五月雨に花橘のかをる夜は月澄む秋もさもあればあれ 崇徳院
1
ばたばたと駆け込んで来る足音に気付き、ふらんそわーずは急いで戸口に出て行った。
「じょー…!あ?」
「じょーもまだ戻っていませんか?それじゃ、きっとどこかでずぶぬれになっているかもしれないなあ…ええと、姫君、ちょっと着物を絞りたいのですが…」
「あ…!ごめんなさい」
少し赤くなったふらんそわーずが引っ込んだのを確かめてから、ぴゅんまはびしょぬれになった着物を脱ぎ、しぼって、ついでに濡れた体をそれで拭った。
「ぴゅんま…ここに着替えを置いておくわね」
「ああ…恐縮です、姫君」
ふらんそわーずや仲間たちがいくら言っても、ぴゅんまの「姫君」は直らなかった。
最近では、気にとめる者もいなくなっているが。
乾いた着物に着替え、上がると、ふらんそわーずが土器に湯を入れて出してくれた。
そんなことはしなくてもいい、と何度も固辞したぴゅんまだったが、仲間が寺に戻ったときはいつでも誰にでもこうしているのだから、と押し切られてしまった。
「ふう…ほっとしました」
湯を一口飲み、笑うぴゅんまから、濡れた着物を受け取ろうと、ふらんそわーずは立ち上がった。
「ぴゅんまらしくないわ、雨にあうなんて。何をそんなに…」
しかし、ふらんそわーずは不意に小さく息をのみ、口を噤んだ。
ぴゅんまはさりげなく言った。
「じょーも早く帰ってくればいいものを…ほら、ますます雨足が強まってきているのに」
「……本当ね」
ふらんそわーずは控えめにうなずいた。
受け取った着物から、微かにのぼり立つ芳香。
そうだわ。
もう、花橘の季節が終わる。
2
嵐のような夏だった。
少将の片腕を奪ったじょーは、あれから、ふらんそわーずと口をきかない。
そして。
寺に戻ってから、ふらんそわーずは何度となくじょーについて考えるようになった。
島村家の嫡男。
武道の天才。
その人柄はどこまでもまっすぐで温かく、人を引きつけずにはいられない。
和歌をはじめとした貴族の学問・教養の類を極端に苦手としているが、立ち居振る舞いは端正で、天性の品が備わっている。
彼なら、口さがない貴族たちの間に入っても大丈夫だと、ふらんそわーずは思った。
始めは奇異の目で見られたとしても、いずれ受け入れられ、頭角を現していくにちがいない。
もしかしたら…
もしかしたら、彼は新しい時代を開く指導者になっていくのかもしれない。
…でも。
彼の奥底には、あの烈しさがある。
狂気にも似た、それ。
本当なら、じょーは、少将さまにあんな乱暴をできるひとではないわ。
ふらんそわーずは繰り返し考えた。
少将の腕を切り落としたときのじょーは…あの目は。
人間では、なかった。
そんな気がしてならなかった。
人間ではない…とは、どういうことなのか、ふらんそわーずにはわからない。
それでも、そんな気がしてならなかった。
あのひとに…あんな目をさせてはいけない。
それが私のせいなら。
私が、鬼を呼ぶように…あの人の魔性を呼んでしまうというのなら。
ふらんそわーずは堅く握りしめていた手をそっと開いた。
…せりな。
あなたは…どう思う?
