬に袖を優しく当て、涙を拭ってやりながら、あるべるとは月を見上げた。
 
「…この袖が露に濡れるのは…これで最後だ。俺が、必ず君を…」
 
囁きながら、恋人の顔を月から隠すように袖で覆い、あるべるとは彼女を抱きしめ…唇を重ねた。
 
 
 
それから間もなく、あるべるとはひるだのもとに通い始めた。
ひるだの父は謀反人として流刑地に送られ、失意のうちに亡くなった。
 
あるべるとは、中流の出ながら、優れた和歌と楽の才を持ち、頭角を現しつつあった。
上流貴族たちは天才少年としての彼に注目していたし、帝が彼に関心をもたれている、との噂も立ち始めていた。
…が。
謀反人の娘に将来を誓い、あらゆる縁談を断り続けた彼は、少しずつ世間から忘れられていった。
 
両親はひるだを彼の妻とは認めなかった。
あるべるとは、待ち続けた。
はいんひり家には、あるべるとの他に子がいない。
あるべるとは、辛抱強く両親の許しを待つことに決めた。
 
あるべるとの手元には、ひるだの父と交わした文があった。
優れた歌人でもあったひるだの父は、流刑地での暮らしを哀切な美しい日記につづっていた。
 
いつか。
彼を無実の罪に落とした政争が過去のものとなり。
人々が、そこに巻き込まれた者たちに心を向けるようになったとき。
そのとき、この日記を世に出そう。
あるべるとは、そう決意していた。
それが、ひるだの父と…彼女自身の名誉を回復することになる。
それができるのは、自分しかいない。
 
あるべるとは、待ち続けた。
両親の怒りが解け、世が移るのを。
嵐が過ぎれば…この歌と楽の才を命の続く限り使い果たそう。
彼女のために。
 
しかし。
大火が、彼の夢を砕いた。
 
あるべるとは家も、両親も…
命より大切にしていたひるだの父からの文も、炎の中で失った。
 
それでも、彼にはひるだが残っていた。
 
ひるだは…最後まで正式な妻になろうとしなかった。
もちろん、二人の両親がいない以上…正式な結婚の儀式をすること自体が不可能だったのだが。
それでも、まねごとの式を挙げることは出来たし、正式な妻を名乗らせることもできたのだ。
だが、ひるだは頑として、それを受け入れなかった。
 
彼女は…彼の愛人として。
妻なき彼のただ一人の愛人として、この世を去っていった。
 
それは、彼女の最後の矜持だったのかもしれない…と、あるべるとは思っていた。
それに、何をどう考えようと…彼女は、もういない。
 
 
「聞いたらお姫さんが心配するし、じょーも何始めるかわからねえから言わなかったが…」
 
あるべるとは、じぇっとの声に我に返った。
 
「実は…ここんとこ、この山を越えていくのがちらほら…いるんだよな」
「夜に…か?」
「ああ…大抵は若い夫婦だ。乳飲み子連れてんのもいる…うまく立ち回りそこねて、疑いをかけられ…都に居場所がなくなった連中さ」
 
そうか。
それじゃ…じぇろにもがこのごろ毎晩祈祷を続けているのは…
少しでも、この近辺に鬼をよせつけないため。
 
「…で。なんでソレを俺に言う?」
「は?」
 
あるべるとは笑った。
じぇっとも、してやったり、という笑みを浮かべた。
 
「あんたが、そんなことは俺たちの知ったことじゃないとか、文句言い出したら面倒だから…先に手なずけとこうと思ったのさ」
「ずいぶん、親切じゃないか」
「まぁな…祈祷じゃ、山賊は追い払えねえ。犠牲者が出たら、お姫さんが泣くだろう?」
 
 
 
次の晩から、じょーたちは山道沿いに身を潜め、逃げてくる旅人たちを守ることにした。
といっても、そんな旅人はめったにくるわけではないし、いつ来るのかもわからない。
それは根気のいる仕事だったが。
 
