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日本昔話的009

鬼退治 桂月 上
 
襲撃は予想通り、唐突で、そして速やかだった。
戦闘らしい戦闘は何もなかった…というより、戦闘をさせてもらえなかったという方が正しい。
 
見張りも結局無意味だった。
じぇっとには、何かが闇の中をよぎった気配しか感じられなかったし、太刀を抜くより早く、ぴゅんまはつむじ風のようなものになぎ倒された。
寺の門は破れ、庭は土煙を上げ、妻戸も簾も紙のように吹き飛んだ。
そして、両手を広げてふらんそわーずを庇うじょーの前で、その影は止まった。
 
「またおまえ…か。なぜこんなところにいるのだ、じょー?」
「それ以上近寄るな、あるてみす…!」
 
懸命に駆けつけた男たちは、ふと振り向いた侵入者の姿に息を呑んだ。
わずかな灯火に照らし出された、白くしなやかな肢体。流れるような黒髪。
 
「…オンナ…かっ?」
 
じぇっとがうめくようにつぶやいた。
あるてみす、と呼ばれた侵入者は不快そうにわずかに眉を寄せ、またじょーに向き直った。
 
「…ナメやがって…!」
「待て、じぇっと!」
 
じょーの鋭い制止は、間に合わなかった。
太刀を抜いたじぇっと、加勢しようと身構えたぴゅんま、それにぐれーとがあっという間に庭へと吹き飛ばされた。
 
「…!」
 
じぇろにもは目を見張った。
あるてみすはその場から一歩も動いていなかった。
 
「何者だ、おまえ」
「私の名はあるてみす。無礼をお許し願いたい。あなたがたに危害を加えるつもりではなかった。私はただ……この娘を消しにきただけ」
「その娘、俺たちの大切な者。手出し、させない」
「あなたの名は?」
「…じぇろにも。この寺の主」
 
あるてみすは小さく息をついた。
 
「あなたに説明しても、理解してもらえないだろう。この娘の命はもらっていく。私を恨むがいい」
「来るな!…ふらんそわーずを消すなら、僕を倒してからだ、あるてみす!」
「じょー。おまえはどうして、いつもそう聞き分けがない?」
「……」
「困った男だ…しかたない。私が、手加減すると思ってはいまいな…?」
「僕だって、手加減など…!」
「…待って!」
 
はっと振り向いたじょーの目に、懸命に床から身を起こそうとするふらんそわーずが映った。
 
「ふらんそわーず!動くな、君はまだ…!」
「あるてみす…というのね…あなたが、この間、私を…」
「…そうだ」
「教えて…どうして、私を消すの?」
「理由を知りたいのはもっともだ…が、教えるわけにはいかない」
「消されるのは、怖くない…いつ死んでもかまわないと思ってる…本当よ。だから、教えて。もしかしたら…鬼に何か関係があること…なの?」
「ふらんそわーず!」
「鬼を…知っているのか…?」
 
白磁の頬に微かな驚きが浮かび、次の瞬間その黒い瞳が烈しい怒りを帯びてじょーに向けられた。
 
「おまえだな、じょー!なぜ教えた!」
「違う!…そうだ、あるてみす、話をしよう、僕たちは…!」
「その必要はない!その娘と一緒におまえを確実に消さねばならなくなったというだけのこと…覚悟しろ!」
「……っ!」
 
すさまじい風が寺の建物を揺さぶった。
じぇろにもは咄嗟にふらんそわーずに駆け寄り、身をもって彼女を庇うようにした。
 
「ふらんそわーず、俺たちに、任せろ!」
 
闇に向かって叫ぶ。もうじょーがどこにいるのか、わからなかった。
そのじぇろにもを取り囲むように、男達が集まり、太刀を構えた。
 
「ダメよ、みんな散って…私に、かまわないで!」
「んなことできるかよ!じょーに殺されちまうぜ…!」
「いや。その前に俺に殺されるよ、じぇっと」
「…ふん、まあ、そういうことだ、お姫さん…おとなしくしてな」
 