3
せりなに恋人ができた…ということに、ふらんそわーずが気付いたのは、かなり後になってかららしい。
その手のことには鈍かった…というのもあるし。何より、忙しかった。
北の方から言いつけられた、夏の衣装の仕立て直しに追い立てられていたのだった。
せりなも自分の仕事を終えると、休む間もなくふらんそわーずの手伝いを始めた。
北の方は「娘」であるふらんそわーずが「家事」をしているからといって、報酬を出す必要はない、と公言していた。
もちろん、彼女を手伝うせりなに報酬などが出されることはなく、それどころか、せりなは姫君のところに入り浸っては、自分の仕事を怠けている、横着な困った女房だ、と嫌みを言うのだった。
ふらんそわーずは何度となく、もう手伝わなくていいから、とせりなに言い渡した。
が、せりなは頑として聞かなかった。
部屋に与えられた燈火の油は乏しく、夜が更けると仕事を続けることはできなかった。
しかし、夏の夜は短い。
明るい間を惜しんで働きづめに働いたふらんそわーずは、針をとり片づけると、そのまま倒れるようにして寝入ってしまうのが常だった。
その夏は、雨が多かった。
その夜も、雨音を枕に眠りに引き込まれていったふらんそわーずは、不意に何か甲高い物音を聞いた。
思わず飛び起きてしまった。
子供のころから、耳が敏いとよく言われた。
それがまた、北の方に疎ましがられたこともあり、ふらんそわーずは成長するに従い、そのことを隠そうとし続けていた。
聞こえても聞こえないふりをすることには慣れている。
が、こんな風に意識を手放しているときにはどうにもならない。
ふう…と溜息をつき、そっと額髪をかき上げた。
物音は、ホトトギスの声だった。
夏の夜…雨…ホトトギス。
ふらんそわーずは思わず微笑んだ。
ごく幼い頃…母がまだ生きていたころ、教わった。
まあ、姫は雨がおきらいなの…?
雨の夜も風情があるものなのですよ。
耳を澄まして、ホトトギスの声を聞くのも、とても素晴らしいものです。
母に言われるまま、じっと耳を澄まし、いろいろな音を感じ取った。
母は、いつもふらんそわーずの話を嬉しそうに聞いてくれた。
とりとめのない物思いの中で、ついぼんやりと耳を澄ましていたふらんそわーすは、はっと身を縮め、そうっと横たわった。
ごく忍ばせた足音が近づいてくる。
女房の誰かが、恋人に逢いに行こうとしているのか…戻ってきたのか。
が、通り過ぎるだろうと思っていた足音は、ふらんそわーずの部屋に入ってきた。
こちらをうかがうような気配のあと、横たわる衣擦れの音がした。
ふらんそわーずは寝入ったふりを続けた。
部屋に、微かな雨の匂いと、花橘の香りが一瞬広がり…やがて消えた。
夏が終わるころ、せりなは恥ずかしそうに頬を染めて、結婚しました、とふらんそわーずに告げた。
あの、花橘のひとね…?
もう少しで口に出そうになった言葉をふらんそわーずは飲み込み、せりなに心から祝福を送った。
彼女に祝いの品として贈れるものは、母の形見の櫛と櫛箱しかなかったのだけれど。
ごめんなさい、とうつむくふらんそわーずから、せりなは額を床にすりつけるようにしてそれを押し戴き、涙を流した。
秋が深まり、冬支度の時期になった。
また泊まり込んで手伝いを始めたせりなを、ふらんそわーずは気遣った。
「せりな…帰らなくていいの?」
「ええ。姫君がよろしければ、しばらく宿直させていただきますわ」
「でも…お前」
言いよどむふらんそわーずの様子に顔を上げ、せりなは笑って頬を染めた。
「いやですわ、姫君…彼も忙しいんです」
「どんな仕事をしている方なの?」
「お屋敷の警護です。……様の」
せりなは、ある上達部の名を挙げた。
「そんな立派なところにおつとめしているの…」
「うふふ、立派なのはご主人様で、彼ではありませんわ…家柄がたいしたことないから、僕は出世できないよ、っていうのが口癖なんです…でも、もしかしたら、こんど特別に、滝口の武士としてとり上げていただけるかもしれない…って」