じょーは張り切って毎晩出かけていった。
必ず、ふらんそわーずを連れて。
 
ふらんそわーずも元気よくついていったから、異を唱える必要はなかったのだが。
じぇっとは二人が出て行くと、いつも笑った。
 
「じょーのヤツ…お姫さんを夜ココに置いていくのも心配らしいな」
「あんたみたいなのがいるアルからね!」
「おいおい…!俺のせいか?」
 
ぴゅんまが困ったように笑いながら首を振った。
 
「姫君を大事にしてくれるのはいいんだけど…ちょっとヤキモチがすぎるよね、じょーは」
「稽古もするんだとか言ってたアルけど…何の稽古してるアルやらねぇ!」
 
ぐれーとが憮然として張々湖を睨み付けた。
 
「若君に限ってそんなことはない…!」
 
というか。
そんなことがある若君なら…拙者も気が楽なんだが。
 
ぐれーとは口の中でこっそりつぶやいていた。
 
 
「あ…!」
「…どうした?」
「誰か、いるわ…走ってくる…!」
 
ふらんそわーずは目がいい。
彼女の見ている方角をじっと見つめているうちに…じょーにもその姿が見えた。
 
粗末な身なりに身をやつした、若い男女だった。
 
「…ほんとだ」
「追われて…いるのかしら?」
 
身構えたふらんそわーずを、じょーは押えた。
 
「いや、たぶん…違う。何も、気配がない」
「…そう…ね」
 
音をさせないように、道の下の藪の中を走り、男女の気配を追う。
やがて。
疲れ切った女が膝を折り、男が彼女を抱え起こしているようだった。
 
「休ませて…あげればいいのに…」
 
ふらんそわーずが辛そうにつぶやく。
出て行けばいたずらに脅かすだけだから…こうして隠れているしかないのだが。
 
「…大丈夫…休むことにしたみたいだ」
 
じょーがほっとしたように言った。
休んでくれれば…自分たちも一休みできる。
 
「…眠くない?ふらんそわーず」
「だいじょうぶ…よ」
「少し眠りなよ…万一のとき、疲れてるとよくない」
「あなたは…?」
「君と交替で眠るから…安心して」
 
ふらんそわーずは、必ず起こしてね、交替するのよ、と念を押した。
じょーは微笑んで、彼女を抱き寄せながら、自分によりかからせた。
 
「おやすみ…この方が楽だろう?」
 
ふらんそわーずは恥ずかしそうにうなずき…目を閉じた。
 
 
静かな夜だった。
まだ夏…とはいえないけれど、風は湿り気があって温かい。
柔らかくて温かいふらんそわーずの感触が心地よくて、じょーはほうっと息をついた。
眠って…しまいそうだ。
 