突然、雷光のような青白い光が走った。
思わず外に走り出たぐれーとは、大きく目を見開き、叫んだ。
 
「若君…っ!」
 
じょーとあるてみすが、どちらも肩で息をしながら、しかし一分の隙もなくにらみ合っている。
やがて、あるてみすが、ふ…と左手を前に伸ばし、右手を引いた。
弓を引くような緩やかな動きだった。
 
「…光の…矢!?」
 
何の前触れもなく、あるてみすの右手から光がほとばしり、輝く矢のような形状をとる。
同時に、じょーが軽く地を蹴った。
ほんの一瞬、彼を見失ったあるてみすは、ハッと頭上を振り仰ぎ、太刀を構えて真上から襲いかかるじょーに向かって、素早く矢を放った。
 
「うわーーっ!」
 
雷が直接地をえぐったような衝撃と轟音が寺を揺るがした。
咄嗟に伏せたぐれーとが、おそるおそる顔を上げると、もうもうと立つ土煙の向こうに、うっすらと、倒れている二人の人影が見えてきた。
 
「若君…?!」
「あ、相討ち…かっ?」
「…待て」
 
じぇろにもは、ふらんそわーずの上からゆっくり体を起こし、どこか放心したようにつぶやいた。
 
「いわんが…泣いている…!」
「…え?」
 
 
 
足音に、あるてみすはゆっくり身を起こした。
手早く胸元を整え、背筋を伸ばす。
 
「あるてみす…寝ていなくて、いいのか?」
「…おまえこそ」
「僕の傷はたいしたことなかったんだよ…相変わらず意地っ張りだな、きみは」
「…っ!」
 
気色ばむ彼女に人懐こく笑いかけ、じょーは粥の入った器を渡した。
 
「張大人の特製だよ…おいしいし、力がつく」
「……」
「そろそろ…話を聞いても、いいかな?」
 
あるてみすは器を受け取り、ふと苦笑した。
 
「…あの、娘は?」
「ふらんそわーずかい…?少しずつよくなってる…君のようにはいかないけど…あ!そういう…意味じゃないよ…!」
 
あわてるじょーに、あるてみすはおかしそうに笑った。
 
「変わらないな、おまえは…しかし、あの童子は何を考えている…?私に何をさせようとしているのだ?」
「いわんの考えていることは…きっと、誰にもわからない。ただ、彼は、君も僕もここで死んではいけないと思ったんだろう…争うことは、無意味だと」
「……」
「君が元気になったら、行きたいトコロに行けばいい…って言っていたよ、いわんは」
「……行きたい…トコロ、か」
 
遠くを見つめるような目になった彼女の肩が、急に細くなったような気がした。
じょーはためらいがちに尋ねた。
 
「あぽろんは…一緒?」
「……」
「…あるてみす?」
「あの子も、おまえと同じだ…私にはまるでわからなくなってしまった」
「いなくなった…のか」
「私は、あぽろんを探して旅をしている。あの娘に気付いたのは、偶然だ」
「偶然…」
「そう、偶然。だが、多くを考える必要はなかった。気付いてすぐ、私は矢を放った。彼女はそれほど危険だったのだ」
「……」
「しかし、あの童子がついているなら…ひとまずは退くことにしよう。おまえにも、あの童子とじぇろにも殿がいれば、心配はないだろう……いい人たちに巡り会えたな」
「…探したから。あれから、ずっと」
「…そうか」
 
あるてみすは、いたわるようなまなざしを、じっとうつむいているじょーに向けた。やがてじょーは顔を上げ、微笑した。
 
「ごめん。話は食べてからにすればよかった。お粥、さめちゃうよ」
 
 
 
あるてみすが朝霧のように……というのはあるべるとの言葉だったが……消えたのは、彼女が姿を現し、傷ついてからわずか3日後のことだった。
 
「何者だったんだ、あの女は…?あんなに早く、あの傷が癒えるなんて」
「…わからない…が」
 
じぇろにもは、ふと眠るいわんを見下ろした。
その視線を追うようにしながら、じょーがつぶやく。
 
「あるてみすは、自分たちは鬼の守人だと…よくそう言ってた。人間じゃない、と」
「鬼の…守人?」
「うん。あるてみすがふらんそわーずを狙ったのは…たぶん、鬼を害する者だと思ったからなんだ」
「ということはつまり、彼女は…鬼を守るために、人を殺す…のか?」
 