「宮中の警護に?まあ、すばらしいわ」
「…でも。本当を言うと、私、そのお話は駄目になるんじゃないかしら…って思っているんです」
けげんそうなふらんそわーずに、せりなはくすくす笑った。
「彼は器用に立ち回る…ってことができないみたいですから」
「…そう。誠実な方なのね」
「ええ」
せりなは幸福そうに微笑んだ。
彼女は、夫についてあまり語らなかった。
しかし、彼女の話とその表情から、ふらんそわーずはぼんやりとその人となりを思い浮かべるのだった。
そして、実際のぴゅんまも、ほとんどその想像とずれることがなかった…とふらんそわーずは思った。
4
あの庭には、橘の木があった。
せりなの父が子供の頃から植わっていた木なのだという。
出会ったころ、せりなには既に両親がいなかった。
彼女自身は母親の縁で大納言家に仕え、一応自立していたけれど…
ぴゅんまが、彼女の家に通い始めたとき、それを知った朋輩たちは口々にやめておけ、と言った。
どんな美女だかしらないが、親のない女を妻にしても、何の得にもならない。
特に、自分たちのような下級貴族にとって、結婚相手が裕福な女性であるかそうでないかは、その後の人生を決めかねない重要なことだ。
朋輩だけではなかった。
他ならぬせりな自身が、それと同じことを言い、ぴゅんまを斥けようとした。
私には、親も財産もありません。
私は、美しい女でもありません。
それに、私には命と同じくらい大切な姫君がいます。
私は、あなたのために何もしてあげられません。
だから…
たしかに、そうだとぴゅんまも思った。
彼女には何もない。
親も、財産も。
その主人だという姫君も、大納言家では姫の一人に数えられてさえいないような身の上で。
美しい女ではない…とは、思わなかった。
しかし、大納言家の女房の中で、ひときわ美しいと噂されている女性たちの中に、せりなは数えられていなかった。
どちらにしても、そんなことはどうでもよかったのだ。
彼女と一緒にいると、心から安らぐことができた。
どんなに気持ちが沈んでいるときでも、彼女の声を聞くと勇気がわいてくる。
ぴゅんまはありったけの情熱をこめて、彼女に何度となく語らった。
「何も持っていないのは僕の方だよ、せりな。僕には、この二本の腕があるだけだ。しかも、それが君を守るに足る力のある腕かどうかすら、わからない。でも、もし君が信じてくれるなら、僕は命の続く限り君を守る。この腕で…!」
そして、ついにその心が届いた…初めての夜。
初夏だった。
抱きしめた彼女の体からは、淡い橘の香りがした。
後から思えば、それはあの庭の橘だったのかもしれない。
結婚した二人は、そのまませりなの父が遺した小さい家に住んだ。
せりなは、いそいそと立ち働き、愛情こめてぴゅんまの衣食を整えた。
初々しい愛おしい妻に、ぴゅんまはこれ以上ないというくらい満足していた。
…ただ。
「今日から…しばらく姫君のところに宿直します」
「…また、かい…?」
つい、不服そうな声になってしまった。
姫君の「仕事」を手伝うといって、大納言家に泊まり込むことが、せりなには頻繁だった。
気の毒な姫君の話は何度も繰り返し聞かされ、ぴゅんまはそれなりに同情もしていたが、それにしても、新婚の妻がいない家に帰るのは味気なく、それが数日続くとなるとなおさら憂鬱になるのはどうしようもない。
「ごめんなさい…でも…」
「…かまわないよ。行っておいで」
しかし、ぴゅんまにとっては、せりなが主人に忠誠を尽くそうとする、その一途な純真さも、何にも代え難い彼女の美質だった。
それに否やを唱えることはできなかった。
「だけど…もし、できるなら」
「…え?」
夫に耳打ちされ、せりなはぱあっと頬を染めた。
「そ…そんな…こと」
「少し抜け出してくれるだけでいい…ただ、お前の顔を見たいだけなんだ…いいだろう?」