でも…今寝付いたばかりのふらんそわーずを起こすのは可哀想だし…
もう少しガマンしよう。
 
…と思いつつ。
彼は、いつの間にか、うとうとしていた。
 
「……っ!」
「ウ…」
 
ハッと目を開き、じょーは身構えた。
上の方から、苦しげなうめき声が聞こえる。
 
…しまった!…まさ…か。
 
月は見えない。
どれくらい時間がたったのか分からなかった。
立ち上がろうとしたじょーの腕の中で、ふらんそわーずも飛び起きるように目を覚ました。
 
「じょー…?!」
 
耳をすますと…うめき声はますます大きく聞こえた。
 
「…いけない…!」
 
彼女も顔色を変えた。
 
「ごめん…眠ってしまったんだ…少しも…気付かなくて…」
 
信じられない。
こんな近くで人が襲われていたのに、気付かず眠っていたなんて。
 
じょーは堅く唇を噛んだ。
ふらんそわーずは微かに震えていたが…すぐにぎゅっと彼の腕をつかんだ。
 
「だい…じょうぶよ…生きていてくれれば…急いで、ぎるもあさまのところに…」
「あ、ああ…!」
 
二人は素早く土手をよじ登り…
立ちすくんだ。
 
「……」
「……」
 
身体が動かない。
 
道端の木の根本で…半裸の男女がもつれ合っていた。
男が女にのしかかっている。
女は喉をのけぞらせ、悲鳴のような声を上げ。
 
「……じょー?」
 
こっそり袖を引っ張られ、じょーはあぶなく大声を上げて飛び上がりそうになった。
 
「戻り…ましょう…?」
「う…うん…」
 
二人は音を立てないように、細心の注意をはらって、元の場所に滑り降りた。
 
「…びっくり…したなあ」
「……」
 
ふらんそわーずは黙っている。
それ以上何を言えばいいのかわからず、じょーも口を噤んだ。
 
あれって…たぶん…あれなんだよな。
見たのは初めてだったけど…
そういえば、母上のトコロの女房があんな声を出してるのを聞いたことがあったかも…
 
じょーはこっそりふらんそわーずを覗いた。
 
ふらんそわーず…何してるか、わかったのかな…?
…あ。
 
わかる…はずだ。
だって。彼女は。
 
じょーはふらんそわーずの手をぎゅっと握って、引き寄せた。
 
「じょー…?!」
 
し…っ!と唇に指を当て、じょーはふらんそわーずを抱きしめた。
 
「だいじょうぶ…だから」
「…じょー?」
「…こわがらないで…僕が、いるよ」
 
ふらんそわーずの身体から、ふっと力が抜けた。
 
「…じょー」
 
涙がにじんだ。
そのまま彼の胸に頬をよせようとしたとき。
ふらんそわーずは、ハッと顔を上げた。
じょーも同時に、鋭く空を見上げた。
 
「鬼…?!」
 
じょーは太刀を抜き、瞬く間に土手を駆け上った。
ふらんそわーずも、風のようにその後を追った。
 
 
 
あの男女を助けた晩が皮切りだった。
鬼は、夜道を歩く旅人を連日のように襲うようになった。
じょーたちは懸命に鬼退治に走ったが…都の大路にまで鬼が出るようになっては、とても間に合わない。
 
ほどなく、夜、外に出る者は皆無となり。
都は深い恐怖の闇に沈んだ。
 
「多すぎる…いくらなんでも。それも、急にだ」
 
あるべるとの呟きに、全員が顔を上げた。
 
「おそらく…動いている。彼ら」
 
じぇろにもがうなずく。
 
「だが…何のためにだ?…今度は、やつら…何を狙っている?」
「それが…わからねえ…」
 
じぇっとは肩をすくめた。
 
たしかに。
帝側の深草の少将たちは…今、窮地に立たされている。
帝は後嗣の若宮を失い…一方、東宮のもとに若宮が誕生しようとしている。
しかし。
鬼を使ったからといって、何ができるというわけでは…
 
「身ごもっておられる東宮妃を狙う…のならわかりやすいが」
「それは、無理だろう…いくらなんでも」
 
…そうだ。
 
宮中には、名うての陰陽師たちがいる。
彼らが築いた結界を破って、鬼を侵入させることなど不可能だ。
 
「だが…結界さえ破れば…彼らの術で、東宮妃だけを鬼に襲わせることも…できなくはない…よな?」
「可能性が…ないわけじゃないけど」
「でも…」
 
ぴゅんまが首を振る。
 
「結界を破るのが目的にしては…やっていることが派手すぎる。かなり未熟な陰陽師や、僧までが術を使っているような気がするよ…広く、浅く…指令が出ているって感じかな」
「…ああ。問題は、広く、浅く…どんな指令が出ているのか…だ」
 
「探しているんだよ」
 
不意に頭の中に声が響く。
いわんが、目覚めていた。
 
「なんだ…馬鹿に寝起きがいいな?いつも派手に泣きやがるくせに…」
 
からかうようなじぇっとの言葉を黙殺し、赤ん坊はふわっと彼らの上に浮かんだ。
 
「探しているって…あいつらが?…何を?」
 
首を傾げるじょーの茶色の瞳をじっと見据え、赤ん坊は告げた。
 
「…ふらんそわーずを」
「なに…?」
「どうやら、見つかっちゃったみたいだね」
 
いわんは、ゆっくりじぇろにもの腕に舞い降りた。
同時に。
案内を乞う高い声が響き渡る。
 
「使者だよ…深草の少将の」
 
やがて。
沈黙の中、張々湖がひと枝の橘を手に入ってきた。
 
「ふらんそわーずに、文…アルよ」
「…なんて?」
「読んでいい…アルか?」
 
小さくうなずくふらんそわーずを気遣わしげに一瞥し、張々湖は枝に結びつけられている文をほどいた。
優雅な筆跡で、歌が一首、書き付けられていた。
 
 
たちばなの花散る軒のしのぶ草むかしをかけて露ぞこぼるる
 
 
更新日時:
2002.12.15 Sun.
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Last updated: 2006/3/5