ぴゅんまの言葉に、じょーはうなずいた。
 
「僕は、彼女たちがソレをするのを実際に見たことはない…けど。でも、彼女たちはよく僕に言った。僕が鬼を害するときがきたら、僕を殺す、と」
「彼女……たち?あの女には、仲間がいるのか?」
「仲間は…知らない。でも弟がいる。あぽろんって言ってた」
「よくわからない話だな。そもそも、害するというのは何だ?俺たちも鬼を害する者、じゃないのか?」
「違うよ、あるべると。害する…っていうのは、倒すとか、消すとかいうのとは違うんだ……じゃ、どうするのがそうなのか…ってことは、僕にもよくわからないけれど」
 
じょーは男達の視線から逃れようとするように立ち上がり、簀子から庭に下りると、懐から笛を取り出した。
 
やがて、澄み切った音色が空へと立ち上っていく。
あるべるとは思わず息をつき、目を閉じた。
ふと張々湖が立ち上がった。
 
「そうそう、忘れてたネ…!今日は十五夜よ、私、とっておきの菓子作ったのヨ…こんなに急に発つとわかっていたら、あるてみすにも持たせてやったのにねエ…!」
「ふふ、人がいいんだな、張々湖大人は…その菓子、姫君が召し上がっても大丈夫かい?」
「もちろんネ!そもそも、ふらんそわーずのために作ったものアルからして…」
「そうか、ありがとう…じゃ、俺が姫君にお持ちするよ」
 
ぴゅんまはゆっくり立ち上がり、張々湖を追った。
月明かりの中で一心に笛を吹き続けているじょーの後ろ姿が、ちらっと視界に入る。
 
美しい音色だ。
君は、誰のために、そんなに真剣に奏でているんだ、じょー。
姫君のため?あるてみすのためかい?
それとも……
 
 
 
月が見たい、というふらんそわーずをぴゅんまは丁重に抱き上げて、端近に座らせ、柱に寄りかからせた。
 
「まあ…本当に、きれい……」
「十五夜ですからね」
「笛は……じょーね?」
「ええ。見事なものです」
 
嬉しそうに月を見上げていたふらんそわーずがふと表情を曇らせた。
 
「帰りたい……」
「…え?」
「…帰りたい…って…泣いているみたい……」
「姫君…」
「でも、帰れないわ…あの人も…私も」
「……」
 
澄みとおる月の光を浴び、目を閉じているふらんそわーずに、ぴゅんまは言いようのない不安を感じた。
このままにしておいてはいけない、そう思うのに体が動かない。
 
「月には…都がある…って、子供の頃…思っていた」
「ああ…かぐや姫、ですね」
「あるてみすは…帰れたのかしら……懐かしい人たちに会えたのかしら」
「……」
 
 
どうしてなのか、わからなくてもよかった。
消されるべきだったのなら、そのほうがよかったのかもしれない。
そうならなかったのは……
 
あるてみすの光の矢を、私はよけた…のだという。
そうしたつもりなんてない。
でも、私の体はそう動いていた…と、ぎるもあさまはおっしゃった。
 
そうしたつもりなんてない。
私の体は、私の心を離れて動いていた。
 
私は…何になっていくのかしら。
この上、何に。
 
 
でも。
それがあの人の望みなら……
それは、私の望み。
 
 
「もう、帰れないわ」
 
 
ふらんそわーずは目を閉じたまま、またつぶやいた。
ぴゅんまは、答えなかった。
 
 
故郷(ふるさと)の屋戸(やど)(も)る月よ言問はむ我をば知るや昔住みきと
 
 
更新日時:
2005.09.19 Mon.
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Last updated: 2006/3/5