顔を見るだけ…ではすまないかもしれない、と心のどこかでは思っていたのかもしれない。
人々が寝静まった夜更け、大納言家の裏門からこっそり出てきたせりなを抱きしめたぴゅんまは、気付いたときにはそのまま彼女を抱えて馬に飛び乗っていた。
夢中で家まで駆け戻り、馬をつなぐ間ももどかしく、奥の部屋へもつれるように倒れ込んだ。
あえぐ妻を夢中で抱きしめながら、どうかしている、とぴゅんまは繰り返し自分に言い続けた。
僕はどうかしている。
でも、どうにもならない。
せりな。
お前が、愛しい。
それは、夏の終わりだった。
細かい雨に橘が匂う、息苦しいまでの夜だった。
5
強い香りに、ぴゅんまはぱっと振り返った。
「じょー…?」
ずぶぬれになったじょーが大きな息をつきながら、簀の子に腰掛けようとしていた。
「何してたんだ、君は…姫君が心配していたぞ…それに、どうしてそんなトコロから上がって…」
「心配…していたんだろう?」
「…え?」
じょーは小さく肩をすくめた。
「きっとふらんそわーずが心配していると思ったから…こっちからこっそり入ったんだ」
それでは何の解決にもならないのだが。
いや、それより、この香りは…
「じょー、橘…かい?」
「うん」
じょーは滴をたらしながら、大ぶりの枝を袖から引っこ抜くように出し、かざしてみせた。
「ずいぶんまた…デカいな。姫君に贈るつもりかい?」
「違うよ…僕はこの花、キライだ」
…そうか。
声が出そうになったのをぴゅんまは危うく抑えた。
深草の少将がふらんそわーずによこした文には橘の枝が添えられていた。
「君に、持ってきたんだ」
「僕に…?」
「…すごく、懐かしそうに見ていたから」
「じょー」
とがめる口調に全く気付かない風で、じょーは静かに枝を床に置いた。
「君も、昔に帰りたい…って思うのかい?」
「……」
「あの少将はそう言った。ふらんそわーずもそのほうが幸せになれるんだ…って」
「……」
「…キレイだった」
ぴゅんまはふと顔を上げてじょーを見た。
微かに声が震えているように聞こえた。
「あいつ、ふらんそわーずに髪をつけたんだ」
「…髪?」
「金色の…とても長くて…とても…」
「……」
「ねえ、君は、見たことがあるんだろう?ふらんそわーずの…髪」
「…ああ」
「キレイだったかい…?」
ぴゅんまは思わず目を閉じた。
せりなが何度となく嘆賞した、あの金色の滝のような髪。
「ああ、美しかった…とても。言葉に…できないくらい」
「…そう…だろうね」
じょーはふうっと息をついた。
「死んでいるのに、あんなにキレイだったんだから」
「…死んでいる?」
「うん」
なるほど。
彼らしい表現だ、とぴゅんまは思った。
死んでいる髪…か。
「姫君の髪を見たいのかい?だったら…この暮らしに何とか決着をつけて、鬼との戦いを終わらせればいい。そうすれば、姫君はまた元のお姿に…」
「それは、いいんだ」
「じょー?」
じょーは橘の枝を押しやるようにした。
「いいんだ。僕は…今のふらんそわーずが…今のままのふらんそわーずが」
…好きだから。
でも、もし彼女がそれを望んでいなかったら。
「…じょー」
「……」
「君は、前に進んでいく人だ。そうだな、澄んだ秋の月のように…道を明るく照らしながら」
「…ぴゅんま?」
「お世辞を言ってるんじゃない…僕はそういう君が好きだよ、とても。でも…それと同じぐらい、好きなんだ。雨の中から橘がどこからともなく香る…そんな、暗い夜がね」
そこには、僕の愛しい者がいる。
彼女は…そこにしかいない。
「姫君は、怒っていないよ」
「…え」
「心配しなくてもいい。君はたしかにひどい乱暴をしたと思うけど…姫君は君を怒ってるわけじゃない」
「ぴゅんま」
「この橘、ありがたくいただこう…姫君には別の花を差し上げた方がいいね」
「…うん」
じょーはつぶやくようにありがとう、と言った。
6
枝からこぼれんばかりに咲いている白い花に、ふらんそわーずは目をみはった。
じょーが心配そうにのぞいた。
「キライだった…かい?これ?」
「…いいえ」
「ヘンな顔してる」
「驚いたからよ…だって、これ…卯木でしょう?」
卯の花。
もうとっくに散っているはずの花。
「もう…散っているはず…?そうなのかい?」
「ええ…どこに咲いていたの?」
「…ええと」
じょーは考え込んだ。
結局どこまで行ったのか、自分でもよくわかっていない。
ただ、白い花が欲しかった。
探して、探して、どんどん山に分け入って……
「とにかく、山の中だよ」
「…じょー」
ふらんそわーずは静かに首を振った。
「駄目よ…そんな奥まで踏み込んだら…あなたが強いことはわかっているわ…でも」
「迷子になんてならないから大丈夫。それより…気に入ってくれた?」
「ええ…本当にきれい…ありがとう、じょー」
「…よかった」
じょーは満足そうに笑った。
ひさしぶりに彼の笑顔を見たような気がして、ふらんそわーずも思わず微笑んだ。
「…ごめん」
「え…?」
茶色の目が、ふと色を深めた。
「あの人に…ヒドイことをした」
「じょー…それは」
ふらんそわーずはきゅっと唇を結んだ。
あなたのせいじゃないわ。
…でも。
「だけど…!あいつは、君を傷つけたんだ。それに…」
「やめて、じょー。いいの…もう、いいのよ」
「どうして?」
「終わったことだから。全部、終わったことだわ…せりなは、帰らない」
「…ふらんそわーず」
「私、これ以上…」
ふらんそわーずは不意に口を噤んだ。
言うのが恐ろしかった。
これ以上、私のために、誰かを……
「君のせいじゃない」
「……」
「君のせいじゃないよ、せりなさんが死んだのは…それに、少将を傷つけたのは、僕だ」
「じょー…?」
「君のせいじゃない!だから…!」
そんな顔をしないでくれ。
僕に背を向けないでくれ。
じょーは夢中でふらんそわーずの両手を握りしめた。
消えてしまう。
この手を離したら、君は消えてしまう。
闇に、少しずつ引き込まれて…そして。
「見てごらん…ほら」
光を集めたような白い花を、じょーはそっとふらんそわーずの膝に置いた。
「よく見て…きれいだろう?」
「…じょー」
「君の…せいなんかじゃ…ないんだ。そうだろう?」
微かにうなずくふらんそわーずに、じょーはようやく肩の力を抜いた。
「山は暗かったんだけど…これが咲いているところだけ、まるで日の光が当たっているように見えた」
「…そう」
君みたいだと思った。
僕は、そう思った。
「あの…髪。あの人に返してくるよ」
「……」
「本当は、何もやりたくなかった。君を思い出させるものをあの人の側に置くなんて…がまんできない。でも…」
あの人には、必要なのかもしれない。
僕には、必要ない。
…だったら。
「いいよね?」
「……」
ふらんそわーずは小さくうなずいた。
7
あの家の庭に、橘はまだあるだろうか。
主を失った庭に。
いつか…帰りたい。
ぴゅんまは、ふと、そう思った。
そんな日は、来るのだろうか。
来ないかもしれない。
鬼との戦いはいつ果てるともしれず。
世の乱れはさらに果てなく続くように思えた。
帰るどころか、あの家が都もろとも炎に包まれる…そんな日さえくるかもしれないのに。
…でも。
どうか、生き延びてくれ。
僕も…ありったけの力をふりしぼって、生き抜く努力をしよう。
そうすれば、いつか…
お前の下で、彼女を抱きしめることができるかもしれない。
幸せだった頃の姿そのままの、愛しい者を。
その日まで、橘よ。
お前は、闇の中で雨に打たれ…生き延びてくれ。
そして、届けてほしい。
微かな風にのせて。
はかない幻のように。
僕が、忘れてしまわないように。
愛しい者の笑顔を…声を…吐息を。
いつか、お前の下で。
その日まで、僕は。
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